AWC まだ死なれては困る 22   永山智也


        
#3149/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/ 8/30   9: 6  (196)
まだ死なれては困る 22   永山智也
★内容
 私は自分の運勢を特別にいいとも悪いとも考えたことはなかったが、この夜
だけは、何事もなく山へ行けたことを、幸運だなと感じた。そう、何も起こら
ないことこそ、今の場合は重要なのだ。
 目指す『墓穴』は、山をぐるぐる回る車道のすぐ脇に作っておいた。だから、
重い遺体を運ぶ苦労も最小限ですむ。
 一方、車道の脇だと発見されやすいという危険があるかもしれない。しかし、
この場所は慎重に検討した上で選んだ地点である。ある意味でへんぴな地点で
あるが故、ここに車を止めて景色を楽しもうなんていう輩は、よほどの物好き
だろう。この点、私には自信があった。
 手早く遺体を穴に放り込む。サイズは大きめにしていたから、充分、楽に収
まった。毛布は、自分の髪の毛等が付着していないことを確かめたので、その
まま一緒に埋めてしまう。
 盛り土は、あるだけかぶせ、強く固める。そこらから拾い集めた落ち枝を、
カムフラージュとして適当に載せる。秋口ならば落ち葉があるのだろうが、今
の季節では致し方あるまい。大げさにならない程度に、隠すよう努める。
 最終確認−−ボタンやら何やらを落としていないかを確認したところで、素
早く車に乗り込む。よし、いいぞ。通りがかる車両は一台もない。
 帰り道も順調だった。これほど順調だと恐くなるぐらいに何もない。もっと
も、普段、車を運転しているときは、そんなことはつゆも考えないのだから、
人間とはいい加減な生き物だ。
 順調だと強調してきたが、邸の明かりを視界に捉えたときは、さすがにほっ
と安堵のため息が出た。
 そして……。
 車から降りて、車庫から母屋に通じる扉を開け放したとき、私は、本当に息
が止まりそうになった。
 窓に人影が映っているのだ。小柄な影。輪郭ははっきりしないが、女性らし
い。ふらふらとさまようように邸の中を歩き回っているよう見受けられた。
 いかな女と言えども、油断できる状況ではない。先ほど私がやってきたこと
を知られてしまった場合、相手を殺さなくければならなくなるかもしれぬ。
 神経の高ぶりもあって、私は鼻息を荒くしながら、武器を探した。スコップ
を見つけ、両手でしっかと握る。呼吸を整え、そろそろと母屋に近付き、勝手
口に張り付く。音を立てぬよう、慎重にノブを回し、これもゆっくりと開けた。
 自分では身軽なつもりで、さっと内部に駆け込む。どうやら、中にいる者は
まだ私が帰ったことに気が付いていないらしい。好都合だ。
 次の行動に移ろうとしたそのとき、はたと立ち止まり、考えてみる。
(出かける前に、玄関の鍵をかけてきただろうか? いや、勝手口に気取られ
ていて、玄関までは気が回らなかったはず……。となると、泥棒じゃなくても
玄関から入ってこれる訳だ)
 もう少し、思考を進めてみる。留守宅にどかどかと上がり込んできて、あん
な風にふらふらしているとは、尋常でない。この邸に出入りする者で、浜田の
他にそういうことのできる者と言えば……。


8 すれ違い

 ワゴンの中−−室内灯の黄色い光線が、わびしげな雰囲気を醸し出していた。
聞き手の二人の顔には、陰鬱な影が差している。私の顔も多分、そうだろう。
もっとも、話の内容のせいもあろうが。
 私はもう、どうでもよくなっていた。佳子ちゃんに全てを話す、それは義務
なのだと、感じている。
 私が、十年前、浜田をどうしたのかを事細かに打ち明けたところで、ワゴン
内には再び沈黙が訪れた。
 その静けさを破ったのは、やはり佳子ちゃんだった。
「それじゃあ、叔父の浜田が、紀子姉さんを殺した犯人……。あの邸の浴室で、
洗剤の混合による事故に見せかけて、お姉ちゃんを殺していたんですか?」
「あいつ自身はそう語った。浜田は二種類の風呂場用洗剤を買い、それを持っ
て邸を訪れたそうだ。無論、紀子が一人のときを見計らって。どういう方法を
用いたのかまでは聞き出せなかったが、ともかく紀子の意識を失わせ、洗剤の
混合によって発生したガスを吸わせ−−」
「殺したのね」
「……その後、浜田は紀子を浴室に運び込み、色々と細工をして、事故死の偽
装を完成させた。これで、僕が警察に届けていれば、彼にとっては万々歳だっ
たのだろうな。紀子の死が事故死として処理されたら、罪には問われず、大金
が転がり込む。
 が、あいつにとって誤算だったのが、そのあとの僕の行動だったろう。当然、
すぐに警察に届けるものと思っていたのに、騒ぐ気配が一向にない。それもそ
のはず、僕は僕で、さっき白状したようなことをやっていたのだから。これに
はあいつも焦っただろう。だからこそ、自分が紀子を殺したことがばれる危険
を冒してまで、僕に接近してきた。そしてそれがねじれて、奴は僕の手で殺さ
れることになった。まさか、奴の遺体が十年間も発見されないままでいられる
とは、全然、期待していなかったんだが」
 苦笑して見せたが、他の二人はにこりともしなかった。かと言って、私を軽
蔑している眼差しでもない。これはどういう感情なんだろう。
 分からないまま、私は続けた。
「……身勝手な解釈だろうけど、僕はこんな風に考えている。あのとき−−紀
子が死んでいるのを見つけたあのとき、僕が普通の、極常識的な行動を取らな
かった−−いや、取れなかったと言うべきなのかもしれない−−のは、浴室の
様子のどこかに違和感を感じたからじゃないか。そしてその違和感に突き動か
されて、僕は紀子の遺体を隠した。結果として、その行動が紀子の死が他殺だ
ということ、さらにはその犯人が浜田だったということを暴くことにつながっ
た。これ、全ては紀子の意志だったんじゃないかって、今になって考えること
がよくあるんだよ。紀子の無念がね……」
「そういうことは……」
 と、佳子ちゃんが静かな雰囲気で、口を開いた。
「……あるのかもしれませんし、ないかもしれません。理由も分からず殺され
た紀子姉さんが悔しかったのは、間違いないと思います。叔父を死に至らしめ
た点については、私は何も言いません。いえ、どちらかと言うと、妹として、
叔父を罰してくれたことに喝采を送りたいくらいなんです」
 しかし、彼女が実際に私に送ってきたのは、喝采なんてものではなく、憐れ
むような視線であった。
「私……西山さんのことを警察に言えなくなりそう……」
 くすっと笑った。佳子ちゃんのその笑みが、どんな意味をはらんでいるのか、
これも私には理解できそうにない。
「……西山さん、それほどまでお姉ちゃんのことを強く、深く思ってくれてい
たのでしたら、十年前、あんなことになる前に、しっかりと守ってあげてほし
かった。今さら言っても、どうしようもないけど……だけど、言わなきゃ−−」
「いくらでも言葉を尽くして、謝罪する用意がある。だが、今はそれにふさわ
しくない。ふさわしい機会に、尽くそう」
 逃げた訳ではない。本心からそう思ったのである。
 私は話を戻した。
「浜田に復讐を果たした日の話の続きをしようか……邸に帰ったら、君がいた
んだよ、佳子ちゃん」
 そう言って、佳子ちゃんを指差す。どうもこういうところは、昔の劇団をや
っていた頃の癖が抜けていないなと自分でも思う。思うだけで反省しないので、
いつまで経っても癖は抜けない。
「私?」
 私の言葉に驚いたか、彼女の方は、自分で自分を指差している。
「そうなんだよ。憶えていないか? 僕は鮮明に記憶している。何と言っても、
大変な作業をやり終えた直後だっただけにね、早くゆっくりしたかった。そこ
への思わぬ来客だったから、よく憶えている」
「待って……何となく、思い出してきたような気はしますけど……。そのとき、
私、何か言いましたか?」
 首を傾げながら、佳子ちゃん。
「ちょっと酔っていたよ。『今日こそは、はっきりさせてもらいます』って、
えらく気合いが入っていた」
「そうでしたか……?」
「ん、そうだった。それからは……僕がなだめにかかった。酔っていてくれた
おかげで、逆にやりやすかった。あのとき、もしも素面で詰め寄られていたら、
僕はしどろもどろになって、追い詰められていたかもしれない。悪くしたら、
あの時点で全てを白状させられていたかもしれない。それほど僕は身心とも参
っていたし、君は威勢がよかった。今となっては、それがよかったのか悪かっ
たのか、判断が難しい」
 少しばかり、自己を正当化したい気持ちが働いたらしい。私は曖昧に言葉を
締めくくった。いずれにしろ、私は罪に問われるのだ。これぐらいの詭弁は許
してもらうこととしよう。
「日付が変わってしまうな」
 時計を見ると、ほとんど午前〇時と言ってよかった。
「こんなことを明日にまで引きずるのはよくない。そろそろ、幕引きといこう。
警察へ出頭する」
 覚悟を決めてそう言うと、二人の表情が固くなった。
「最後まで手間をかけさせて悪いが、このワゴンで連れて行ってくれないか。
一人になると、決心が揺らぎかねない」
 私は笑みをもって頼んだ。恐らく、これが生涯、最後の笑いとなろう。


9 舞台裏

 ようやく、読み終わってもらえたらしい。そう判断して、私は手を出した。
原稿を返してもらうために。
 プリント用紙の束を受け取ってから、おもむろに尋ねる。
「さて、感想は?」
「感想は、と言われても」
 相手は口ごもってしまった。どうやら、芳しくない評価をお持ちのようだ。
表情からも窺える。
「まず、同じ言い回しの使用が多すぎるんじゃないか? 『芝居がかった』と
か、『確かに』とか……」
「そうかもしれないけど、これでも、それなりに気を使って、間隔を開けたつ
もりなんだがなあ」
 頭に手をやる。
「しかしなあ。今まで脚本家やってきて、これはないんじゃないか。もう少し、
言葉に心配りを、ってとこだ」
「脚本と小説は違うってことだよ」
「何を言ってやがる。ミステリーの賞への応募にあたって、『脚本を書いてき
たんだから、簡単さ』なんて大見得を切っていたのは、どこのどなたさんだっ
たかね?」
 痛いところを突かれた。笑いながらごまかそう。
「それは言いっこなし。他に気が付いた点はある?」
「私が言ってもいいかしら」
 と、女性から声が上がった。いつもなら大歓迎だが、このときばかりはちょ
っと嫌な気分。
「ええ、どうぞ」
 それでも口では促して。
「これ、一応、推理小説として書いたんでしょう?」
「も、もちろん。そのつもりだけど」
 言い淀む。こうもはっきり聞かれると、自信がなくなってしまう。
「だったら、推理する部分が少なくないかしら? あ、待って」
 彼女は、私の反論を素早く封じておき、先に進む。
「そりゃあね、少しばかりの推理はある。でも、それは所詮、作中人物の推理
であって、読者にはできない推理なの。こういう出来じゃ、読者は欲求不満に
なっちゃう。言うなれば、これは犯罪小説に近いわ。スタイルは全然、違うけ
れどね」
 うーん、一言もない。指摘されてみればその通りで、この物語には探偵役が
いなかったのだ。いや、いるにはいたのだが、その推理の過程がどれも中途半
端の尻切れとんぼ、結局は追われる側の心理描写を挟み込むことで逃げている。
それは自分でも分かっているのだが。
「私が不満なのは」
 と、もう一人の女性。もはや、発言に際して、私の承諾を求める気など、さ
らさらないらしい。
「計画、計画ってたくさん出てきますけど、どれを取っても、そんなに大した
計画かしらってこと。特に、浜田の遺体を処理するところなんか、単に現実っ
ぽいだけで、ありふれた隠し方でしょ。別に独創性がないならないでかまわな
いけど、それを計画と言うからにはもっと完璧な物に近付けてもらいたいと思
います」
「はは、手厳しい」
 空虚な笑いが、私の口から勝手に漏れる。どうしようもない。
「それに比べたら、最初の西山の計画ってのは、割と面白いよな」
 ようやくお褒めの言葉。一番最初に感想を言った男だ。
「この計画の場合、そんなに完璧でなくてもいいんだものな。小説の中の西山
はとんでもないハプニングに襲われ、その窮地をいかに打開していくかを必死
で考える訳だから。多少の綻びがあってもおかしくない」
 これでは誉められているのか、けなされているのか、分からないではないか。
内心、私は憤慨した。
「まあ、心理描写は合格。と言うか、何たって、自分達のことをモデルにした
のだから、感情移入しやすいのも当たり前ってところかな」

−−続く




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