#3264/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 4/30 19: 3 (163)
新入生 3 永山
★内容
「本当ですか?」
思わず、声を上げてしまう。偶然が起こったかもしれない。時間がない、早
く続きを聞きたい。
「何ていう方なんでしょう?」
「増田明人、よ。でも……ニックネームはキートンじゃなかったのよね。でも、
後ろで短く髪を束ねているんでしょう? 増田さんだと思うけどな」
「ちょっと待った」
細山さんが言葉を差し挟んだ。
「増田って、大学院のあの人か?」
「そうよ。知ってるわよね、細山君も」
「それはそうだが……院生とは思わなかった」
「大学院の方なんですか、増田さんて?」
違和感を覚えたので、私は念押しした。返ってきたのは、そうよというもの。
「それっておかしいです。テニスサークルの人に、同い年の友達みたいに声を
かけられていました」
「テニスサークルって、『ガットゲッタ』でしょ」
まだそこまで聞いていないはずなのに、香田さんはずばりと言った。
私が不思議に感じて顔を向けると、秘密めかした笑みを浮かべられた。
「あそこには増田さんと同じ年に入学した人がいるのよ。留年して、まだ三回
生だったかな」
「あ……そうなんですか」
呆気に取られてしまう。
「そ、それじゃあ、『キートン』は……」
「聞き間違いでしょうね。ごめんなさい、気を悪くしたら謝るわ」
「いえ、そんなことありません。それより、私、どういう風に聞き間違えたの
でしょう?」
「多分ね、こうじゃないかな。増田さんの名前は『あきひと』よ。幸村さん、
あなたが聞いた台詞は?」
「えっと、確か、『何だあキートン』って」
「『なんだあきひと』の聞き間違え、ってことはない?」
「は?」
「『何だあキートン』と『何だ明人』。似ていないかしらね」
改めて尋ねられると、そんな気がしてきた。
「先約というのは、何なんでしょう?」
私がぼーっとしていると、剣持さんが香田さんへ尋ねた。そうだ、それもあ
った。
「相手が納得したからには、先約するようなことを、その増田さんがやってい
ることになります。だけど、院の人はクラブ活動をしないものですよね」
「さあ? 学外のグループで何かやっている場合もあるしね。思想的に極端に
なりすぎない限り、大学側からも見逃してもらえるのよ」
色々な偶然が重なって、勘違いしてしまっていたのね。でも、見つけられた
んだから、一安心。
「あっ、もうこんな時間! すみません、ありがとうございました」
「頑張ってね。分からないことがあったら、いつでも聞きに来て」
「はい。改めて挨拶に来させてもらいます」
香田さん達へ感謝の言葉もそこそこに、私はバッグを肩に、廊下に出た。
* *
本山は苦戦を強いられていた。表情に出さずとも、厄介なことになったなと、
焦りを覚える。
喋りが得意とは言えない彼は、勧誘のチラシを渡すだけであった。ところが
予想外にも、興味を示した新入生がいたから、慌ててしまう。
普通なら部室まで来てもらうところなのに、その男子学生はちょっと違って
いた。
「失礼ですけど、試させてください。推理小説に関して、僕よりも多くの知識
を持っている人がいるなら、素直に入部する気になれると思いますから」
挑戦的な言葉を本山は最初、軽い気持ちで受けた。
赤来進と自己紹介した新入生は、確かに推理小説に対する知識の豊富さを感
じさせてくれた。本山もいい加減、たくさんの推理小説を読んでいるが、それ
に充分ついてくるだけの知識を相手は有していた。その上、赤来は話の中にた
まに小さな嘘を織りまぜてくる。単にうなずいていると、引っかかってしまう。
例えば(『』部分が嘘)、江戸川乱歩、水谷準、大下宇陀児、森下雨村、海野
十三、甲賀三郎の六人によって書かれたリレー作品「黒い虹」は最終回担当の
甲賀が文句をつけるほど矛盾だらけの作品だが、『横溝正史がその矛盾を解消
した形で「黒い虹」の決定版を完成させた』とか、タイタニック号事件で海底
に沈んだジャック=フットレルの「思考機械」シリーズ六作の内、『二作の下
書き原稿がボストンの元は出版社だった古ビルの倉庫から発見された』等々。
「さすがですね」
本山が嘘を指摘すると、赤城は感心した風にうなずいた。
「これで認めてもらえるんだろうかな」
顔では笑ってみせながら、内心、ほっとする本山。
「実は自分、推理研の部誌を読んだこと、あるんですよ。『ルーペ』ですよね」
「へえ? それは……ありがとう」
今度は何だろうと、気持ちで身構える。
「あの中に、手品のことを書いている人がいましたっけ」
「ああ。剣持、今年から副部長をやる人だよ」
「そうなんですか。その人と、手品で勝負……させてもらえませんか」
「……一人で決められることじゃないなあ」
頭を抱えたくなってきた本山だった。
「部室に来てくれないことには、話が進まない」
「いいですよ、それでも。だけど、もう時間がなくて。一時に講堂に集まらな
いといけないんですよ」
「それなら、そうだな、水曜日、部室に来たらいいよ。部室棟の二階。部屋の
番号はその紙にある通りだから」
「分かりました。楽しみです」
赤来はスーツの形を手で直すと、ゆっくりと講堂に向かって歩き始めた。
その後ろ姿を見送りながら、本山はただ、頭をかいた。
N大学では、水曜が部活動の日というのが基本になっている。入学式ではチ
ラシだけもらって、この日にあちこちの部室を訪ね、最終的にどこのクラブに
入るか決めようという学生がほとんどだ。
「四人ぐらい入れば、御の字でしょうね」
入学式の日には顔を見せられなかったミエが、三回生三人からの感触を聞い
て、そう評した。ちなみに今日は部員全員、揃っている。
「赤来進って子は、何だかんだ言っても入るわ、きっと。剣持君の腕にもかか
っているけどね」
「プレッシャーをかけないでくださいよ、頼みますから」
泣き言を口にしながら、満更、自信がない訳ではない様子の新・副部長。
「なめられたらだめよ」
あたしが言うと、マジシャンは肩をすくめた。
「幸村って女の子はどうなんだろ?」
高野君が窓から外を眺めながら言った。天気は曇り。
「あの子は無理でしょう。たまたま、細山さんが引っ張ってくれただけ。推理
小説に興味があるという訳でもないでしょうから」
剣持が悲観的なことを言う。そうそう、その細山君は今日は、陸上部の方に
行っている。当然だけど。
「真子は、手応えありそうなの、見つけた?」
「うーん。少女小説ブームの全盛は過ぎちゃいましたから」
それがどう関係あるのよ、と言いたくなる。恐らくこの子にとって、赤川次
郎と少女小説は同列なのだ。
「でも、案外ですね、名探偵というキャラクターに引かれる子って、いるもん
ですよ。浅見光彦とか伊集院大介とか、御手洗潔……」
「浅見と御手洗を並べるのは、やめてっての。全く、もう」
あたしが抗議すると、真子はあっさり、「はーい」と答えた。
「とりあえず、今年度の名簿、整えておきますか」
ミエは提出用の名簿を取り出すと、必要事項を書き込んでから、皆に回し始
めた。一行目はミエ、二行目は副部長の剣持、……となる。
控えめなノックが聞こえた。全員で、ドアの方を振り返る。
「はい、どうぞ」
ミエが大きめの声で促すと、そろそろとドアが開く。入って来たのは−−。
「何だ、増田さんじゃないですか」
院生の増田明人さん。元々はミエが最初に知り合って、その関係であたしも
知っている。似合ってるんだかどうか判断しかねるポニーテールが、とにかく
印象に残る人だ。
「たいした用じゃないんだが……この子のことで世話になったようで」
彼の後ろにまだ人がいた。幸村という子だ。前にも増して、おとなしそうに
している。
「律儀に挨拶に来てくれたの?」
剣持は、はなから入部を期待していない口ぶり。副部長の君がそういうこと
で、どうするの!
「それにしても、どうして増田さんと幸村さんが一緒に?」
気になっていた点を、ミエが聞いてくれた。
片手を頭にやりながら、説明する増田さん。
「この子に頼まれたんだ。まだほとんど友達を作れていなくて、頼りにしてた
子もテニスサークルに入ってしまった。だから、今日も一人で各部室を回らな
きゃならないんだと。それが不安だってことで、付き添い」
人見知りする質なんだ。あたしからは、とても想像できない。この間の入学
式のときだって、必死だったんだろうな。
「幸村さん?」
「は、はい」
ミエの呼びかけに、びっくりしたような目を向けてくる。かわいいと言えば
かわいい。
「まだ入るクラブ、決めていないんだったら、どう? 私はいなかったけれど、
剣持君やリマ−−香田さん、二人とも話しやすかったでしょう?」
「それは、はい、そうです」
「見たところ、あなたって引っ込み思案な方みたいだから、少しでも知ってい
る人がいるところの方が、いいんじゃいかな。ね?」
知らない人が端で聞いていると、大学でのクラブ勧誘だとは、にわかに信じ
られないだろうな、きっと。
「俺も保証する」
増田さんが胸を叩くポーズ。
「上下関係が希薄なところだから、気を遣いすぎることなくて済む。君に合っ
ているんじゃないか。推理小説に詳しくないのだって、これから楽しみ方を知
ればいい」
「無理強いしたら、悪いですよ」
と、剣持。まだ言うか。
「ねえ、副部長」
あたしはあることを思い付いた。
「な、何ですか、気持ち悪いですね」
「カード……トランプがあるわね。それで占ってみない?」
−−続く