AWC 卒業 −−奥原丈巳の挨拶−− 2   永山


        
#3237/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 4/ 1   0:43  (200)
卒業 −−奥原丈巳の挨拶−− 2   永山
★内容
「大学の一年?」
「それも今年から。短大の一年生になります」
 中井はそれから、私立の短期大学の名前を口にした。どちらかと言えば、い
わゆるお嬢様校で通っている学校だった。
「じゃあ、高校を出たばかりか。卒業旅行?」
「いえ……違います」
 じゃあ、何なのだろうと気になった奥原が、さらに重ねて聞こうとしたとこ
ろで、バスが来てしまった。まだ一緒に回るかどうか決めかねている内に、何
となく並んで座る。
「凄いっ。白い。真っ白」
 窓際に座った中井は、バスが動き出すと、外を流れる景色に感嘆したような
声を上げた。
(確かになかなか見られない雪景色だが……。一緒に回るかどうか、話の途中
だぞ)
 外を眺め、ついで中井の横顔を見ながら、奥原はあきれてしまっていた。
「中井さん、さっきの続きだけど」
「あ、はい?」
 奥原の方を振り向いた彼女は、もう笑顔になっていた。何はともあれ、ほっ
とする奥原。
「何泊何日するつもりだ? 君と俺と、予定が全く違っていたら話にならない」
「二泊三日です」
「……自分もだいたい同じだ。札幌で二泊して、あとは苫小牧を回る」
「ちょうどよかった」
 顔をほころばせる中井に、奥原は続けて尋ねた。
「どこに泊まる予定だい?」
「Kホテルです」
「何だ、また同じだ」
「そうなんですか? 偶然ですね」
 より一層、中井の表情が明るくなる。
 一方、奥原は、
(取り立てて言うほどの偶然でもないと思うが)
 などと感じていた。それを知らず、続けて喋る中井。
「何かの縁だと思いませんか? だから……一緒に回ってください。お願いし
ます」
 さして広くない座席の上で器用に身体の向きを換え、ぴょこんと音がしそう
にお辞儀してきた中井。その拍子に、帽子が脱げ落ちた。
「あ」
 髪が広がり、波打ちながら肩へと流れる。隠しておくのがもったいない、そ
う思わせるきれいな黒髪。
 しばらく見とれてしまった奥原だが、視線を外すと、帽子を拾ってやった。
「ほら」
「あ、ありがとうございます」
 ぎくしゃくした動作で帽子を受け取ると、中井はまた髪をまとめ、帽子をか
ぶろうとする。
「髪、何で隠すの?」
 どうしても気になって、奥原は聞いてみた。
「自分は男だから分からないけど、寒さで傷むとか?」
「そんなんじゃありません」
 否定だけして、あとは口をつぐんだ中井。話したくない事情があるらしい。
そう察した奥原は、追及をやめた。
「とりあえず、オーケーしとこう。頼りになるかどうかは分からないが」
 間が開いてからの奥原の答に、再び車窓の外を眺めやっていた中井は、驚い
たように振り返った。
「それ……一緒に回ってくれるってことですか?」
「そう。今さら、気が変わったか?」
「ううん。そんなことない。さっき、私が答えなかったから、怒らせたんじゃ
ないかなって、心配になってて」
「話したくないことは、無理に聞こうと思わないよ。一緒に回るんだったら、
お互い、完全に無干渉ではいられないだろうからな。答えたくないことは答え
ない、そういうルールで行こう」
「分かりました。それじゃあ、早速、よかったら聞かせてください。奥原さん
はおいくつですか?」
 奥原は苦笑しながら、自分の年齢と、今春で大学卒業ということを告げた。

 奥原と中井が降りるホテル前に、一時間強でバスは到着した。
 チェックインにはまだ時間があったが、荷物を置いて、観光しようというこ
とで、先にホテルに向かった。
 その際に、予想外の事態が発覚した。
「中井佳寿美様のご予約は、一昨日、キャンセルとなっておりますが」
 フロントの若い男に告げられた瞬間から、中井は顔色をなくしてしまった。
「そんなはずないわ。絶対、キャンセルなんかしていません!」
「そう申されましても」
 フロントボーイは、何やら印刷物を取り出した。よく見ると、それは宿泊の
状況を示す物らしい。
「ご覧いただきます通り、中井様のご予約は確かにございましたが、一昨日の
午後一時頃、キャンセルとなっております」
 部屋番号と予約した者の名前、そしてキャンセルを意味するのであろう×印
が記入してあった。中井が泊まるはずだったその部屋は、すでに埋まっている
ようだ。
「失礼。手違いということはないかな?」
 見かねて、奥原は横から口を挟んだ。
「ございません。私自身がキャンセルのお電話をお受けしましたので、よく覚
えております。中井様に間違いございません」
「声は? 私の声じゃなかったでしょう?」
 いつになく声を張り上げる中井。
「そう申されましても、電話を通してのお声というものは、実際とは違います
から、何とも……。ただ、こちらの方よりも少し、ご年輩の風な印象がないで
はありませんでしたが」
「お母さんだわ」
 中井は、断定調でつぶやいた。白い歯を少し覗かせ、悔しそうにしている。
「どういうことだい?」
 奥原が尋ねても、それには答えず、中井はフロントに飛びかかりそうな勢い。
「あの、部屋、空いていませんか?」
「本日ですか? はあ、ただいまのところ、満室でございます。他を当たられ
ても、恐らく、無理ではないかと存じます。この季節、卒業旅行等でいっぱい
になるのが通例でございますから」
 本心からかどうかは分からないが、気の毒がる表情のフロントボーイ。
「ユースホステルもかな?」
 思い付いて、奥原は尋ねた。
「そちらでしたら、多少は大丈夫かと。ただし、女性の方が一人で泊まられる
には、少し問題が……。お驚かせするつもりはございませんが、つい先頃、そ
の手の事件が起こっております」
 若い男は言葉を濁した。自ら商売道具としている観光地をけがすようなこと
は、あまり言いたくないに違いない。
「いつもこうという訳ではないのですが……」
「分かった」
 時間も気になったので、奥原は踏ん切りをつけた。
「この人を奥原丈巳として、泊めることはできるだろう?」
 中井の方を示しながら、半ば強制するようにフロントに聞く。
 中井は目を見開いて、小さな声で奥原さん、奥原さんと繰り返していたが、
奥原はそれを敢えて無視して、フロントボーイを見据えた。
「はあ、それは、しかし、宿泊者名簿には真実を記載していただくのが建て前
となっておりまして」
「建て前だろう? 嘘を書いている人間なんて、いくらでもいるはずだ。自分
はいいから、この人を泊まれるようにしてくれ。残念ながら、自分はキャンセ
ル料を払えるほど裕福じゃないんでね。うまく手続きしてくれないか。そちら
のキャンセルの受け付け方にも問題があると思うんだがね」
 服を引っ張られる感触があったが、それも気にせず、交渉を続ける奥原。
「そうですね……。まあ、失礼ながら、奥原様のお名前は女性に受け取れなく
もありませんし、できないことではありません」
 フロントの若い男は、もしかすると自分の責任になるのではと打算したか、
急に態度を軟化させた。
「よし、決まりだ」
 話がまとまったところで、後ろを振り返ると、奥原のセーターの裾をつかん
だまま、中井が声を大にした。
「お、奥原さんっ」
「どうにか、泊まれるようになったな」
「わ、私は、それでいいかもしれないけど、奥原さんはどうするんですかっ」
 白い顔を真っ赤にしている中井。
「さっき言わなかったっけ? ユースホステルを当たる」
「それじゃあ、悪いです」
「もちろん、立て替えることになる宿泊料は、あとからもらうけど」
「お金の話じゃなくて、奥原さんは何も関係ないのに、損な役回りをすること
ないんですっ」
「関係ないことないだろう。一緒にって約束したんだから」
「かもしれませんけど」
 話を切った中井は、フロントの方へ向き直った。
「奥原さんが泊まる部屋に、もう一人、泊まれませんか?」
「待て」
 フロントが返事するより早く、奥原が言った。
「どういうつもりだ? まさか、同じ部屋に入ろうなんて」
「それです」
「な……。中井さん、よく考えてから物を言ってくれないか」
 開いた口がふさがらない。今の奥原は、まさにそれだった。
「考えていますっ。ねえ、二人、泊まれる?」
「はあ、元々、大きめの部屋ですから、標準より小さめのベッドを運び込めば、
お二人様でも大丈夫かとは存じますが」
 二人の関係がどういうものなのかを知らないフロントボーイは、困惑の色を
浮かべたまま、小首を傾げている。
「ほら。聞いたでしょう? 大丈夫、二人で泊まりましょう」
「全然、考えてないじゃないか」
 頭を抱えたくなった。事実、片手を額にやりながら、奥原は中井の表情をう
かがった。
「奥原さん、何かするつもりなんですか?」
「ばっ−−。するわけない」
 率直な中井の物言いに、奥原は意表を突かれた思いだ。
「だったら、何も心配ありません。信用しています」
「実際に何もなければ、それでいいのか? 旅先で知り合った男と一つの部屋
に泊まったなんてことを知られたら、変に噂されるに決まっているぞ」
「奥原さんが言うような噂が立ったとしても、気にしません。それ以上に、ど
うしても私は北海道で調べなければならないことがあるんです。いくら邪魔さ
れたって」
 そこまで言って、不意に口を閉ざした中井。
「変な印象は受けていたが……訳ありのようだな。お母さんがキャンセルした
云々ていうのも関係あるんだろう?」
「……」
「分かった。好きにしたらいい」
「あのー、結局、いかがいたしましょう」
 恐る恐るという感じに、フロントの若い男が聞いてきた。
 その横を見ると、新たな客が次々とチェックインのために訪れている。他の
フロント係が応対しているからいいようなものの、迷惑をかけていることに変
わりはない。奥原はそう自覚して、フロントに言った。
「とりあえず、二人だ。小さなベッドの他に、衝立があれば申し分ないんだが」
「かしこまりました。手配しておきます」
 フロントボーイは、解放されたような晴れ晴れとした表情で、奥原達に微笑
んできた。

 いささか時間を取ったが、最初の予定通り、荷物をホテルに預けて、奥原と
中井は札幌の街に出た。まだ行き先を決めかねている段階だったので、適当な
喫茶店に飛び込んだ。昼食時には少し早い。
「調べたいことって言ってたっけ」
 注文を済ませてから、奥原は相手に聞いた。
「つまり、ただの観光じゃないんだ? 調べるってことは、どこか、あるいは
何か目的がある。違うかな?」
「うん」
 少し間ができた。中井は、事情をどこまで話していいものか、逡巡している
ようだった。
(こんなことが、気休めになるかどうか疑わしいが)
 待ちきれなくなった奥原は、口を開いた。
「自分は大学で、推理小説研究会に入っていたんだ。本物の事件に出くわした
こともある。普通よりは調査することに慣れているつもりだよ」
「本当に? じゃ、奥原さんて、卒業後は職業、探偵?」
 いくらか短絡的に、中井は奥原を見上げてきた。
(どこからそういう結論が、引き出されて来るんだか)
 心の中で苦笑いしつつも、奥原は真顔でうなずいた。
「そう。今のところアマチュアの探偵。依頼人の秘密は守ります」
 真面目くさった顔とおどけた口ぶりに、中井も気分が少しはほぐれたらしい。
かすかに笑って、話を始めた。

−−続く




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