AWC 司法神官ドラクーン(1)   みのうら


        
#3027/5495 長編
★タイトル (ARJ     )  95/ 4/27  20:59  (179)
司法神官ドラクーン(1)   みのうら
★内容

 司法神官ドラクーン


 1   ティシュトリヤの降りる峰



 人の気配に背の鉄杖を抜く。
 殺気だ。
 押さえても、流れてくる。
 いくつもの、焼けるような、敵意。
 呼吸を整え、殺気を探る。地平線では、今にも顔をのぞかせようとする太陽が
空を紫に染める。
 殺気が風に乗って流れてくる。
 朝の大気が、戦いの予感を運んでくる。
 両手の中の鉄杖を握り直す。ずしりと重い手応えが心地よい。
 司法神官なら誰でも持つ鉄杖だが、これは特別製だ。普通のものとは少々違うが、
略杖ということで許可を受けている。
 半世紀も前、当時帝国一の呼び名も高かった名工に作らせた。いまだに錆一つ浮
かず、最も頼れる相棒だ。司法神の紋章を、申し訳程度に刻んでいる。
 大地に突き立ててみる。先端の輪が鳴らないように、結びつけておいた布が、ほ
どけかかっているのを直す。
 流れる殺気の源は、この鉄杖の先端よりはるかに上、すなわち、生い茂る樹々の
上にある。
 魔の森の盗賊。
 先祖代々由緒正しい半農半盗を繰り返してきた奴等だ。深い森に守られて。
 しかし、だ。
 ルースは振り返る。
 そこには、緊張の面持ちで、彼を見ている者たちがいる。三日前に彼の指揮下に
入った、地方神殿の兵士たちだ。体格的には恵まれた者たちばかりだが、技術力は
どうだろう。彼らの全てを把握したわけじゃない。
 多すぎる。
 敵の気配は三十ほどだが、こちらはその倍以上はいる。
 全員が木の上に……登れないだろうな。どう考えても。下手すりゃ、数が多いの
を逆手に取られる。
 ならば。ルースの決断はいつも早い。
「敵は木の上だ。ついて来られる者だけ、来い。無理な者は、道を切り開き、遅れ
ても続け」
 言うだけ言って、跳躍する。
「ああっ!」
 簡単な命令を下し、後はかまわない。これが長い間続けてきたやり方だ。今更変
えられない。神官団の驚愕などにかまっていたら何もできない。
 一つの場所にとどまることなく、臨機応変に現場を指揮してきた彼の、数少ない
選択がこれだった。
 ざわめきはすぐ収まった。訓練はそれなりに行き届いているのだ。短剣で下草を
払い、手近の木によじ登り、各自の努力を開始する。
 それを視界の隅に捉えながら、彼は一人で風のように疾る。
 枝の上を。
 葉がびっしりと茂っていたが、問題はない。
 鋭い葉が頬をかすめるがまったく問題ない。
 この程度でルースの行く手は阻めないし肌は傷つけられない。
 すばらしいスピードだった。
 はるか後ろでは、比較的身軽な者たちがまねをして枝に飛びついているが、とう
てい彼のスピードは出まい。軽い朝のもやに薄れてゆく。
 思わず、笑ってしまった。
 それも、大声で。
 もちろん笑っている場合ではない。よそ様の兵士を預かっておきながら、ほっぽ
りだして来てしまった。何人ついてこられるのか、見当もつかない。
 だが、今日は機嫌がいいのだ。後でなにを言われるか、考えるのもめんどくさい
くらいに。
 白い神官服が鮮やかな緑に染められてゆく。かまうものか。
 山から吹き下ろす強い風が、向かい風になって行く手を阻むが、かえって心地い
いくらいだ。
 風はじきに、ささやかな朝霧も吹き払ってくれるだろう。
「魔の森はその名に恥じない恐ろしい森で、悪霊や怨霊がいるといいます。どうか
、充分にお気を付け下せいませ。」
 村長の心配そうな顔を思い出した。
 ばかばかしい。蔓延っているのは、イバラや蔓草だ。誰だ、魔の森なんて俗な名
前をつけて。ルースは苦笑する。村人たちも、この様子では滅多に奥まで入ってこ
ないのだろう。そこが奴らのつけ目になってしまった。
 身体中を湿らす朝露が、髪からしたたり、頬を伝って後ろに流れる。
 払おうとして、
「……っつう!」
 何かが顔に当たった。
 小さなつぶてははじかれて、樹々の間に消えて行く。
 そう簡単に彼の皮膚を傷つけられるものではないが、まあ、腹は立つ。何だ、今
のは。
 スピードを落とし辺りに目をやると、木々の間に人影がいくつか見える。
 奴らか。
 近付いてくる。
 調子に乗って、気配を探るのを怠った。適当な枝に飛びついて身を隠す。
 盗賊ばらと侮ってはいけない。奴らは、その辺の神殿戦士団顔負けの統率力を持
っているはずだ。
 ぱらぱらと、また何かが飛んでくる。
 飛来した一つを左手で受けた。
 ぱしっ、と小気味よい音がして、つぶては捕まる。黒い川石だ。そいつがさらに
ぴかぴかに磨かれてある。普通の人間相手なら、軍用の矢で射抜かれたような効果
が期待できるだろう。何で撃ち出しているかはわからないが、こういう場所では弓
矢よりもずっと効率がいい。
「おかえしだ!」
 スナップをきかせて、手近の影に投げ返す。ぎゃあう、と悲鳴があって影は枝か
ら転がり落ちた。絡み合って生えるイバラに突っ込んで、動かない。いい気味だ。
「野郎っ!」
 他の影たちが、いきり立ってつぶてを撃ってくる。その速射性、弾の威力から考
えるに、伸縮率の高い動物の皮……植物だろうか、を使用した投石機。早く言えば
子供の使うパチンコだ。威力はケタ違いだが、おそらく。
 こちらは背の鉄杖以外武器がない、が。
 そろそろ実力の見せ所だ。
「うりゃ」
 身を隠してくれた枝を蹴り、さらに高く飛ぶ。
 敵も正確に打ち込んでくる。
 着地、ならぬ着枝、で足場を定め、ルースの背丈にあわせてかなり短く作られた
司法神の略杖を、一瞬で抜き放ち風車のように回す。
「そりゃそりゃそりゃそおりゃああああっ!」
 あめあられに降り注ぐつぶてをすべてたたき落とす。
 かかかか、といい音だ。
 それだけじゃ面白くないので、杖を剣のようにかまえて、つぶてを打ち返す。そ
れも、撃ってきた者に対して、きわめて正確に。
 打ち返せなかった分が身体の至る所に当たるが、問題ない。周りの木の葉や枝は
つぶてにはたき落とされ、樹皮がえぐられる。
 襲撃者は、熟した果実のように木の枝から落ちてゆく。
 意外の反撃に動揺し、風に足をとられた奴もいる。
 が、敵も後から後からわいてくる。遊んでるときりがないのでもっぺん、風車を
やったところ、からん、と絡むものがある。
 見れば、ごく短い鉄の矢だった。ボウガンだ。もしくは、それに似たもの。
 落ちてゆくのを拾い上げ、風車の片手間に投げ返す。
 これが面白いように当たる。
 右手に風車、左手に鉄の矢。ペースを掴んで、そのまま木々の上を駆け抜ける。
 ぽくん。
 軽い音が後ろ頭に響いた。
 振り向けば、若い、気弱げな男があっけにとられてこちらを見ていた。
 マントに絡んで落ちて行くものを見れば、先刻の鉄の矢だ。彼が発した凶器。足
で蹴り上げ、空いた手で掴む。男はその事実を認識できただろうか。
 見ようによってはあどけないほどの微笑みを浮かべて、ルースは正確に凶器を返
した。悲鳴が落ちて行く。
 いつのまにか、敵の陣を追い越さんばかりになっていたらしい。前にも後ろにも
敵がいる。
 普通だったら、囲まれた、という形だが、ここではそうはいかない。
 何も知らない哀れな奴らは、ルースを取り囲むべく、じわじわと包囲をせばめて
いる、つもりらしい。
 ルースは、顔を上げてさらに向こうを見た。
 魔の森の、切れ目が見える。
 大きな都市国家ほどもあるこの森の、一角に打ち込まれた杭のように、戦神の山
脈の一端が食い込んでいる。岩の多い山肌には、まばらに緑が見えるだけで、むき
出しの大地のどこかに奴らのアジトがある。
 そのボスこそが、司法神アストレイアに仕える司法神官、ルース・リンクスの獲
物だ。
 こんなところでつまらん雑魚の相手をしている暇はない。本命は、自分の部下を
尻尾ほどにも大事にしない。常にさっさと切り捨て、とんずらをかましてくれる。
「ちくしょうめ!」
 強烈な気配が、怒声とともに落ちてきた。
「だーっ!」
 気配と一緒に、大きな身体も落ちてくる。
 バランスを立て直す間もなく、からみつかれ転がり落ちた。
「この、でかぶつ!どうやって、僕より上に……」
 言い終える前に、遅れて一枝落ちてくる。登ろうとして枝が折れたのか。
 身軽な彼でさえ、限界ぎりぎりの高さにいたのに、無謀な奴もいたものだ。
「この、悪魔め、赤毛の魔女の、犬め!この、」
 潅木の茂みに落ちたので、まぬけ男もダメージは少なかったようだ。掴みかかっ
てくる。下になっているルースが不利だ。体全体で被さってくる。
「この、この、こ……」
 男の、首を絞めていた力が弱まった。
 どうやらようやく気付いたらしい。
「な、んだと……?」
 自分が攻撃している相手が、何者なのか。
 自分たちの仲間を次々屠った、赤毛の魔女の犬。彼の脳裏にあった憎むべき司法
神官とのギャップに。
「ぎゃあっっ!!」
 血飛沫と悲鳴を派手に上げて、ルースの上から飛び退く。
 殴るだけのつもりだったが、杖の角でえぐったらしい。失敗した。
 鉄輪に巻いた布で血を拭い、そのまま捨てる。服にまでは付かなかったが、いい
気持ちはしない。血は嫌いだった。
 解放された輪が、しゃらりと鳴る。
 司法神官は胸を張って立ち上がる。
 すっかり囲まれていた。
 しかし、近付こうとしてこない。戸惑っているのだ。罠かと疑っている。
 血飛沫を上げた男は、右手の上に左手をすっぽり重ねて首を絞めたのだ。
 片手でも充分なほど、細い首。軽々と被ってしまえる小さな身体。
「なんだ……」
 ささやき合っている。それを見て、彼は嘲笑い、鉄杖を振る。いい音だ。
「なんだ、こいつは、」
 木の上の一人が、目を狙って打ってきた。正確だったが、わざとギリギリで、掴
み取った。
 ささやきがざわめきになる。
「なんだ、こいつあ、」
 彼にもっとも近い男が上げた、悲鳴にも似た、頓狂な叫び。






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