#3028/5495 長編
★タイトル (ARJ ) 95/ 4/27 21: 1 (134)
司法神官ドラクーン(2) みのうら
★内容
「子供じゃねえか!」
一人が信じられない面もちで、不用意に右手を伸ばして来た。
触れられるのは気に入らなかった。
袖に刺さっていた矢を、軽く手首を使って返してやる。
男の身体が衝撃でふっとんだ。
親指で先端を潰してやったから、大怪我にはならないだろうが。
「子供……だ」
空気が変わった。
戸惑いと恐怖のにおいがあふれる。いい感じだ。
子供の姿形を持ちながら、その子供は悪魔の笑みを笑んでいた。
ルース・リンクスの外見は、子供だ。
淡い茶色の髪に、やっぱり淡いグレイの瞳。
色素の薄い肌と、美少年とは言えないが、子供らしい、かわいらしげな風貌。年
の頃は十二歳から十四歳くらいに見られる。どこにでも、よくいる子供。そういう
設定だ。
その、幼い子供がゆっくりと杖を掲げる。盗賊ばらは、じりりと下がる。
追いつめられたはずの少年は、苦く笑う。奇妙なほどに、大人びた表情だ。
取り囲み、優勢のはずの男たちが、冷や汗をかいているのまでわかる。吹く風と、
枝葉の鳴る音以外は、すべてが凍り付いている。
軽く息を吸い込む。さあ、どうやって脅かしてやろうか。
その心が微笑みにあらわれる。男たちはもう一歩、後退する。
張りつめた空気はこの子供には意味がない。
主導権は彼にある。
もう一歩、踏み出す。
「いたぞ!」
「見つけた!逃がすな!」
緊張の糸が切れた。
判断するより早く、身を低くして鉄杖をはらい、敵がわっとひるんだ処で跳躍す
る。
枝の上に位置を確保し、不機嫌に喉を鳴らす。
我が優秀な、アストレイア神官騎士団が、ようやく追いついてきたようだ。残念
ながら。
彼らにも花を持たせなければ、また化け物扱いされた上、かわいいわが身がろく
な目にあわない。
「ルース祭司長!」
雷鳴のような怒声が風を越えて、耳を打つ。
臨時に、この小さな祭司長の指揮下に入った壮年の司法神官だ。なんとあの長身
をものともせず、ここまでやって来るとは。
「サハティ隊長!」
風に負けないよう、大声で呼び返す。もう一つ、上の枝に飛び上がる。
「奴らは、飛び道具で来る!うかつに、近よるな」
「なんの、こちらも用意は万全ですわ!」
こちらはトゥール戦士団の隊長。名前は忘れた。肩で息をしている。大地に足を
付けて活動する彼らにとって、申し訳ないくらい似合わない戦場だ。よく、木々の
枝が持ちこたえている。
「ルースどの、御身はさすがにエルフの血を引いておられるようだな。風のように
すばやくていられるが、今度は我らの剛勇をご覧じろ。さあ、盗賊ども、目にもの
見せてくれるわ!」
いくぞと一声、すばらしい巨体を翻し、豪快に大地に着地した。
なんだかの皮で作った自慢の鎧が、足を守ってくれるのだろう。野草の鋭い刺を
ものともせずに、トゥール神の戦士たちは次々と隊長の後を追った。
軽くて小さな皮の盾でつぶてを避け、樹上からの脱落を余儀なくされた盗賊たち
に、情け容赦なく襲いかかる。
戦斧の背で木の幹を殴り、つぶてを打ち出すやからをたたき落とそうとする者ま
でいた。トゥールは勇敢な、そして時に暴虐な神だ。司法神殿に席を置く者たちと
違い、戦神の使徒である彼らには、理由さえ付けば限度ない殺戮をも行える教義が
ある。まだ人数は少ないが、後続が追いついてきたら。
「……まずいな」
鉄杖を脇にたばさむと一息に、サハティ隊長のいる枝近くに飛び移る。獣のよう
な跳躍だ。敵味方にどよめきが起こる。
臨時で指揮下に入った味方たちは、ルース・リンクスの力を知らない。この田舎
では、噂にも滅多に聞かないだろう。
視線が集まった瞬間を捕らえ、風に乗せるつもりで声を張り上げた。
「サハティ隊長、トゥールの勇者に後れをとるな!我らがアストレイアの名におい
て……」
台詞をいったん切る。杖を高く掲げ、劇的に兵士の士気をあおるべく。
「奴らを一人残らずひっ捕らえろ!」
わあっ、と喚声が上がる。サハティ隊長の指揮の下、いかに訓練されているかが
解る反応の良さだ。なかなかの勇敢さと、それに見合った実力を発揮してくれそう
だ。
短剣をかまえ、隊長が身をかがめる。
「ははあっ、ただちに!して、祭司長どのは」
「首領を探す。奴を逃しちゃ、何のために僕がわざわざ出向いたのか、わからない
からな。ここを片づけたら、少人数で後を追ってくれ」
「ご命令であれば。しかし、お一人ではあまりに危険。せめて誰なりとお連れいた
だければ」
「いや、一人で行く。大勢で行けば、僕らの勝利を知って、逃げてしまう。この下
っ端どもを片づけ終わる前に、『黒いティシュタル』を見つける。頭さえ片付けれ
ば、下っ端たちは昔通りバラバラだ」
サハティはその無茶な子供をじっと見つめた。ひとつため息も、ついたようだっ
た。
「……祭司長。自分には、あなたと同じくらいの、いや、そう見える年の子供がお
るのですよ。時折、あなたがせがれに見えてしまうが」
手柄を取られるのを心配してではなく、心底、この突然現れた、得体の知れぬ上
司の身を心配しているのがわかる。
この男は、善良なのだった。
「しかし、あなたは自分より年を重ねておられるのでしたな。お気をつけて。司法
神のご加護を」
「あなたこそ、隊長。地の利はまだ奴らにあるぞ」
「ご無理なさらず、くれぐれも、お気をつけて!」
二人は同時に枝を離れた。
同時に枝葉がつぶてに散らされる。
森を抜けると、暖かな朝の太陽が、冷たい大気を侵していくのが解る。時間がな
い。霧が消えてしまう。
太陽が、天の中央に向かいはじめている。すぐに、気温が上がり出す。
昨夜捕らえた者の証言では、森を抜けてすぐ、小さな泉のそばに隠れ家を作って
いるという。
鉄杖を立て、風にさらして水の気配を探る。
霧がすっかり晴れたわけではないから、ちょっと難しい仕事だ。ぐずぐずしてい
れば隊長以下そろってお出ましとなってしまう。それだけは避けたい。
部下の手柄を取り上げようとかではなく、この件----『黒いティシュタル』につ
いては、少なからぬ予感があった。
通常、帝都の中央神殿に席を置く神官、それも祭司長クラスの者が、地方で指揮
を執ることなどない。
だが今回ルース・リンクスは、あえて指揮を申し出た。
風が、少年の髪を吹き上げる。髪を止めていた飾り帯が揺れて外れる。先ほどの
戦いでゆるんだのだろう。
小さな灰色の突起物が、薄茶色の間からのぞく。
角だ。
エルフ、または聖獣人族と呼ばれる亜人類は、この広い帝国でも、滅多に見られ
る人種ではない。
その身体的特徴によって、様々な別称で呼ばれる。
灰色の小さな角は、主に一角獣と呼ばれ珍重されている種族の特徴だ。
記憶力に優れ、普通の人間に対して約十倍の遅さで年をとる。都市の大きな神殿
では、記録官として一角獣を採用する事が多い。
その印を隠すように、帯をきつく締めなおし、気合いを入れる。
霧と汗で軽く湿った服の下から、銀の太い鎖を引っぱり出した。同じ銀のメダル
がくっついてくる。神官の身分を示す大事な品だ。
真ん中に青い石。司法神は炎の赤い髪と氷の青い瞳を持っていて、この石は、瞳
の青ということになっている。
石の青に右手を乗せ、目を閉じ声には出さずルースは、自分をあらわす本当の名
前をつぶやく。
石が発光し額が灼熱した。
目を開き、石から手を離す。
サハティ隊長以下、誰一人連れて来なかった本当の理由が。
小さな白い額に、ありありとあらわれた。
三つの円が重なり合い、第四の円を描き出す。血の赤で捺された永遠の烙印。
もちろん、一角獣はおろか、ミシャルー神殿で確認されるどの聖獣人もこの徴を
持たない。
けれどももしも、忌まわしい闇の記録に触れた者が今の彼の額を見たら、こう叫
ぶだろう。
「身喰い蛇の三重円……ドラクーン!」