#3328/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 7/16 21:15 (111)
金田一の事件簿 1 永山智也
★内容
彼は名刺を取り出した。よれよれのへろへろ、端は黒ずんでいる。
相手は不快な色をなした。が、それは一瞬で、次に、明るい面をはっとした
ように上げた。
「ほう! あなたがあの有名な探偵の」
「え、ええ、まあ」
彼は曖昧にうなずいた。ぼさぼさ髪の頭に右手人差し指を突っ込み、ぼりぼ
りぼりと掻いている。照れ笑いじみた柔和な顔は、なかなか絶えない。
名刺には「金田一」とあり、肩書きは「探偵」であった。
「地獄に仏とは、まさにこのことですな。わは、わははっ!」
金田一に対して、彼−−村島拓太郎は豪快に笑った。先ほどまでの、金田一
に向けられていた軽蔑の眼は、とうに奧に引っ込んでしまっている。
「お父様、私のおかげよ」
きんきん声で言ったのは、村島拓太郎の娘、村島利音。パーティの席上のた
めだろう、青系統のラメの入ったチャイナドレスを着ている。身体のラインが
露であるが、そうするだけのスタイルの持ち主と言えた。
「私がお招きしたんだから、この名探偵さんを」
村島利音は金田一の側に立つと、彼の腕を取った。
「ダンスでもどう?」
「い、いや、僕は」
袴姿の金田一は、へどもどするばかり。
「そ、それ、それに、踊っている場合じゃありません。事件が起こっているん
ですから」
「あら。じゃあ、もっと主導権を取ってくださいな。遠慮なさる必要なんて、
全然ありませんから。お屋敷にいるほぼ全員が、身内みたいなもんだから」
「ぼ、ぼ、僕は、村島さんの身内じゃありません」
「いいのよ。ねえ、お父様。彼に事件を任せるんでしょう?」
「ああ。警察に連絡できない以上、それが最善だろうしな。私からもお願いし
ますぞ、金田一さん」
「はあ……」
村島利音から解放された金田一は、椅子に座り直した。
「自分みたいなのでよければ、喜んで、警察が来るまでのつなぎを努めさせて
もらいます」
「そんなこと言わず、解決しちゃってよ」
村島利音は金田一の肩を叩いた。
彼女に続いて、若い男が発言。
「そうですとも。解決は早ければ早いほどいい。鑑識の結果が必要でしたら、
及ばずながら私が力を貸しましょう」
「あ、あなたは?」
「浅野行彦、医者です。村島氏の友人兼主治医みたいなもんでしてね。法医学
も少しはかじってますし、道具もありますから。遠慮なく、すべきことをおっ
しゃってください」
「はあ、ありがたい話です。実にうまくできてる」
感心する風の金田一。
「解決する自信がないんじゃねえの」
乱暴に言い放ったのは、村島利音の弟で、まだ高校生の村島習介だった。喜
慣れぬスーツが息苦しそうだ。
「解決する自信ですか。いや、ありますよ」
「だったら、早くやってみせなよ、おじさん」
「やりたいのは山々ですが、これでも僕はプロですからね。そこら辺の素人探
偵みたく、その家のご主人に頼まれたからといって、すぐに動く訳にはいきま
せん。何故なら、仕事には契約という物が必要なのですから」
「−−なるほど」
村島拓太郎は、髭を一撫でした。
「すっかり失念しておりましたな。これはご無礼をしてしまった」
「いえいえ。よくあることです。小説やテレビの影響で、簡単に依頼が成立す
ると誤解している方は、数多くおられます」
「そう言ってくれると、肩の荷が降りますな。では、さっさく、契約の話と参
りましょう。私の部屋に参りますか?」
「いえ、ここで結構です。今の段階で、全員が揃っているこの大食堂から抜け
出ては、探偵業に支障を来すかもしれませんから」
「なるほど」
大きくうなずく村島拓太郎。
他の者達も、一様に感心した風を見せている。
「これを契約書としましょう」
金田一は懐から封筒を取り出し、さらにその中から何枚かの紙を引っぱり出
してきた。
「いつも持ち歩いておられるので?」
「そうです。さて、依頼内容ですが……事件の解決だけでよろしいですか?」
「他に何があるの?」
怪訝そうな顔つきをする村島利音。
金田一の方は、お金の話になってからは、かなり饒舌になっていた。
「犯人が、この執事殺しだけで犯行を終えるとは限りません。事実、予告状に
は、村島家の者全員の命を狙うような文句がありましたね。ですから、僕があ
なた方の命を危険からお守りする、という依頼も引き受けます」
「お願いしよう」
「ですが……ちょっとお高く付きます」
「いくらだ?」
いらいらした様子を見せた村島拓太郎。
「危険手当て込みで、着手金百万円が相場となっています。念のためにお断り
しておきますと、一人頭百万です」
「それぐらい、払えますぞ。村島家全員で五人。私と妻、娘、息子、そして母
の五人だから五百万でいいんですな」
「他の方は、どうでもいいんですね?」
金田一は彼から近いところで、医師の浅野行彦へ顔を向けた。
医師は小さく肩をすくめた。そしてにやりと笑い、
「百万程度なら、何とか払えますが……狙われる覚えがないので、遠慮してお
きましょう。逆に、医師の知識を用いて解決に協力しますから、金一封をいた
だきたいですねえ」
などと答える。
「お礼については、事件が終わってから考えましょう。実際に役立つかどうか、
分からないのですから」
金田一も応じておいて、話を戻す。
「さて。着手金の他に、日当もいただくことになっていましてね。一日当たり
七万になります」
「あなたの働き具合にもよるが、少なくとも警察が来るまでの分は、払いまし
ょう」
「ありがたいですね。それから……成功報酬として、これも一人頭五十万円を
いただきたいんですが」
「成功とは、私達の命を守りきった上で、事件を解決した場合を差すのかね?」
「さようです。ああ、先の着手金ですが、万が一にも命を落とされた場合は当
然、お返しします」
「結構だ。お願いしよう。食費等はサービスだ」
「感謝します。では、正式に結びましょうか。できましたら、奥さんとお母さ
んをこの場に呼んでいただきたいのですが」
金田一に申し出に、村島家当主はうなずくと、重々しく言った。
「母さん、こちらに来てください。令子、おまえもだ」
別のテーブルで、他の女性客達と話に興じていた二人が立ち上がった。
−−続く