AWC まだ死なれては困る  6   永山智也


        
#3133/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/ 8/30   8:17  (200)
まだ死なれては困る  6   永山智也
★内容
 公演が近いためか、西山誠一は、稽古場を訪ねられた不機嫌さを露にした。
「分からないなあ」
 稽古を中断し、他の者に休憩を取らせてから、西山は佳子と浜田に応対する。
「佳子ちゃんも浜田さんも、何でまた、紀子……さんのことをそれほど気にな
さるんですか?」
「気になるのも当たり前じゃないかね、西山君」
 佳子の横で、叔父の浜田が口を開いた。
「これで三度目だよ。連絡先を教えてくれというのに、君は応えてくれんじゃ
ないか」
「ですから、気ままな旅だから、分からないんです」
「これだけ長い間、紀子の方からも連絡がないのかね?」
「ええ、そうです」
 開き直ったような体の西山。唇を尖らせている。
「ならば聞こう。君は、将来の妻となる女性が一人旅をし、しかも、長期に渡
って連絡をよこさないことに、何の不安も感じていないのか」
「それは……感じていますよ、少しは」
 佳子から見て、西山は不承不承ながら認めた。苛立たしそうに、人差し指で
膝を叩いている。
「でも、年下の僕が言うのも何ですが、紀子さんは一人前の大人ですよ。しっ
かりした考えを持っているし、頭もいい。大丈夫に決まってます」
 ここで佳子は決心した。叔父と二人で、何度か西山の下に出向いているが、
「これ」を話すのは初めてである。そう、現時点での切り札、靴の件……。
「でしたら、お聞きします。四月の半ばに、私、姉の邸に来ましたでしょう。
憶えていますよね?」
「ああ、もちろん。記憶力はあるつもりだ」
 西山は、佳子が何を言い出すのか興味深そうである。
「あのとき、見たんです。見て、何となく、変だなと思って。それでよく考え
て、分かったんです」
「ストレートに説明してくれないかな。脚本家にはなれないねえ。演劇でも、
分かりにくい台詞は敬遠される」
 相手のつまらないジョークを、佳子は意に介さない。
「靴です」
「靴、とは?」
「ご存知かどうか知りませんが、姉は旅行するとなるといつも、背の低い黒の
靴を履くんです。それなのに、あの日、玄関の靴置きにしている棚には、その
靴がありました。これ、どういうことでしょう?」
 話の途中で何が要点なのか理解できたらしく、西山の表情が引き締まった。
「……どういうことと聞かれても、僕には分からないよ」
 やがて、苦笑混じりに西山は答えを返してきた。当然ながら、佳子達の勢い
は緩みはしない。
「何か理由があって、あの靴を履かなかったんだとすれば、姉から西山さんの
方へ、一言ぐらい話があったと思うんです」
「なかった」
「じゃあ、新しい靴を買ったとかいうことはありましたか」
「……知らないよ」
 と言ってから、西山は顔を横に向けてしまった。もういいだろうという気持
ちを、態度で表現しているつもりか。
「もう少しだけです、西山さん。お願いがあるんです」
 佳子はさりげない調子で、付け足した。
「何だい。そろそろ稽古を再開しないといけない」
 腕時計を気にする様子の西山。それが本心からでた行動なのか、はたまた演
技なのか、外からは分からない。
「姉の部屋を見せてほしんです。できれば、あの家の全ての部屋も」
「何を馬鹿な」
 西山は、彼らしくない、ひきつったような笑みを浮かべた。
「いくら僕が『入り婿』扱いでも、それはないんじゃないの。プライバシーの
侵害になりかねない」
「私は、姉がどうしているか、心配なんです。部屋を見れば、何か分かるかも
しれないでしょう?」
「何が心配なんだ? 旅行をしているだけだよ、紀子さんは」
 相手にしておれないという感じで、西山は立ち上がった。
「悪いけど、すでにタイムリミットだ。この件で話がしたいんだったら、せめ
て公演が終わるまで待ってほしい。そのあと、紀子と合流するから、伝えたい
ことがあれば聞いておく」
「西山さん」
 佳子の声を無視したらしく、西山はそのまま背を向けると、両手で大きな音
をぱんぱんと立てながら、休憩中だった団員に声をかける。
「さあ、休憩、終わりだ。始めようか」
 それを見送ってから、佳子は浜田にそっと耳打ちした。
「これで……よかったんでしょうか?」
「ああ、上出来」
 そう言いながらも、浜田は何故か口元をひくつかせていた。予定通りのこと
の運びとは言え、西山誠一の態度に頭にきているのかもしれない。
「叔父さん?」
「あ?」
「どうしたんですか? 今日のところは、もういいんでしょう」
「そうだな……。悪かったね、勉強で忙しいところを付き合わせて」
「それは別に。ただ、私は姉の身の安全を確かめたくて……。もしも、最悪の
場合だったときは、西山さん、どういう行動をとるんでしょう?」
 こんな縁起でもないこと、口にしたくもなかったが、嫌悪感をこらえて佳子
は言葉に出した。
「……考えないことだ……」
 叔父の言葉がどういう意味なのか、佳子は分からなかった。

 案に相違してとすべきか、それとも幸いにもとすべきか、西山誠一の行動に、
不審な点は見受けられない日々が続いた。もっとも、公演準備で忙殺されてい
たせいもあるのかもしれないが。
 公演二日目、ゴールデンウイーク初日の日曜ということもあって、佳子は「
灯火」が借りているホールに出向いた。当然ながら、ミステリー劇への関心は
薄れ、西山へのもやもやした気持ちを少しでも緩和したい気分だった。
 実際、佳子は叔父の浜田ほどは、西山、あるいは姉のことを心配していない
つもりである。最初の内こそ、叔父の口車に乗せられたせいもあって、本気で
不安になっていた。が、今では、靴が習慣に反している、たかがそれだけのこ
とで、叔父のように想像を逞しくすることは、とてもできない。ただ、漠然と、
西山は本当に姉のことを大事にしてくれるんだろうかとか、西山と姉はうまく
やっていけるのだろうかとかを懸念している程度に過ぎない。
 それでも、潜在意識というのだろうか、どこかで警戒する部分もあるらしく、
佳子は控え室に足を向けることなく、大人しく客席に座った。
「『雪の中の殺人者』……」
 プログラム表紙には、白地に赤い文字で、そんなタイトルが不気味に浮かび
上がっていた。
(雪の中で殺人だから、雪と血で、白に赤なのかしら。単純)
 どうでもいいようなことを思いながら、佳子は粗筋に目を通す。
 雪が振り込んだ夜、離れで殺人がおき、新雪には発見者の足跡だけが残って
いた……という、お約束のようなありきたりの事件設定である。
 物語そのものも、さほど目新しい筋ではなさそうだ。男と女が引っ付いたり
離れたりと、色々と因縁を用意しているらしいが、所詮、殺人の動機作りのた
めだろう。
 ふっと、ライトの光量が落とされた。始まりのアナウンスはなかったようだ
が、これも舞台効果を狙ったものか。
 幕が上がった。
 大金持ちの老人の誕生日に、縁者や知己がぞろぞろと集まってくる。老人は
祝ってもらって上機嫌のよう。そのお返しとばかり、さんざん客を歓待した後、
急に不愛想になり、仕事が残っているからと一人、離れに引きこもる。
(不自然)
 佳子は思った。現在の状況を忘れ、純粋に推理劇として観てしまう。それだ
け彼女はミステリー好きでもある。
(来客がいるのに、お屋敷の主人が離れで一人きりになるのは、どう考えても
不自然じゃないの。雪の密室殺人を作るため、無理矢理の設定をしているとし
か思えないわ。ご都合主義)
 心中、ぶつぶつ言いながら、それならトリックでも楽しんでやろうとばかり、
熱心に観続ける。
 老人が離れ(実際は、舞台の袖だが)に引っ込んでから、ちょっとした騒ぎ
が演じられた。元夫婦という関係の男と女が、口喧嘩を始めたのだ。それは徐
徐に大げさになっていき、とうとう女がピストルを持ち出すに至った。
「危ないなあ」
 笑いながら、元の妻に近付く男。
 しかし、元妻の顔はこわばったままだ。手に握るピストルを、男に向けたま
ま、一歩また一歩と、近付いていく。
「おい、よせよ。冗談だろ」
「冗談なんかじゃないわ。私、あなたを殺して、死ぬつもりよ」
 女の言い方の冷たさに、周囲で面白がって見ていた他の客達(当然、観客で
なく劇中の客)も、互いに顔を見合わせざわめいた。
「しまいなさい」
 客の一人が女を止めようと、そう言った。しかし、女はやめようとしない。
「あ、危ないじゃないか。は、話し合えば分かるから。おち落ち着けって」
 後退しながら女をなだめようとする男は、姿形に似合わず、どもりを連発す
る。これには客も、少しばかり湧いた。
 それもすぐに静けさに消える。緊迫したシーンのなせる業だ。
「動かないで」
 そう言うなり、女は引き金にかけた指に、力を入れた。
 パーン!
 乾いた音が、舞台上だけでなく、ホール全体に響き渡った。
 発砲音と同時に、男の、
「うわっ!」
 という声。彼は、壁際の鉢植え横まで弾け飛んだ。そして身を丸めたかと思
うと、左膝の辺りを手で押さえる仕種を見せた。見る間に赤い物が広がった。
「血よ!」
「大変だ」
「医者の駿河さんを呼んでこい!」
 そういった怒声が飛び交う中、女はピストルを指先に引っかけたまま、呆然
としている様子だ。
「ぼ、僕はいいから」
 メイドの一人に気遣われる男は、苦しげにうめいた。
「先に理恵子(それが元の妻の名だった)を……。落ち着けてやって、ほしい。
か、彼女は今、精神的に弱いから……かまってやらないと」
 その言葉を聞き入れ、メイドは女の側に寄り添った。恐る恐るという態度で、
ピストルを取り上げようとする。
 その瞬間、女はピストルを取り落とし、ついで激しくよろめいた。女の足が
床のピストルに当たり、大きく飛ばされる。ピストルはソファの下に隠れてし
まった。
 メイドはそれには気を止める様子もなく、がたがた震えている女を抱き起こ
すと、付き添って、一緒に部屋を出て行った。
 一人、部屋に残された男は、自らの白いハンカチを膝にあてがう。これも見
る見るうちに、赤く染まった。男のうめき声がしばらくの間、続く。
 そして舞台は暗転し−−。
 観客は待たされることになった。大がかりな場面転換を行うつもりらしく、
幕が降りてきた。
(どこかで聞いたことがあるような、読んだことがあるような……)
 そんな思いが頭をかすめる佳子。殊、ミステリーに関わる疑問となれば、納
得できるまで止まらない性分だ。喉につかえた魚の小骨のごときもやもやを取
り除くべく、必死に『出典』を思い出そうと試みた。記憶の糸を手繰る……。
 その引っかかりが解消しない内に、幕は上がってしまった。新たな場面は、
どうやら、離れの中らしい。
 舞台の上は暗い。部分的にスポットライトで白く照らし出され、どうにかこ
うにか、ベッドで横になっている老人の枕元が見えるぐらいだ。
 そこへ、ぬっと腕が突き出された。離れの中に、老人以外にも誰か一人の人
物が存在しているのは分かるのだが、誰なのかまでは不明である。
 その手にはピストル−−女が元の夫に向けて撃ったのと同じ型のピストルが、
しっかりと握られていた。
 ぱん!
 先ほどよりも一段と乾いた音がした。そして、老人の顔は、反動でがくりと
反対を向いた。
 腕はぶるぶると、大げさまでに震えてから、その内に舞台の明かりのないと
ころへと消えてしまった。
 再度、幕が降ろされた。
(また場面転換やるつもり? どういう手順なのかしら)
 苛立つ佳子。その気持ちは、他の大勢の客のほとんども、同じだったろう。
近くの客の舌打ちが、やけに大きく聞こえる。
 次は、舞台は、男が足を撃たれた場面に戻っていた。ううぅ、というかすか
なうめき声を上げる男。そこへ医者が、忙しそうに飛び込んできた。
「ああ、これはひどい。出血はさほどひどくはないが、骨が砕けとる」
 傷口を調べるなり、医者は言った。自信にあふれた口ぶりだ。
「骨が砕け……そんなに……。歩けるでしょうか」
「無茶を言ってはいかん。回復するまで最低、一ヶ月はかかるぞ」
 たしなめるようにしながら、医者はてきぱきと治療を進める。
「松葉杖を使っても?」
「だめじゃ」

−−続く




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