AWC ファースト・ステップ 4   名古山珠代


        
#3430/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 9/17  20:26  (199)
ファースト・ステップ 4   名古山珠代
★内容
「そんなんじゃないさ」
 少し前までとは打って変わって、真面目に受け答えする津村。
「未知の物語を聞きに来た。それだけ」
「津村君は、じゃあ、将来、漫画家になるつもり?」
 優美の質問。今度は場を取り繕うためではなく、純粋に聞きたくて。
「なりたい。原作者付きの漫画家。なれたらね」
 片手を頭にやる津村。さすがに照れを見せたか。
 が、それも一瞬だったようで、津村は逆に質問してきた。
「二人の将来の希望、聞きたい。人のだけ聞いておいて、聞き逃げはさせない
からね」
「馬鹿々々しい」
 桃代は残りのチーズケーキ一切れを口に放り込むと、アイスティを呷った。
「桃代、答えてあげないと。聞くだけ聞いたんだからさ」
「……ミドリがそう言うなら……。あたしはね、美大に行きたいの。だけど、
多分、普通の大学に行かされちゃうわ。そこから先は、まだ分からない」
 桃代は早口でまくし立てた。
「へえ、美大。じゃ、今の部活、もっと極める気か?」
「行けたらね」
「行けよ。やりたいことやらなきゃ、もったいない」
「簡単に言ってくれるわ」
 桃代が黙り込むと、津村は優美に顔を向けてきた。
「縁川さんは?」
「……」
「? どうかしたの?」
 答えないでいる優美を、少し心配する様子の津村。
「あ、ごめん……なさい。あの、び、びっくりしちゃった。二人共、やりたい
目標がちゃんとあるんだなあって。私、まだ何も」
 うつむき加減になって、そう答えた。
「なーんだ」
「そんな言い方ないでしょ」
 桃代がやや、荒っぽく言う。どうも、津村が現れてから、怒りっぽくなって
いるようだ。
「え? あ、いや、変な意味じゃなくて……。何も決まってなくても、気にす
る必要なんてないじゃん、と思ってさ」
 津村の明るい口調に、優美は顔を上げる。
「将来、何をやりたいか決まってないってことは、それだけ選択肢の多さを表
してるんだから。自分の今の力じゃできないような目標にだって、努力すれば
まだ間に合うときだと思うんだ、今の俺達って」
「……俺達、ね」
 嘲るような言い方をしつつ、桃代の表情は和らいでいた。少し、津村を見直
したのかもしれない。
「そういう考え方もあるか」
 優美は微笑んで見せた。
「そうそう。何だったら、小説、書いてよ」
「小説?」
「それを原作に、俺が漫画を描く。いいと思わない?」
「無茶苦茶だわ。読むのは好きだけど、書いたことないもの、小説なんて」
「図書部って、創作もしているんじゃなかったの?」
 怪訝そうに、津村。
「あ、私は違うの。ときたま、書いてみたいなって思うけど」
「可能性の否定はしちゃいけないよ、明智君」
「誰が明智君だ」
 優美に代わって突っ込むのは、言うまでもなく桃代。
 津村はそれに笑って反応し、さらに続ける。
「小説を書くのが、はっきり、やりたくないんだったらともかくさあ、書いて
みたいという気があるんなら、書いてみてほしい。俺、読んでみたい」
「……あ、思い出したけど、私の知り合いに、小説を書く人がいるの」
 どうして、こんな風にそらしてしまうのだろう。さっき、津村の話を聞いて
いるときは、私が原作を書いてみたいと、一瞬でも思ったのに。どうして、や
ってみると言えないんだろう。
「本当?」
「うん。もちろん、アマチュアだけど。えっと、名前は……ペンネームは、フ
ジイとかスギハラとか、いくつも編み出しちゃってる人だから、本名を言うと、
井藤悦子」
「どんなジャンル、書くの?」
 真面目な表情の津村。
「主にファンタジー。あと、恋愛小説というか少女小説っていうか」
「ふうん。恋愛小説風の絵は無理にしても、ファンタジーなら何とかなる。一
回でいいから、会ってみたい」
「−−いいわよ。向こうの都合、聞いて上げるから」
「頼む」
 二人の会話が途切れるのを待っていたように、桃代がここで口を挟む。
「漫画に描かせてもらえるとなっても、せいぜい、足を引っ張らないようにね」
「どういう意味さ?」
「ご想像に」
 それから、「スケジュールを組んであるから」と言う津村と別れ、桃代と二
人になってから、優美は桃代から散々、突っ込まれてしまった。「えらく話が
弾んでたけど、どこがいいの、あれの?」と。

           *           *

 一年前の学園祭からこっち、優美と津村の間に何かあったのかと言えば、そ
うでもない。何もなかったと答えるのが、正しいだろう。
 津村を井藤悦子に会わせる話は、双方の都合が着かず、結局、実現していな
い。悦子は悦子で事情が変わるし、津村は二年生になって、その人柄故か、副
部長に推された。よって、漫画のことばかり考えている訳にもいかなくなり、
美術部らしい活動に自らも手を出し始めた。そういう経緯である。
 ために、津村と優美とのつながりも、何となく切れてしまっていたのだが…
…今回、桃代との賭けに優美が負けた結果、また話す機会が持てるようになっ
たことになる。
「さ、帰ろ帰ろ」
 津村を無視するようにして、桃代は優美の手を引く。
「あ、ひどい」
 と言いつつも、津村はあきらめたか、他の部員と早くも何やら談笑を始めた。
 優美は、心残りだった。
 美術部の部室を出、玄関まで降りてきたところで、とうとう、桃代に言った。
「ねえ、モモ」
「何?」
 靴を履き替えながら、桃代が応じる。
「助っ人の私が言うのもおかしいだろうけど、津村君、副部長としてよくやっ
てると思う。それなのに、どうしてあんな風に」
「別に、どうもしないけど」
 少しの間、考えるように首を傾げる桃代。優美は待った。
「……ただ……意地になってるのかな、あたしも。ずっと反発していたから、
今さら、あいつのこと認めるの、癪に障るって感じ」
「筋が通ってない。美術部の将来のために、もっともっと友好的にならなきゃ」
「……相変わらず、優美は津村の肩を持つのね、何だか」
「そ、そんなんじゃ」
 桃代の次の台詞を止めたくて、慌てて言葉を重ねる優美。
「ふーん。ま、いいけど。仕事はしっかり、やってちょうだいな」
「はーい。分かってますう」
「ゆ、優美があたしの口真似して、どうすんのよ」
 面食らったか、目を見開き気味にして、苦笑いする桃代。
 その隙に、優美は気を紛らわせるため、軽く駆け出す。


三.文化祭初日

 美術部の展示。
 扱っている内容の割には、意外とにぎやかだ。優美はそう思った。
 その感想を素直に話すと、
「それって、偏見よ」
 と、桃代にあっさり言われた。
「いや、違う」
 口を挟んできたのは、例によって、津村副部長。
「これで金を取っていたら、閑散としているさ、きっと。大学の学祭なんか、
そうだからな」
「いちいち、あんたはうるさいのよ」
 展示をやっている横で、美術部部員がこうも喋っていいのだろうか。優美は
心配になってきた。芸術は静かに鑑賞するもの、多少なりともそれを妨害する
ような真似は……という意識がよぎる。
「うるさいなら、出るよ。そろそろ、他を覗きたいし」
 津村が言った。
「受け付けの当番なんだから、いなきゃだめ」
 桃代は、当番表らしき物を示した。段ボール紙の切れ端に、ルーズリーフの
一枚を張ったそれには、手書きで、「一日目:十時〜十二時半」とある。
「ちぇ、まだ一時間も経ってないぜ。−−二人もいらないと思うんだが。受け
付けったって、アンケートを書いてもらうだけだろ」
「それだけじゃないわよ。頼まれたら似顔絵を描かなきゃならないし、展示物
を盗まれたり、いたずらされたりしないように見張る役目もあるんだから」
「金を取るんだから、ほとんど客は似顔絵には来ないんじゃないか」
 机の端に腰掛け、控えめに伸びをする津村。
「降りなさいって。文句あったら、部長に言いなさい。今、クラス展示におら
れるはずだから」
「はいはい。分かったよ」
 机から降り、津村はぼやく。そして、
「くじ運、悪いよな。どうしてこうなるんだろ」
 とか言いながら、桃代の方にちらりと向く。
「こっちが言いたいわよ」
「紙、ここに置いておきまーす」
 唐突に、声。女子二人組のお客が、書き込み終わったアンケート用紙を、箱
に入れている。空き箱のふたに切り込みを入れ、簡易ポストみたいにしてある。
「あ、ありがとうございましたぁ」
 声の調子をがらりと変え、笑顔で応じる桃代。
「これだもんな」
 お手上げポーズをしながら、視線をよこしてくる津村。ポーズにどういう意
味があるのか、優美には分からない。
「あの、津村君」
「はいな?」
「他のとこ回りたいんだったら、受け付け、私が代わろうかなって」
「え、本当?」
 声が弾む津村。
「でも、悪いよ。部員でもないのに」
「別にいいの。図書部の方は、園田部長がほとんどずっと、受け付けやってい
るのよ。私はあとで桃代と一緒に回るから、桃代が受け付け終わるまで暇だし」
「ふむ」
 じゃあ、という表情に津村がなったところで、桃代が横槍を。
「さぼったら、明日一日、受け付けさせてやるから」
「げ」
「桃代、そんなこと言わなくても……。いいじゃない。いくら待たされても、
私は平気だし」
「甘やかしちゃだめ、優美。楽させたって、こいつのためにならないからねえ」
「ひどい言われよう」
 今度は津村、両手を組んで、泣きのポーズ。そして、今思い付いたように、
つぶやいた。
「片山さん、賭けをしないか」
「賭け?」
 せわしなく動かしていた手を止める桃代。
「縁川さんを助っ人に引き込んだのも、賭けだったんだって? だったら、こ
こで俺と勝負に応じてくれて、いいんじゃないかな」
「訳の分からない理屈っ。でも、いいわ。あたし、運が強いの」
 桃代の運が強いのは、優美だけでなく、誰もが認めるところだろう。
「そっちが勝ったら、今日の受け付けから解放してあげればいいのね。だけど、
あたしが勝ったら、何かメリットあるのかしら?」
「それもそうか。……今日は弁当、持って来ているんだろ?」
「? 持って来てるけど」
 桃代は、鞄に目をやる仕種を見せた。
「ようし、じゃ、明日の昼御飯、おごってやる。学食で、好きな物を頼め」
「……デザート付きね」
「む……欲張りめ、また太るぞ」
「あら、もう負ける気?」
「ご冗談を。よし、デザートも付ける」
「乗った。で、何で勝負するの? 女と男で、有利不利があるような勝負じゃ
ないでしょうね」
「こっちで決めていいか?」
「どうぞ。あまりにも無茶な勝負じゃなかったら、受けて立つから」
 自信が溢れている態度の桃代。

−−続く




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