AWC エマ降誕 2   永山


        
#3324/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 7/16  21: 0  (200)
エマ降誕 2   永山
★内容
 コンサートのエンディングは、いつものように『しらせ音』が流されていた。
 もちろん、福音エマの姿はない。
 観客は歓声を送る訳でも、声を合わせて唱う訳でもない。ただ静かに聴き入
るだけ。それが、儀式なのだ。
 曲が終わった。枯れていた泉に水が戻って来た。こんこんと溢れ出す、青い
水。そんな映像を脳裏に想起させる、静かな拍手が広がる。やがてそれは、地
鳴りのような迫力を持って、アリーナ全体に響き渡った。
「終わった、んだな?」
 半ば恐る恐る尋ねた王子。
「そうだよ」
 サイモンは、ほーっとため息をついていた。至福の時を過ごし、満足しきっ
た穏やかな表情。
 人の流れに身を任せ、会場の外に出た。ひんやりとした空気を浴びて、サイ
モンの表情はさらに気持ちよさそうに見える。
「堪能したって感じだ」
「王子は楽しくなかったっての?」
「−−っと。凄いとは思った。身震いするぐらいにね」
「それ、分かる」
 なら許してやる。うなずくサイモンの態度は、雄弁にそう語っていた。
「最後に流れていた歌。あれが福音エマか?」
「そうだよ。何だ、知らずに聞いていたの? あっきれたなあ」
「初めてなんだから」
「そういう問題じゃないっ。学校で知らないの、王子ぐらいだ」
 立ち止まって指さしてきたサイモンを相手にせず、さっさと進む王子。
 午後九時を回った頃。三日月が、切れそうに美しかった。
「こら!」
 ジーンズから足先を覗かせ、とことこ追いかけてくるサイモン。
「今日のために、勉強はしたよ。元々はゲームのキャラで、パソコン通信上に
メッセージを発し、CD−ROM上のアニメとしても存在し、歌声を残してる」
「知識はそれでいいけど、実際には? ゲーム、やってみた?」
「ロールプレイングは趣味じゃないんだ。根気がないもんで。『死界武闘伝』
の方ならやったけどな。パソコン通信の『エメリアン』も覗いてはみたよ。よ
くあるアイドルのファンクラブに似ているけど、少し……いや、だいぶ違う」
「どこがどう?」
 試すかのように、サイモンは視線をよこしてきた。見下ろす形で返す王子。
「簡単には言えない……。エマの実在が未確認なのが、その理由だろうとは思
う。何て言うか……宇宙人とか神様とか、そういうのを相手にしているような」
「それは言い過ぎだよ、王子チャン」
 けらけら笑って、王子の背を叩くサイモン。髪を振り乱し、実に愉快そうだ。
そのけたたましい笑い声が、徐々に弱まりすっと消える。
 ねずみ花火みたいだと、王子は思った。
「だけど、気持ち悪い部分もある。今日、会場に入るときだって、ぎょっとし
たよ。名前を書かされた上、髪の毛一本、置いて行けって言うんだからな」
 思い起こすだけで、奇妙な感覚がまざまざとよみがえる。
 入場するには十二の入口があるのだが、そのどこもが「エマファン度チェッ
ク」とでも言いたくなるような、髪の毛採集を行っていたのだ。これに従えな
い人は、入れない。髪のない人は爪でも一滴の血でも涙でもいいと言ったのが、
王子の背筋をぞくっとさせた。
「別に平気だよ、あんなの」
 頭のてっぺんから爪先まで、どっぷりとエマの魅力に浸かってしまっている
サイモンは、けろりとしている。
「そうかな……」
 王子は首を捻った。
 人の流れの大勢は、駅へ向かっていた。が、鉄道を利用する必要のない二人
は、そっと流れを抜け出た。このまま公民館、公園、工場と抜ければ、町にた
どり着く。歩くにはちょっと遠いが、アリーナに近接する町として、便がいい。
「疲れてないか?」
「ううん。王子こそ、初めてのライブ体験で、足腰がくがくじゃない?」
「冗談っ。何なら、おぶってやってもいい」
「おぶいたいんなら、素直に言いな。この胸の膨らみを背中で感じたいって」
 カウボーイ風のチョッキをはだけ、胸を誇示するサイモン。
 一瞬、目を奪われた。王子は声に出さず、口の形だけで馬鹿と言った。

 入ってきた男−−富樫を視認すると、左文字は意図的に気軽な口調で言った。
「条件を満たす者は何名いたのかな?」
「十五名でした。こちらが各人の資料です」
 カルテに似た書類の束を受け取る。写りの悪い写真が貼付してあった。
「一万六千に十五とは多いね。全部が全部、子供という訳でもないだろうが、
まずは結構なことだ。尾形さんも喜ぶだろうな。いつものように、詳細を引き
続き調べて、何か分かったら知らせてくれ」
「分かりました」
 富樫が左文字の部屋にいた時間は、一分にも満たなかった。
(俺は専門外、形式に過ぎないな。決めるのは尾形、そしてお嬢さんなんだ)
 書類を投げ出すと、左文字は再びディスプレイに向かった。
(地震予知さえ不完全なのに、続けるのは不毛だな。そもそも、MCM−−デ
ィナが実際に現れたら、どうするんだっけ。戦えるのは一人しかいない)
 画面に異常を示す兆候は、未だになかった。明らかに単なる微弱な地震の発
生が、刻々と入ってくるだけ。
「幸福なことだ」
 左文字は一人、つぶやいた。

 郵便受を覗くと、白に銀色の縁の入った封筒があった。
「何だ、これ」
 王子は無意識の内に声を出していた。
 差出人のところにはイーヴァとあった。さらに連名の形で、福音エマファン
クラブ・エメリアンと記されている。自筆ではなく、全て印刷だ。
「『王子 里亜 様』……。間違いなく僕宛」
 部屋に引き返してから、開封する。
 中からも印刷物。ただし、最後だけ手書きのサインがあった。赤いダイヤの
マークと共に。
<いつも福音エマを応援してくれありがとう。これは貴方への『福音』です。
詳しくは、まだ明かせません。本封筒を持参の上、下記の住所へ是非、来てく
ださい。ただし、招かれたのはあなた一人だということを忘れないでください。

 ** **** ********* ***−**
  『Gのため息』

 貴方の都合のよい日時でかまいません。常にお待ちしています。
 交通費・宿泊費等を含む諸経費は、当方で負担させていただきます。

                  プロダクション イーヴァ 
                  福音エマファンクラブ『エメリアン』

                   福音エマ ◇          >
 一読して、混迷はますます深まった。
(ファンクラブ会員でもない自分のとこに、何故……。考えられるのは、この
間、サイモンに連れられて行ったコンサートのあれか)
 もう一度、文章に目を通す王子。
(他言無用とは書いていない。実際にこの住所を訪ねるときに自分一人ならば、
別にかまわないんだろう。だったら、サイモンに聞いてみようか)
 電話でも電子メールでも伝えられるのだが、直接会って話そうと思う。
 王子はその辺りの服を適当に引っかけて、外に出た。
(今の時間帯なら、あいつはバスケをやってるはず……)
 駅前の商店街を少し外れたところにコートがある。王子はそこを目指した。
 コートまであと少しのところで、赤信号に引っかかる。
 何気なく、左斜め上の電光掲示ニュースに目が行った。
 と、飛び込んでくる『緊急』の二文字。
(飛行機事故でも起きた? それとも富士山が解禁された?)
 そんな予想は、次の瞬間、粉みじんに砕かれる。まずは想像できない知らせ
が、電光掲示板を横に流れたのだ。
<緊急ニュース:W沖に正体不明の巨大生物出現。三九九九〇トンの貨物船が
襲われ、炎上沈没   ☆☆☆   緊急ニュース:W沖に正体不明の巨大生
物出現。三九九九〇トンの貨物船が襲われ、炎上沈没   ☆☆☆   ……>
 周りの人が動き出した。
 我に返る王子。信号は青に変わっていた。
 ほとんど誰も、電光掲示を注視してはいなかったらしい。
 王子は電化製品店を探した。
 三十メートルも行かない内に、右手に発見。店頭には複数のテレビが置いて
ある。画像は音楽番組、立ち止まってまで見ている連中はいなかった。
 テレビの真ん前で足を止めた王子は息を切らせ、膝に手を当てた。わずか三
十メートル足らずでも、動悸が激しくなってしまった。混乱と興奮のためか。
 それを待っていたかのように突然、映像はニュースに切り替わった。
<番組の途中ですが、ニュースをお知らせします。
 午後三時四十分頃、W沖に巨大な生物が現れました。巨大生物はW港に停泊
していたP国船籍の貨物船・レイホース号、三九九九〇トンを襲い、これを炎
上。三時五十分にレイホース号は沈没しました。乗組員の安否は分かっており
ません。繰り返します……>
 伝えるアナウンサーさえ、戸惑ったような表情を隠しきれていない。
(W……西の方だよな。そのあと、巨大生物はどうなったんだ? 映像は?)
 画面をにらみ上げる王子。
 しかし、画面は相変わらず、アナウンサーが同じ文章を読み上げるだけ。
(他のチャンネルに切り替えたい)
 が、それはさすがに躊躇される。
 気が付くと、人だかりの先頭にいた。すり抜ける。
(変なニュースだ。今日がエイプリルフールで、ここがイギリスならまだ分か
るんだけどな。さ、どうしよう)
 自分と直接関係あるとは思えない。だが、気になるのも事実だった。
(サイモンと会うのは、いつでもできる。こっちから会いに行ってるんだから、
迷惑かける訳でもなし。帰って、ニュースを見ている方がいいか)
 王子は結論を出し、目と鼻の先のバスケコートに背を向け、家に戻り始めた。
 自宅が見えるところまで来て、様子が妙だと気付いた。
 王子の家の前に、見知らぬ男が辺りをはばからずに立っている。なかなか背
が高く、がっちりした体格だ。すぐ側にはグレーの外車が停車してあり、やや
年の行った男が運転席にいた。
 警戒しながら、ゆっくり前進する王子。
 が、相手は大胆だった。秘密めかす素振りは少しもない。
「王子里亜君だね?」
 男は王子に気付くと、遠慮なしに声をかけてきた。目で尋ね返す。
「エメリアンの者だよ。都築邦正だ」
 慌ただしい動作で名刺を取り出す男。肩書きはエメリアン代表となっていた。
「じゃあ、パソコン通信の……」
「そうだよ。僕は本名で書き込んでいるから、知っているね」
 曖昧にうなずく。実際は二度ほど覗いただけなので、ほとんど記憶にない。
「封筒、受け取ってくれたかな? 予定変更でね、是非、今から来てほしい」
「は? そんな……急に言われても」
 王子に抗議を皆まで言わせず、都築は言葉を重ねる。
「エマに会えるよ。これ一回切りのチャンスだ」
「エマに会える?」
 ちょっと興味を駆り立てられた。が、どうにも状況が急で怪しすぎる。
「やっぱり、よします」
 相手の手を穏やかに払い、家に向かう。
 が、都築は素早かった。王子の前に回り込むと、身体でバリケードを作った。
「何故? またとない機会だよ。福音エマに会えるなんて、とても幸福なこと」
「残念ですが、僕はエマのファンではないんです」
「……何だって?」
 都築の顔色がわずかに変わったように見えた。端正な顔つきなだけに、狼狽
すると落差が大きいようだ。
「では、何故、『エメリアン』に……。コンサートにも来ただろう?」
「その前に……。あの、都築さんは確か、エマと会ったことはないはずじゃ?」
 別に何か覚えがあったから言ったのではない。誰もエマにあった者はいない
とサイモンが言ってたのを、鵜呑みにしていただけ。
「それは……実を言うと、僕も会ったことはない。電話で話しただけなんだ」
 都築は、冷静さを取り戻しつつあるらしい。口元に笑みを浮かべていた。
「僕も会いたいのだよ。だから、君、来てくれないかな」
「都合が悪いから、お断りします」
 きっぱり言って、身体を横にずらした。そこへ……。
「時間がない。やろう」
 外車の運転席から、もう一人の男が言った。
「分かった」
 都築はうなずくや否や、懐から携帯電話のような物を取り出した。と同時に、
それを王子へ押し当ててくる。
 瞬間、身体を貫く衝撃。
(−−こ、これ。スタンガン……)
 携帯電話に見えた物の正体に気付いたときには、すでに身体が言うことを聞
かなくなっていた。意識があるのに、足腰が立たない。声も出せない。
「軽いな」
 都築に、後部座席へ押し込まれるのまでは分かった。
 が、次には無臭の薬品を吸わされ、王子は意識を失った。

−−続く




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