AWC まだ死なれては困る 15   永山智也


        
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★タイトル (AZA     )  95/ 8/30   8:44  (192)
まだ死なれては困る 15   永山智也
★内容

 腕時計を見た。二時五分前。
 私は、喫茶「ライオネス」の入口の外から、店の中を窺おうとした。が、色
ガラスのため、判然としない。
 仕方なく、半身でドアを押すようにして店内に入った。
 ざっと見渡す。すぐに阪神タイガースの縞模様のキャップが目に入ってきた。
店の奥、二人掛けの席に、こちらに背中を向けて座っている者がいた。
 軽く深呼吸してから、私はそちらへと進み始めた。
「私が角坂だが……。君か?」
 相手の肩の上ぐらいで立ち止まり、呼びかけてみる。
「待っていました」
 そう言いながら、こちらを見上げてきたのは、年齢のはっきりしない男だっ
た。すっくと立ち上がり、帽子を取った男の髪は、かなり長めである。
「とにかく、おかけください。どうぞ。おーい、こっちだ」
 大声でウェイトレスを呼ぶ男。私はびくりとし、
「君」
 と、小声でとがめたが、相手はお構いなしである。
「こちらの注文、聞いてあげて」
 やって来たウェイトレスは、にっこりと微笑んでいる。
 別に飲みたくもなかったが、私はコーヒーを注文した。
「お代は私が持ちますので、ご遠慮なく、高いのを注文してくださいよ」
「そんなつもりはない。早く、話を始めようじゃないか」
 私は上着を脱いで畳んでから、相手の対面に深く腰掛けた。
「せっかちだなあ。ま、いいでしょう。私も単刀直入に行きたいですからね」
 その割にはじらしてばかりいるように思える。
「とりあえず、君の要求を聞かせてもらおうか。ただし、小さな声で頼むよ」
 さすがに卑屈な物言いになってしまった。自分に腹が立つ。しかし、今は我
慢。
「心得てますよ。まずは、これをご覧ください」
 相手は封筒を取り出した。A4版の茶封筒で、セロハンテープで封がしてあ
る。厚さはさほどない。
 私は嫌な予感を抱きつつも、ゆるゆるとセロハンテープを剥がし、中へ手を
入れた。中身の紙数枚を取り出す。
「……」
 息を飲み、それを眺めた。
「いかがです? これで、私の言葉に嘘がないと理解していただけたでしょう」
 上目遣いに相手の特徴のない顔を見やる。薄笑いを浮かべていた。
「あ、ああ……。これはコピーのようだが……」
「そりゃあね、用心はしとかないと。本物を持って来ておいて、万が一、先生
がそれを奪って逃走するなんてことになったら、こっちは困ってしまう」
 男は言ってから、うまそうにジュース−−何のジュースかは知らないが、緑
色の液体を飲んだ。
「それ、よろしかったら先生に差し上げます。見ても気持ちのいいもんじゃな
いでしょうがね」
「返すよ」
 私は紙を封筒に戻し、毛羽だった部分にセロハンテープを貼り直した。そし
て相手の方に押しやる。
「君の言葉に嘘がないのは分かったよ。それで、肝心の要求は何なのだね?
教えてくれないか。でないと、精神的に参ってしまう」
 私は正直なところを口にした。
 相手がやっと何か喋ろうとしたところへ、間の悪いことに、コーヒーが届け
られた。ウェイトレスが去るのを待つ。
「うまいんですよ、ここのコーヒー」
 案の定と言うべきか、相手は話題を切り換えたらしい。
「知っている。何度か飲んだことがあるんだ。それより−−」
「はいはい、分かっていますとも。お待ちかねの要求を披露するといたしまし
ょう」
 相手は真面目な顔つきになって、両肘をテーブルに突き、手を組んだ。
「ある物を運んで欲しいのです」
 「物」という部分を強調した相手。
 私はおうむ返しにその言葉を繰り返した。
「物を運ぶ? 何を?」
「それは……遺体、です」
 一層、声を低める男。
 その単語を耳にして、私は頭がくらくらしてきた。本気で言っているのか…
…? 私は相手の目を覗き込んだ。心理を読みにくい目をしているが、真剣な
のは間違いなさそうである。
「……本気のようだな……」
「本気です。大真面目に言っていますよ。先生だって遺体を扱うのは初めてじ
ゃないでしょう。だからこそ、私も先生にお願いするのですが」
 まるで原稿を依頼しにくる編集者のようだなと、角坂は妙な思いにかられた。
「私に……犯罪の片棒を担げというのかね……」
「お言葉ですが、犯罪者が犯罪者に、犯罪の片棒を担げと言っても、さほど違
和感はないでしょうが」
 これはいい、そんな響きを持った相手の言葉。私には、ちっとも面白く感じ
られなかった。
「お引き受けくださいますか? ああっと、実を言いますと、運び出すだけじ
ゃないんですが……」
「何だと?」
 さすがに声が高くなってしまった。
「お静かに願いますよ、先生」
「分かってる……。おい、私が下手に出ているからと言って、調子に乗るな。
全ての全体像を明らかにしろ。それが最低の条件というもんだ」
「『全て』の『全体』像とは、おかしな言い回しですね」
 くっくと笑う男。私は頭を冷やすように努めた。
「揚げ足を取ってないで、早く、説明をしたまえ」
「はは、そうでした。遺体を運び出したあと、ある地点まで運んでいただきた
い。そこには小屋というか別荘というか、要するに、他人の目から覆い隠され
た場所があります。そしてその内部で、遺体を燃やす。これが最終的な目的で
して」
「燃やす……?」
 私は訝しく思った。
 目の前のこの男は、児童連続殺害事件の犯人のはず。その男が遺体を運び出
す云々と言い出したのだから、当然、それは子供の遺体を示していると考えた
のだが……どうやら、そうではないの可能性も出てきたようだ。何故ならば、
これまでの連続殺害事件の犠牲となった児童は、誰一人としてその身体を焼か
れてはいなかったから。
「その遺体、子供なのか?」
「その点については、お引き受けくださるという確約を得るまで、伏せておき
たく思います」
 私のストレートな質問に、男はお役人か何かのように答えた。
「……じゃあ、燃やす理由は? どの程度、燃やすのだ?」
「理由はおのずと想像できましょう。先生は推理小説らしき物も書かれている
ようですしねえ。どのぐらい燃やすかとなれば、これは燃やす理由に大きく関
係しているのですが、特別に明かしてしまいましょう。ずばり、死因が分から
なくなるまで」
「死因……ね」
 私は一つ、うなずいた。そして、我慢していたコーヒーに口を着ける。
「何となく、分かったような気がする。しかし……」
「おっと、そこから先はなしということで。ああ、当然ながら、死んだあとに
焼いたなんて識別できなくなるまで、念入りにお願いしますよ」
「私は鑑識員じゃないし、その知識も乏しいから、そこまでは責任持てないが
……もしもやるとするならば、つまるところ、徹底的に焼き尽くせということ
だな?」
「その通り」
 男は拍手の格好だけをした。
「さて、引き受けていただけるんでしょうか、角坂先生?」
 相手が迫って来る。私は、身体を椅子の背もたれに預けた。
 現時点で判断する限り、この男、私が吉本るいを殺したという直接の証拠は
握っていないらしい。男が持って来た物は、私の盗作の証拠となり、さらには
私と吉本るいとが知り合いであった証拠とはなり得るが、それが即、私があの
子を殺害した証明につながるはずもない。
「どうなんです?」
 男は急かした。
「少し、考えさせてくれ」
 断ったとする。男は持っている情報を、本当に、警察へ持ち込むだろうか。
男が児童連続殺害事件の犯人ならば、極力、警察関係と接することは避けたい
はずだ。無論、灯台もと暗し、裏をかくという場合、なきにしもあらずだが。
 しかし……と、私は恐れる。男が警察へ私のことを知らせる可能性は、いく
らかでも残っているのだ。そうされれば、警察はとにもかくにも、私のところ
へやって来るだろう。それからどうなるか? 吉本るいと私とのつながりを知
って、私にあの子供を殺害する動機があることを、警察はすぐに事実と確認し
てしまうはずだ。警察の取り調べがいかほどのものかは知らぬが、犯行を否認
し続ける自信は私にはない。
 うまく否認し通せたにしても、盗作のことは公にされるに違いない。そうな
った終わりだ。大したことのない自分の作家的地位ではあるが、これにしがみ
ついて生きている私・角坂剛穀にとって、それだけは避けねばならない。もし
も盗作作家のレッテルを貼られてしまっては、この業界から永久に葬り去られ
かねない。
「まだですか?」
 マイペースだった相手の声が、少しだけ苛立っているように感じられた。
「……家に帰って、じっくりと考えさせてくれないか」
「え? そりゃあ困るなあ。こちらは、もう、切羽詰まっているんです。一分
一秒でも早いとこ取りかかってもらいたいくらいなんだから」
「頼むよ。てっきり、金の要求だと思って……いくら何でもこんな話だとは考
えもしなかったんだ」
「……しょうがないですねえ。じゃあ、一日だけ待ちましょう」
「本当かね? ありがたい」
「ええ。明日の午後二時、もう一度この店で。ま、なるべく席も同じになるよ
うにしますから。ふふ」
「助かった」
「その代わり、明日のこの場では、結論をすぐに言ってくださいよ。また引き
延ばしをはかるようでしたら、こちらも新たなやり方を考えさせてもらいます
から。覚悟はよろしいですね?」
「あ、ああ」
 こんな奴に……と歯ぎしりするも、どうしようもない。私は渋々、承諾した。
「では、また明日。色よい返事を期待していますよ、先生」
 弾んだような声でそう言った男は、伝票を掴むと立ち上がった。本気で、こ
この代金は持つらしい。
 私は男が出て行くのを確認してから、残っていたコーヒーを飲み干した。苦
さが舌に染みた。

 一人、自宅に帰り、これからどうすべきかを考えた。
 考えるのは、あの男−−『アイ』の要求を受けるか否か、だけではない。殺
す。あの男を殺すことも選択の範囲内に含んで考えるのだ。
 その他の、でき得る限り穏便な手段、つまりは警察に駆け込むというような
選択肢については、最初から捨てている。私の盗作については動かしようのな
い証拠が存在しており、また、吉本るいとの関係についても簡単に証明されて
しまう。どちらも警察に知られるのはまずい。
「殺すべきか、殺さざるべきか……」
 そう口に出して、私はおかしくなった。まるでハムレットだ。いや、偽ハム
レットである。
「ふふ、そうなんだ。『殺すべきか、殺さざるべきか、それが問題だ』」
 私は独白したあと、真剣に考え始めた。
 いみじくも、あの男は言った。「遺体を扱うのは初めてじゃないでしょう」
と。その通りだ。
 これを突き詰めると、究極的には、一人殺せば、あとは何人殺そうが一緒、
という心理状態になるのだろう。今の私の精神もそれに非常に近い。
 あいつを殺すことに、何か危険が伴うだろうか? 私は自問自答した。
 答はすぐに出た。物理的には多少の困難がありそうだが、やりおおせてしま
えば、犯人として疑われる率は低い、と。
 あの男は、児童連続殺害犯である。やすやすと殺されてはくれないだろう。
いや、下手をすると、こちらが返り討ちにあってしまう危険性も充分にある。
この点が唯一にして最大のネックか。
 だが、殺すことにさえ成功すれば、さしたる細工をする必要もなしに、この
犯行が私の手によるものだとは分からないはずだ。何故なら、私とあの男との
つながりを知る者は、当事者たる私とあいつ以外にいないのだから。まさか、
連続殺害犯のあいつが、共犯者を持っているとは考えにくい。あいつさえ葬り
去れば、そこでこの忌まわしい連鎖は断ち切られるはずだ。
 私は、あの男を殺害することに傾きかけている自分を感じた。

−−続く




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