AWC まだ死なれては困る 13   永山智也


        
#3140/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/ 8/30   8:38  (200)
まだ死なれては困る 13   永山智也
★内容
「そうですとも」
 情けないことに、私は太鼓持ちのように反応した。
 この応対は、しかし、相手には気に入られなかったらしい。ますますその声
を甲高くしてきた。
「ごまかすつもりだったの? そんなことして電話を切っても、何遍でもかけ
てやるから、何遍も」
「分かっています」
「分かってないじゃないの!」
「いえ、さっきは、ちょっと寝ぼけていたんです。原稿にかかりきりで、やっ
と寝ようとしたところだったもので」
「あら、あなたみたいな作家でも、まだお仕事があるのね」
 嫌味たっぷりの言葉。それからひとしきり、女は笑っていた。
「まあ、許してあげる。でも、いいこと? これから先、さっきみたいにふざ
けた返事をするようだったら、今以上に、もっともっと苦しめてやるから」
「は」
「いい? 分かっているわね!」
「は、はい。それだけは勘弁してください……」
 私の態度にようやく気が済んだのか、相手の声のトーンは平常に戻った。し
かし、その喋る内容が私にとって安堵できないものであることに変化はない。
「ところで、今日の挨拶は何? ずいぶんだったんじゃないの」
「何と言われても……」
 相手のきつい調子に、こちらとしては口ごもるしかなかった。
「失礼がないようにしたつもりなんです、私は」
「だったら、それを物で示してよね。と言っても、夕方みたいにあんなチョコ
レートだなんて、子供のご機嫌取りみたいなことはしないでもらいたいわ。い
い? 今日はよその人の目があったからまあ、しょうがないとこもあるけど、
今度はちゃんと出しなさいよ、お金」
「あ、ああ……はい」
 普通、はっきり言われると恐さが軽くなってもいいようなものだが、この場
合、相手が悪かった。かえって恐さや凄みが増す。私は背筋が冷たくなった。
「なるべく、できるだけのことはさせてもらいます」
 しどろもどろの私をあざ笑うかのように、いや、実際にけらけらと笑いなが
ら、相手の女は、
「そう恐がらなくてもいいんじゃないの? これからも長ーいお付き合いをし
ていくことになるんだから。じゃあ、具体的なことはまた連絡してあげるから、
楽しみに待ってなさいね」
 と言って電話を切った。がちゃりと、耳障りな音の後、残ったのは、つーつ
ーという単調な信号のみ。
 送受器を握る私の掌には、じっとりと汗がにじんでいた。

 朝から仕事に取りかかる。雑誌掲載用の短篇の依頼だが、昨日はあんなこと
があったために、アイディアを生み出すことさえ、ろくにできなかった。仕方
なく、ストックしてあるアイディアのメモ帳から使えそうなのを探す。
 だが、昨日、夜遅くにかかってきたあの電話のおかげで、今でもまるで仕事
に集中できない。手頃なアイディア選びどころではなくなった。
 私が脅迫されるネタというのが、小説の執筆作業そのものに直結しているの
だから、仕事に集中できる訳がない。脅迫があった翌日、私はワープロに向か
うと、すぐにそのことを思い出してしまう。
 だいたい一年前の話だ。私は地方の小さな新聞に、連載小説を頼まれた。三
ヶ月と、比較的短期の連載だった。自分にとって初めての試みであったが、そ
れ故に興味もあって、気軽に引き受けてしまった。それが間違いの元だった。
 最初の一ヶ月ほどは、何の問題もなく、すいすいと書けた。一回ごとに小さ
い山場を盛り込むという基本も抑えることができたと自負している。
 しかし、そこから先が進まなかった。当初に考えていたストーリーでは、あ
と二週間と持ちそうにないと気付いたのだ。まだまだかけ出しの私が、連載を
予定より短くさせてくださいなんて言えるはずもない。ここは引き延ばしを図
るしかなかった。
 だが、書きたくもないことをだらだらと連ねることは、予想以上に苦痛であ
った。例えるならば、親に背中から見張られながら、勉強しているふりを何時
間も続けるようなものだ。いきおい、話の運びもつまらないものにならざるを
得ない。
 それでもストーリーが続いている内はよかった。連載期間が残り三週間とい
うところで、ついに袋小路に陥ってしまう。どこをどうつないでも、その時点
での場面からクライマックスに持っていけなくなってしまったのである。少な
くとも、私はそう信じ込んでしまった。
 そんな折、ある雑誌に載っていた短篇に目が行った。それは、設定こそ違う
ものの、私が手がけていた連載をうまくフィニッシュさせる展開として、その
まま使えそうだった。私は浅はかにも、その短篇を利用させてもらうことに決
め、連載をどうにか終了したのである。
 連載終了直後は、いつアイディアの盗用に気付かれやしないかと、気が気で
なかった。ワープロで「東洋」と変換しようとして、「盗用」と画面に表示さ
れ、ぎょっとしてしまうこともあった。また、野球中継での、ピッチャーの「
登用」というアナウンスにさえ、過敏に反応した。
 が、それも一時的なもので、二カ月も経った頃には私はすっかり安心し、忘
れてしまっていた。何とかは忘れた頃にやって来るとは本当で、「あれ」は正
しく不意の出来事であった。
 近所に越してきた親子−−母親と娘二人が挨拶に来た。言うまでもないだろ
うが、吉本親子のことだ。
 あの女は、引っ越し先の近所に作家・角坂剛毅が住んでいることを知ってい
たらしく、そのときからそれとなくアプローチをしてきたものだ。私は私で、
熱心なファンがいてくれたんだなあと、感激してしまっていたのだからめでた
い。
 引っ越しの挨拶の日から一ヶ月も経っていたろうか、あの女は言ってきた。
アイディアの盗用を、彼女は見抜いていたのである。弁解しようにも、アイデ
ィアの盗用を指摘された日までに、愚かなことに私は創作の裏話の形で、あの
女に盗用のことをほのめかしてしまっていた。
 その日から、女は私に金の要求を始めた。最初は本当に微々たる金額だった
ので、私も応じることができた。が、脅迫の要求はエスカレートするという言
葉の通り、彼女の口にする額も0の数が増え始めた。印税生活を送っているも
のの、中堅作家に過ぎない私には、それは相当な負担となりつつあった。いや、
今でも負担なのだ。
 小説の案を練っているつもりが、ともすれば、女をどうにかできないかとい
う考えに走っている。
 普段は、そんな自分を見つけて苦笑し、すぐに現実に戻るのであるが、今日
は精神がどうかしているらしい。ふと、ある素晴らしい考えを思い付いたせい
か、私は原稿をそっちのけで、あの女を葬り去る計画に、本格的に着手してい
た。
 葬り去る−−。
 正しく、この言葉の通り。女はいなくなり、そして、私は何の疑いを持たれ
ることもなく、元の安穏たる生活を取り戻すことができる……。
 計画の全貌がほぼまとまったとき、私は笑いをこらえるのに苦労した。往来
に聞こえるような大声で笑いたくてしょうがなかったが、それをやると噂が立
って、あの女に感づかれてしまう危険性があったので、どうにかこらえられた。
 あとに残る問題は、いつ実行に移すか、だ。早い方がいいと思うものの、急
いてはことをし損じる。あまり早すぎると、失敗するかもしれない。微妙なと
ころであったが、私は実行の日を五日後とした。これは自分の心の準備をする
期間も含め、また、相手方の予定をそれとなく探り出した結果、その日が最も
都合がよいと結論づけたのである。
 私は来たるべき日のために、服装や道具等を揃えにかかった。

『児童連続殺害事件に、五人目の犠牲者が出た模様です』
 テレビでアナウンサーが言っている。いかにも悲壮な響きがあって、まるで
ワイドショーのようだ。
『……町**公園において、遺体で見つかったのは吉本るいちゃん、十才。る
いちゃんの首筋には、これまでの事件と同様、紐状の物で絞められた痕跡があ
りました。警察は目撃者探しに全力を注いでいますが、現在のところ、有力な
証言は得られていません−−』
 私はリモコンのボタンを押した。テレビの画面が暗くなる。
 部屋が静かになり、ほっとできた。ようやく、一安心つけるといったところ
だ。目撃者は誰一人いなかったと信じていたが、ニュースを聞くまではやはり
不安だったのだ。
 そう、私が吉本るいを殺した−−吉本るいを殺したのは私だ。
 これでもはや、脅迫に悩まされることはなくなった。あの忌々しい笑みを持
った女−−少女と表現すべきか−−はこの世からいなくなったのだ。
 しかも、私自身は絶対に疑われることはないはずだ。全くもって、うまい具
合に児童連続殺害事件が起こっていてくれたものだ。いや、それよりも、連続
殺害事件にカムフラージュし、目的の子供を殺すというアイディアを思い付い
た、自分の頭脳に乾杯したいところだ。
 ことは計画していた通りに運んだと言ってよいだろう。これまでの事件で目
撃された犯人像(正確には、犯人とされる人物像)を模倣し、服も似た物を揃
え、犯行時に着用した。これらはるいの殺害実行後、ごみと一緒に処分した。
 計画には自信を持っていたが、吉本るいを呼び出し、その首に手をかける段
階になると、さすがに緊張した。何しろ、失敗すれば−−つまり、吉本るいを
殺し損ない、犯人として捕らえられると、それは即、かの児童連続殺害事件の
犯人にされることにつながってしまう。
 私は公園の奥に場所を見定め、周囲をぐるりと見渡した。人に見られていな
いことを確かめてから、吉本るいの細い首を一気に締め上げる。力を入れすぎ
て、首の骨を折ってしまいやしないかと心配したが、それよりも前、想像して
いたよりもずっと早く、子供の息は絶えていた。
 私は自分の髪の毛が相手の衣服に付着していないか、こちらの服のボタン等
が引きちぎられていないか、吉本るいが私とのつながりを示す物を持っていな
いかといった点を調べてから、素早くその場を立ち去った。立ち去る時点には、
ある程度目撃されてもかまわないと考えていたから、比較的冷静に振る舞えた
と思う。
 そして今、ニュースで自分の身が安全であると確認したところである。やは
り、この計画は優れていたのだ。
 もちろん、数日は様子を見るが、警察が私にたどり着きようがないのは、ま
ず間違いない。
 私は、久しぶりに安眠できそうで、気分がよかった。

 頃合を見て、吉本宅に行ってみた。言うまでもなく、お悔やみを言うつもり
はさらさらない。あんな子供のために祈るつもりはない。私自身が殺しておい
て、悔やみも何もないものだが。
 それで目的だが、実のところ、吉本るいの部屋を観察できればしめたものだ
と期待しての行為である。
 応対に出てきた吉本るいの母親、吉本利恵の憔悴ぶりはひどかった。悲しみ
で泣き明かしたせいか、目が赤く、また疲労と寝不足のためだろう、隈ができ
ている。
 いつもは明るく、気丈な人であったのだが……。現在の彼女に、夫と別れて
も女手一つで家庭を守ってきた強い女性の面影は、微塵も感じられない。唯一
の心の支えであった一人娘を失ったことは、彼女に大きな打撃を与えたようだ。
その有り様には、さすがに、私も胸が痛くなった……ような気がした。気のせ
いかもしれない。
 私は適当に、形ばかりのお悔やみの言葉を述べてから、目的を果たすために、
そろそろと切り出した。
「あの、お嬢さんのお部屋、拝見させていただけないでしょうか」
「え?」
 意外な申し出であったのだろう。吉本利恵は、はっと顔を上げた。その手に
はハンカチが握られている。
「どういうことでございましょう……?」
「いえ、たいした意味はございません。ただ……亡くなられたお嬢さん、るい
ちゃんが、私のファンだったらしくて、私の作品をよく読んでくれていたよう
なんです。ときどき、感想をもらっていましたし」
 これは嘘ではない。るいはよく、私の小説を批評した。と言っても、そこは
小学生、面白いか面白くないかの二通りがほとんどであったが。
 利恵も思い出したらしく、大きくうなずいた。
「あ、そうでしたわね。角坂さんにはお世話になっていましたわ……」
「いえいえ。そんな、お世話だなんて」
 私はすぐに言った。あまり関係が深かったのだと利恵に印象づけるのは、得
策でないと判断したからだ。
「それで、よろしいのでしょうか。当然ですが、無理にとは申しません」
「いえいえ」
 利恵は手を目の前で振った。
「ぜひ、ご覧になってください。あの子が生きていた証に、少しでも触れてや
っていただければ……」
 こうして、私はるいの部屋への侵入に成功した。
 部屋は子供らしく、飾り付けてあった。ぬいぐるみやらアニメのポスターや
らがあるから、女の子らしくと言うべきか。私にとっては滑稽だが。
「そのままにしておりますの」
 小さく、利恵は言った。
 私は軽くうなずいてから、感想文を探して見ますという名目で、勉強机の引
き出しを探った。怪しまれないよう、執拗に探るようなことはせずに、さっと
見るだけにとどめておく。
 問題になりそうな物は見当たらなかった。発見できなかったと言うべきだろ
うか。あの小悪魔のような吉本るいのことだから、ひょとしたら特別な隠し場
所を設けていたのかもしれない。が、まずは安心だ。内心、胸をなで下ろす。
「お気を落とさずに」
 私は適当なことを言って、吉本るいの家を後にした。

−−続く




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