AWC エマ降誕 1   永山


        
#3323/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 7/16  20:54  (191)
エマ降誕 1   永山
★内容
 圧倒されそうになりながらも、王子は耐えていた。何かしら引かれる物を感
じてはいても、有名人嫌いの彼としては素知らぬふりを保たねばならない。そ
れがスタイルなのだから。
「凄いだろ」
 隣の連れ−−否、今日は王子の方が連れて来られたのだ。
 とにかく、王子の友人であるサイモンが言った。同意を求めるような強引さ
はなかった。だが、同意するのは当然と考えているのかもしれない。そんな響
きがある。
「まあ、ね」
 仕方なくて、王子はそう答えておく。
「アーティスト、何て言う名前だっけ?」
「ひどいな、忘れたのかい?」
 すぐには教えてくれず、口を尖らせるサイモン。
 王子は謝った。お辞儀のように見える。
「悪い。ここの雰囲気に圧倒されてしまってね」
「それもそうか。エマだよ。福音エマ」
「ああ、そうだっけか。福音と書いて『ふくね』と読ませるんだったな」
「そ」
 短く相槌を打つサイモン。しかし、その視線はステージを向いてはいない。
 会場−−Qアリーナのステージは、煌々たる白の光りに照らし出されていた。
そのスポットライトの中、四人組の女の子が飛び跳ねながら唱っている。
「福音エマはどの子だ?」
 この質問にサイモンは顔をしかめた。機嫌を損ねたと、あからさまに分かる。
「いねえよ!」
 コンサートのざわめきが大きいためか、それとも単に腹を立てただけなのか、
大声を出すサイモン。
 エマがいないから前を見ないのかと考えながら、王子は重ねて尋ねてみた。
「いない? これ、福音エマのライブだろ? 今唱っているのは誰なんだ? 
前座かい?」
「何も知らないんだから、全く。あの子達は第一グループさ。使徒の第一グル
ープ」
「使徒? それはつまり……福音エマの妹分とか」
「忠実なる下僕ってところじゃないかなあ」
 下僕という言葉に違和感があった。奇妙に脳を刺激する。
「……そうか。しっかし、前座でこの盛り上がり方は、異常なほどだぜ。恐ろ
しいね。おい、エマは、福音エマはいつ出て来るんだ?」
 再び顔をしかめるサイモン。
「いいか、王子。エマはいつ出て来てくれるか分からねえの!」
「で、でも、ライブが終わるまでには、現れるんだろ?」
 ややたじろぐ王子。怒らせるつもりがないだけに、焦る。
「多分、出ないね」
「何だ、それ?」
「知らないのか。信じられん奴だな。エマは『いつしか姿を現す』んだよ。そ
のときのライブに居合わせた人には、幸運が訪れる」
 力説するサイモンの前で、王子は思った。
(それって、エマに会えただけで幸運ってことなのか……?)
 だが、口に出すのはやめておく。
 サイモンの雰囲気が普通じゃない。サイモンだけじゃなく、周りにいる客達
も目を輝かせて興奮している。開演の時点ですでに高かったテンションが、つ
い先ほど、さらに一段高くなったように感じられるのだ。
「ほら、ちゃんと聞けよ。エマからのメッセージが流れる」
「メッセージがね。なるほど」
 納得した風を装った王子は、ステージに目を移した。
 唱っていた少女四人に何人かが加わっていた。数えてみると、全員で十三人。
(十三使徒、かな……? いや、キリストのあれは、確か十二人だっけか)
 十三人みんなが跪いていた。真摯な表情で目を閉じ、祈りを捧げるポーズ。
 会場は一転、水を打ったように静まった。
(……やばいんじゃないか?)
 ぞくっとした物を感じる王子。薄ら寒い。
(ここで騒いだり、エマの悪口を言ったりすれば、殺されるな)
 周囲の者を観察し、なるべく同化しようと努力せねばならなかった。
 やがて、透き通った質の声、それなのに機械的な声が流れ始める。
『*************』
 最初のフレーズは、王子に理解できる言語ではなかった。正確に聞き取れな
い。何か呪文のような感じがある。ともかく、声の性別は女らしいとだけ分か
った。年齢は……若いとしか言えない。
『集まってくれた皆さん、ありがとう』
 やっと理解可能な言葉が流れてきて、王子は内心、胸をなで下ろしていた。
だが、残る微妙な戸惑い。
 アイドルやアーティストがファンに語りかける口調にしては、少し大人しい
雰囲気がある。大人しいという表現では、当たってはいないだろう。一般的な
意味でのアイドルとは違う、異質な『空気』を含んでいるのだ。
『あなた達の声に、私は常に耳を傾け、目を通しています。素晴らしい人ばか
りですね。うれしく思います』
 声が途切れた。エマからのメッセージとは、たったこれだけだった。
 ステージ上の十三人が、声を揃えて某かの言葉を唱えた。これもやはり、王
子には理解できない言語だった。
 次の瞬間、沸き上がる大歓声。
「エマーぁ!」
 王子の隣で、サイモンも声を枯らしていた。

 最初はゲームだった。
 ソフトメーカー『億他言』が送り出した『死界武闘伝』は、よくある対戦型
格闘ゲーム。リアルに徹した格闘技、立体感溢れる画像、運の要素の導入、グ
ランドの展開がいつまでも可能、負傷による集中力減退、血が目に入ることに
よる打撃技の命中率減少といった細かな点で、それなりに話題を呼んではいた。
 だが、本当に話題の中心になったのは、プレーヤーがゲームをクリアし、そ
のエンディングに達したときからと言えよう。
 エンディングは十三通り。つまり十三人のキャラクターにそれぞれ別個のス
トーリーが与えられているのだが、その誰もが最後に謎めいたメッセージに『
導かれる』のだ。
『死界偽書の謎を解きたい、力を貸してくれ』
『エマを救うために』
『福音エマの居場所の手がかりを掴んだ』
『天使の羽音が聞こえる』
 等々、十三人全員が、エマ(=福音エマ?)や天使、死界偽書といった単語
を鍵として、一つの目標に向かうような雰囲気を匂わせていた。
 火は着いた。
 まだ見ぬエマについて、想像が奔放になされるようになる。ゲーム雑誌を中
心に、イラストが投稿される現象が特に活発に起こった。マスメディアの方も
放っておかない。関連分野からが主ではあったが、『億他言』への取材が殺到。
 対して、『億他言』社長の大石いつきは、秘密主義を通した。いや、秘密主
義を装った。少しずつ少しずつ、情報を小出しにする戦略を採ったのだ。
 最初に流したのは、「福音エマは実在する、かもしれませんよ」というキャ
ッチコピー。意味不明の情報は、大きな波紋をもたらす。
 次に流された情報は、いかにも商売めいていた。『死界武闘伝』の続編とし
てロールプレイングゲームを用意し、そのゲーム中の戦闘場面は『死界武闘伝』
の手法をそのまま移植するという予告であった。大容量ソフトは珍しくなくな
っていたが、それでも話題を呼んだ。
 それからも細切れの情報を、定期的に流し続けた『億他言』。いわく、某格
闘技団体と提携し『死界武闘伝』の世界を彷彿とさせる大会の開催。いわく、
映画会社と提携しゲーム世界の映画化。いわく、福音エマの数値データの公開。
−−そのいずれもが、敢えて不確定な情報として流布された。
 そんな中、いち早く実現したのは、福音エマに関するWWW設置とパソコン
通信への進出。アドレスhttp://www.**********.or.jp/pro-evah/ema.html は、
新たな情報と噂の発生源と化した。だが、ここでもエマの姿を見ることはおろ
か、声を聞くこともかなわなかった。
 パソコン通信では福音エマフリークスのためのコーナーが、『億他言』公認
で開設された。コーナー名は『エメリアン』。WWWを圧倒して『エメリアン』
が人気を呼び、アクセス数も活発なところを見せる。
 何故、パソコン通信の方が受けたか? WWWが『億他言』の情報発信基地
でしかなかったのに対し、『エメリアン』は双方向のやり取りが手軽に行われ
るためかもしれない。それ以上に大きかったのは、『エメリアン』主宰者−−
オペレーター−−の名前が、「福音エマ」となっていたこと。「福音エマ」は
頻繁に書き込みこそしないが、全ての書き込みにきちんと目を通しているらし
く、最低限、新しく来たネットワーカーには丁寧な歓迎メッセージを書いてい
た。メッセージのやり取りを行えるという点で、パソコン通信上の『エメリア
ン』に軍配が上がったと分析される。
 『エメリアン』メンバーの興味を最も駆り立てたのは、通称『Gospel
メール』−−福音エマから届く電子メールであろう。福音エマへの電子メール
は出せない設定がされていた。それだけに、エマから届くメールは、『エメリ
アン』に出入りするメンバーにとって、まさしく福音(ふくいん)と言える。
Gospelメールを受け取ったメンバーは、他のメンバーに自慢してもよい。
むしろ報告の義務がある、という妙な風潮さえ生まれている。
 このような話題作りの末、『億他言』からロールプレイングゲーム『死界偽
書 〜福音はとどいたか〜』が出た。『死界武闘伝』発売から四ヶ月。興味を
かき立てるだけかき立て、これ以上ないと思える絶妙のタイミングだった。
 ゲームの内容が、またファン−−そう、すでにファンがいる−−をいじいじ
させることになる。福音エマの姿を見るにはゲームをクリアしなければならな
いストーリーになっているのだが、ゲームの難易度が半端ではなかった。加え
て、セーブを行える場所が限定されていた。セーブ可能地点の直前に、必ず戦
闘場面を設定するという念の入れよう。数多あるゲーム雑誌でも、攻略法を載
せるのが通常の二ヶ月遅れになったことからも、その難しさがうかがい知れた。
 クリアできた人数がようやく膨らんだところで、おかしなことが明らかにな
った。つまり、「『死界偽書』にはエンディングが何パターンもあるのでは?」
という疑点が。
 『億他言』の大石社長はあっさりと認めた。
「ええ。ゲームの進め方によって、エンディングは異なります。何種類の終わ
り方があるかって? さあ。十三人いるんだから、十三種類はあるんじゃない
ですかね」
 苦労の末にクリアし、やっと後ろ姿か、わずかに横顔が見られる程度だった。
一人の女性を現しているのは間違いないのであろうが、画面に現れるエマは、
肌の色や髪の長さも、ことごとく異なっていた。しかも、その画像は写真を取
り込んだ物なのか、絵なのかさえ判然としない。いつしか、『完璧』なストー
リー選択をすれば、福音エマの顔が拝めるとの噂が流れ始めた。
 転換点が訪れたのは、『億他言』と芸能プロダクションである『イーヴァ』
との業務提携の発表。実際は八ヶ月以上前から協力関係を築いていたと、明ら
かにされた。
 記者会見の席上、『イーヴァ』社長の桜木留香は宣言した。
「福音エマは、当プロダクションの所属になりました」
 質問をさせず、続いて大石がマイクを持つ。
「福音エマのプレビューという形で、電脳空間に彼女を送り出すことになりま
す。一枚のディスクに彼女を乗せて、ファンに楽しんでもらおうという訳です。
想像の翼を広げてもらおうということにもなりますかね」
 わずか一ヶ月後、『EF』なるタイトルのソフトが市場に並ぶ。福音エマの
イニシャルを冠したそれは、普及が進んでいるということで、CD−ROMの
形式が採られていた。パソコン用とゲーム機用の二種類。
 これまでのエマに関する企画で、比較的不評だったものを選べと言われたら、
この『EF』になるだろう。何故ならば、ついに福音エマの全貌が明らかにな
ると期待させておきながら、ソフトに収められていたのは、3Dアニメーショ
ンだったのだから。しかも、舞踏会で装着するようなマスカレードをしており、
アニメでさえエマの素顔は見えなかったことになる。
 ただし、大石いつき社長は、嘘は言っていなかった。記者会見での言葉に、
福音エマの実像の公開は含まれていない。桜木の「福音エマは、当プロダクシ
ョンに所属」発言で、受け手が勝手に思い込んでいただけだ。だから、「あん
なスタイルのいい女の子が見付からねえから、ごまかしたんだぜ」などと一部
でつまらぬ陰口を叩かれたものの、全体のエマ人気の勢いはいささかも衰えな
かった。ソフトによる騒ぎで、さらに拍車がかかったと言えるかもしれない。
 そして二枚目のCDの発売が計画される。今度は音楽CDシングル版。そう、
エマの声を、歌を初めて聞かせようという訳だ。
 曲名は『しらせ音』。透き通った声で幕を開け、バラードに乗せ、周りの空
気に染み渡るような歌い方が続く。カップリングは同じ曲のアップテンポヴァ
ージョンで、こちらは力強い声だった。とても同じ女性の歌声には聞こえない。
 当然の疑問−−「福音エマは二人いるのではないか」−−が上がった。
 それに対する『億他言』並びに『イーヴァ』の反応も早かった。声紋の権威
とされる大学研究室に調査を依頼し、二パターンの『しらせ音』が同一人物に
よる歌だというお墨付きを得てみせたのだ。
 そのパフォーマンスを含め、新たな話題を呼び−−今に至る。


−−続く




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