AWC ヴェーゼ 第4章  ネイガーベン 9 リーベルG


        
#3206/5495 長編
★タイトル (FJM     )  96/ 2/28   1:16  (196)
ヴェーゼ 第4章  ネイガーベン 9    リーベルG
★内容

                  9

 パウレンの降り立ったのは、リエが破壊を楽しんだ結果として小さからぬ火災が
発生している騒ぎの周辺だった。最初は騒乱から遠く離れた場所に降りるつもりだ
ったが、むしろ周囲が混乱していた方が、余計な人目を引くこともないだろうと考
えたのだ。パウレンの狙い通り、空から降りてきた3人の女性に対して好奇や詮索
の視線を向けてくる者は皆無に近かった。その辺りは火勢を弱めようと必死になっ
て水やら土やらを運んでいる人々でごった返していた。
 パウレンは勢いよく燃え上がっている数軒の家屋を見て、少し考えていたが、や
がて肩をすくめると呟いた。
 「あの程度なら魔法を使うまでもあるまい」
 リエの放った電光は破壊力こそ巨大だったが、しかしそれ故に短時間で消失した
らしかった。魔法の制御を修得していないリエ----というか第二のリエ----は、ほ
とんど考えなしに力を叩きつけたのである。もし、本当にネイガーベンを破壊する
意図があったのなら、小さく強力な火災を数多く発生させることで、被害を大きく
したであろう。リエの行為は力が巨大であることを除けば、新しいおもちゃを試す
幼児の遊びと変わらなかった。
 「さて、リエはともかく」パウレンはぐったりした二人の女性を地面に降ろすと
思案顔になった。「こっちの監視官をどうしたものかな……まあ、ここに捨ててお
くのが最善であろうな。下手に起こせば何だかんだと介入してくるだろうしな」
 パウレンはティクラムが目を覚ましていたら憤慨したであろうことを呟きながら
空を仰いだ。その細長い顔の細い目が少しだけ広がった。魔法使いとしての感覚が
急速に近づいてくる魔法的生物を知覚したのである。
 「妖精竜か」パウレンはすぐに相手の正体を知った。「そうか、この娘、竜使い
だったな」
 ひとつ頷くと、パウレンはリエの身体だけを抱き上げた。形のよい裸の胸が揺れ、
パウレンはリエが全裸のままであることに思い至った。
 「何だって、力を使うたびに服を脱ぎ捨てるのだ、この娘は?」パウレンは苦笑
した。「服代だけで一財産使いそうだな」
 パウレンは地面に横たわったティクラムを見下ろした。リエとティクラムは身長
も体つきも、それほど違ってはいなかった。



 「……ラム、ティクラム!」
 ヴィンセルの重々しい声が呼びかけていた。ティクラムは苦しそうに呻くと、し
かめつらを作りながら目を開いた。
 「くぅ!」
 腹部に鈍い痛みが残っていた。あの赤毛の魔女に叩き込まれた一撃のおかげだ。
 「あの魔女!」ティクラムはがばっと起きあがると、いきなり喚いた。「ど、ど
こにいるの!」
 「誰もいないぞ、ティクラム」妖精竜は見るからにほっとしながら言った。「君
は一人でここに倒れていた」
 「何ですって!あつつ……」魔法監視官ティクラムは腹部の痛みに呻きながら叫
んだ。「赤毛の魔女と黒い髪の若い女は?」
 「とっくに逃げてしまったようだね」
 ティクラムは周囲を見回した。いくつかの建物が勢いよく燃えている。だが、市
民たちは自分たちの財産を守るべく、一致団結して効果的な消火活動を行っていた。
この様子なら、広範囲に類焼することはないだろう。
 「あの魔女め!」ティクラムはこみ上げてくる怒りを爆発させないように拳を握
りしめた。「今度会ったら……自警団は?知らせたんでしょうね」
 「もちろん」
 「どこにいるの?」
 「そこの店の陰に集結しているよ」
 「隊長をここに呼んできなさい」ティクラムは命令した。「あの二人の魔女を捜
し出さなければ」
 「分かった。だけど、その前に何か着た方がいいな」
 ティクラムは自分の身体を見下ろした。途端に頬が熱くなる。店を出るとき着て
いたはずの上下一続きになった服は消えており、薄い下着一枚が残されているだけ
だった。
 一声叫ぶと、ティクラムは両手で胸を隠した。怒りと狼狽で声も出ない。
 「確かに今日は暑いが、魔法監視官ともあろう者が、そんな挑発的な格好じゃ困
るだろう」ヴィンセルはティクラムの狼狽を楽しむように言いながら、一掴みの衣
類を差し出した。「そこの店からもらってきた。代金は君に請求するように言って
おいたから安心してくれ」
 ティクラムはいきなり服をひったくると、ヴィンセルに背を向けてそれを着始め
た。手が震えて、ボタンを何度もかけ違えそうになる。
 とりあえず肌を隠すと、冷たく凝縮された怒りを瞳に宿したティクラムは振り返
った。
 「自警団の隊長を呼んできなさい、ヴィンセル」
 妖精竜は何も言わずに頷くと、のたのたと歩き出した。今までの経験から言って
いつも沈着冷静という言葉からほど遠いティクラムが、今のように冴え渡った湖面
を思わせる顔になるとき、その水面には想像したくもないような怒りが渦巻いてい
る。その怒りの矛先を向けられる相手が気の毒になるほどの……。もっとも、ティ
クラムの性格上、ねちねちと陰湿的な怨恨を抱くのではなく、相手を一発ぶん殴れ
ば全てを水に流せるのだが。
 ヴィンセルに呼ばれた自警団の隊長は、魔法監視官に対する敬意を示すためにウ
マから降りて、自分の足で駆けつけてきた。見事な口ひげをたくわえた隊長の笑み
を隠しきれない瞳から推察すると、半裸で倒れていたティクラムの姿を目撃したこ
とは間違いない。ティクラムの頬が微かに赤らんだが、口調は冷静すぎるほど冷静
だった。
 「シーワ隊長、あなたとあなたの隊は、この一件が解決するまで臨時に私の指揮
下に入っていただきます。任務は、この」とティクラムは周囲の惨状を示した。「
破壊を行った黒髪の魔女と、その仲間と思われる赤毛の魔女を捕らえることです。
彼女たちの罪状は二つ。禁じられている魔法をネイガーベンで使ったことと、街を
破壊したことです」
 「わかりました、監視官どの」シーワ隊長は一礼した。「その二人の特徴を教え
ていただけますか?」
 ティクラムが思い出せる限りの人相を細かく説明している途中、その通りに一騎
の伝令が飛び込んできた。シーワ隊長と同じく治安維持自警団の制服を着ていたが、
ただ一点、異なった部分がある。右腕に鮮やかな赤と眩い金色の布を巻き付けてい
たのだ。ティクラムはいやな予感に言葉を途切らせた。それは、ネイガーベン都市
評議委員会の直接の配下にある小部隊の証だった。
 「失礼します」まだ若い男が勢いよくウマを停めると、ひらりと舞い降りた。「
魔法監視官ティクラムどのへ評議会ミリュドフ委員より伝言をお持ちしました」
 ティクラムは簡素な印を切って礼を返すと、無言で促した。
 「この破壊をもたらした犯人をすみやかに逮捕することを望む」伝令は明朗な声
で言った。「人員は監視官どのが必要と思われるだけ投入することを許可する」
 ティクラムはシーワ隊長と顔を見合わせた。
 「ただし」伝令は続けた。「犯人を逮捕した後、ただちにその身柄は都市評議委
員会に移されるものとする。以上であります」
 「何ですって?」むしろ穏やかな声でティクラムは訊き返した。「犯人の身柄を
評議会委員に引き渡せですって?そんなこと聞いたこともないわよ」
 伝令は肩をすくめた。
 「だいたい、ミリュドフ委員ですって?夜の鳥たちの飼い主ね。あのおばさんは
何の権利があって、わたしの職務に口をはさむのかしら?あまつさえ、ずうずうし
くも命令してくるとは。一体、何を考えているのよ」
 語を継ぐ間にも、ティクラムは知らず知らずのうちに歩を進め、伝令に詰め寄っ
ていた。気の毒な伝令は狼狽の表情を浮かべて、じりじりと下がっている。
 「わ、わたしはただ、伝言をお伝えしているだけで……」
 「わかっているわよ、そんなこと」ティクラムは笑みを返した。「じゃあ、返事
を届けていただけるかしら?」
 「は、はい」
 「魔法監視官ティクラムより、敬愛する評議会委員ミリュドフ閣下へ」ティクラ
ムは、よく通る声で言い渡した。「伝言はいただきましたが、承ってはおりません。
ティクラムは評議会より付与された権限に基づいて、必要な行動を取ります。余計
な差し出口は無用に願います。不満であれば、ティクラムの職を解かれることをお
奨めいたします。以上」
 「そのようなご返事を届けなければならないのは遺憾であります」伝令は苦痛に
似た表情を浮かべた。
 「わたしだって遺憾だわ。もっと簡潔にしましょうか?くそくらえ!ってのはど
うかしら?」
 伝令の表情は恐怖に近いものに変わった。彼は慌ててかぶりを振ると、急いで騎
乗した。
 「ご返事は確かにお届けします。それでは、これで。失礼」
 伝令は挨拶もそこそこに駆け去っていった。
 「評議会は何を考えているのでしょうな」おもしろそうに見守っていたシーワ隊
長が言った。
 「何を考えていようと知ったことではないわ」ティクラムは振り返った。「それ
では隊長、ただちに私の命令を実行して下さい」
 「は。ただちに」
 シーワ隊長は生真面目に敬礼すると、後ろに控えていた自警団員たちに命令を与
えるために去っていった。それを見送りながら、ヴィンセルが口を開いた。
 「評議会委員の感情を損ねるのはよくないなあ、ティクラム」
 「非はあちらにあるのよ、ヴィンセル」ティクラムは冷たい声で答えた。「わた
しは魔法監視官なのよ。評議会といえども、明確な根拠もなしに、その職権に干渉
することはできないわ」
 「もう誰も聞いてない」ヴィンセルは首をぐるりと回した。「だから、本音を言
っても大丈夫だよ」
 「わかったわよ、ヴィンセル」ティクラムは怒りの混じった溜息をついた。「わ
たしは、あの二人の魔女を一発殴りつけてやらないと気が済まないのよ。わたしの
魔法を利用した上に、気絶させ、おまけに服まで盗んでいくなんて。許せないわ」
 「君はやっぱり、ヴェルトキフスの孫だね」ヴィンセルは前任の魔法監視官の名
を口にした。「彼とよく似ているよ」
 「わたしを育ててくれたのは、おじいさまだもんね」ティクラムは少し顔をなご
ませたが、すぐに厳しく引き締めた。「さて、わたしたちはわたしたちで、あの二
人を探すわよ。竜たちはさっき使っちゃって、しばらく戻らないから大したことは
できないけど。あんたは、わたしの服を着ている女を探してちょうだい。何かあれ
ば、花を飛ばすわ」
 「わかった」妖精竜は翼を広げると、ふわりと浮き上がった。「夕方には店に戻
るようにする」
 「気をつけて」ティクラムは警告した。「相手はどっちも恐ろしい力の持ち主よ。
見つけても手を出さないようにね」


 パウレンは狭い路地からそっと顔を突き出して、周囲の様子を窺った。火災はほ
ぼ鎮火しつつあり、それにつれて人々を支配していた騒乱も終息に向かっている。
いまだに意識を回復しないリエを抱えて、できるだけのスピードでミリュドフの私
邸の方向に走ってきたが、殺気立った自警団が、誰彼かまわず大通りにいる人々を
訊問しているのを見て、間一髪、路地に飛び込んだのだった。
 もちろん武装した自警団など、パウレンが本気になれば突破するのはたやすいが
さすがの大胆不敵なパウレンも、魔法を使おうとは思わなかった。今、魔法など使
おうものなら、魔法監視官どころか、全ネイガーベンを敵に回してしまう可能性す
らある。そうなれば、ミリュドフ委員でも助けることはできないだろう。二人の安
全を確保するただ一つの方法は、誰も気付かない間にミリュドフの元に飛び込んで
しまうことだった。
 パウレンは網の目のようなネイガーベンの街路図を頭に描いた。人目につかない
ような裏道を通って、ミリュドフの私邸にたどりつく道順を考える。それは不可能
ではなかったが、困難だった。特にリエを抱えていては。せめて、リエが意識を取
り戻して、自分の足で走ってくれれば何とかなるのだが……。
 そこまで考えたとき、パウレンの背筋に悪寒が走った。リエの身体をかばいなが
ら振り向き、小さいが厳しい声で誰何する。
 「誰だ!」
 路地の奥の暗がりから、ゆらりと二つの影が出現した。先頭の男の顔を見た途端
パウレンの表情が変わった。
 「キキューロ」
 「よお、赤毛のパウレン」キキューロはニヤリと笑った。「久しぶりだなあ」
 「ここで何をしているのだ」厳しい声で詰問する。「忌まわしい灰色め!」
 「おやおや、嫌われたものだなあ。マシャの白の塔で机を並べた仲じゃないか」
 「汚らわしい!」パウレンは吐き捨てるように言った。「未だにマシャから追放
されていなかったとは、狡猾なヘビめ!」
 「何とでも言うがいいさ」キキューロは笑いを消さない。「ところで、おれは、
ガーディアック・キャビーンの一人なんだ。つまり、ガーディアックでの一件を調
べるキャビーンさ」
 「だから何なのだ」
 「その女を引き渡してもらおう。さっきは、惜しいところで取り逃がしたからな」
 「リエと戦っていたのは、おぬしだったのか!」パウレンは怒りの声を上げた。
「この愚か者!」
 「おいおい、街をぶっ壊したのは、おれじゃないぞ。その魔女だ」
 「おぬしが手を出さなければ、こんなことにはならなかった」
 「否定はしないね。だが、今は議論をしている時じゃないな。その魔女をこっち
に渡せ。そうすれば、昔のよしみでお前は見逃してやる」
 「断る」パウレンはきっぱりとはねつけた。「そこをどけ」
 「ほう。おれの親切な申し出を拒否するとは。相変わらず頑固な女だ」
 二人は睨み合った。




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 リーベルGの作品 リーベルGのホームページ
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE