#3233/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 3/15 3:24 (192)
レイヴィリアン 1−4 室生薫子
★内容
その刹那、アダム=テイカーは、気の激しい動きを感じ取った。座った姿勢
のまま、がくりと片腕をつく。
「どうされました、師アダム?」
ホルスが、ミズリイからアダムへと視線を移した。今まで、レイ=スティン
グにいかに事情を伝えるか、話し合っていたのだ。
「クリス=ロッドが……最後の気を放ったと思われます」
アダムの意外な言葉に、ホルスらは動揺した。
「何ですと?」
「え? 最後って」
ミズリイの言葉を引き取って、アダムが口を開く。
「恐らく、もう……」
「そんな」
絶句するミズリイ。彼女は顔を両手で覆った。
そんなミズリイの様子を一瞥して後、ホルスが言った。
「彼は今、ディグロチアでしたな?」
「その通りです。クリスは最後の力を振り絞り、『光の気』によって我々に知
らせてくれました。ディグロチアの片田舎にある『黒の森』という場所で、彼
は敵と遭遇し、命を落とした……」
「その土地は確か……行方不明事件が頻発している……。一体、どんな敵だっ
たのか」
「クリスの気すべてを読み取れたわけではありませんが、『方向感覚を狂わせ
る気術力』を持っているのは確実のようです」
「方向感覚を狂わせる……。それだけ分かれば何とかなりましょう。すぐにで
も弔い合戦を!」
「そうですね。彼の身体を回収しなければなりませんし……」
アダムはわずかの間、逡巡する様子を垣間見せた。
「ホルス=シカティック、あなたにお願いできますか。マインドバインドなら
ば、方向感覚を保てるでしょう」
「喜んで。直ちに発ちましょう」
右手を胸の前でかざすホルス。
「ただ、心残りは、レイ=スティングの件。ミズリイ一人に任せておくのは」
ホルスはミズリイの方を見やった。
「ルシアからセイ=マゴメットを呼び戻して、彼女につけていただくと、安心
できるのですが」
「もう平気よ」
ミズリイは強く静かに主張した。
「この前は、少し冷静さをなくしてただけ。レイみたいな粗暴なタイプ、初め
てだったから。セイの手を煩わさなくても、次は大丈夫だわ」
「分かりました。ミズリイに期待しましょう」
断を下したアダムは、その白い顔をミズリイに向けた。
「レイ=スティングには、すべてを話して聞かせるのがいいでしょう」
あごを突き出し加減に歩いていたレイは、その相手の姿を見つけると、今来
た道を引き返したくなった。しかし、それもしゃくなので、そのまま歩き続け
る。
「レイ」
距離がせばまったところで、相手−−リア=ミズリイが話しかけてきた。今
日は先日と違って、大人しめのグレイの服。
彼女を無視して、大股で去るレイ。
いい天気の日に、いい気分で散歩しているのに、何てことだ。
「待ってよ」
「ついてくるな」
「どこへ行くのよ」
二人の歩くスピードが、かなり速くなった。
「答える義務はない」
「……仕方ないわね。また怒られるかもしれないけど」
ミズリイは立ち止まると、レイの足下に何かを投げ込む手振りを見せた。
「っと?」
途端に、レイは足につっかかりを覚えた。自分の足元を見ると、細い棒状の
光がズボンの裾を貫き、地面の石畳に釘付けにしていた。
「ミズリイさんよ。おふざけはやめてくれないかな。しかも往来だぜ、ここは」
「どうしても話を聞いてもらいたいのよ」
「ズボンに穴を空けといて、話を聞けとは、礼儀正しいことだ」
「穴? 穴なんか空きはしないわ。ほら」
ミズリイが指を弾くと、光は消えた。ズボンにも地面にも、何の痕跡もない。
「こういう使い方も、修練次第でできるのよ」
「手品のネタにはなりそうだな」
足が自由になったのを幸いに、レイは再び歩き出した。
「手品の話じゃないわ。気術士の話がしたいのよ」
「俺は話したくない。どうせ事情も明かさず、協力しろ、仲間になれ、なんだ
ろう」
「事情は話すわ」
その言葉で、レイは足を止めた。
「本当だな」
うなずくミズリイ。
「分かったぜ。よし、これからあんたのデートだ」
レイは辺りを見渡し、手頃なカフェを見つけた。
「黒の森」の近辺に暮らす人々から話を聞いたホルスは、少しばかり悩んで
いた。
(いざとなれば、森の木々を根こそぎさらえば、敵を追いつめられると考えて
いたが……難しいようだ)
伝説の地と化している「黒の森」を破壊することは、ディグロチアの者にと
って許せない行為であるようだ。許す許さない以前に、考えが及びもしない行
為なのかもしれない。
「分け入るしかないな」
森を前に、考え込むホルス。
(我がマインドバインドを命綱として中に入っていけば、方向を見失うことは
ないと信じたいが……確証はない。クリスがブリンクフラッシュを行使できた
のだから、マインドバインドも使えるはずだが)
やがて意を決したホルスは、一層厳しい顔つきになって、森へと一歩を踏み
出した。
人に聞かれる可能性をなるべく取り去りたいということで、ミズリイの話が
始まったのは、注文がテーブルに届いてからだった。
「念のため、最初に断っておくと、承知しようがしまいが、この『理由』を聞
いただけで、君の命が危険にさらされるかもしれない。それだけは覚悟してお
いて」
「命だと。まるで、誰かと喧嘩でもやらかそうって感じだな。それぐらいの覚
悟、俺には元からできている」
「喧嘩なんてものじゃない。戦争ね」
ミズリイの声は真剣だった。
「君がこれまで経験した喧嘩なんて、物の数に入らないでしょうね」
「……面白いじゃないか」
レイはミズリイを見ていた視線を外し、ジンジャーエールを一口飲んだ。
「挑発してくれるね。面白い。俺が仲間になると誓えば、その戦争とかに加わ
れるんだな」
「ええ。嫌でもね」
「自分の力がどれぐらいなのか、本気で試したい気はあるんだ。だが、まだ事
情を聞いてないぜ」
「これから話すわ。闇の気術士というのが敵の通称よ」
「こっちが光で、相手は闇か。これはいいな、はんっ! 何を争っている、光
と闇は?」
「この間、フリーエネルギーの話をしたでしょう? 闇の気術士も空中に存在
するエネルギーを利用して、特別な力を発揮できるのよ。それは私達の能力と
は多少異なっている。その最大の相違点は、闇の気術士の能力は気を汚染する
の」
自分の言葉の効果を試すように、話を区切るミズリイ。
「私の説明のほとんどは、師アダム=テイカーからの受け売りで、細かな点ま
では知らないのだけど、闇の気術士はいったいに邪悪な心を持っていて、邪悪
なことに気術力を用いる。そのためかどうか、敵が闇の気術力を行使する際、
空中に溢れる気をけがすのよ。気が乱れると、君が生きているこの社会にも悪
影響を及ぼすわ。不安定な要因に満ち、人々は殺伐としてくるという」
「待ってくれ。先に進む前に、そのアダム=テイカーとは何者だ」
「私達光の気術士の……統率者と呼ぶのがいいかしらね」
「統率者か。だったら、そいつがここに来ていないのは不思議だな。どこかで
他の奴をスカウトしているのかい」
「失礼なことを。まあ、知らないから無理ないけれど……。アダムは視力に障
害を抱えていて、よほどのことがない限り、出歩くことはとても」
「それでよく統率者が」
「いちいちうるさいわね、男のくせに」
ミズリイはどこかいらいらしていた。素の自分を隠して話しているせいだろ
うか。
「視力は弱いけれどね、アダムはソウルスペースっていう気術力で、世界中を
見て回ってるのよ。仲間を見つけるために」
「……俺に目を着けたのも、そのアダムか」
「そうよ」
「ご苦労なこったな。まあ、一度、アダムさんとかにも会わせてもらいたいね」
「今は無理でしょうけど、近い将来に」
「結構。さて、と……また敵さんの話に戻るが、まさか日時を決めて決闘して
るんでもあるまい。どういう状況で戦争とやらになるんだ? いくらこの光が
見えなくても」
「闇の気術士は、私達光の気術士だけでなく、普通の人間をも排除しようとし
ているわ。敵の全員が全員じゃないにしても、民族主義、純血主義者が多いら
しくてね。そういった連中だから、仲間とつるんでいようがいまいが、悪事を
しでかす。毎日たくさん起こる事件・事故から、闇の気術士による悪事をすく
い上げ、解決に当たるのが私達の現在の使命。当然、その先に、闇の気術士の
結集を防ごうという目的もあるわ」
「敵さんは群れているわけじゃないんだな? 子供漫画の中の悪の組織みたい
に」
「それは分からない。すでに結集している可能性も捨て切れないって」
「ふん。どっちでもいいか」
「まだ全部を語ってはいないわよ」
「そうなのか?」
やや意外に思う。
「話してくれ」
「私達と闇の気術士が闘う最大の理由。それは、ある言い伝えによるの」
(また来たぞ)
太い枝に座ったまま見下ろしながら、バスコー=クックはにやりと、舌なめ
ずりをした。
(食ったばかりで、身体を動かすの、面倒なんだけどなあ。馬鹿者が多いと、
俺様が苦労する)
バスコー=クックは、XDコンパスを発動させた。
ホルスは警戒しながら、観察を続けていた。
(植物の葉が、黒っぽくなっている。これこそ、気がけがされた証左……)
さらに警戒心を強め、ホルスは己のマインドバインドが、途切れずに続いて
いることを確認した。
(これで、少なくとも迷いはしない)
彼の左腕から伸びる光のロープは、障害物を通過し、一直線に森の外へと向
かっている。
「おやあ!」
出し抜けに、大声が響き渡った。
その方向−−右斜め上を、ぐっとにらみ上げるホルス。
が、肉眼では、声の主の正体はつかめない。
「腕から伸びる光……おまえも光の気術士かい? この間から連続で大当たり
だよ!」
「貴様が……クリスを死に至らしめたのだな」
まだ見ぬ敵に向かって、ホルスは低くつぶやいた。が、今度は、返ってきた
のは小鳥のさえずりだけであった。
「クリスをどうしたのか、答えよっ!」
「あの小僧、クリスと言うのかい。妙な技を使う奴だったな」
新たな声は、すでに違う方向から発せられているように聞こえる。
(これが方向感覚を狂わせる気術力、なのか)
「どうしたのかなんて、答えるまでもない。そうじゃないかい?」
敵は間違いなく、せせら笑っている。まったく見えないが、その表情は楽に
想像できた。
「……」
ホルスは、ぎりぎりと歯ぎしりした。
−−続く