#3277/5495 長編
★タイトル (MPN ) 96/ 5/23 21:56 (114)
真実の記憶 2 御乃字
★内容
いつの間にかこの家に馴染み、住み付いた自分を二人は”ミリアム”
と呼ぶようになった。メモリーから取ったあだ名だそうだが、クリスだ
けは、ミリーと呼んでいた。
春は、何事もなくこの地を訪れた。
朝、せせらぎのの音と小鳥のさえづりで目が覚めたミリアムは、日課
である水くみに出かけた。川はすぐそこにあるが、残雪の事もあって、
幾分遠回りをしなければならない。だが、そのぶん春を満喫できるので
あればそれもまた乙だった。
「おお、冷たい!」
水は澄んでいて冷たい。雪解け水に感謝しつつ桶に水をくんだ。
このミスウィップ地方は、山岳地帯ではあるが、緩やかな地形と多く
の木々、のくぼみに位置する盆地、豊かな自然。春になれば、動植物の
糧が少なからず実りをあげる。ミリアムは、なぜかこの地が気にいって
いた。そう、なぜか・・・
「ホッフさん、クリスさん、朝だよ!」
ホッフというのはホフマンと呼ばれるのが恥ずかしいらしく、そう呼
べと言うホフマンからの命令だった。よほど気の小さい人なのだろう、
とミリアムは思っていた。
ホフマンは、朝に弱く、必ずベッドから落ちるのが日課らしかった。
特に寒い時期のホフマンは起床が遅く、活動時間が夜に傾くのも特徴的
な事である。ミリアムは、いつの間にか観察力が優れてきたようだった。
”ゴトンッガタガタッ”
今日もいつも通りだった。
「まったくー、毎朝毎朝もう」
ミリアムは、台所の水瓶に桶の水を入れた。何気ない水瓶だが、不思
議と清潔感に溢れている。環境が全てを語っているようでもあった。水
汲みの作業を数回繰り返しているうちに、奥からクリスが起きてきた。
親に似なかったのか、しっかりしている性格のようで、朝の行動は素晴
らしく機敏である。習慣になれば、どうでもよいらしいが。
「おはよう、ミリー」
「おはよう、クリスさん。水、入れといたよ」
「毎日ありとう。そうそう、おじさまを起こしてきてくれませんか?
今日は、大事な日ですから」
「大事な日?ま、いいか。OK!」
ミリアムがそう言うと、クリスはその綺麗な長髪をくしでとかし始めた。
とは言ったものの、大事な日と言うのは非常に気になるところである。
ホフマンにこっそり聞こうと思ったミリアムは、急いで奥の部屋にいっ
た。いつもならば部屋から物音が聞こえるのだが、今日はそうでもない
らしい。久しぶりに快晴の青空だというのに、また眠りについてしまっ
たのだろうか。ミリアムはそっと扉を開けた。ベッドの上を見たが、ま
だ温もりは感じられるが影も形もない。ふと、外に気配があるのに気づ
いたミリアムは、窓を開けて外を覗いた。ひやりと冷たい風が首筋を撫
でた。ホフマンはそこにいた。
「やあ、ミリアム君。こっちに来てごらん」
まだ、微かに残っている雪の上、薄着でいるホフマンの手に、何か手紙
らしい物を持っているのがわかった。急いでミリアムは窓を全快に開け
て外に飛び出した。
”ブルッ”
春とはいえ、風が強く吹き始めると非常に寒い。よく平気でいられるな
と、ミリアムは思った。
「そんなところにいたんですか」
「はっはっはっまあいい、中に入ってから見せてあげよう」
我慢していたらしく、ホフマンは逃げ込むように小屋に走っていった。
@@@
夜、三人はリビングルームで夕食を楽しみながら手紙の話題に移って
いった。
「ミリアム君、これだ」
ホフマンはミリアムに手紙を渡した。丁寧に開けた手紙の中には、
「捜査通知・・・」
「そう。君が一体誰で、どこに住んでいて、どうしてあのような所に倒
れていたのかを、調べさせてもらったんだ」
「お父さんやお母さんも、あなたの事を心配なさっているでしょう。そ
の為にはまずあなたの所在を確かめる必要が・・・」
ミリアムは椅子を倒し、思い切りテーブルを叩いた。確かに心は揺れ動
いていたのだ。自分の正体がはっきりするのだし、しかし、一向に記憶
の戻らなかったミリアムにとっては、苦しみ以外何者でもなかった。きっ
とそれを読んだところで、記憶が甦るとは思えない。思い出してしまえ
ば、きっとここから立ち去らなければならないのも事実に相違無いのだ
から・・・。その顔には悲しみが溢れていた。ミリアムは、いつの間に
か玄関にきていた。すぐさま追い掛けてきたホフマンは叫んだ。
「どこへ行く、また同じ事を繰り返す?」
左の靴を履いたまま立ちすくんでいた。何故逃げるような事をしたのか、
何故、逃げ出したかったのか・・・。
「ねえ、ミリー。あなたの為を思ってしたことなの。それに、暖かい家
族で、ずっと心配しているのかもしれないわ。まだ中身も見ていませ
んし・・・」
クリスの言葉に何かを知ったミリアムは、リビングルームに戻った。
力に負けたように倒れ込んでいる椅子、クリスはそれ起こし、ミリアム
を座らせた。いつまでもここに留まりたかっただけなのだろうか、それ
ともそれとも過去にそれほど嫌うものが混在していたのか、目の前にあ
る捜査通知に全てが書かれているのかもしれない。心拍数は通常より遥
かに高まっていた。ミリアムはテーブルに手紙を広げた。
”依頼主 クレセント・ホフマン
結 論 デリンガーコンツェルン御子息
デリンガー・マッシュ・ミリアム
昨年秋に家を出てから消息を断つ
後継者であるミリアムを捜す為、
この春に捜索が開始された”
「ここの捜査は確実だそうだ。まあ、少々かかるが」
一緒に領収書が入っていた。
「一週間以内にこちらの指定しました口座に振込下さい」
「おっと!」
ホフマンはミリアムの手にある領収書を取り上げ、服の中にしまい込ん
でしまった。
「デリンガーマッシュ・・・ミリアム・・・・・・。ホッフさん、オレ
の名前、知ってたのか・・・?」
しかし、ホフマンは答えようとはしなかった。
@@@
どこからか、車のエンジン音が響いた。こんな山奥に車で来るなど、
よほどの事でもあったのだろうか、ここは一本道しか無いはず。そうな
ればここに来る以外にこの道を利用するはずはない事である。
”キィッ”
外のほうで車を止める音が聞こえた。うっすらとしたライトの木漏れ日
が、窓のすき間から光って見えた。玄関にノック音が響く。
「誰でしょう、こんな山奥に」
クリスは玄関に行き、ドアを開けた。ドアの向こうには、黒いスーツを
身にまとった男が3人が立っていた。とたんにクリスは、その場所から
のかされて男達の侵入を許してしまった。3人は土足で家の中にあがり
込んだ。
「お、お父さん・・・」