#3092/5495 長編
★タイトル (QWH ) 95/ 6/ 8 5: 9 (177)
ベストナイン(4/10)
★内容
二回の表は4番打者のバスケ部顧問の体育教師からだ。
『当たれば飛ぶけどあたればの話しだから三振狙いだな。
まぁ変化球には慣れてないだろうから直線で勝負してあげる。』
そう考えながら外角低めに向けてボールを投げる。
「・・・ストライク。」
紅組の審判もかねている部員がちょっと迷いながらもストライクの判定をした。
バスケ部顧問は、え?あれがストライクかよ、と書いてあるような顔をして審判を見
たが、何にも言わずに構え直した。
二球目今度は、真ん中高めに向かってボールを投げる。
バスケ部顧問は次こそはと、思いっきり振り抜く。
だが、ボールはバットにかすりもせずに、キャッチャーミットへと吸い込まれた。
大振りしたせいか、バスケ部顧問はバランスを崩してる。
その滑稽な姿を見て、クスクスッとかすかに笑い声が聞え「ボール球、ボール球」と
やじが飛んできた。
彼は真っ赤になりごまかすように2,3回素振りをして、バッターボックスへ戻る。
茜は油断したのか三球目を投げる瞬間、頭の中にふと、親父と瑠璃さんと死んでしまっ
たお母さんの顔が浮かぶ。
力が抜けた。
ボールは茜の手を離れふらふらと、力無くど真ん中のコースをたどって飛んでいく。
バスケ部顧問は、これでもか!という勢いでバットを振り回す。
バランスを崩しながらもバットの芯ににボールが当たったようだ。
ガッという鈍い音がしたかと思うとボールは空高く舞い上がった。
茜は打たれたと思い、ボールを目で追う、ボールはまだまだ舞い上がる。
ようやく落ちてきたがすでに、ボールはライトの頭を越していた。フェンスがあった
ら審判は手を回していたであろう。
バランスは崩れていたがバットの芯にあたり、ホームランになってしまった。
バスケ部顧問は名誉挽回これでもか!という感じでガッツポーズをとりホームベース
を踏んだ。
まだ外野手はサッカーグランドで転がっているボールを追っかけている。
茜はショックだった、ソフトになれてない人にホームランを打たれるとは・・・。
知らないうちにキャプテンが、マウンドへ駆け寄っていた。
「おいおい、紅白戦で打たれたぐらいで何て顔してんだよ。誰だってミスはあるわよ。
でも、打たれたものはしょうがないじゃない。
そんな事だからエースになれないのよあなたは。」
キャプテンは茜の尻を軽くグラブでポンポンと叩いた。
茜の顔がポッと赤く染まり、生気がみちあふれてきたのを確認すると「がんばれよ!」
ともう一度グラブで軽く尻を叩き守備に戻った。
茜はキャプテンに感謝していた。
もう少しで駄目に、自分に負ける所だった。
ふたたび沸き起こりだしそうな家庭の不安を、思想の深淵へ押しやり、
『こんな紅白戦でただ点をとられるだけで終わってたまるもんか!
私はソフト部の本当のエースだよね。これ以上は点をとらせないし1,2点ぐらい
なら私自身で稼ぐ!』
と、思いながら帽子をかぶり直し投球の準備をする。
打順は5、6番と男子生徒が続いたが、緩急のついたボールに翻弄され二人続けて三
球三振だった。
7番はエースの知子だ。
茜にしては珍しく変化球中心の配球に惑い、あてるのが精一杯らしく低めの変化球を
打ち損じ内野ゴロに終わった。
二回裏、先頭打者は4番のキャプテンだが、知子も茜を見て本気になってきたらしい。
速球ときわどい変化球をいり混ぜた実戦さながらの配球で凡打に終わってしまった。
続く5番のサッカー部員も軽く押さえ、6番打者に三遊間を抜けるシングルヒットを
許すものの、7番打者を三振に押さえ危なげなくこの回を押さえた。
一方茜は肩の力が抜け、従来の柔軟なピッチングになり、覚えたての変化球と得意の
緩急をつけたボールで、三回表は三者凡退に打ち取った。
控えが好投してるのにエースが負けるわけにはいかないと、知子も守備のミスで先頭
打者を出すものの、その後、三者連続三振に打ち取る。
四回に入るときキャプテンが
「この回が最終回ね」
と大きな声でみんなに知らせた。
ふとまわりを見るともう太陽は沈みかけ、となりのサッカー部はボールを片付けに入っ
ている。
四回の表、紅組は2番からの好打順だ。
先頭打者の打球はセカンド真っ正面のゴロだったが、ボールが落ちていた石に当たり
イレギュラーバウンドになってしまった。
二塁手がおたおたしているうちに、バッターはすでにファーストまで走っている。
次の3番打者はバントの構えをしている。
茜は試しにボール球を投げる。
投げた瞬間、ファーストとサードがバッターの方へ突っ込んでくる。
バッターはバットを引いてボールを見送った。
2球目、今度はバントがやりにくいように低めのコースへ投げる。
さっきと同じようにファーストとサードが突っ込んできた。
バッターはバットを構え直しボールを打ちにきた。
バントに見せかけヒットを打ちにいくバスターだ。
バランスを崩しながらもバットはボールを捕らえ突っ込んできたファーストの頭を越
え、ファーストの定位置あたりでワンバンして、ヒットになってしまった。
投げた瞬間スタートをきっていたランナーは、すでに三塁へ進塁している。
これでノーアウト一、三塁。次のバッターはさっきホームランを打った4番である。
茜は『私は本当のエース』と心の中で何度もつぶやいてから、
「どんまい、どんまい。」
と、掛け声をして、自分を落ち着かせる。
茜はこの回は、今日の紅白戦の中で一番調子がのっていると感じていた。
注意がちょっと足りなかっただけだ、今の肩の調子ならいける。と感じていた。
キャッチャーミットをにらむ、自分の鼓動がやたら大きく聞えてくる。
投球モーションにはいり第一球目を投げた!
「ストライク!」
審判の声が頭の中でこだまする。
内角低めぎりぎりの絶好球だ。バスケ部顧問は手も足もでない。
後は内角高め、外角低めに緩急の差を使い分けたボールを投げ、4番を三球三振に打
ち取った。
茜は完全に波にのったらしく続く5番、6番も三者三振に打ち取り、ピンチを切り抜
けた。
四回裏、2番からの攻撃だが、あっさり初球を凡打してしまった。
次は3番の茜である。
速球を打ちにいくために、バットをいつもより短めに構える。
初球は多分、内角で様子を見てくるだろうから打ってやろう。と茜は初球を狙ってい
る。
ピッチャーが腕を大きく回して投げた。
想像通り内角の速い球が飛び込んできた。
茜はわきをしっかりしめてコンパクトにバットを振り抜く。
カキーン。金属バット特有のすんだ音が響きわたり、ボールはライナーで前進守備を
していたレフトの頭を軽く越え、ワンバウンドして転がった。
茜は全力で走った。チャンスがあれば三塁まで回るつもりだ。
一塁をけって二塁へ向かう途中、ボールが飛んでいった方へ目をやる。まだレフトは
ボールを追っかけている。
もしかしたらホームまで行けるかも、と考えていた。
二塁をまわり三塁へ向かう途中、キャプテンが手を大きくぐるぐる回してるのが目に
入った。
「まわれー」と叫んでるようだ。
茜は迷いを捨て、ホームへと向かうことにした。
さすがに走るスピードは落ちてるが、最後の力をふり絞るかのように拳を握り締め、
歯を食いしばり、腕を思い切り振ってホームへ向かった。
ボールはようやくレフトが捕球をし中継へ返したとこだった。
中継がキャッチャーへ返球をする。
タイミングはアウトだ!
しかし茜はもう引き返せない。
練習を頭に浮かべ思い切ってホームへスライディング!
滑り込んできた茜に驚いたのか、返球が高かったのか、不慣れなキャッチャーは立ち
上がってしまいホームを許してしまった。
「セーフ!」
審判が今までより大きな声で判定をする。
わぁ、と小さいながらも歓声が沸き起こる。
茜は立ち上がりジャージに付いた土を軽く払い、歓声に向かって思わずガッツポーズ
をして、ベンチ代わりのコンクリートブロックに腰を下ろした。
息がきれてて苦しいけど、心は澄み切った青空のようにすがすがしく、熱くなった身
体もぽかぽかとして心地いい。
その後、紅白戦はキャプテンの特大の外野フライと、5番打者の凡打で結局1−1の
同点で幕を閉じた。
もうとっくに陽は沈み、空はオレンジからブルーにゆっくりと変化していく最中だっ
た。
道具の片付けやグランド整備を終わらせ、ジャージから制服に着替えたときは、すで
にうっすらとだが星が瞬いていた。
緑と一緒に帰る途中で買ったスポーツドリンク。まだ熱い身体を冷ましてくれる。
ツーンと染みてくる清涼感がたまらない、まだ汗っぽいのがたまに傷だが。
「今日のあかねちゃん何だか変だよ?なにかあったの?」
学校の近くにある自販機の前でジュースをのみながら、緑が朝と同じようなことを言っ
て、ちょっと心配そうな顔をしている。
「うーん、まいったなぁミドリには隠し事できないね。」
茜はちょっとてれながら軽く微笑み、遠くの星を眺めるような目をした。
「ミドリ知ってるでしょ?近所にすんでる児玉瑠璃さん。」
ちょっと、きょとんしながらもうなづく緑。
「うちのお父さんね、その瑠璃さんと再婚するんだ。」
「そう、なんだ。」
喜んでいいのか、慰めた方がいいのか緑は判断に迷う。
「私とたった4つしか年が離れてない人とね。」
茜は表情を読まれないようにか、緑と目を合わせないように空を見上げている。
そこで、ようやく緑の苦悩の原因を知った緑であった。
「そっか、年がほとんど変わらない人がお母さんになるんだね。」
コクンとうなづく。
その時、茜の瞳からきらりと光る物が落ちる。
緑は茜とかれこれ10年ぐらい付き合いがあるが、めったに涙を見たことが無い。
「るりさんは嫌いじゃないけどね。瑠璃さんをお母さんと認めると、死んだお母さん
の存在が薄れてしまう気がする。
それがすごく辛いの。
私がお母さんとして受け入れれるのは、私を生んでくれたお母さんだけなんだ。」
茜の言葉には、どこかあきらめたような雰囲気が混じっていた。
「それは違うと思うよ。
えっと、うまくは言えないんだけどね。亡くなったお母さんはお母さんで瑠璃さん
は瑠璃さんじゃない、お父さんの伴侶として家族の一人と認められない?」
「うん、私も最初、お父さんが再婚するって聞いたときはうれしかった。
でも、お母さんの事考えると、なんだか喜ぶ気になれなかった。お父さんはずっと
お母さんの事想っていて欲しいの。」
「うん、分かる気がする・・・。だけどね、だけどね、茜ちゃんのお父さんは、お母
さんの事ちゃんと想ってると思うよ。再婚したら愛情は瑠璃さんにそそがれると思
うけど、心の中の存在の大きさは変わらないと思う。
私は茜ちゃんのお父さんの事よく知らないから、はっきりとは言えないけど。」
茜は、自分の事のように一生懸命考えてくれる緑の言葉が、一言一言胸に染み込んで
くる。
何だか、心がほぐれていく気がする。
外はすでに真っ暗で、自販機の明かりが細々と二人を照らしている。
「ミドリ、ありがとう。遅くなっちゃうからもう帰ろう。」
「そうね。じゃあ、また明日ね、ばいばーい。」
「じゃあね、ばいばい。」
二人はそれぞれ家の方向へ自転車を走らせた。
茜は、ちょっぴり瑠璃の事が認めれそうな気がした。