#3263/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 4/30 19: 0 (190)
新入生 2 永山
★内容
余計なことで知美から疑われないように、しばらく時間を潰していると、温
子は声をかけられた。また勧誘だった。
「よろしく」
今度のは、とてもあっさりしていた。一〇×一五センチ程度のチラシを手渡
すと、一言そう言って、終わりだった。
(何となく、おとなしい先輩だったな……。何の部かしら?)
チラシをまじまじと見つめる。
「推理小説研究会?」
思わず、声に出して読んでいた。温子にとって、推理小説に関するクラブの
存在は意外だった。
「あの……」
思うところがあって、呼び止める。
「え、何?」
振り返った先輩の顔は、喜色を浮かべていた。明らかに、入部希望かと期待
されている。
「あの、質問なんですけど……推理小説研究会って、探偵みたいなことをする
んですか?」
「探偵みたいなってのは、何かの依頼に応じて、ことの真相を調べるという意
味で言ってる? だったら、外れ」
「そ、それじゃあ」
「簡単に言えば、推理小説に関する研究。そのまんまだけど。基本は批評と創
作だよ」
「そうなんですか。お手数をかけました」
「あ、入ってくれないの? 見ていくだけでも」
声のトーンが心なしか落ちた。
「あ……私、ちょっと頼みたいことがあって、それでお聞きしたんです。すみ
ません」
「頼みたいこと? それはつまり……『依頼』になる訳?」
「ま、まあ」
「だったら、やっぱり来てもらおうかな」
言葉の意味が分からず、温子は先輩の表情をうかがった。
「守備範囲だ。推理研−−推理小説研究会の正規活動じゃないが、そういう探
偵の真似事をしたことも何度かあるんだ」
微笑みを返された。悪意はなさそうに見えるが。
(本当かしら? 私が言い出した途端なんだもの。都合よすぎる気もするけど)
迷いを見せる温子。
「疑っている? 論より証拠、来てくれたら分かる」
「は、はい」
(ポニーテールの『キートン』さん、見つけたいのは山々だし……。行くだけ
なら)
決めた。温子はついて行くことにした。
* *
推理小説研究会の部屋は、部室棟と呼ばれる建物の二階にあった。室内にい
たのは、男の人が一人のみ。
「細山先輩、依頼者まで連れて来ないでくださいよ」
さらさら髪をした格好いい先輩は、私を部室に連れてきた先輩−−細山さん
という名前らしい−−から話を聞いた途端、トランプを取り落とした。それま
では鮮やかな手つきでさばいていたのに。
「入部希望者なら歓迎しますけど、事件を持ち込まれるのは、この時期、忙し
くて」
「リマから言われた通りにやっているだけさ、剣持副部長」
愉快そうな細山さん。
「からかわないでくださいよ。先輩は陸上部でしょう」
「部外者に頼むと、こうなる場合もあるってことだ」
「それはそうですが」
やり取りを聞いていると、細山さんは推理小説研究会の人ではないみたい。
手伝っていただけなのかしら。
「何にしたって、放ってはおけないな」
剣持と呼ばれた副部長さんが、私の方を見た。何だか恐縮してしまう。
「どういう話になってるの?」
「何も聞いていないんだ」
私への質問を、細山さんが引き取った。
「名前だけ聞いた。製薬学科の幸村温子さん、だったよな?」
「あ、はい。そうです。よろしくお願いします」
座ったまま頭を下げると、前の机におでこをぶつけそうになった。慌てて顔
を起こす。
「それで、どういういきさつか、話してくれるかな」
正面に座る剣持さんへ、私は先ほどの『キートン』さんのことを伝えた。
「キートン、ねえ」
壁に寄りかかったまま、細山さんが口を開く。陸上部と聞いたせいか、先入
観かもしれないけれど、それっぽい筋肉の付き方をしているような。
「聞いたことないな」
「うちの大学、大きくないと言っても、人一人探すとなると、大変ですからね。
ポニーテールとニックネームだけか。他に何かない? クラブの名前とか」
「聞いてないんです」
申し訳なくなってきた。
「そうか……。チラシを持っていた訳じゃないのかな?」
「あ……。そうです、持っていませんでした」
「じゃあ、本当に勧誘だったのかどうか、怪しくなるなあ。勧誘なら、今日一
日歩いていれば、ポニーテールの男を見つけるぐらい、訳ないだろうけど」
「で、でも」
思い出したことがあって、急いで言葉を差し挟む。
「その人、テニスサークルの方と知り合いらしくて、そのときの話し方だと、
どこか他のクラブのメンバーらしく聞こえましたけど」
私が言い終わると、先輩二人は不思議そうに顔を見合わせている。
「あの、何か」
「……そのテニスサークル−−『ガットゲッタ』の奴に聞けば、すぐに分かる
んじゃないのかって、思えたから」
と、剣持さん。
言われてみればその通りで、私は顔が赤くなるのを感じた。両手で頬を覆う。
「テニスサークルの連中と顔を合わせたくないのなら、僕が行って、聞いてく
るよ」
お言葉に甘えることにした。実際、さっきのテニスサークルの人達とは、な
るべく顔を合わせたくない。無下に断る以上に失礼したも同然だから。
「お願いします」
「どういたしまして」
剣持さんは最初の戸惑いもどこかに仕舞い込み、笑顔で受けてくれた。
私にとって、知らない人と初めての場所でいるのは結構、苦痛を伴う。話題
を見つけるだけで大変。
「時間、大丈夫?」
細山さんは時計を見ながら、そう言った。
私は腕時計で確認。一時まで、あと三十分余り。
「多分、大丈夫だと思います」
「昼ご飯、食べたの?」
言われて初めて、食べていないと気づいた。あちこちのクラブ勧誘につかま
っていたせいで、時間がなくなってしまった。
「まじ? 弁当、持って来てるとか……」
「い、いえ」
「困ったな。今からじゃあ、食堂に行っても混んでて時間ないだろうし、パン
とかも売り切れだろうしな。外で、何か買って来ようか」
「そんな」
「いや、実は自分もまだなんだ、昼。だから、ついでに。何がいい? 弁当か
ハンバーガー、フライドチキン、サンドイッチ、おにぎり……そんなところ」
勧められて断るのも失礼と思い直し、野菜サンドをお願いした。
細山さんが出て行くのとちょうど入れ替わりに、剣持さんが戻って来た。
「あれ、どこ行くんです?」
「昼飯の調達。彼女、まだだって言うし。そっちはどうだった? 時間がかか
った気がするが」
「それが……キートンなんて奴、知らないという話で」
それを聞いて、私は訳が分からなくなった。
「何だって? 確かなのかい?」
「ええ。−−細山さん、昼食は?」
剣持さんの指摘で、細山さんは思い出したらしく、すぐに走って行った。
「剣持さん、本当ですか?」
「うん……。キートンというニックネームを持つ人なんか、知らないというこ
とだった。おかしいなと思って、食い下がってみたんだ。髪をポニーテールに
してる男なんだが、とね。それでも空振り」
「たまたま、知っている人がその場にいなかったのでしょうか……」
「そうかもしれない」
座り、机に肘をつく剣持さん。
「きっとそうだわ。今も勧誘に精を出しているとすれば、部室にいなくて当然
ですね」
「いや、僕は部室に行っただけじゃないんだ」
「え?」
「部室にいたメンバーに聞いても分からなかったから、外でチラシを配ってい
る『ガットゲッタ』の集団を見つけて、そっちでも聞いてみたよ。答はやはり
ノーだった」
そんな! 勧誘していた人達の中に知っている人がいないなんて、信じられ
ない。あの中の一人は、絶対に知っているはず。
「もちろん、その集団の中から、たまたまキートンを知る人が抜けていたのか
もしれない。可能性は大きくないけど」
私と剣持さんが首を傾げていると、細山さんが帰って来た。手にはビニール
製の買い物袋を提げている。
「お待たせ。お、まだ二人だけか?」
「はい。一時まで勧誘に力を入れるよう、他の二人には言っていますから」
「それで、こちらはどうなった? あ、これ、食べなよ。お代はあとでいいか
ら」
買ってきた物を机上に広げながら、私の方を見た細山さん。
「だめですね」
剣持さんが細山さんに説明を始めた。
私は解決しない問題と時間を気にしながら、サンドイッチを何とか飲み込ん
でいった。
「簡単に終わると思っていたのに、手間取るもんだな」
缶コーヒーを飲みながら、聞き終わった細山さんが感想をこぼした。
「リマや玉置さんがいないと、難しいとか?」
「そういう問題でもないと思うんですが……」
剣持さんがこちらを振り返った。
「幸村さん。そのキートンは、勧誘していたのかな、結局」
「……分かりません」
首を横に振るしかなかった。
「もし本当に何かの勧誘であれば、現状じゃあ、外を歩き回った方がいいかも
しれない。その偶然にかける方がいいかもしれない」
「弱気だな」
細山さんは半ば茶化すような口調。
「何も思い付きませんよ。似顔絵描いて、指名手配みたいに張り紙する訳にい
かないし。学内LANで調べますか? キートンというニックネームを持つ人
物求むって」
「それ、いいかもな」
「冗談ですよ。調べてるってことがばればれになります。ケースバイケースで
しょうけど、普通はそんなこと、できませんよ」
剣持さんが言い切ったそのとき、部屋のドアが開いた。
「あれ? リマじゃないか」
細山さんが、驚いた色を見せている。入って来たのは、ワインレッドのスー
ツを着た女の人。
「説明会、つまんなかったから抜けて来ちゃった」
舌をちらっと出して、リマと呼ばれた人は後ろ手で扉を閉めた。
「そんなことで大丈夫なのか? 知らないぞ」
「どうにかなるでしょ。で、早くも新入部員を確保できたのかしら?」
また見つめられてしまった。気にされるの、当たり前だけど……苦手。
「いえ、違いますよ、香田先輩。この幸村さんは依頼者で」
剣持さんが事情を話す。リマさんの名字は香田というらしい。
「なるほどね」
軽く腕組みして、うなずく香田さん。
「そのポニーテールの人、心当たりがあるわよ」
−−続く