#3150/5495 長編
★タイトル (AZA ) 95/ 8/30 9:10 (199)
まだ死なれては困る 23 永山智也
★内容
二番目の女性−−横澤紀子が言った。我が愛しの婚約者にも関わらず、手厳
しいことこの上ない。
「女性の立場から言わせてもらえば」
さらに紀子。
「指輪の件だけど、サイズが合わないからって、ゴムの詰め物をしてはめる人
なんて、あまりいないと思うの。私なら、まず、サイズの大きな指輪をはめ、
次にそれがずれないようにするため、同じ指に、ぴったりのサイズの指輪をす
るわね。二つ、指輪をする訳よ」
なるほど、そういうやり方があるのか。いやはや、男には想像もできない。
「これ、叔父さんに見せるつもり、あるんですか」
と、こちらは佳子ちゃん。どうにも意地悪な目で尋ねてきた。
私の返事は……。
「いやあ、どうしようかなと迷っているんだよ。いくら温厚な浜田さんでも、
これを読んだら、怒るだろうなって。今日は仕事が忙しくて来られなかったか
ら、よかったんだけどねえ」
小説の中の、浜田さんの会社が危ないなんて、嘘八百だ。経営規模は小さい
が、ヒットとなるソフトを定期的に開発しているから、売上は緩やかながら上
昇カーブを描き続けているらしい。
それに比べて、我が劇団『灯火』の苦しいことったらない。いくら固定客が
着こうが、利益に直結しないのが、この世界だ。好きでないとやってられない。
紀子の援助はありがたく受けているが、急に運営状態が上向きになるはずもな
い。
そこで暇−−でもなかったのだが、時間を見つけて書いてきたのが、『まだ
死なれては困る』。元々の魂胆は、推理小説関係の賞は賞金の額がでかい。加
えて、印税も相当期待できる。ここは一つ、推理小説を書いて、賞の一つでも
取れたらいいな、その賞金で少しは楽をしようという、実に甘い考えで始めた
のである。
誰が書くかという点も、簡単に決まった。劇団用の脚本を書いていた自分、
西山誠一が書くしかないだろうと、満場一致で推挙されたのだが……。体よく、
面倒ごとを押し付けられた観、なきにしもあらず。
それでも最初はいい気になって取り組んでみた。が、アイディアが浮かばな
い。過去、ミステリーの劇に取り組んだことが何回かあるが、いずれもどこか
古めかしく、また量的にも短い。まあ、そういったタイプの方が、劇には向い
ているようなのだが……今度の長編推理小説の方へ流用するのは、ためらわれ
た。
それでもせっつかれていたので、書き出さぬ訳にはいかない状況になった。
追い詰められての、窮余の一策−−自分やその周辺のことを題材とし、そこか
らストーリーを広げていくという、創作者にとっては最も基本的かつ奥の手と
される方法を行使する羽目になってしまった。
紀子との結婚が決まっていたので、それを中心に、悪い方、悪い方へと考え
を進めた結果、こんなぐちゃぐちゃなお話ができあがってしまった。まあ、滅
茶苦茶に変形した紀子へのラブレターの形式にもなっているが……その点は、
誰からも指摘されず、ほっとしたやら残念なのやら。
原稿が完成した翌日、感想をもらうために、紀子の邸に、みんなに集まって
もらった。先ほども記したように、浜田さんは欠席となったが、その他の『登
場人物』には、あらかた揃ってもらえた。
紀子は言うまでもなく、その妹の佳子ちゃん。念のために、年齢は『十年前』
のままであることを書き記す。
他には『灯火』の関係で、三名ほど。一人はさっきから偉そうな批評を垂れ
ている男。こいつこそ、作中での『レイジ』、徳田礼治だ。役者として演技も
そこそこできるし、営業活動もできる。頼りになる男なのだが、どうにも口が
悪い。
もう一人は、西山安奈。妹である。読み終えてからずっと黙っているのは、
口やかましいこいつにしては珍しいことで、あとから思う存分、叩くつもりな
のだろうか。戦々恐々である。
もう一人は作中に出てこないので、省略。他の連中が、今夜は邸に泊まって
いくというのに、こいつだけ帰ると言って聞かない。人付き合いのいい、面白
いヤツなんだが、どうしても外せない用事が入っているそうだから、仕方ない。
近頃、疲労がたまっているようだし……。
なお、以上の他の登場人物については、実在しない。私が『恐れた』吉本る
いも、その親の利恵も、佳子ちゃんの友人の城島譲介も、みんな、私が頭の中
で創り出した架空の人物である。
ただし、児童連続殺害事件というくだりは、現実の事件を加工して取り入れ
ている。犯人はまだ捕まっておらず、つい、この間も六人目の犠牲者が絞殺体
として見つかったばかりである。
そんな事件を取り入れるとは、いささか不謹慎だったかもしれないが、執筆
中に、例の「脅迫者が子供」と、「児童連続殺害事件の一つに見せかけ、子供
を殺す」という二つのアイディアが浮かんで、どうしても使いたくなったのだ。
何かの間違いで、この作品が大衆の目にさらされる機会ができたときは、犠牲
となった小学生の遺族を中心に非難の声が上がるだろうが、そんな心配は無用
のようだ。今までの、我が友人達の心優しき感想を聞けば。
「中身はともあれ、完成したのはおめでとさん」
何の足しにもならない言葉をかけてくれるレイジ。
「で、どの賞に出すつもりだ?」
「えっと」
愚かしいことに、具体的に考えていなかったと、今になって気付く。
「しょうがねえなあ。四百字詰めの原稿用紙で何枚になるんだ、これ?」
原稿をぽんぽんと手ではたきながら、レイジは聞いてきた。私の方は、記憶
の糸を手繰る……。
「……三百三十枚とちょっとだったと思う。三百三十六枚だったかな」
「三百三十六枚か。読んでいるときに感じたより、短いな」
不満そうな口調のレイジ。
彼に、安奈が聞いた。
「何よ、その言い方。何かまずいことでもあるの?」
「ある、と言えばある。今の時期、一番手近なのは、Y賞だろう。だが、こい
つは下限があって、三百五十枚以上ないとだめなんだ。二十枚ほど足りない」
「私が知ってるのじゃ、E賞ってのがあるけど」
安奈は、一般的に最も知られている賞の名を挙げた。しかし、これにもレイ
ジは首を横に振る。
「それもだめ。三百五十枚以上なのは変わりない」
「三百五十枚に満たなくて応募できる、推理小説の長編の賞なんて、あった?」
しびれを切らしたように、紀子が言った。
「あるにはある。S賞が三百枚以上ってことになっているから。ただ、こいつ
はこの前、募集が締め切られたばかり。一年近く、待たなきゃならなくなる」
「そんなに待てないなあ。それだけ時間があれば、新しく書けるよ。もう少し
ましなのがね」
言いたい放題にやってくれたのは、妹の安奈。ようやく本領発揮ってとこか。
「なんだったら、いっそのこと、二十枚ほど書き足して、三百五十枚以上にし
ちゃったら。それならどこにでも投稿できる。何とかなるでしょ?」
紀子が気軽に言ってくれる。そう簡単にできるぐらいなら、もっと面白い物
が書けている……はずだ。
「レイジ、Y賞の締め切りまで、どのぐらいある?」
私の基本的質問に、レイジは指折り、答えてくれた。
「ええっと、こっちもうまくないなあ。一ヶ月もない。二週間ちょっとだ」
「じゃ、E賞だ」
「こちらは年が明けてからだから、たっぷり余裕があるぜ」
「そうか。それじゃあ、とりあえず、目標はE賞ということにして……」
そんな風にして、話は盛り上がる。用事のあった劇団員の一人が帰ってから
も、騒ぎに騒いだ。
10 それから
その人物を仮にXとしよう。
Xは、西澤紀子の邸を前に、仁王立ちしていた。
(あいつめ、余計な物を書いてくれて……いい迷惑)
Xは、そんな呪いの言葉を、身体の内で吐いていた。
(どうあっても、『あれ』を投稿させる訳にはいかない。万が一にも、出版さ
れては、ことだ)
Xは、時間を確かめた。午前三時。さすがにこの時間になると、あれだけ騒
いでいた連中も寝静まったようだ。
Xは安心して作業に取りかかった。
<未明に火事
十五日未明、**の横澤紀子さん宅において火事が発生、全焼した。焼け跡
から、紀子さん(三二)、夫の誠一さん(二七)、妹の横澤佳子さん(二一)、
誠一さんの妹の安奈さん(二六)、誠一さんの友人の徳田礼治さん(二七)の
五名と見られる男女の焼死体が発見された。
警察と消防で出火の原因を調べているが、現時点では不明。なお、普段、火
の気のない書斎の燃え方が激しかったことにより、警察では放火の疑いもある
としている>
−−七月十五日付け、**新聞朝刊より抜粋
Xは、気に入らなかった。
「放火の疑いがある?」
他には誰もいない部屋で一人、叫ぶX。
「書斎に火の気がないって、誠一は煙草を吸うはず……。禁煙? 誠一、結婚
したらやめると言っていたけれど……まさか、本当に……」
新聞を投げ出したXの表情は、ミスを犯した、しまったという感じがありあ
りと見て取れた。
「これで、あの原稿の内容を知る者は誰もいなくなり、自分は安全になるはず
だったのに……。プリントアウトした紙も、データを保存したフロッピーディ
スクも燃え尽きて、今後も、誰も読むことができなくなった。あの内容を知っ
ているのは私だけ。それは間違いないが、これではいつ、警察が来るか分から
ない」
Xは−−恐れた。
エピローグ・遅れて届いた付け足し原稿
Xとは何者か?
その答の一つとして、次が言えよう。火災のあった晩、横澤紀子の邸から、
早くに引き上げた人物がいた。劇団『灯火』の名もなき一員、そいつこそがX
であった。
が、読者にとって、これは言わずもがなのことであるはずだ。真の答はすで
に、読者にとって明らかになっているのだから、それも当然。真の答は簡単明
瞭、言うまでもないだろう。
が、あえて記せば、X=読者である。
何故、そうなるのか?
Xになり得るための条件とはただ一つ、西山誠一が書いた推理小説・『まだ
死なれては困る』を読んでいること。そして補完的に加えると、現在も生きて
いることが挙げられよう。
以上の条件に当てはまるのは、読者しかいない。原稿が現存しない以上、こ
の小説を読んだ人は全て、X。明白である。
そしてまた、読者は『作者』でもある。この原稿が、こうして投稿されたか
らには、その送り主が存在しなければならない。送り主となり得るのは、元の
『まだ死なれては困る』の内容を知っている唯一の人間・Xであるから、X=
この原稿の発送者、つまりは作者と同等である。そして、Xは読者なのだから、
読者と作者もイコールで結ばれる。これもまた、明白である。
最後に、Xは原稿に書かれてある何をそんなに恐れたのか、である。これも
説明することは釈迦に説法となってしまうが、書かずにすます訳にはいかない。
はっきり言ってしまおう。X、あなたこそ、児童連続殺害事件の犯人なのだ。
かの事件の犯人にとって、どうしても公になっては困ることが、あの原稿には
書いてあった。
つまり、城島譲介の描写が真犯人の外見と酷似していた。真犯人であるXが、
男であろうが女であろうが、とにかく似ていた。また、作中で城島が犯人では
ないと記されていたにしても、疑惑を持たれることを犯人は極度に恐れよう。
例えこれらが、西山の想像により生み出されたものであっても、犯人にとって
は致命的である。だから、犯人のXは原稿を燃やす必要に駆られた。
ところで−−あなたは今まで、この小説をどのように読んできただろうか?
ほんの数度でもいい、読み進むために、指に唾をつけてページを繰らなかった
ろうか? もし、そうなされたのであれば、私の目的は達せられることになる。
そろそろ効き目が表れる頃ではないかな。
何のこと? 私は、あなたが手にしている小説に、物理的な細工をした。極
小さな粒子にした毒薬を、紙にまぶしてあるのだ。無論、全ページに渡って。
実に簡単な仕掛けだが、効果はあるだろう。いくらかでも体内に入れば、時間
はかかるだろうが確実にその人物の命を奪う毒。
もしかすると、唾を媒介にせずとも、ページをめくる勢いで粒子が飛び散り、
あなたの鼻孔から体内に入っていったかもしれない。その場合も、効果を発揮
するほど、毒の威力は強いと聞いている。
どうでしょう? そろそろ、症状の第一段階が表れたのではないですか?
気分がムカムカし、それに引き続いて、頭痛が起こればご注意を。
当方としては、『まだ死なれては困る』ということはありません。『もう死
なれてもよい』ですから、いつでもどうぞ。
では。
−−終わり