#3276/5495 長編
★タイトル (MPN ) 96/ 5/23 21:54 (103)
真実の記憶 1 御乃字
★内容
ここは、何もないただ白い雪原。ここで死のう、そう思った自分は、
意志を書き記した手紙をそっと置き、その場に仰向けになった。
背中が冷たい・・・。
目をつぶると、微かな風の音と鳥のさえずり、そして何時しか雪が
降り始めたようだ。自分はそのまま眠りにつこうとしていた。
”ザクッザクッザクッ”
足音・・・−。
意識が薄れていく自分に、何かが近寄るのがわかった。
@@@
どのくらい経ったろう・・・。体全体に温もりが感じられる・・・
”パチッ・・・パチパチッ・・・”
火の燃える音が聞こえる。何だか暖かく、ふわふわとした感触が背中
に有った。瞼に微かな赤い光がさしこむ。死んだのだろうか、瞼が重く、
目が開かない。何とか体を動かそうとした自分は、その痛みから死んで
いないという事を察した。
「う、うう・・・」
だが、微かな声しかでない。耳を済ますと木の燃える音が聞こえる。
誰かに助けられたのか、それとも、夢なのか・・・。
「ガタッ」
近くに人がいるらしい。自分の動きを察したのか、椅子が倒れる音と共
に、人がこっちに近づいてきたようだ。瞼からでも人が近くにいること
がわかった。風の動き右から左に向かっている。
”ビシッバシッ”
誰かが自分の頬を叩いているのだ。何故叩くのか、どうして叩くのか、
痛い。生きている、そう口を開いて言いたかった。
「あ、うう・・・」
精一杯力を振り絞った結果の声。情けない唸り声だった事が、自分の精
神力の弱さに情けなく思えた。ふと、聞こえたのだろうか、頬を叩く手
はぴたりと止まった。
「おい!意識は戻ったか?おい!」
男のようだ。幸いにも目が微かに開いた。うっすらと見える暖かい光。
「おお、とりあえずは安心したよ。そこでもう少し温まるといい」
男はそう言うと自分の視線から消えていった。山小屋のような天井が霞
んで見える。誰かに助けられた事に間違いはなく、身体中が軋むような
感じがする事も間違いない事実のようだ。風の音が聞こえないのを察す
るに、よほどきちんとした作りの山小屋なのだろうと、いらぬ考えをし
ていた。考察しているうちに、自分は静かに目をつぶった。
@@@
”ゴトンッ”
耳もとで何かが落ちた。
「ん、・・・何だ・・・?」
声が出たのに気づいたのは数秒経ってからだった。はっとして目を開
くと、自分の側に黒く長い髪の女性が立っていた。綺麗な肌の女性。見
入ってしまいそうだ。視線は紛れもなく反れた。
「あら、ごめんなさい。起こしてしまったみたいですね、動けるかしら?」
起き上がることが出来た自分は、回りを確認し、あの人物が居ないのに
気づいた。きっと自分を何かから助けてくれたのに違い無いのに、礼の
一つもせずに眠りについてしまったのだから。
「あの、・・・男の人・・・」
今気づいたのは、自分の近くにいた男、そして・・・
「・・・えっと・・・」
女は台所に戻って何かを作っているらしく、いい香りがした。
自分は考えた。何故助けられたのだろう、何故助けられる事をしてい
たのか、何故ここにいたのか、自分は何をしにここに来ていたのか、こ
ことは何処か。
「・・・ここは、どこ?」
「ミスウィップという山岳地帯の」
「思い出せない・・・俺は、一体誰だ・・・」
女は包丁を叩くのを止めた。
「お父さんが知ってるかもしれませんから・・・」
そして、また何かを切り始めた。いやにあっさりとしているのを尻目に、
近くにあるリュックを手に気がついた。見覚えはある。
「そういえば、リュック。あなたのらしいですから、何かわかればいい
ですね」
自分の物らしい。
”ヂィー”
ファスナーをけると、何やら書いてある封筒が目についた。しかし、水
に濡れたような感じになっているようで、ぐしゃぐしゃになっていた。
@@@
「おお、目が覚めたか。」
帰ってきた男は、帽子をかぶった髭の長い中年の紳士だった。男は、
テーブルの近くにある椅子に座るとこちらに振り向き、言った。
「私の名はクレセント=ホフマン、娘の名はクレセント=クリス。君の
名前は?」
「・・・・・・わからない」
思い出せなかった。当たり前という葛藤が頭に舞っているのがわかった。
親も、名前も、住んでいる所も、何故ここにいるのかさえも。どうして
思い出せないのか、確かに手応えのある質問であったはずなのに、人で
あるならばそんな質問は、何気なく答えられるはずなのに。
「どうぞ、お二人とも」
そんなとき、クリスが暖かいミルクを運んでくると、テーブルにそっと
カップを置いた。白く暖かいゆげは、心を和ませてくれるようだった。
「・・・ほら、飲むといい。暖まるぞ」
「記憶、無いわけじゃない・・・。思い出せるはずなんだ。喉まで出て
いる、だけど、だけど・・・」
ホフマンは、息をつくとミルクをすすった。すこしだけ、ホフマンの頬
が赤らむ様子が伺た。
「まあ、いいじゃないか。きっと何か訳があって雪の中にいたんだろう。
べつに、すぐ出ていけなんて事は言わないから、ゆっくりと思い出せ
ばいいだろう」
「そうよ、気長に考えなければだめですわ。ごく自然に、ふとした事が
思い出す切っ掛けという事もありますし」
「すいません・・・」
「とにかく、ゆっくりと回復を望もう」
情けなかった。見ず知らずの人に身を託す事が、これほど弱い事だった
事に、自分自身が崩れてゆくのがわかった。