AWC まだ死なれては困る  5   永山智也


        
#3132/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/ 8/30   8:15  (200)
まだ死なれては困る  5   永山智也
★内容
「はあ」
「とにかく、上げさせてくれないか」
「分かりました。管理人さんに代わってください」
「ああ」
 そのあと、管理人に、訪問者の入室を許可する旨を伝えることで、叔父が上
がって来れる手はずが整う。
 しばらく待っていると、玄関のチャイムが鳴った。
「叔父さん?」
 そう言いながら、念のため、覗き窓から扉の向こうにいる人物の顔を確認。
それから鍵を開ける。
「叔父さん、わざわざようこそ」
「今、一人か?」
 玄関に立ち、靴を脱ぎながら聞いてくる叔父。
 佳子は黙ったまま、叔父を招き入れる。質問に答えなかったのは、その必要
はないだろうと彼女が判断したから。
 座布団を用意し、平机の前に座ってもらう。お茶を入れ終わってから、佳子
は相手の正面に落ち着いた。
「どうなんだい、大学の方は」
 相手は、おもむろに切り出してきた。だがしかし、それが本題でないことは
分かっていた。
 でも、今のところは、佳子も差し障りないやり取りに応じる。
「ちょっと厳しくなってきた気はしますけど、まずまず、楽しくやっています」
「そうか」
 ふんふんとうなずく叔父の浜田。
「まあ、佳子ちゃんも紀子も、ここまで無事、大きくなってくれて、私も一安
心だ。姉さんにも顔向けできる」
 浜田は、佳子の母親の弟である。
「あの、叔父さん、そろそろ本当の用件をお願いします。先ほど、インターフ
ォンで言っていたじゃないですか」
「あ? ああ、そうだな」
 こほんと咳をし、叔父の浜田は姿勢を改める。
「煙草は……吸わない方がいいな。灰皿もないだろうし」
「あっ、別にかまいません。灰皿の代わりに、空き缶でも……」
 立ち上がろうとする佳子を、訪問客は片手を上げて止めた。
「いいよ、佳子ちゃん。座って。いや、私が悪かった、話をじらしたりなんか
して。はっきり言おう」
 手にした煙草を内ポケットに戻すと、相手は何らかの決心をしたらしい。再
度咳払いをすると、喋り始めた。
「佳子ちゃん、お姉さんの婚約者−−西山誠一と言ったかな。あの男をどう思
うね?」
「ど、どう思うって」
 意表を突かれた思いで、佳子は少しだけどもってしまった。お茶で喉を湿し
てから、もう一度口を開く。
「……いい人、と言うか……面白い人だと感じています。姉にも似合ってる気
がしますし……」
「本当に思ってる?」
 佳子はうなずいた。嘘ではなかった。姉の性格や周囲の環境からして、前の
旦那さんのような年上よりも、西山誠一みたいな年下の男の方が、釣り合いが
とれるというものだろう。
「そうか……」
 深い息をついた叔父。それを見て、佳子は尋ねずにはおれなくなった。
「叔父さんは反対なんですか?」
「うむ、まあね。理由は何かと言うんだろうね? 何というか、どうも財産目
当ての気がしてならんのだ」
「それは」
 佳子は首を横に振って否定する。
「違いますよ。西山さん、確かに劇団運営でお金が入り用なのは事実です。西
山さん自身も認めています。だけど、姉のことを真剣に思ってくれているのも、
事実です。間違いありません」
「なかなかの熱弁だ」
 叔父のからかうような口調に、佳子は顔が赤くなるのを感じた。
「でも、本当です。お芝居にかけている、いい人だと」
「さあ、そこだ」
 叔父は身を乗り出してきた。
「最初に言っておくと、私は芝居とか絵画とか、いわゆる芸術の類に金を浪費
する輩は、あまり好きじゃない。はっきり言って、嫌いなんだ。許されるにし
ても、ほんの一部の才能のある奴だけだ」
 叔父の言い様に、佳子はむっとした。言葉にはしなかったが……。
(才能のあるなしなんて、最初から分かるはずないじゃない)
 そんな佳子の思いなど知らぬ様子で、叔父の浜田は続けた。
「見たところ、あの男は芝居にかこつけて、ぶらぶらしているだけじゃないの
かね。いや、別に、紀子があの男を選ぶことにあれこれ文句は言わん。紀子は
一度、結婚・離婚を経験しているし、年齢的にも充分、一人前だからね。問題
にしているのは、あの男が金を食うってことだ」
 どこが文句をつけていないんだろう、結局はお金に行き着くんだと思いなが
ら、佳子は黙って聞いていた。
「佳子ちゃんも嫌だろう。お父さんお母さんからもらった財産が、よその男に
取られるのは」
「姉が受け継いだ物は、姉の自由にできる物ですから」
 否定の答を返す。
 すると、気に入らなさそうな表情になる叔父。
「ふん……では、こういう事態を考えてみたことはあるかい? あの男は愚に
もつかない芝居に、紀子の財産の全てをつぎ込み、それに飽き足らず、君の分
にまで手を着けるかもしれないと」
「そんなことはあり得ないです。私、姉と西山さんを信じていますから」
「……佳子ちゃんが妹として、紀子の幸せを望んでいるのはよく分かる」
 叔父の口調が変わったのに、佳子は気が付いた。
「確かに今は幸せそうに見えるかもしれない。だが、将来、ずっとこのままで
終わるかとなると、怪しいもんだ。一時の感情に流され、周囲の状況が見えて
いないんじゃないかね、紀子は」
「お姉ちゃんは−−姉は、割と冷静でいます。西山さんが演劇にかけているこ
とを理解した上で……」
「もういいよ」
 言葉を遮ると、叔父はあきらめたような口ぶりになった。
「参ったな。どうしても、こちらの味方になってくれそうにないねえ。佳子ち
ゃんに味方になってもらって、何とか紀子を説得してもらおうと考えていたん
だが」
「……」
「ところで、おかしくは思わないかい?」
「何がです」
 何気ない風の叔父の言葉を、佳子は素気なく受け止めた。
「紀子が旅行をしていることが。結婚間近なのに」
「そのことだったら、別におかしく思いません。以前もそうだったし」
 靴の件が、佳子の頭をよぎった。だが、口に出しはしなかった。
「だが、この間のときは、私や佳子ちゃんに、出かける前に知らせてくれただ
ろう? 今度は連絡なしときた」
「前のときは、姉も若かったし、一度目の結婚だったから……。現在とは事情
が微妙に違います」
 言いながら自信がなくなってくる佳子。確かにおかしい気もする。
「しかし、旅する期間も相当、長いようじゃないか。二週間以上だって? こ
んなにも長く、結婚前の独り身を楽しみたいものなのかねえ」
「……」
「何度も言うようだが、結婚前の男女が別々になるってのは、どう考えても不
自然だぞ。二日や三日じゃない、二週間もだ」
「西山さんの方が都合が悪いんだから、仕方ないんでしょう」
 自分の声が弱々しく感じられた。佳子は靴のことを言ってしまおうかと、考
え始めている。
「それだったら、都合のいい範囲で、二人で短期間の旅行をするというのが、
普通だと思うね。紀子が一人旅にこだわったとしてもだ、西山の都合に合わせ
ていないのは、どうも腑に落ちん。聞いているだろう? あいつの公演が始ま
るというのに、紀子は帰ってこないそうじゃないか」
 叔父の気迫に押されたからか−−いや、佳子自身、疑問が完全には拭いきれ
ていなかったからだろう、とうとう、佳子は靴の話をすることに決めた。
「あの、実は」
 彼女は紋切り型の口上で、打ち明け話を始めた。
「……」
 姉の邸で、いつも姉が旅行に履いていく靴が残されたままだったことを話し
終わると、叔父の顔は険しくなった。
「変だな、実際」
「で、でも」
 自分の意見を慌てて付け加える佳子。
「新しい靴を買ったのかもしれません。ほら、結婚前に色々と買い物して……」
「では、聞こうか、佳子ちゃん。君なら新しい靴を履いて旅行をするかい?
履き慣れた靴があるにも関わらず」
「それは……」
 言い淀むしかない。答える代わりに、冷めたお茶を飲んだ。一時的に渇きが、
どうにか癒される。
「靴擦れの心配をして、普通はそんなことしないもんだ。ずっとハイヤーにで
も乗って、観光名所を車窓から眺めて回るつもりなら、別だがね」
 叔父の台詞は、いつの間にやら皮肉を帯びている。
「念のために確認しておこう。紀子は他に男はいなかったかね? 気を悪くし
ないでほしいんだが」
「……いなかったと思います」
 佳子は小さな声で答えた。
 実際はどうだったか知らない。佳子がけしかけたせいもあるのだろうが、離
婚後、姉は結構、様々な場所に足を延ばしていた。その先々で、異性と知り合
う機会はいくらでもあったろうことは想像に難くない。
 ただ、姉が佳子に話して聞かせてくれたのは、西山誠一一人だけであったの
は間違いない。
「ふむ、いなかったのなら、悪い方向に想像が及びかねないね。いくつかの場
合が想定できるが」
「どういうことです?」
「つまりね」
 説いて聞かせるかのごとく、叔父は喋り始めた。
「一つは、何らかの理由があって、紀子は西山君に愛想を尽かし、一人で飛び
出した場合だ」
「それだったら、出て行くのは西山さんの方じゃ……?」
「分からんさ。機嫌によっちゃあ、自分の方が飛び出しかねない性格じゃない
かな、紀子は」
 もはや、佳子には判断できなかった。分かっているつもりだった姉のことが、
分からなくなっていく……。
「……あの、叔父さん……もう一つの場合というのは?」
「そうだったな。これは飽くまで想像なんだ。そう思って聞きなさい。……紀
子の身に危険が及んだのかもしれない」
「えっ?」
 思わず、両手を机につき、身体を起こしてしまった佳子。
 叔父の浜田は、彼女の様子にかまわず、そのまま続けた。
「想像だから、いいね。君のお姉さんは、あの男に騙されていた。それに気付
いて、男をなじったのかもしれない。それで……男が紀子を……」
 最後の言葉を、叔父は言わなかった。けれども、容易に穴埋めできてしまう。
 その単語を、佳子は恐る恐る、口に出してみる。
「まさか……殺した、とか?」
 相手の叔父は、沈黙したまま、ゆっくりとうなずいた。
「で、でも、どうして!」
「どうしてって、さっき言ったろう。西山君が悪い男だったってことさ。もち
ろん、まだ想像の段階だが」
「じょ、冗談で、結婚詐欺師の話をしたことありますけど、万が一、そうだと
して、何故、姉が殺されなくちゃならないんですか? まだ、結婚そのものが
成立していないんだから……」
「だから、男の正体に、紀子が気付いてしまったのかもしれない。そして紀子
が相手をなじったのだとしたら、男はかっとなって、手をかけたと」
「……信じられない……」
 佳子は、何だか笑いたくなっていた。冗談でするにはブラックな話題だ。
「まあ、検討してみようじゃないか。紀子と連絡の取りようがない今、少なく
とも試してみる値打ちはある」
「検討するって」
「何も難しいことをする訳じゃない。あの男−−西山に、紀子と連絡を取るよ
う、詰め寄るだけでいいだろう」
「だって、連絡方法、知らないって」
「いいんだ。精神的に圧力をかけるのが目的だからな。我々が突っついたとこ
ろで、相手にやましいところがないのなら何も変化はないだろうし、あれば、
きっと次の行動に出るはずなんだよ」
 自信に溢れた態度で、叔父の浜田は熱っぽく語る。
「いよいよとなったときには、警察に通報する。いいね」
「はい……」
 そこまで大げさな事態になっているのだろうかと疑問に感じながら、佳子は
小さくうなずいた。


−−続く




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