AWC ヴェーゼ 第4章  ネイガーベン 10 リーベルG


        
#3207/5495 長編
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ヴェーゼ 第4章  ネイガーベン 10    リーベルG
★内容

                  10

 「そこの者たち、動くな!」
 突然、威嚇的な大音声が対峙する3人の上に轟いた。パウレンもキキューロも、
そして後ろに控えていたB・Vも飛び上がるほど驚いて声の方向に視線を向けた。
 「こちらは自警団だ。先ほどの魔法を使った魔法使いを捜索している。速やかに
壁に向かって立ち、両手を空に向けろ」
 数騎の自警団員が近づいてくる。パウレンもキキューロも、互いの存在に全注意
を集中させていたため、全く気付いていなかったのである。
 「さっさと壁を向け!」先頭の自警団員は慎重に距離をおいたまま呼びかけた。
「口を開くな。印を切るな。いかなる種類の魔法的行動も行うな」
 自警団員たちは、全員が装填した十字弓をしっかりと構えていた。相手にしてい
るのが魔法使いと分かっているのだから、先端に毒ぐらい塗ってあっても不思議で
はない。
 「早くしろ!」
 キキューロはその言葉に従うように壁の方を見た。自警団員の視線が一瞬そちら
に流れる。その瞬間を捉えて、B・Vが飛び出した。
 地球から来た殺し屋は、反射的に放たれた矢を身を沈めてかわすと、猛獣のよう
に先頭の自警団員の喉元に襲いかかった。いつのまにか握られていた細いナイフが
一閃する。B・Vが飛び離れたとき、自警団員の頸部は半ば以上切断されて、熱い
血が音を立てて噴出した。
 驚愕の叫び声を上げた自警団員たちは、B・Vの姿を求めて十字弓をくるりと回
した。矢が放たれる寸前、B・Vは手近の自警団員に襲いかかる。ただし、今度は
乗っているウマを狙った。首筋を切り裂かれたウマは、恐慌のいななきとともに飛
び上がり、騎手を振り落とした。
 「下がれ、下がれ!」
 「ウマから降りるんだ!」
 自警団員たちは十分に警戒していたし、自分たちが魔法使いを相手にしているこ
とも承知していた。もし、明らかに魔法使いと分かるキキューロか、パウレンが行
動を起こしたのであれば、冷静に対処したに違いないが、どうみても魔法使いには
見えないB・Vが動いたため、不意をつかれてしまった。
 しかも、B・Vの戦闘能力は、自警団員たちなどとは比較にならないほど洗練さ
れていた。数の上での優位など相殺してあまりある。
 ウマを捨てて、路上に降り立った何人かの自警団員たちが、狙いを定めて矢を放
った。狙いは正確だったが、B・Vの動きはそれを上回った。B・Vは半歩、右に
身体をずらしただけで飛来する矢を避け、次の瞬間、旋風のように自警団員たちに
襲いかかった。
 「どうだい」キキューロはくすくす笑いながら、パウレンに話しかけた。「将来
有望な弟子だろう。あいつが魔法を修めさせたら、どんな魔法使いが誕生するか楽
しみだとは思わないか?」
 「残忍な性格はお前そっくりだな、キキューロ」パウレンはじりじりと後退しな
がら答えた。「どこから見つけてきた?」
 「その女の故郷から来たんだそうだぞ」キキューロの目がぎらりと光った。「ち
がう世界だ。テラと言ったな。もっとも、お前はとっくに知っていたようだな」
 そのとき、二人の魔法使いは同時に何かの気配を感じて、首を巡らせた。
 「チッ」キキューロは舌打ちした。「魔法監視官と2個中隊ほど向かって来やが
る」
 「そのようだな」落ち着いた口調でパウレンは答えた。
 「どうするかね?ん?逃げるのに手を結ぶか?」灰色の魔法使いはにやにや笑っ
た。
 「たとえ魂を魔神に売り渡してもお前などと手を組むものか!」吐き捨てるよう
に言うと、パウレンはリエを肩にかつぎなおした。「二度と顔を見せないでもらお
う!」
 パウレンの右手が複雑な印を切った。魔法が生成されるのを感じたキキューロは
すかさず対抗手段を講じるべく印を切り始めた。だが、次の瞬間、パウレンの手の
動きは急激に停止した。その手から、小さな隠しナイフがキキューロに飛んだ。
 「くっ!」
 キキューロは罵りの言葉を発する間もなく身を沈めた。ナイフはかわしたものの
態勢は完全に崩れた。パウレンは素早く身を翻すと、リエをかついだまま女とは思
われない脚力で路地を曲がって姿を消した。
 とっさに追撃に移ろうとしたキキューロだったが、そこでB・Vのことを想い出
して振り返った。自警団員はほとんど地面に倒れている。今、最後の3人が必死に
なって剣を振り回しているが、B・Vはナイフ一本で、少しずつ優位を確保しつつ
あった。しかし、片づけるには、なお数秒以上を要するだろう。
 B・Vを置いていくわけにはいかない。一人で残しておけば、いずれ逮捕される
ことは間違いない。自警団だけならB・Vひとりでも遅れをとるようなことはない
だろうが、魔法監視官が接近しているのだ。B・Vが逮捕されれば、キキューロの
干渉がネイガーベン都市評議会に知られるまで、それほど時間はかからない。
 最善の方法は、ただちにこの場から去ることだ。
 キキューロは心を決めると、危険は承知で呪文を唱えた。
 二羽のスズメが、呼びかけに応じて飛来した。普通のスズメと異なるのは、飛ぶ
速度だった。魔法で視力を強化していなければ、影を捉えることすらできないであ
ろう。
 「ブルー、離れろ!」キキューロは怒鳴った。
 B・Vは、即座に攻撃をやめてバックステップして二人の兵士から離れた。彼ら
がそれを追って一歩踏み出したとき、スズメたちがむき出しの喉を貫いた。まるで
爆発したかのように二つの首がはじけ飛び、半ば粉砕された下顎から歯がバラバラ
と地上に散った。
 「新手が来る」キキューロは、呆然と立ちつくしているB・Vに叫んだ。「行く
ぞ。早くしろ!」
 B・Vはまだ殺し足りないように、すっかり戦意を喪失しているらしい残りの兵
士を見た。
 「早くしろったら、ばか!」
 ようやくB・Vは殺戮の喜びから、しぶしぶといった様子で離れた。その手を、
キキューロはもどかしげにひっつかむと、もはやなりふり構わずかなり強力な呪文
を唱えて印を切った。すでに3方向から、自警団が接近してくるのが感じられてい
たし、魔法監視官らしい人間の波動も届いている。
 用心深いキキューロは、パウレンを発見して声をかける前に、自分とB・Vの顔
に簡単な目くらましをかけておいた。効果は弱く、多少力のある魔法使いになら、
あっさりと看破されてしまう程度のものだが、兵士たちの目をごまかすのには充分
だっただろう。従って、パウレンを除けば、まだキキューロの介入はネイガーベン
には知られていない。だが、魔法監視官と対面しでもしたら、それらの苦労も水の
泡である。
 「飛ぶぞ、つかまれ!」
 次の瞬間、キキューロの身体は一羽の巨大な翼竜へと変化していた。巨大な鉤爪
が、B・Vの身体を鷲掴みにして、そのままバサリと空へ舞い上がった。もちろん
この魔法の波動は魔法監視官に察知されるだろうが、キキューロぐらいになると、
意識的に魔法的擾乱を拡大して、空間に残る術者の署名をずたずたにすることもで
きるのだ。
 キキューロの変身した翼竜は、空高く飛翔し、やがて点となって消えていった。
 ティクラムと、自警団員が到着したのは、それからわずか数秒後だった。

 パウレンは逃げ出すときに、特に方向を定めたわけではなかった。確実にキキュ
ーロから逃げ出すことができるならば、地獄へ通じる穴へでも喜んで飛び込んだに
ちがいない。
 今、パウレンが走っているのは、ネイガーベンの下町である。ネイガーベンに身
分の差は存在しない。魔法使いが権力を持つことができないこの街では、都市評議
会の他に、権力は持続し得ないのだ。だが、権力構造が単純でも、商売の流れによ
って貧富の差が生じることだけは避けられない。この辺りの家は、ネイガーベンの
大通り付近のように石造りではなく、質の悪い木材や固めた泥で作られていた。
 どうやらキキューロは追ってこないようだ、とパウレンは考え、ようやく足取り
を緩めた。リエはまだ目を覚まさないが、呼吸は穏やかだったから、それほど心配
はいらない。
 「このまま、自警団がキキューロを追ってくれるといいのだが」パウレンは呟い
た。
 しかし、パウレンの希望は言葉が消えもしないうちに、あっさり破られた。覚え
のある魔法波動が急速に接近していることに気付いたのである。
 「くそ、あの魔法監視官か」
 パウレンは苦笑した。きっと、怒り心頭に達してパウレン達を追跡してきたに違
いない。問答無用で二人を逮捕しようとするだろう。
 「さすがに魔法で逃げるのはもうまずいか」パウレンはリエをかつぎなおした。
何とか、ミリュドフの館まで自分の足で逃げ込むしかない。
 再びパウレンは走り出した。

                
 「何て事なの」再び飛竜に変身した姿のティクラムは、眼下の惨状を見て吐き気
をもよおした。「誰がこんな……」
 自警団の1個中隊の兵士達が、ほぼ全員死体となって路地に散らばっていた。ど
の死体も、必要以上に傷つけられ、引き裂かれている。五体満足な死体の方が少な
く、大抵は腕や足や首が胴体から離れていた。胴体そのものが真っ二つになってい
る死体もあった。
 死体の惨状以上にぞっとするのは、この殺戮のほとんどが魔法に依らずして実行
されたらしいことだった。顔の半分が吹き飛ばされた2つの死体には、魔法が働い
た痕跡があったし、周囲に漂っている力の残滓は、魔法によって誰かが逃亡したた
めだろうと思われた。だが、ほとんどの死体は刃物で切り裂かれていた。そこには
魔法使いが関与した形跡は全くなかった。
 ティクラムはしばらくその場を旋回しながら、残った魔法の残滓から術者を特定
しようと試みた。しかし、術者は意図的に痕跡をかきまぜていったらしく、ティク
ラムに分かったのは、誰であれ、かなり大きな力の持ち主だろう、ということだけ
だった。
 さきほどの赤毛の魔女の姿が頭に浮かんだが、ティクラムはすぐにその考えを否
定した。自分を利用し、騙したことは許せないが、あの魔女はこのような破壊を行
うような人間ではないような気がするのだ。
 では、街を破壊していた黒髪の魔女だろうか?ティクラムの直感は、その可能性
も退けた。あの魔女が誰かを殺す必要があるならば、迷わず魔法を使うだろう。そ
の気になれば、自警団の一個中隊ぐらい片手で蒸発させてしまうぐらいの力はあり
そうなのだから。
 考えていても事態は進展しない。ティクラムは真っ白な翼をはためかせると、も
う少し高見に昇った。それからゆっくりと旋回しながら、惨状の現場から円を描く
ように視線を動かして、ごく微弱な魔法の視線を地上に送り、何か不審な行動を取
る者を探した。


 誰かが見ている。パウレンはそう感じた途端に足を止めた。たった今、魔法的な
視線が首筋を風のように撫でていくのが分かったのだ。クモの糸のようにか細い力
で、並の魔法使いでは見逃してしまうだろう。パウレンにしても、今のように緊張
して周囲に気を配っていなければ気付かなかったかもしれない。
 「あの監視官だな」パウレンはつぶやいた。「さすがに、監視官の職につくだけ
のことはある。敵に回したくはないな」
 パウレンの足が再び動き出した。ただし、今度は走ってはいない。監視官の視線
を逃れようとするなら、ネイガーベンの住民の一人と見せかけるより他に方法はな
い。リエを背負って、逃げるように走っていたのでは、たちどころに注意を引きつ
けてしまうだろう。
 もとより逃げ切れるとは思っていない。とにかく、この混乱した事態を収拾する
にはミリュドフの館に逃げ込み、身の安全を都市評議会委員の名において保証して
もらうしかない。そこならば、魔法監視官も、魔法使い協会も、そして灰色の魔法
使いキキューロの手も届かないだろう。
 また視線が戻ってきた。パウレンは反射的に魔法でシールドを張りたくなるのを
じっとこらえ、できるだけ急いで歩き続けた。


 ティクラムは迷っていた。地上に放っていた視線に気になる人間が引っかかった
のである。漠然とだが、あの赤毛の魔女の匂いに似たものがあった。その人間は、
別の人間を背負っていた。
 背負われている人間が、あの恐るべき黒髪の魔女に少しでも似た匂いを放ってい
たら、ティクラムは迷わず降下していただろう。だが、その人間は気絶しているら
しいが、街を破壊したような強大な力を窺わせるところは全くなかった。微かに魔
法使いらしい力は放射しているものの、それは大したものではなく、普通の市民が
身につけている生活的な魔法と大差ない。
 この高度では、じかに目視して確認することはできない。そのためには旋回する
のをやめて降下しなければならないが、それは今まで続けてきた地上の捜索を中止
することを意味している。何事も規則正しく物事を行うのを好むティクラムは、ア
リの這い出る隙間もないぐらい綿密に行ってきた地上の探査を、途中で中断するこ
とを考えただけで嫌悪感をおぼえた。
 「ヴィンセルがいれば見に行ってもらうのに」ティクラムはこぼした。
 結局、ティクラムは次善の策を取ることにした。地上の捜索を続行しながら、片
手を一振りして使い魔を呼び出し、二言三言囁いてから放した。使い魔はすぐさま
地上に向かって飛び去った。




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