#3234/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 3/15 3:27 (175)
レイヴィリアン 1−5 室生薫子
★内容
軽く深呼吸をして、ミズリイは続けた。
「言い伝えによれば、フリーエネルギーを実現する秘法が存在するらしいのよ。
秘法を手に入れるため、光と闇の気術士は争っている。フリーエネルギーを手
にすることで、この世の中がよい方向に向くとは言い切れないけれど、闇の気
術士の側に渡ったら、確実に悪くなるのは明らかよ。それを防ぐために、私達
は闘ってる」
「秘法ってのは、誰が知っているんだ? アダムか?」
「いいえ」
首を振ったミズリイ。そしてもったいを付けるかのように、ゆっくりと口を
開いた。
「誰も知らないわ」
「……分からんね」
レイはあきれてしまった。
「それは何だ。誰も知らないのなら、争いようがない」
「細切れの情報として、私達気術士が各自、所有しているのよ」
「分かるように説明してくれ。それが説明というものだぜ」
「私も秘法の一部を持っているし、敵である闇の気術士も持っている。レイ、
あなたも持っているはずなのよ」
「覚えがないね。俺は何も持ってないし、家の片隅に転がっているという話も
聞かない」
半ば冗談混じりに言って、レイはミズリイを見据えた。
ミズリイは、ここまで来ながら、あまり話したくなさそうである。しかしそ
れでも、やがて思い切ったように話し始めた。
「持っていると言っても、目に見える形ではないの。体内に持っているのよ」
「体内−−って、身体の中か」
「そう。遺伝子としてね。遺伝子って、聞いたことあるでしょ」
「あ、ああ。生物の個を決定する−−」
「それだけで充分。フリーエネルギーの秘法が断片的な情報となって、私達の
遺伝子の中に組み込まれているそうなの。そのすべてを集めたとき、秘法の謎
が解けるというわけよ」
ミズリイの話を、理解しようと努めるレイ。しばらく経ってから、彼は声を
発した。
「疑問があるぜ」
「どんな? 私の知っている範囲で答えるわ」
「情報としての遺伝子、どうやって一つにするんだろうって思ってな。一つに
しなきゃ、秘法の正体は見えてこないんだろう?」
「その通り。もちろん、方法はあるわ。一つは、秘法遺伝子を持つ者同士が交
わり、子供を産むこと」
意外と言うべきか、ミズリイの頬がやや赤くなっている。
「そうして生まれた子供には、まず間違いなく、両親の秘法遺伝子を受け継い
でいる。
もう一つは……相手を取り込むことよ。はっきり言うわ。相手を……食べて
しまうのよ」
ホルスは吐き捨てた。
「……やはり……食したのだな」
頭上からは、嘲笑が降ってきた。
「その通り! 食べたことないんだろ、おまえさん達光の気術士は? うまい
ぜぇ。一度でも口にしたら病みつきになる」
「げすが……。秘法の情報を得るためだけであれば、その血液だけで充分であ
ろう!」
「だぁかぁらぁ、うまいんだよ! うまい物を食いたいのは、誰もが持ってい
る欲求」
「やはり闇の気術士だな。相容れぬ」
「くだらねえ議論はここらでやめにして、そろそろ闘ってみないかい?」
挑発してくる見えぬ敵。
「遠慮しておこう。クリスがどのようにしてやられたのか、おおよそ想像でき
ることだしな」
「へえ。それじゃあ、そのままずーっと、突っ立ってるつもりか?」
「勘違いするでない」
ホルスは見得を切った。
「『今』は、遠慮しておくのだ。時が来れば、相手をしよう」
「大きく出やがって。その光のロープがあるから、迷うことはないと思ってる
んだろうが、そうはいかないぜ。確かに、おまえの気術そのものに影響を及ぼ
す力は、俺様にはねえ。だが、そのロープの先を結んだ木を移動させることは
できるんだぜ」
勝ちを確信しているのだろう。敵は己の気術力についてまで、ぺらぺらとま
くし立てた。
「……そろそろよい頃合いだ」
「……何のことだ?」
勝ち誇っていた相手の口調に、一瞬、怪訝そうな響きが混じった。
「何だと……」
さすがのレイも、内心、度肝を抜かれてしまった。
「食う? 食べるのか、人間を? 気術士ったって、人間だろうが?」
ミズリイから反応はない。
「だいたい、食ったからって、相手の遺伝子が体内に残るものなのか?」
「声を落としてちょうだい、レイ」
周囲をゆるりと見渡すミズリイ。レイは、軽くせき払いをした。
「……レイ。食べてもね、残るのよ。こういうところだけ原始的な生物並らし
いわ、私達の一族も敵も。例として教えられたのが……プラナリアだったかし
ら? そんな名前の生物がいるんだけど、Aというプラナリアに学習をさせ、
その体を切り刻んでプラナリアBに与えると、Aが身につけたはずの気術力を
Bは労せずして得るのよ。これと基本原理は同じだって」
「アメーバ並か」
「冗談で言ってるんじゃないの。信じて」
ミズリイのまっすぐな眼差しに、レイはふんふんとうなずいた。
「相手を食った場合、相手が持っている気術士としての能力も、自分の物にす
ることができるのか」
「そうはならないわ。分かりやすく言うと……基本的に、私が持っている気術
力とあなたが持っている気術力は同じなの。私は『サーベルクロー』−−爪み
たいな形で光を扱える。レイ、あなたのは球状でしょ。それだけの違い。あと
ね、気術士としての力そのものに強弱があるそうよ。相手を体内に取り込んだ
場合、その気術力は得られないけど、気術士としての力は少しだけ強くなるら
しいわ。でも、一族の者同士でないとだめ。光の気術士が闇の気術士を、逆に
闇が光を体内に取り込んでも、何の効果もないはずよ」
「その様子だと、ミズリイは、敵にしろ味方にしろ、気術士を食ったことはな
いようだな」
「当然っ。光の一族は、そんなことしない。敵を倒した場合、その血液を抜き
取り、保存しておくのよ」
「ふむ。ま、いざとなったら、味方同士で食い合って、最強の気術士を作れば
いいわけか。これはいいな」
「あなたね!」
いらいらし通しだったらしいミズリイが、とうとう大声でまくし立て始めた。
「冗談が出るくらいだから、簡単に考えているみたいだけど、今のあなたじゃ、
闇の気術士と闘うのは危険すぎるわっ」
「……ほう。どうしてだろうな。聞かせてもらえるかな」
「理由は単純、技がないんだから、あなたにはね! いつかみたいにやたらと
打ちまくるだけなら、せいぜい、相打ちがいいとこよ」
「ミズリイ、あんたは闇の気術士とやったこと、あるのか?」
「当たり前よ。見たでしょ、私の技。サーベルクローでどんな危機も切り抜け
てきたんだからね」
ミズリイの言葉を考えるレイ。レイ自身にとっても確かに、あの技と動きは
驚異だった。特に敵が複数のとき、威力を発揮するであろう……。
「俺も物分かりはいい方だぜ。何か一つでもいい、技を身につけてやるさ」
「あなたが物分かりがいいって? 最低のジョークね」
ミズリイのあきれ顔に、レイは初めてまじめな口調で応じた。
「証明してやろう。……悪かったな」
「な、何がよ」
警戒するようなミズリイ。
「初めて会ったとき、ぶすと言ったことだ。あれは勢いで出た言葉。あんた、
きれいだぜ」
「……」
「ただし、男全員がその色香に迷うと思い込むのだけは、やめときな」
「−−ふん!」
見直したのも一瞬で終わったか、そっぽを向くミズリイだった。
その瞬間、ホルスは敵の位置をとらえていた。
「貴様は最後まで気づかなかったようだな」
「な−−」
相手の反応は、短く切れた。
次に、敵は木々の葉の合間から、とうとう姿を見せた。全身を、光のロープ
でからめ取られた格好で。
「こ、これは……おまえの気術か?」
「貴様は」
ホルスはマインドバインドを引く手に、力を込めた。
バランスを崩した相手は、一拍ほどの間の後、どさりと落ちてきた。散った
葉や折れた梢の山の中で、かさかさ、もぞもぞとうごめいている。
「貴様は、私の左手から伸びる光のロープ−−マインドバインドを気にするあ
まり、右手にまで注意が行かなかったようだ。私は右手からもマインドバイン
ドを出し、木の幹を這わせていたのだ。貴様のいる位置を発見し、そして貴様
を捕らえるために、余計なおしゃべりをして時間を稼いでいたというわけだ」
「く、くそっ! 逃れられねえ!」
「貴様の名前と気術力の名を聞いておこう。参考になるかもしれん」
ホルスの沈着な声に、敵は反発を覚えたらしかった。
「だ、誰が言うものかぁ。へへ」
「それでは」
光のロープできつく締め上げるホルス。マインドバインドは、今や敵の身体
を縦横にぐるぐる巻にしていた。
「いてててて!」
敵は泣きわめくように叫んだ。
「痛い! も、ものすげえ、痛い! 身体が細切れにされそう……」
「名前と気術力名を教えるのなら、楽にしてやる」
「−−お、俺の名前はバスコー=クックだ! 気術力は方向感覚を失わせるも
ので、XDコンパスって自分で名付けたんだ! さ、早く、放してくれ」
「自分で名付けたということは、貴様に仲間はいないのだな?」
「あ、ああ、そうさ! 一人だ。さあ、言ったぜ、俺様は。早く、早く放して
くれよ!」
「誰が放すと言った」
「あ?」
「私はこう言ったはずだ。『楽にしてやる』とな」
「ま、まさか……」
バスコー=クックの細い目が、絶望によって見開かれた瞬間だった。
「お、お、俺、俺様を殺すのか!」
「助かると思ったか。クリスにした仕打ち、返させてもらう。−−楽になるぞ」
言い終わると同時に、ホルス=シカティックは、光のロープを強く、一気に
引いた。
しゃ、という叫びとも何かが切れる音ともつかない、奇妙な響きが起こった。
つい今しがたまでバスコーが『存在して』いた地面には、細切れの肉片が山
積みになっていた。
その様を見て、ホルスはさして感情を動かされることもなく、ぽつりとつぶ
やいた。
「さて……血液を採らねば……」
−−続く