#3329/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 7/16 21:19 (137)
金田一の事件簿 2 永山智也
★内容
大食堂にいる人達に、人の動きを互いに記憶しておいてくださいと、一応の
お願いをしてから、金田一は浅野行彦と共に部屋を出た。現場に向かって、遺
体を検分してみるつもりらしい。
「ん?」
後ろを行く足音がする。振り返ると、村島利音がついてきていた。
「利音さん、何か?」
「私も行くわ」
当然と言わんばかりの態度をしている。
「何を言ってるんですか」
「だって、村島の人間じゃないあなた方二人に任せておいては、ちょーっと不
安だわ。あなた達の共犯という可能性は、ゼロとは言い切れない」
「分かりました」
探偵と医師とが目を合わせ、苦笑を浮かべる。
「是非、ついてきて、僕らを見張っていてください。その代わり、邪魔もしな
いでくださいよ」
「もちろん」
満面の笑みに、悪意はなかった。好奇心が目立っていた。
現場は、地下のワインセラーである。執事の帰りがあまりに遅いため様子を
見に行ったメイドが遺体を発見し、皆に知れるところとなった。
「利音さんは見ない方がいいですよ」
執事にかけられた布に手をかけたまま、金田一は忠告を発した。
「平気よ。気分悪くなったら、すぐに飛び出すから」
「仕方ありません。では」
そろそろと布をめくる。
現れた執事の右側頭部は、見事に陥没していた。血溜まりが露になり、立ち
こめる血の臭いも強くなったような気がする。
「浅野さん、どうでしょう? ああ、ボトルの破片に気を付けて」
「うむ」
浅野行彦はネクタイを緩めながら、『仕事』に取りかかった。
「死後一時間ってとことですかね。死因は言うまでもないでしょう。毒殺など
したあとに頭を殴っても、ここまで血が吹き出すものじゃない。凶器が見当た
らないな」
「ワインのボトルでは?」
「さて、ガラスですからねえ。よほどタイミングよくやらない限り……」
傷口に目を凝らす医師。
「ボトルじゃないでしょう、恐らく。見てください、傷口にガラスの破片が全
くない」
「……なるほど」
「犯人の利き手が分かるんじゃないの?」
この場でただ一人の女性は、傍観から一転、意見を述べた。
「右側を殴ってるから、犯人は左利き……」
「そう簡単にはいきませんよ、お嬢さん」
浅野行彦は穏やかに訂正した。
「傷の付き方を、精密に計れれば、右左、どちらで殴ったのが有力か、ぐらい
は分かりますけどね。今ここにある道具程度では無理です。それに、仮に左腕
に凶器を持って殴ったとしても、それが即、犯人は左利きという結論にはなら
ないでしょう。右利きの犯人が、わざと左手で凶器を持ったのかもしれない」
「……分かったわ」
「あなたの方が探偵みたいだ」
金田一が冷やかすと、医師は頭を掻いた。
「他に何かありますか」
「いや、私の力では……おや」
浅野行彦の目が一点に止まる。金田一と村島利音も覗き込むように続く。
「これ、何かの文字に見えませんか」
「ああ……アルファベットのHだ」
床には血文字があった。執事の身体の向きから言っても、間違いなく、Hだ。
「執事の指には血が付着してる。彼が残したものでしょう」
金田一は難しい顔をした。
「他の文字には……ならないな」
「犯人のイニシャルかしらね?」
声を弾ませている村島利音。
「かもしれません……」
探偵は低い声で応じた。
「何を慎重に言ってるの? そう考えるのが普通でしょ」
「え? いやあ、ははははは」
突然、笑い始める金田一。他の二人はぎょっとしているのがありあり。
「日当が一日分しかもらえそうにないので、残念だなあと」
「七万か十四万かで、そんなにけちけちしないでよねえ。こうなったら、さっ
さと戻って、イニシャルHの人をリストアップしましょうよ」
「そうですよ」
医師も同調する。
「犯行時刻もほぼ出ているんだから、イニシャルHの人間を列挙して、あとは
アリバイで絞れば、犯人が分かるかもしれません」
「そうですねえ」
金田一は投げやりに言った。
大食堂には、全員が集められていた。
が、姓名いずれかのイニシャルがHの人間は、一人もいなかった。
「不思議だな。犯人が濡れ衣を着せるにしても、いない人間のイニシャルを書
いても無意味だし」
村島拓太郎は首を捻った。
金田一も困り果てた様子を見せている。
「ちょっといいですか」
客の一人が手を挙げた。年齢のよく分からない、中肉中背の男だ。
「何だね」
村島拓太郎が発言を許可した。
「探偵さんに質問があるんです」
「僕に?」
金田一とその男とが向き合う格好になった。
「あなたにアリバイはありますか?」
「いや、ないよ」
笑う金田一。
「しかし、それは全員同じ条件でしょう。パーティ中に起こった事件だ。一度
もここを出なかったと自ら証明できる人がいます?」
「いえいえ、あなたにも犯行が可能だったと分かればいいんです。話は簡単」
「どういうことだい?」
「あなたが犯人でしょう」
「何故? 推理があれば、聞かせてもらいたいね」
「推理なんてたいそうなものじゃない。ただ単に、僕らの中にイニシャルがH
の者がいないんだから、必然的にあなたが犯人になります」
「馬鹿馬鹿しい」
金田一は吹き出した。
「僕を誰だか知ってるんでしょうね? イニシャル、よく考えてくださいよ」
「K・Kと言わせたいんでしょうね。でも、違うんじゃないんですか? あな
たの名刺、僕はもらっていないけど……。村島さん、お借りできますか」
「あ、ああ。いいとも」
呆然と見守っていた村島拓太郎は、先ほど金田一から渡された名刺を取り出
した。自分でもそれをじっと見つめ、それから男に手渡す。
「どうも」
「礼はいいが、その名刺がどうかしたのかね?」
「ええ……。やっぱりね」
にこっとする男。彼はその笑顔のまま、金田一へ向き直った。
「ねえ、あなたがもし、キンダイチさんなら、どうして『金田一』としか刷っ
ていないんですか?」
「そ、それが僕の名前だからね」
「なるほどね。で、下の方はどうしたんです?」
金田一は無言だった。
「僕が思うに、これはこれで、姓と名を現しているんじゃないですか? えっ
と、例えば『かねだ はじめ』とかね」
「……」
雄弁な男に対して、金田一は無言であり、その他の者達は驚愕の声を上げた。
「『はじめ』なら、Hだ。当たりましたか?」
「……」
「あなたが村島の人達の皆殺しを謀ったんでしょ? 一人ずつ殺していって、
自分は名探偵を気取り、事件の流れを牛耳るつもりだった。
でも、執事に本当の名前を知られてしまった。招待客の名前を正確にチェッ
クする義務がありますからね、執事には。いい加減な人間を招き入れる訳には
いかないのです。だからあなたは、皆殺しを始める前にさっさと執事を殺した
のかな。ひどいなあ。まあ、その結果、ただ一人あなたの名前を正しく知る彼
は、ダイイングメッセージとしてHを残し、事件解決に至った訳ですが」
「くそっ」
観念したのか、金田一はその場にへたり込んだ。
「絶対、うまく行くはずだったのに……。貴様は何者だ?」
「僕ですか? 僕もまあ、探偵の端くれでして。名前は」
******は、さらりと名乗った。
−−終わり