#3236/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 4/ 1 0:40 (200)
卒業 −−奥原丈巳の挨拶−− 1 永山
★内容
「オフセット、やりましょうよ」
あたしは扉を開けると同時に、みんなに提案した。
「特に奥原さんは卒業するんだから、これを逃すと次の機会がなくなりますよ」
部室の奥、長机の向こうにいる奥原先輩は、やや戸惑っているご様子。
「そう言われてもな。編集には、もうタッチできないぞ、俺。名目上は部長っ
てことになっているが、四回生が部長なんてやらないもんだ、普通は」
そう。奥原さんは四回生。しかもこの春にも卒業される立場なのだ。正しく
異例中の異例で、部長をやってもらっている。
「考えてみたらいい加減、引き継ぎすべきだな。普通なら、二回生が秋から一
年間、部長等の役職をやるんだが」
「えー? やっぱり、副部長からスライドってことで……」
不満を漏らしたのは、その二回生の一人、木原真子。要は、面倒を押しつけ
られるのが嫌なんだ。うん、そうに違いない。
「私は引き受けてもいいけど」
と、副部長のミエこと玉置三枝子が、二回生部員を見渡す。長くきれいな髪
が、かすかに広がる。
「二回生の中で誰か、部長をやりたいっていう人がいれば、やめておくわ」
「いる訳ないじゃないですかあ」
真子は相変わらずだ。
「あの、玉置先輩、忙しくなるんじゃないですか。就職活動とか、卒論とか」
同じく二回生の剣持絹男が、マジックを趣味にしているだけあって?気遣う
台詞を口にした。
途端に、ふふっと笑うミエ。それはあたしも同じ。事情を知らない人には、
何のことだか分かるまい。
「心配してくれてありがと」
ミエ自身で、説明を始める。
「私の家、薬局なのよ。一通りの活動はしてみるけれど、いざとなったら親の
関連で雇ってもらうから」
「そうだったんですか。なるほど、それで薬学部」
納得した剣持。彼の態度は、それならやってもらってもいいかなというもの
に変化していた。
「本山君は?」
あたしが聞いたら、本を読んでいた当人は、まるで話を聞いていなかったか
のような顔を上げてくれた。
「ほら、聞いてた? 推理研の将来に関わることなんだから、ちゃんと」
「はい、聞いてました」
茫洋とした風情で答える本山。
「次期部長のことですね。少なくとも自分は、なる気はないですし、その器で
もありません」
何とも無気力な……。あたしは一瞬、推理研の将来に不安を感じた。しかし、
考えるまでもなく、本山は部長に向いていないのは明らかだった。よく自分の
ことを知っていると誉めてあげよう。
「これで決まり! ですね」
真子が嬉しそうに言う。
「それじゃ、念のために……」
ミエは、今度はあたし達三回生を見渡す。
「私が部長をやってもいい?」
「ええんとちゃいますか」
朗々とした関西弁−−何だか矛盾している気がしないでもない−−で答えた
のは、高野里美君。背が高いから、座っていても頭一つ、抜け出ている感じだ。
「僕は比較的、付き合いは短いけど、それでも、副部長としてようやってくれ
ていると思うし」
「ども」
ミエは冗談めかした礼を高野君に返してから、あたしに顔を向けてきた。
「あたしはもちろん、賛成だよ」
「それじゃあ、まあ、そういうことで。奥原さん、部長を引き継がせてもらい
ます」
「なかなか民主的だったな」
苦笑している奥原さん。
続いて、他の役職の決定に取りかかる。と言っても、少人数の我が推理研で
は、副部長が雑用係としてほとんどをこなしてきてたのだが。例外はせいぜい、
旅行のときに二回生が幹事をやったぐらい。
やはり、経験を積んでもらわないと将来困るだろうという理由で、副部長は
二回生から選ぶことにした。今度は民主的でなく、ミエの鶴の一声。マジシャ
ンの剣持が副部長に任じられた。まずは妥当な線。
「さ、話を元に戻すわよ」
ミエが言った。
「オフセット印刷の形で会誌を出すかどうかについて。最初に案を出したのは
リマ−−香田さんだから」
愛称から本名へと言い直すミエ。香田利磨というのが、あたしの名前。
「リマ、どういうことをやりたいのか、説明して」
「説明と言ったって、基本的にはコピーでやってる会誌と同じ。つまり、ミス
テリーの創作とか評論、エッセイなんか。新しく考えているのは、リレー小説。
毎年、卒業生が書いていく形式にしたら、面白くなるかも」
「てことは、第一回の担当は俺か」
言って、片手を顎の辺りに持っていく奥原さん。
「それって最終回は、いつになるんですか?」
首を傾げながら、剣持が聞いてきた。まあ、当然、浮かんでくる疑問ね。
「そこは未定。推理研らしく、十三人が書いたところで終わりを迎えるのがい
いんじゃないかな、とは思ってるけど」
「待った。要するに、卒業生をオフセット本の主役にしたい訳、香田さん?」
高野君が言った。なるべく標準語を心がけているらしいが、アクセントはや
はり関西風。
「そうよ。毎年、今ぐらいに出したいなって」
「それやったら、卒業生に目立ってもらう方法、他にもあるんと違うかな。そ
う、例えば……推理研内での犯人当て」
「推理研内?」
「卒業生の人が問題編を書いて、それに挑むのは後輩達。後輩の方も推理を小
説の形にしたら面白いな。卒業生が用意しした正解編と比べるってことで」
「よさそうね」
「おーい、卒業生の意向は聞いてくれないのか」
あたしが感心しているとこへ、奥原さんがまた苦笑混じりに声をかけてきた。
「はい?」
「分かってると思うけど、犯人当てを書くってなあ、簡単じゃないぞ。今年卒
業するのは俺一人だしな。来年以降はいいかもしれないが、一人で書くのはき
つい。その上にだ、もうすぐ旅行に出発しちまうんだが」
あら。卒業旅行はもう行って来られたはずなのに。疑問を口にすると、奥原
さんは首を横に振った。
「卒業旅行じゃあない。一人で行きたいところがあってな」
一人で行く卒業旅行もあるんではと思ったけど、ご本人が言っているのだ。
額面通りに受け取っておく。
「行き先はどこですか?」
「何泊の予定なんでしょう?」
「どなたと行かれるんで?」
「お土産、頼みまーす!」
あたしが黙ると、みんな、口々に勝手なことを尋ねた。
「期待されては困るんだが……北海道なんだよ」
「……それって」
詳しい事情を知らない高野君を除いて、あたし達はしんとなった。
「ど、どうしたん−−ですか、皆さん?」
目をぱちくりさせている高野君。
「高野君」
ミエが説明役を引き受けた。
「高野君が入部するより前、推理研の中で大きな事件があったのは知っている
でしょ?」
「はあ」
あまり触れないでおこうと気遣ってか、高野君は曖昧に返事した。
「その事件が起こったの、北海道の苫小牧なのよ」
「−−ああ、分かりました。思い出した」
事情は察したという感じで、彼は軽く両手を挙げた。
「奥原さん、北海道をわざわざ選んだということは、その、一年経つから……」
あたしが聞くと、簡単な答が返ってきた。
「それもあることはある」
それから、どこか吹っ切ったような表情になって、奥原先輩は続けた。
「でもな、旅行中、ずっと考えてる訳にもいかないさ。札幌を回って観光だっ
てする。だいたい、弔うだけだったら、墓参りでも何でもしたらいいんだから
な。まあ、一種の気休めだ」
「……そういう風に考えることにしましょう」
ミエは、雰囲気を変えるためかしら、きっぱり言い切った。
「オフセットの話に戻りますけど、そういうご予定だと、作品は無理ですね?」
「まあ、そういうことにしてもらおうかな。旅行記ぐらいは書けるかもしれな
いが……」
「一応、ページを空けておきます。原稿は早い方がいいですから、できること
ならファクシミリでも」
「そこまでやるか?」
苦笑を浮かべる奥原さん。
「ま、覚えていたら、な。他の内容はみんなに任せる。俺の悪口を書くんだっ
たら書いてくれ」
* *
当初、一年前と同じルートを取ってみようかとも考えていた奥原だったが、
時間の関係で、空の便を利用せざる得なかった。
千歳空港に到着したのは、ほぼ九時二十五分。定時通りと言える。
初めての場所に少し戸惑いながら、上目遣いに案内の矢印を探す。それが行
けなかったのか、人にぶつかってしまった。
「すみません」
あわてて振り返ると、相手は手にしていた旅行案内を落としていた。それを
拾って、もう一度謝った。
「すみません。汚れていないですか?」
「ん……大丈夫みたい」
声を聞いて、初めて相手が女性だと分かった。よくよく見れば、髪も長いよ
うだが、毛糸の帽子の中にまとめているので、気づかなかった。
「そんなに謝らないでください。私もぼーっとしてたんだから」
幼い顔立ちにえくぼを作り、微笑んだ相手は、色が白く、着ている物も帽子
から、セーター、スカート、タイツまで、白に近いクリーム系統だった。
(雰囲気が畑田さんに似ている)
奥原は、一年前の事件において、大きな意味を占めたその人を思い出した。
「あの、札幌へ行くバスの乗り場、どっちなんでしょう?」
見上げるように尋ねられて、我に返った奥原。
「一度、乗り場まで行ったんだけど、時間があったから、ちょっとお店を覗い
ていたら、分からなくなって……。方向音痴だから、私」
「僕も初めてだけど、こっちでいいはずですよ」
どんな言葉遣いをすべきか迷った挙げ句、奥原は妙に優しげな返事をした。
二人して歩いていくと、ちゃんとバス乗り場が見えた。内心、胸をなで下ろ
す奥原。
「あ、見えたわ。ありがとう。えっと−−?」
名前を聞かれているのだと分かった。
「奥原です」
「ありがとう、奥原さん。私、中井佳寿美と言います。奥原さんも札幌観光?」
「まあ、そんなところ」
「お一人ですか? 具体的な予定がなければ、一緒に行きませんか?」
「中井さんこそ、連れがいるんでしょう。遠慮しておくよ」
列の最後尾につきながら、見送るつもりで手を挙げた奥原。並んでいるのは、
大学生らしいグループが一組と、中年から初老にかけての男女のペアが三組。
それに親子連れが一組といったところだ。
「実は……一人なんです」
中井は申し訳なさそうにしている。
「え? 君一人? その、さっき、方向音痴だって言っていたけれど……」
「だ、だから、一緒に回ってくれないかなあって。心細くて、不安なんです」
すがるような視線で見つめられてしまった。
「奥原さん、親切だし、悪い人じゃなさそう」
「何を根拠にそういうことを……。女の子の一人旅ってのは、狙われやすくて、
ただでさえ危ないというのに、方向音痴に加えて、簡単に人を判断するなんて、
危なっかしすぎる。−−?」
中井はうなだれて、しゅんとなってしまった。
奥原は半ば面食らって、急いで言葉を継いだ。
「すまない。説教するつもりはない。ただ、一般論を……。ああ、もう、北海
道に着いた途端、これじゃあ、旅行が楽しくなくなるぞ。元気出して」
「うん」
ようやく顔を上げた中井。でも、まだ笑っていない。
「ついて来てくれるような人、いなかったの?」
「はい……みんな、忙しくて」
「中井さん、いくつ? 言いたくなかったら別にいいけど」
「今年、十九になります」
小さな声で、静かに答える中井。
(十九……。あのときの畑田さんの年齢と同じ、か)
そんなことを思いつつ、奥原は続けて尋ねた。
−−続く