#3262/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 4/30 18:57 (194)
新入生 1 永山
★内容
「許可がやっと下りた、ということで」
部活は、ミエの言葉で始まった。部長なんだから、当たり前か。
「新入生の勧誘について、段取りを」
「力入れなくちゃ。去年はできなかったもんね」
あたし達推理研−−推理小説研究会−−は、去年の三月、事件がらみのトラ
ブルのため、大学側からの補助を外され、サークル扱いになっていた。その上、
新しく部員を入れてもいけないという命が出されたせいで、結構、危機感あっ
たわけ。
でも、それもおしまい。この春、新入部員勧誘禁止令が解かれる。一年間の
活動が認められたものと、受け取っておこう。ま、実際は内緒で一人、高野里
美君が仲間になったんだけど、書類上は入部していないので、問題なし……ね?
「段取りと言っても、やることは決まってるみたいなもので……新入生を前に
しての一分間スピーチ、勧誘のチラシ配りが二本柱。あと、クラブ祭典という
形で、デモンストレーションができることになっているけど、実際はその場で
入部を受け付けるだけ」
「チラシにイラスト、描くんですか? だったら、自分しかいないですよね」
うれしそうに言ったのは、木原真子。三回生になるってのに、イメージがち
っとも変わらない。
「頼むわね。入学式当日はコピー機、混雑する可能性が高いから、それまでに
コピーしときたいの。だから……」
右手の壁を見やるミエ。カレンダーがかかっているんだけど、当然、三月の
まま。
と、剣持が気を利かせて、一枚めくる。マジックが得意な彼は、「特別な場
合を除き、マジックは自分から見せるものではない、他人から希望されたとき
のみ披露するものだ」っていう考えを持っているらしい。そのため、「マジッ
クやって」といつ言われてもいいように、常に周囲の様子に神経を使っている
……ようにあたしには見えるのよね。
「ありがとう。えっと、七日−−水曜日までにチラシを完成させておくこと。
真子、都合は?」
「大丈夫です。バイトもないし、多分、もうちょっと早めにできると思います」
「じゃ、三回のみんなで、やっておいて。文面の方も任せるから」
ミエが言った。四回生なのに部長という役職について、少し押しが強くなっ
たかもしれない。
実際、四回生になると忙しい。推理研の四回生は、あたしとミエ、高野君の
三人だが、高野君は就職活動で、今日は顔出ししていない。
友達のきよちゃんや細山君達も、何だか忙しそうにしていた。
え? あたしはどうなんだって? うーん……考えているんだけど、やりた
いことが定まらない。この歳になって言う台詞じゃないかもしれないけど、本
当なんだから仕方ない。女子の採用、厳しくなってるし。親に心配かけないよ
う、一応、就職活動する格好は見せているけどね。
「入学式の日に配るのも、三回生が中心だから。私達もできる限り、顔出しす
るけど、あくまで中心はそっちにあるから」
「努力しますよ。それで、話は戻りますが」
副部長の剣持が、ミエに尋ねてきた。
「チラシに書く文面について、ちょっと。部誌を出す関係で、小説を書ける人
がほしいところですよね」
「ええ、そうね」
「チラシに書いていいんですか、そのこと。『推理小説を書ける人、大歓迎!』
なんて」
「そんなこと書けば、逆に、書けない人が逃げてしまうかもね」
たしなめるように始めたミエ。
「推理小説を書くような人なら、放っていても入るでしょうね。だから、ター
ゲットにすべきは一般の推理小説好きな人。これよ」
「分かりました。いい文章、考えてみます」
剣持が考え込んだように見えたので、あたしはミエに代わって言い添えた。
「あんまり、難しく考えなくていいのよ。さらっと決めて、書いちゃえばいい
んだから」
「それはまあ、そのつもりで」
軽く笑った副部長。
「ところで、さっきから思い出そうとしているんですが、出て来ないですよね」
「何が?」
「自分が一回生のとき、先輩からどんなチラシをもらったかなって」
「そう言えば、私も覚えてない」
真子が同調。
「本山氏は?」
剣持が、面白半分の口ぶりで、もう一人の三回生に尋ねた。
たいした発言もせず、ずっと本を読んでいた本山が、ゆっくり顔を上げた。
「僕は、推理研のちらしをもらった記憶がありません」
「あ、そうだっけ? 推理小説が好きだから、直接、この部室に来た口?」
「そうですよ」
最小限の答を言うと、本山は再び、本に没頭し始めた。
「チラシの効果、あるのかしら?」
不安になってきた。
「僕はチラシを部長から受け取って、興味を持ったんですよ」
マジシャンの剣持が、うれしいことを言ってくれる。
「私が手渡したのは、覚えているわ」
ミエが応じる。
「受け取ってから、私の顔をまじまじと見て、『奇術クラブみたいなのは、な
いんでしょうか』って、恐る恐る聞いてきたわよね」
「はい」
昔を思い出して気恥ずかしいのか、剣持は額に片手を当てた。
「それで結局、マジックに関係した部はないと分かって……。玉置さんの話を
聞いて興味が出たので、入ることにしたんです。元々、読むのは好きだったこ
ともありますが」
「私は香田先輩からもらって」
今度は真子が言った。あとを引き継いで、あたしは言葉を続ける。
「意気投合しちゃった訳よね」
「はい。私が読んでいるジャンルって、すっごく偏っているのに、先輩、ちゃ
んと聞いてくれて」
そりゃまあね。赤川次郎でもC文庫やTH文庫でも、ざっと読んではいるか
ら。好きなのは本格推理だけど。
ミエが笑みを見せていた。三回生の反応に満足したみたい。
「ともかく、チラシの効果も捨てたもんじゃないってことね。頑張って、新入
部員を確保するように!」
* *
幸村温子は参っていた。
周りには、未知の先輩がたくさん。知っている顔は、入試の日に知り合った
ばかりの川治知美だけ。彼女も温子と同様、新入生だが、物怖じしない性格ら
しい。先ほどから次々と続く、各クラブの勧誘攻勢にも落ち着いて受け答えし
ている。
そして今、彼女はテニスサークル「ガットゲッタ」に入る話をまとめかけて
いた。
「ね、君もいいよね」
川尻知美より落ち着きのない先輩が、温子に顔を向けてきた。
「え……と」
困って、知美に視線を向ける。でも、彼女は今や、他の先輩と話が弾んでお
り、温子を気にしてなんかいられない様子だ。
「さあ、名前を書こう!」
紙とボールペンが差し出される。温子はスポーツがさほど好きではない。早
く言えば、運動が苦手だ。
(このまま押し切られそう……。断ったら、先輩、気を悪くするかもしれない。
川尻さんにも悪いし)
知らない人ばかりのクラブに入るよりはいいかと、温子はボールペンを手に
取った。
「待った!」
不意に一声。温子ばかりでなく、知美も、テニスサークルの先輩達も、声の
した方を振り向く。
男がいた。無論、ここの学生だろう。
「ちょっと待った。待ってくださいよ、『ガットゲッタ』の皆さん方」
面白おかしい調子を続けながら、その男は近づいて来て、輪に加わった。そ
こで初めて分かったが、短くポニーテールをしていた。短すぎて、ポニーと言
うよりも豚の尻尾のようだ。
「何だあキートン」
ポニーテール、基、ピッグテールにしよう。ピッグテールと顔見知りらしい、
サークルのメンバーが不満そうに言った。『キートン』とはニックネームにし
ても、変わっている。
「そちらのショートカットはともかく、こちらのロングのお嬢さんは、先約が
あるんだよ。俺の先約が」
(え?)
温子は口を手で覆った。彼女はピッグテールのこの先輩とは会った覚えがな
い。
「いつ、声をかけたんだ?」
温子の戸惑いをよそに、話は続く。
「そちらは入学式に動いてるんだな。遅い遅い。こっちは入学手続きの日に、
一足先にね」
ちっちっちと、人差し指を振る。気障でもなく、かと言って、不似合いな訳
でもない。ぴたり、はまっている感じである。
「幸村ちゃん、ほんと?」
親しげに、知美。今朝は一緒に来たけれども、入学手続き日は別々だった。
「う、うん」
運動系のクラブに入ってしまう憂鬱を思えば、小さな嘘ぐらい。そんな気持
ちで、温子はうなずいた。
ピッグテールが笑顔を見せる。
「という訳だから、えっと、そちらの子」
「川尻です」
「川尻さん、お友達を借ります。貴重な時間を無駄にしたくないから。新入生、
次の予定はどうなってる?」
「一時にまた講堂に集まれって」
「じゃ、そのときまでには」
ピッグテールはとんとん拍子に話を進め、テニスサークルの勧誘から、温子
を連れ出してしまった。
「この辺りでいいか」
先ほどの場所から遠く離れ、振り返るピッグテール。
「あの……失礼ですけど、人違いされているんでしょうか?」
気になっていたことを確認する。
「私、先輩と会ったこと、ないと思うんですけど……。入学手続きの日も、も
ちろん」
「幸村さんだっけ? いつもさっきみたいな調子なのかい?」
「え……ええ、そうです」
「問題だなあ。川尻っていう子とは、昔からの友達?」
「ち、違います。入試のとき、知り合って、何となく」
「何となくか。案外、正直だな」
唇の端を曲げて小さく笑う先輩に、温子は戸惑いを強くした。
「まあ、君の友達関係をあーだこーだ言える立場じゃあ、もちろんないが、自
分が引っ張り回されるような友達ばかり作ると、大変だろう?」
「それは……」
言葉に詰まる。当たっているからだ。
「さっきだって、テニスサークルに入ることになってたかもな。見たところ、
あんまり入りたくなさそうだったから、つい、声をかけてしまったんだ。本当
に入りたかったんだったら、悪かった。謝る」
「いえ、そんな」
本当に頭を下げてきた先輩にびっくりした温子は、慌てて手を振った。
「助かりました。ありがとうございます」
「……幸村さん、ほんとに十八?」
「え?」
「いや、高校を卒業したばかりには、とても見えなくて」
「ど、どうせ、私は子供っぽいです」
「別に悪いことじゃないでしょ? それじゃ、また機会があれば」
あっさり言って、立ち去りかけるピッグテール。
「あ、あの、先輩は何かの勧誘じゃないんですか?」
「はははっ。そりゃ、勧誘したかったけどねえ」
大笑いしている。
「でもなあ、入りたくないところに入りそうになっていた君に対して、僕が勧
誘すると、何か押しつけがましくなる。そういうことだから、忘れてくれ。で
は、今度こそ、縁があればまたいつか」
小走りに去ってしまった。
(急ぎの用事でも抱えてらしたのかな? だとしたら、ますます悪いことしち
ゃった。ちゃんと会って、改めてお礼を言った方がいいわよね、多分)
そこまで考えて、はっとする。
(私……あの人の名前、聞いていない!)
−−続く