#2984/5495 長編
★タイトル (AZA ) 95/ 3/19 9: 5 (200)
出会い 5 永山&平野年男
★内容
「あの事件では、僕は実際はあの島に行っていないんだよね。だから、深く突
っ込んだ裏話ごときものは知らない。ただ、どうやって解決したかは、語れる」
流さんはそれからも続けた。友人で作家の平野年男が会に招かれ、島へ出向
いたこと。そこで連続殺人が起こったこと。一応の犯人が指摘されたが、はっ
きりせぬまま本土に戻ったこと。そしてそれら島での出来事を聞いた流さんが、
真相を見破ったことを。
確かに興味深く聞けたけど、少し物足りない。流さんも言ってるように、こ
れじゃあ、あたしが知っている事実と大差ない。極端なことを言えば、本を読
めば分かる話だ。
「じゃあ、最初の事件について、お聞かせください」
ミエが先を促す。
流さんにとっての最初の事件−−あたし達が読むことのできる分では、『文
庫本殺人事件』が、流探偵のデビュー作。
果たして、流さんはその事件の話を始めた。だけれども、これも、表面的な
話しか聞けなかった。関係者の心情を慮っているのかもしれない。特にこの事
件では、流さんがあまり話したがらない理由は、確かに存在する。
「作家の平野さんと会う前は、刑事事件を解決したことはないんですか? 探
偵をなさっていたのは間違いないと思うんですが」
あたしが知りたいと思っていたことを、本山が聞いてくれた。
流さんは軽く咳払いをし、少し考える様子を見せた。
「探偵をやっているからには、様々な事件・調査に関わってきた。刑事事件も
いくつかあったよ。諸々の理由で話せないのもある。これは平野君にも話して
いないのだ。だが、話せない理由はもう一つあってね。お恥ずかしいことに、
僕自身がはっきりと記憶していないというのもある」
意外。警察に協力するような探偵なんだから、どんな事件でも頭の中で整理
されているのかと思っていたんだけど。
「それは、僕がまだ今のように警察と関わりが持てるとは思いもよらなかった
頃の話なんだ。依頼された領域を越えて、事件を嗅ぎ回ってしまったことに自
責の念みたいなものを感じてね。なるべく早く、忘却するように努力していた
ら……きれいさっぱり、忘れてしまった訳なんだ」
流さんは両手を広げ、肩をすくめた。
「それでも、一つだけ、忘れられなかった事件がある。あれは文字通り、僕が
経験した最初の事件だった。まだ探偵になるとは夢にも思っていない、学生の
ときの話さ」
あたしは目を輝かせていたと思う。これよ。こういうのを聞きたかったの。
「初公開って訳ですね」
剣持が合いの手のごとく、言葉を差し挟む。
「そうだね。君達は運がいいのかもしれないよ。さて、あの事件は僕が大学二
年のときだったから、昭和五十四年になるのかな。夏休みだった。暇に任せて、
日本全国を旅行していたんだ。その旅先の一つで、事件は起こった。山に囲ま
れた村……いや、正式には町だっけ。とにかくその町を訪れた僕は、とある小
さな旅館に泊めてもらった。予約なんかしなくても、簡単に泊めてもらえたね。
宿泊客は他にも三組いて、その内訳は一組の夫婦、何かの調査に来た学者らし
き紳士四人組、カメラが趣味という男とその恋人。僕が泊めてもらったその晩、
この中の一人が殺されたんだ」
それからも流さんは、最初の事件について話してくれた。それを詳しく記し
たいのは山々なんだけど、いずれ小説の形になるだろうからと口止めされてし
まったの。まあ、事件の概要だけ書いてみると、ある盲点に気付いた流さんが、
地元の警察に助言し、それが事件解決につながったということらしいわ。
「以上が、流次郎最初の事件だ」
締めくくりの言葉。それから探偵は、逆に質問してきた。
「今度は君達のことを聞きたいな。どういった活動をしているのか。内外のミ
ステリーを読み漁って、批評し合っているとか」
「それももちろん、ありますが」
今度もミエが答える。岡田さんに説明したときとほとんど変わらないので、
以下略。
「創作もするの? それは頼もしい。未来の推理作家がいるんだな、きっと」
お世辞でもこうして誉めてもらうのは嬉しい。ただ、作品を読まない内に言
われると、何だかからかわれている気がしないでもない。探偵の流さんだから、
許せるけどね。部誌、持ってくればよかったな。
「平野さんが一緒でないのは分かりましたけど」
と、剣持が言った。
「ということは、流さん、お一人でスキーですか?」
「ああ、そうだよ。とやかく言われる筋合いはないだろう。そちらの岡田さん
も、元々は一人で来たという話だし」
やや皮肉っぽく言って、流さんは岡田さんへ顔を向けた。
すると、岡田さんの方が、電気でも流れたかのように、びくんと反応した。
大きいだけに、かえってかわいらしく見える。
「あの……どんな依頼でも引き受けてくれるんでしょうか」
「そのつもりです」
「それじゃ、少し、聞いていただきたい話があるんです。休暇ということでし
たが、よろしいでしょうか?」
流さんは迷った顔をしばらくして、やがてうなずいた。
「いいでしょう。見放すのは紳士的じゃない」
それから、あたし達に対して、
「聞いた通りだから、インタビューはここまで。いいね?」
「はい。どうもありがとうございました。でも、最後に一つ」
確かめておきたいことがあったので、あたしは急いで聞いた。
「何だい?」
「ここには、いつまでいらっしゃるんでしょうか?」
「明日までのつもりだが……君達もか」
表情から読み取られたらしい。
「じゃあ、機会があれば、一緒に滑れるかもしれないな。楽しみにしておくよ」
そう言って、流さんは急な依頼人と共に、廊下へと出た。多分、どちらかの
部屋で話を聞くのだろう。
「あーあ」
大きく伸びをする細山君。彼にはちょっとばかり、退屈な時間を過ごさせて
しまったみたい。
「岡田さんの相談ごとっていうのは、やっぱり失恋関係なのかな」
と、きよちゃん。あたしも同じように考えてた。
「決まってるさ」
分かったように言う細山君。それでいながら、すぐに否定するような言葉を
口にし始める。
「しかし、恋愛のことを探偵に持ち込んでどうにかなるのか? 男には理解で
きない」
あたしはすぐに反論。
「あたしにだって分かんないわよ。女も男も関係ないわ。藁をもすがる思いじ
ゃないのかしら」
「流さんは藁か。これはいいな」
「そういうつもりで言ったんじゃないけど……。でも、わずかにイメージが違
っていたような……」
「何のことよ?」
ミエが顔をこちらに向けた。
「流次郎っていうイメージ。姿形は本で読む分とそっくりだと感じたけど、話
し言葉とかちょっとした物の見方とか、何かしっくり来ないのよね。現実と小
説とじゃ、ギャップがあるってことかしら」
「言いたいことは分かるわ。でもね、こうも考えられるんじゃない? 平野年
男という個人の目を通して、今まで、私達は流次郎の人となりを見せられてき
た訳よ。そこには何らかのフィルターがかけられてあって、当然でしょう。直
接、流さんを見たら、平野さんの色眼鏡に隠されていた部分が見えたんだって」
なるほど、説得力ある。平野さんは一種、理想の探偵として流次郎を捉えた
がっている節、確かにあるものね。少々の失敗や人間くささなんかを、敢えて
描写してこなかったのだとすれば、目の前にいた流さんには人間を感じること
ができたような気がする。
「余計な詮索はこの辺にして、また滑りに行かない?」
やる気満々のきよちゃん。時刻は三時を回っている。
「ようし、つき合うわ」
そう応じてから、しまったと思った。また細山君のこと、忘れてた……。
憂鬱な夜でもゆっくりと更け、日付が変わる。疲れているはずなのに目が冴
えて眠れない。時計を見れば、一時になったところだった。
何が憂鬱か−−答、天候。
外の天気はというと、夕方から降り始めた雪が食事頃には吹雪になり、ゲレ
ンデから何から、白で多い尽くしていった。今、ようやく収まったみたいだけ
ど、この積雪じゃあ、ゲレンデの整備自体が困難かもしれない。明日の朝は到
底、滑れそうにない。
半分あきらめた気持ちで、かなり夜遅くまで遊んだり喋ったりしていた。そ
れなのに、眠くならないのってどういうこと。朝、滑れるような状態になった
としても、疲れが出て動けなかったら何にもなんないじゃない。
なんて考えるのも馬鹿々々しくなり、あたしは起き上がった。ぐるっとロッ
ジ内を歩いて、気分転換だ。
夜中でも暖房が入っているものの、気持ちの上で肌寒い。カーディガンを羽
織って、廊下に出た。みんなを起こさぬよう、静かにドアを開閉する。
やわらかで黄色っぽい光が、等間隔に落ちる廊下。それをくぐり抜けるよう
にして、のんびりとあてもなく。じきに、疲れが出るだろう。
出歩いている人は、さすがにない。でも、しんとしている訳でなく、空調機
械か自動販売機からだろう、ぐーんという音がしている。
自動販売機の横に三連の椅子があったので、そこに座る。うーん、まだ眠気
が来ない。
かつん、かつん、かつん……。
一定のリズムが聞こえてきた。足音かしら。底が固い靴ね。今いる位置から
では、どんな人が歩いているのか、分からない。
ここにはスリッパなんか置いてないから、出歩くのに靴を履くのはおかしく
ない。でも、その足音は、どうやら勝手口へ向かっているみたい。こんな時間
に外に出るというのだろうか。勝手口なら、ここの従業員かもしれない。けれ
ど従業員は、あんな高い音のする靴を履いていないはず。
あたしは急に興味を引かれ、足音を追いかけるように勝手口を見に走った。
しかし、一歩遅く、出て行く人の後ろ姿が見えただけだった。髪の毛が長かっ
たから、女の人だと思う。私服だったけど、従業員じゃないとは言い切れない。
背は高くて、一七〇近かったんじゃないかな。
その人が戻ってくるのを待ってもいいんだけど、ここにきて、不意に眠たく
なってきた。しょうがないから、鍵だけ見ておく。勝手口の鍵は、内側からな
ら誰にでも開閉できる仕組みだった。ここでも従業員かどうかの判定は無理ね。
あたしは後ろ髪を引かれながら、自分達の部屋に戻った。窓ガラスの向こう
は暗く、見えにくかったけど、雪はやんだようだった。
三日目の朝、雪はすっかり上がっていて、穏やかな天気になっていた。これ
なら滑れそう、嬉しいっ。
時計を見れば、いつもと同じように起きられたと分かって、得した気持ち。
あれだけ寝ていないんだから、疲れてくるかもしれないけど、今がよければと
りあえず、いいの。
同じ部屋のみんなの内、ミエと真子は、もう起きていた。逆に、朝が苦手な
きよちゃんは、いつものようにまだ布団で丸くなっている。
「何だか騒がしいですよ」
着替え終わったところで、真子がそんなことを口にした。あたしも気になっ
ていたんだけど、確かに、部屋の外ではざわめきが絶え間なく起こっている。
鏡の前でブラシッングしていたミエが、受けて言う。
「さっき、従業員がせわしなく動き回っているのを見たわ。何かトラブルが起
きているのは、確実よ」
「トラブル……」
旅行先のトラブルと言ったら、いい思い出なんか一つもない。大したことじ
ゃなかったらいいんだけど……。
そんな願いも空しく、パトカーのあの音が聞こえてきた。
「最悪……かもね」
そう言ったミエは、平和そうに眠っているきよちゃんを見やった。
しばらくして、きよちゃんを起こし、だいたいの身仕度が終わったところで、
四人で部屋を出る。タイミングよく、細山君と顔を合わせた。
「何か様子がおかしいぞ。警察が来てただろ? どうなってるんだろう」
あたし達に聞かれても、答えようがない。
「他の二人は?」
「本山は部屋にいる。剣持の方は、様子を見に行ってるんだ。ついでに、ここ
のオーナーに説明してもらおうと」
行動が素早いマジシャンね。
「様子を見に行くのはいいけど、朝ごはんは?」
真子は、いたってのんびりした調子。あまり緊迫感を覚えていないようね。
「時間が来たら、自分達だけで行ってくれって。ま、それまでにあいつも戻っ
て来るだろうけど」
細山君が言い終わるのを待っていたみたいに、剣持が戻って来た。走った様
子もないのに、息を切らした風にしている。よほど興奮しているのかしら。
「おお、どうだった?」
「あんまり言いたくないんですけど……人が死んだらしいんです」
「何だって?」
と、大声で聞き返す細山君。彼を制して、ミエが落ち着いた声で尋ねる。
「らしい、とはどういうことかしら? ロッジ側から正式なコメントがあった
のではないって意味?」
「はい。ロッジからの発表は九時を予定と、張り紙してあって。それで僕は、
従業員が集まって、話しているのを聞いたんです。福沢っていう女性従業員が
死んだと」
−−続く