#3429/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 9/17 20:24 (199)
ファースト・ステップ 3 名古山珠代
★内容
「どちらもこなせ。それが君の果たすべき責任てもんだよ」
「……」
「じゃ、手が空いたら戻って来る。いいね?」
「はい。すみません」
どうにか見逃してくれそうな展開に、優美は頭を垂れた。
それに対して、園田部長は不思議そうな顔をして言う。
「何を謝っているんだい。謝るのは、できなかったときにしたらいい。−−そ
れでは、お互い、文化祭では頑張りましょう」
と、桃代の方に顔を向けて言った園田は、また眼鏡を直すと、足早に去って
行った。
「あー、やっと行ってくれたか」
小さく、手で追い払う格好をしながら、桃代は描きかけの絵に戻る。
優美も内心、胸をなで下ろし、やりかけの作業に取りかかった。
それからすぐに、他の部員が集まり始め、作業に没頭する状態となった。
ただ、優美は、津村が姿を現したときだけ気になって、顔をそらしてしまう。
「……ねぇ」
しばらくして桃代が優美に囁きかけてきた。いつもの甘えた声になっている。
「何?」
「さっきのやり取りから判断するとぉ、あの園田って先輩、図書部の主だね」
「ん、まあ、当たってるか。部長って、顔や勉強はそこそこだけど、クラスで、
ちょっと変わった奴で通ってるらしいわ。さっきので分かったかもしれないけ
ど、真面目とおちゃらけが同居したような、独特の雰囲気があるから」
一年のときから園田に接している優美にとっても、彼の持つ妙な間は、やは
り調子が狂う。
「おちゃらけ? どこが」
「最後の辺りなんかが。『お互い、頑張りましょう』って、言ったでしょ」
「……なるほど」
よく分からないという風に首を振りながら、桃代は筆を走らせた。
「でもね、何だか知らないけど、人望はあるみたい」
部長たる先輩を悪く評したフォローでもないが、優美はすぐに言い添えた。
「同級生や後輩から、悩みを打ち明けられて、相談に乗ってあげることがよく
あるんだって」
「ふうん? 見かけによらないと言うか」
「私が想像するには、部長の持つ、独特の雰囲気が、打ち明けやすく思えるん
じゃないかな。無色透明っぽい、妙な雰囲気だけど」
「言われてみれば、そういうとこもあるかもね」
それだけ言って、桃代は作品に集中し始めた。
優美の方は、どうも作業に身が入らない。園田部長が現れたおかげだ。
(お許しは出たけれど、図書室、行きにくくなるなあ)
ため息を吐く優美。どうも作業に身が入らない。簡単な仕事なのに、随分と
時間をかけてしまう。
「そろそろ置こうか。遅れている人は、家に持ち帰るなり、朝早く来るなりし
て、やってくれよ」
かなり時間が経った頃、軽く手を打ちながら、津村光彦が言った。副部長の
彼は、何かと忙しい三年の部長に代わって、進行を取り仕切っている。
「毎回の助っ人、お疲れ」
その津村から、声をかけられた優美。少なからず、どきりとする。中学三年
のときから三年続けて同じクラス、それだけが理由ではないが、ちょっと気に
していた。
決定的になったのは、ほぼ一年前の十一月頭、優美が桃代に誘われ、桃代の
兄の大学の学園祭に行ったときの話。
* *
「あーあ、やだやだ。どこの世界でも後輩って大変なんだ」
桃代は嘆きながら、喫茶店の一角に腰を下ろした。もちろん、大学の教室を
利用した模擬店。
「こき使われている兄上の姿を見て、がっくり来ちゃったって訳ね」
向かい合わせに座った優美は、面白半分に親友の気持ちを推し量った。
ウェイター役の学生に注文を告げ、話を続ける。
「がっくりって言うかぁ……高三のときのイメージじゃ、我が身内ながら、そ
れなりに格好いいと思ってたのが、突然、ひっくり返されちゃったから。あん
なぺこぺこしなくても」
「同好会と言ったって、一応、運動部だから、厳しい上下関係とかあるんじゃ
ない? 来年から再来年には、桃代のお兄さんも威張ってるって」
「そんなもんかな」
肩肘をつく桃代。その視線は、教室の壁に掛けられた絵に行っているようだ。
「ここ、美術部がやってるのかな?」
「さあ。入ってくるとき、確かめなかったから……」
優美も、周囲に視線を走らせる。客は多からず、少なからず。埋まっている
席は、五割強と言ったところか。
「あ」
壁際にある長机の上に、何か小冊子らしき物を見つけた。優美は立ち上がる
と、それを手に、すぐに戻る。
「見て。文芸部だった」
小冊子に見えた物は、確かに、文芸部の部誌のようだ。
桃代は、ぱらぱらと本をめくりながら、疑問を呈する。
「ちょうどよかったわ。覗いてみようと思ってたから
「ふうん。でも、どうして、絵−−イラストが飾ってあるのかなあ」
「−−あ、ここに書いてる」
優美が指で押さえた箇所には、「文芸部では、小説や詩といった文学の他に、
漫画やイラスト等にも手を出しています」云々とあった。
「そう言えば、漫画研究会みたいなのがなかったわね。人手不足で合併とか」
「ここって、総合大学でしょ。人、多いはずなのに」
「そうよね。文学衰退の兆候は、ここにも現れてる訳だ」
桃代の口調がおかしかった優美は、つい吹き出してしまった。
「ぷっ、あははは−−。そ、そんな風につながらないと思うけどね。でも、興
味あるな。うちの図書部でも創作やってるし、私の知っている人で、小説を書
く人がいるから」
「あれ? 片山桃代に、縁川……さんじゃないか」
背中の方から、不意に名前を呼ぶ声がして、優美は身体をびくりとさせてし
まった。
桃代はと見れば、すでに声の主が見えているらしく、どこか複雑な表情をし
ている。驚いたのと呆気に取られたのとがごちゃ混ぜになったような。
「フルネームで呼ぶな、津村光彦!」
大声を出す桃代。室内の客やら店員やらが、何事かとばかり振り返った。
「おいおい、恥ずかしい奴。他人の目を考えろって」
津村は足早に近寄ってくると、さも当然のような振る舞いで、優美達のテー
ブルについた。四角形の四辺の内の三つを一つずつ、三人が占めた形になる。
「何、座ってんのよ」
「同じ高校、あるいは同じ美術部じゃないか。気にするな。あ、おねえさーん、
カフェオレを一つ」
手を挙げ、注文を出す津村。桃代の抗議を、少しも意に介さない態度である。
「あ、ここ、代金先払いね。はいはい」
優美達二人の注文を届けに来たウェイトレスは、ついでに津村から代金を受
け取ると、笑いをこらえたような顔で戻っていく。
「あーっ」
「何よ」
小さく叫んだ津村に対して、初めて優美が口を開いた。
「飲み物はともかく、焼きプリンにチーズケーキ。どっちも太りそうだ」
「放っといてよ」
二重音声になって、反駁してやる女子二人。
「意見を述べるのは自由だろ」
「それより津村、どうしてここにいるのよ」
「呼び捨てはないだろ、片山桃代」
「あんたねっ。その呼び方をやめないくせに、よく言えるわ!」
プラスチック製の透明なフォークを鷲掴みにしている桃代。
「大声はよせ、分かったから。−−片山さんに縁川さん。これでいいんだろ?」
「……」
黙ったまま、呆れている様子の桃代を見て取り、優美が言葉をつないだ。
「……それで、どうしてここに?」
「それは−−あ、どうも」
カフェオレが到着。話を中断された優美は、少しいらいら。
「うん。ちょっとぬるいけど、うまい」
一口、味わうようにカフェオレを口に含んだ津村は、わざとらしく、気取っ
たポーズをしている。
「話が途中なんだけど」
「あ、そうだった。ここに来た理由? 簡単、お姉がここに通っているから」
「お姉さんが? お姉さんがいたの?」
「知らなかった? −−ま、そりゃそうか。大方、そっちも誰か、身内がいる
んだろ? そうでなきゃ、こんな遠くまで足を伸ばしっこない」
津村は、優美と桃代を交互に見返してきた。
「……当たってるよ。あたしの兄貴が」
桃代が答えると、
「やっぱりね」
と、満足そうに笑う津村。そして、間を空けずに続ける。
「へえ、お兄がいたの。知らなかったな。同じクラブに入っているのに、こん
なことも知らないんだよなあ」
優美には、そう話している津村の横顔が、とても楽しそうなものに見えた。
「一人で来たの、津村君は?」
「そう……いや、二人連れ。女と」
「え、まじ?」
桃代と一緒になって、問い詰める優美。
だが、津村の方は、また笑ったかと思うと、軽く舌を出している。
「へへ、何を想像しているんだい? 女ってのは、お姉だよ。一緒に来たんだ」
「なーんだ」
「馬鹿」
乗り出していた身体を椅子の背に戻しながら、女子二人は落胆。
「馬鹿はひどいな。あ、でも、それだけ気にしてもらえるのは、気分がいいや」
「あほか。女と男の話っていうのは、赤の他人のことでも面白いのよ」
「馬鹿の次は、あほ……。学校にいるとき以上に口が悪いな、片山さん」
「何をぅ」
「学校だけ見ても、授業中は甘えた声なんだって? それが部活中ときたら」
「もう、やめようよ」
優美は、周りの視線が気になって仕方なくなっていた。何だかんだ言って、
二人共、声が大きいのだ。
「ね、ねえ。じゃあさ、どうしてこの部屋に来たの?」
話題の転換に努める優美。
「津村君、美術部だよね。文芸部には縁がなさそうだから、単に休憩したかっ
たとか?」
「外れ。興味あるんだ、文芸っていうか、物語の創作に」
「創作……? 物語の?」
分からない。首を傾げる優美。
それに対して、桃代はまた肩肘をついて、もう片方の空いた手を広げている。
「部活のとき、よく言っているのよ、こいつ。『原作があれば、漫画を書いて
みせる』とか何とか」
「ふうん?」
優美は、改めて津村を見やった。彼は黙ったままである。
「美術部ってもね、津村……君は、漫研がなかったから、仕方なしに入った口
よ。ねぇ? 勉強さぼって、絵を描いてるとこを親に見られても、部活だって
言い訳できるし」
歯を見せて笑みを浮かべながら、ここぞとばかり、攻撃するのは桃代。
「で、でも」
またもや、優美は雰囲気を取り繕う役だ。
「文芸部はなくても、図書部ならあるわ、学校には。私も入ってるんだけど、
創作をやってる人もいるのよ」
実際は、園田部長一人しか創作していなかったが、優美は適当に省略する。
「図書部には入らず、どうして美術部?」
「……物語を作り出すのは無理みたいだから、俺」
津村は、桃代の方をちらっと見やったようだ。よけいなことを口にしやがっ
て、とでも言いたげに。
「がきの頃−−」
「今でも、がきのくせに」
「うるせーっ」
桃代の茶々を一喝し、津村は続ける。
「小学生の頃から漫画家になりたいと思っていた。絵もある程度、描ける。で
も、いくら筋を考えようとしても、どこかで見た、どこかで聞いたような話に
なってしまうんだ。それに、自分が分かっている物語を絵にしていっても、多
分、面白くないだろうなって思うようになって。わくわくしたいんだ。だから」
カフェオレを飲む津村。そして再び、口を開く。
「だから、自分の知らない、面白い物語を聞かせてくれる人がいたら、俺、そ
れを絵にしたい。漫画にしたいと思う」
真剣なんだ。優美は、津村の左横顔をじっと見つめた。津村の目が輝いてい
るように感じられた。
「……要するに」
桃代は、けだるい調子で応じた。
「原作者になってくれそうな人を、漁りに来たってか?」
−−続く