AWC ファースト・ステップ 5   名古山珠代


        
#3431/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 9/17  20:28  (200)
ファースト・ステップ 5   名古山珠代
★内容
「後悔するなよ」
 津村も負けじと言う。そして室内を見回し、やがて、
「あのアンケート用紙を入れてもらう箱」
 と、問題の箱を指さしながら、津村は言った。
「どうかした、それが?」
「今まで、何人かの人が書いてくれたよな。その人数は、さて偶数か奇数か? 
こういう勝負は?」
 笑みを浮かべる津村。我ながら面白い賭けだ、と自負しているのだろうか。
「……数えていたんじゃないでしょうね?」
「疑い深いな。片山さん、先に選びなよ。偶数か奇数か」
「それならいいわ。……偶数にする」
「じゃ、俺、奇数ね」
 言うとすぐ、津村は箱を取りに走った。すぐに引き返してくる。
「公平を期すため、縁川さんに数えてもらおう」
 津村の言葉に、優美は桃代と顔を見合わせてから、箱のふたを開けた。
「一、二、三……」
 小さく声に出しながら、ゆっくり数えていく優美。
 ふたの切り込みが小さいためか、箱の中のアンケート用紙はどれも、何重か
に折り畳まれている。その一枚一枚を丁寧に広げ、確かに記入されているのを
確かめてから、箱の横に置く。
 さほど多くなかったので、作業はすぐに終わった。
「……十五。奇数だわ」
「俺の勝ちね」
 優美の言葉に、津村の言葉が重なる。
「……仕方ないなぁ。お客、二人組ばかり目に着いたから、偶数だと思ったの
に……。いいわよ、行っても」
 桃代は悔しそうだ。
「ありがとー。では、遠慮なく。−−あ」
 出て行こうとする途中で、足を止める津村。
「縁川さん、よかったら一緒に来ない?」
「わ、私は、桃代と」
 戸惑いながら、津村と桃代を交互に見やる。
「本当に、俺の代わりにいる必要なんてないんだから。このままじゃ、十二時
半まで動けないよ。折角、祭をやってるのに」
 文化祭も、祭と言えば祭だ。
「いいわよぅ、優美。いってらっしゃい。あたし、心が広ーいんだから」
「桃代」
「ただし、十二時十分まで。お弁当、ここで一緒に食べるんだからね」
「……ありがとう」
 友人の気配りに感謝。深くお辞儀し、わずかに先を行く津村を追いかける。
「ごゆっくり」
 桃代の声が、かすかに聞こえた。
 廊下に出てから、状況が普通でないと、優美は気が付いた。
(学校で、男子と二人、並んで歩くなんて)
 好奇の視線で見られているような気が、たまにする。意識過剰かもしれない。
「どこか、早く見たいところ、あるの?」
「え? いえ、特にない」
 急に話を振られ、どぎまぎしてしまう。
「そう。それなら、俺の行きたいところでいいよね」
「うん。−−どこ?」
 前を歩く津村は、すぐに返答した。
「図書部の展示」
 図書部となると、園田部長と顔を合わせちゃう。優美はそんなことを思い浮
かべながら、話を続ける。
「……やっぱり、未知の物語を聞きたいから?」
「ま、そういうこと」
「−−あの、ごめん。悦子おねえちゃんと会わせる話、なくなっちゃって」
 不意に思い出された。ために、深い考えもなしに、とにかく謝ってしまう。
「そんな、今になって、また謝られたって」
 今度は、津村が戸惑う番のようだ。
「だけど、来年は受験生になっちゃうのよ、私達。漫画を描きたくても、描け
ないわ、多分。そうなる前に、一度、本格的に描いてみたいって、いつか言っ
てたから」
「そりゃまあ。遊びで、ごく短いのなら、描いたことあるんだけど」
 津村がそう答えたところで、図書部の展示がされている部屋−−図書室の前
に到着。時間帯もあるだろうが、閑散としている。
「入っていってよー」
 園田の声がした。呼び込みのつもりなのだろうが、抑揚がないのでおかしく
聞こえる。園田自身の姿は見えないが、どうやら、貸し出しのための受け付け
カウンターの方で、ごそごそと何かやっているらしい。
 他にお客がいないのは、ちょっと……。そう、優美が躊躇している内に、津
村が入っていってしまった。園田も顔を上げ、気付いたようだ。
「あれれ、縁川さん」
 先に、優美に声をかけてきた。
「展示は、僕が引き受けると言ったのに」
「あの、私じゃなくて」
 優美はやや言い淀みながら、津村の方を手で示す。
「……津村君、だったかな?」
「……過去形で言われなくても、今でも俺は津村光彦ですけど」
 やや訝しむ様子の津村。
「名前、どうして知っているんですか? 俺、言った覚えないんですが」
「うん、確かにない。だけど、津村君は今年はともかく、一年のとき、よく本
を借りていただろ? それで覚えてしまったんだ」
 カウンターから出てきて、にこにこしている園田。どことなしに、疲れてい
るように見受けられる。
 美術部と二股かけたせいかもしれない−−優美は、少しだけ心配になった。
「なるほど。それで、先輩の方は?」
「僕の名前? 園田俊明。どんな字なのか知りたければ、生徒手帳を見せよう」
 やりとりを見ていた優美は、改めて思った。部長って、やっぱり、ちょっと
変わり者……。
「いいですよ。それより、この有り様は? 何だか、がらんとしていますね」
「人手不足のせいで、ちょっとね。抜けてたんだな。何しろ、図書部の部員は
現在、僕と縁川さんの他は、一年の女子が一人だけ」
 優美は、園田がこちらに視線を向けるのが分かった。
「縁川さん。何を忘れていたと思う?」
「忘れてた? 何か大事なことですか?」
 さっぱり分からない優美は、いささか慌てて聞き返した。
「その様子だと、気が付いていないな。ポスターだよ」
「あ……」
 口に手を当てる優美。すっかり、忘れていた。美術部で、ポスター作りの現
場を見ていたのに、図書部の方では気が回らなかった。恐らく、常に絵を描い
ている美術部でポスターときても、印象が薄かったせいだろう。
「他の部は何枚も張っているのに、図書部のは一枚もない。当たり前だ。作っ
てないんだから。しまったよな」
 うなずきながら、園田は愚痴をこぼす。
「今からでも作って、張らなきゃ」
 優美は、ペンが置いてあるところへ走る。
「何なら、俺が描きましょうか?」
 津村が園田に申し出た。
「いいのかい?」
「はあ、まあ……。だいたい、縁川さんを借りて、そちらに迷惑をかけたのは
美術部の方ですし」
「そうか。それなら、貸し借りなしにしておこう。後腐れがなくていい」
 納得したというように笑う園田。表情に乏しい観のある園田だが、今は、さ
すがに嬉しそうだ。
「紙とペン、あります?」
「ここよ」
 駆け足で運んできた優美。
 広い机に古い新聞紙を敷き、上に画用紙を置く。白だけでなく、赤、青、緑
……とにぎやかに揃っている。それに、次々とイラストを描いていく津村。さ
すが、手慣れたものだ。
「文字は、何て書けば?」
 ペンを太めのに持ち替え、図書部部員二人に聞く美術部部員。
「なるべく真ん中に、図書部。展示をやっている場所として、図書室と書かな
いといけないな。内容……部誌の展示と書いてくれないか」
「分かりました」
 津村が手を動かし始める。
 もちろん、文字を入れるぐらいなら、優美や園田にもできるから、同じよう
に書いていく。
 それから数分後、気持ちが急いていた割には、まずまず、見られるポスター
が完成した。
「僕が張って来よう。その間だけ、縁川さん、受け付けを頼む」
 園田はそう言い置くと、ポスターとセロテープを携え、普段の彼からは想像
できない素早さで、外に飛び出して行った。
「何か、面白い人だな」
 見送る津村の顔は、呆れたような感心したような、複雑な笑顔だった。
「その一年の子は?」
「え? あ、今日は来ていないの」
 優美は、カウンターに腰掛けた。津村の方は、その近くの椅子に落ち着く。
「その子−−新倉さんって言うんだけど、病気で休みがちなの。今日も通院の
日に当たっていて、それが終わってから、遅れて来ることになっている訳」
「なかなか……ハードだな」
 津村は、やたらとうなずいている。
「展示、部誌の他に、何をやるんだ?」
「この一年間の、ジャンル別貸し出しランキングベストテンを表にして掲示。
それから、購入してほしい本等のアンケートとか」
「ここでもアンケートか。とりあえず、部誌を見てみたいな」
「見てみる? そこだけど」
 カウンターに一番近い机の上に、冊子が何冊か積み上げられている。
「今なら、他にお客さんはゼロ。心静かに、読んでくださいな。あっ、もちろ
ん、持っていってね。気にいらなきゃ、置いといて」
「もらえるのなら、家で読もうかな」
 と、津村。
「アンケート、書くよ」
「それなら、こっち。私もサクラで書いておくわ」
 アンケート用紙を取ると、津村と優美は、机を移動し、並んで記入を始めた。
 書いている最中に、ふっと思い付いて、優美は話しかけてみた。
「津村君、二年になってから、あまり本を借りていないんだって?」
「ほい。気楽に引き受けたんだけど、美術部の副部長って、意外と忙しかった
んだな、これが」
 わざとらしくため息を吐く津村。
「一年の頃、どんな本を読んでいたのよ」
「色々だけど……。入学したばっかの頃は、高校生になったんだから、ちょっ
と読書の傾向を変えようと、変な風に意識しちゃってさ。いわゆる名作ってや
つばかり、読もうとしたんだ」
「あはは。ありそうな感じ」
「けど、挫折。正直言って、あんまり面白くなかった。それで、自分が本当に
読んでみたいのを読もうと思い直したのが、六月ぐらいだったかな。とりあえ
ず、SFとファンタジーと推理小説。それから、パロディも読んだ」
「日本の、それとも外国作家?」
「うーん、多分、日本の方が多い。片仮名の名前って、イメージしにくいから。
漢字だと、ある程度できるだろ? 岩田ってくれば、ごつい奴を想像するとか」
「うん、私も似たところ、ある」
「縁川さんは、どういうのを借りるの?」
「さっき、津村君が挙げたのと同じ。他に恋愛小説。それから、少女小説。こ
の呼び方、好きじゃないんだけど」
「そう言えば、少年小説っていうの、ほとんど聞かないな」
「でしょう? ジュニア小説だと、中学生っぽい響きがあるみたいだし」
「そういう類は、ティーンズノベルでいいんじゃないかな」
 園田の声。どうしてこう、いつもいつも唐突に割って入ってくるのだろう。
「いつの間に……。聞いていたんですね。いい趣味じゃないですよ」
 席から立ち上がって、優美は抗議した。
「それは悪かった。だけど、これだけ静かだとね、嫌でも聞こえる」
 園田は室内をぐるりと手で示す。他の客は、まだ誰もいない。
「ま、客がいなくて、幸いだな」
「何が、幸い、ですか」
「それは、君らに、じっくりとお礼が言えるから」
 二枚目なのにぼーっとした顔に、笑みを浮かべる園田。
「特に津村君、ありがとう。助かった」
「いえ、別に……。千客万来となればいいんですがね」
 園田は苦笑をしながら、指定席であるカウンターの椅子に座った。
「聞こえないように話さないと」
 部長のいる位置を確認してから、元の席に座り直した優美は、すぐさま、津
村に話しかけた。当然、声は低められている。
「早いとこ、書いた方がいいかも」
「そうかもね。……あのさ、小説、書いてみないの?」
「え……また、その話?」
「嫌なら、よすけど」

−−続く




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