#2982/5495 長編
★タイトル (AZA ) 95/ 3/19 9: 0 (199)
出会い 3 永山&平野年男
★内容
「私とリマ−−そちらにいる香田利磨、それからそこの本山君が書きます。今
度の旅行に参加できなかった中にも、二人ほど書く人がいますけど」
「結構、多いのね。売ってる推理小説がつまらなくて、自分で書いてみようと
思ったのかしら?」
「そんな、とんでもない」
あたしは慌てて否定する。
「面白いのを読んだ影響で、自分でも書けないかなあっていうのが動機です。
読んでいるだけなら思い切りけなせるけど、書くようになってからは、少し、
作家の苦労が分かったみたい」
「なるほどね」
笑った岡田さんの表情には、しわがほとんどできていない。うまく年をとっ
ているなー。
「こっちのことを話したのと引き替えに、聞いてもいいですか」
細山君が口を開いた。どうせ、ろくでもない質問を思い付いたんじゃないの。
「ええ、かまわないわ」
「昼間、怪我されたあと、自分がぼんやりしていたせいだって言われたそうで
すね。何に気を取られていたのか、よかったら……」
「よしなさいよ」
あたしは声を飛ばし、たしなめる。
だけど、気遣いは無用だったらしく、岡田さんは答え始めた。
「別に隠すようなことじゃないから、話すわね。簡単にだけど。……失恋旅行
みたいなものよ」
一瞬、静かになる。
でも、納得できたわ。失恋旅行なら、一人旅でも不思議じゃない。ぼんやり
するのも、うなずける。
「……やっぱり、学生よりシビアなんだ」
真子が沈黙を破った。どことなくおかしいその口調が、雰囲気を和らげる。
「あら、そうかしら? 最近じゃ、学生も凄いことやってんじゃないの。もう、
ぐっちゃぐちゃの」
岡田さんの冗談まじりの反論に、笑いが起こった。
「それじゃ、そろそろ、私は部屋に帰るから」
岡田さんは立ち上がると、出口の方へ歩き始めた。怪我した上に慣れぬスニ
ーカーのせいか、ぺたぺたという足音がする。
「あ、はい。また退屈になったら、遠慮しないで声をかけてください」
旅先でちょっと親切な行いをすると、ずっと後にまで尾を引く。そんなこと
を痛感した。悪いことじゃないんだけど、どうも、調子が狂う。
タイミングが悪かったのか、流次郎の姿は、食堂にはなかった。
「部屋を訪ねるのは、さすがに嫌だな」
と思う。押し掛けるようなことだけはしたくないし、休まれてるときなんか
だとばつが悪い。
「無理にこちらから探すまでは、しなくていいでしょ」
達観したようなミエ。
「スキーに来たんだから、そのついでに会えたらいい。そのぐらいの気持ちで
いればいいんじゃないの」
「そうしますか」
肩をすくめてみせてから、あたしは手持のカードを見た。
今、カードゲームをやっていて、面白い。面白いんだけど、ルールがよくの
みこめないまま、とにかくやってみようということで始めたから、どんな戦略
を採ればいいのか、はっきりしない。途中までいくら有利であるように思えて
も、最後にどうなるか分からないこの不安感。
そもそも、こういうカードゲームって、あたし達みたいな年になると、旅行
先でしかやらないのよね。実際、どういう使われ方をしているんだろう? 結
構、気になる。
最終的な勝者は剣持、二番がミエになった。カードゲームを持って来た剣持
はともかく、ミエの強さはおかしいぐらい。戦略が物を言うゲームでは、この
二人はうまくて強い。あたしはたいてい三番目になってしまう。
ところが、運が大きな要素を占めるゲーム−−トランプで言えばババ抜きな
んかね−−になると、様相はがらりと一変。運のいいのはここにもいて、きよ
ちゃんと真子がその双璧。調子づかせると、手に負えない。今もUNOをやっ
てみたら、一抜け二抜けは、ほとんどがこの二人。
「これはかなわんわ」
ほとんど負け続けの細山君が、カードを放り出す。
「今回はつきがなかったのよ。次は勝つかもよ」
ご機嫌のきよちゃんは、笑いながら言った。真子もご同様。
「推理小説だと、凄く運のいい犯人て出てくるじゃない」
自分もおりたという風情で、ミエが始めた。あたしもその話に乗る。
「うんうん、読んでいて、腹が立つぐらいのこともある」
「こんな幸運な人間、いる訳ないわよって思うんだけど……。こうして目の前
で運のよさを見せられると、あながち否定ばかりしてられないのかもね」
「ゲームと犯罪を一緒にしたって、しょうがないでしょう」
本山がぼそぼそとつぶやいた。
「剣持、カード手品を見せてほしいな。得意だって聞いたけど、僕はまだ見た
ことがないから」
細山君が、話をそらすかのように言った。もっとも、剣持のマジックの腕は
相当なもの、一見の価値ありよ。
急に言われては種を仕掛ける暇がないだろうと思っていたけど、どうしてど
うして、大したもの。さすがに、あたし達にとったら一度見たことのあるのが
多かったけど、細山君やきよちゃんにはアピールできた。最後は、その二人に
一つずつカードの山を与え、そこから各自一枚を抜き取ってもらい、それを当
てるというマジック。これも見事に決まり、拍手喝采……と言っても小人数だ
からぱちぱちと。
「こんなのと今までカードゲームしてたのか」
呆れ顔の細山君。ほとんどの人がこう言うのよ。誰しも考えることは同じっ
て訳ね。
「マジックでこれだけできたら、ミステリーを書くのも凄いんじゃないの」
きよちゃんは、もう忘れている。
「彼は、まだ書いたことないのよ」
「あ、そうだった」
「この前、部誌の『ルーペ』に書いたように、アイディアはできたんですが」
剣持は、髪をかき上げながら言った。自信があるのかないのか、分からん。
「そう言えば……どんなの?」
本山が聞いた。トリック収集に興味を持っているのだ。
みんなを見渡して、剣持は答えた。
「一応、密室……と言うか、足跡なき殺人になるのかな。ちょうど、ここみた
いに、雪が降る土地で、朝日に輝く一面の銀世界。ぽつんと建つ離れには誰の
足跡も続いていない。それなのにそこに他殺体が……っていう、お馴染みの設
定です」
「ロープとかは使うの?」
あたしも興味が出てきた。物理的・機械的なのか、それとも……。
「いえ。心理的な錯覚による雪の密室ですね。もちろん、密室なのに明らかに
他殺である理由もあります」
聞いていると傑作の予感がする。だが、トリックだけで推理小説は書けない
のが難しいところなのよね。まずは出来上がりを楽しみにしておこう。
ふと、テレビが天気予報をやっているのに気付いた。いつも見慣れているの
とは違う、この地方の地図が映し出される。
「明日から徐々に天気が崩れる、ですって」
恨めしそうな言い方をしたのはミエ。下手するとスキーができなくなるかも
しれないとなれば、空を恨みたくもなるわ。
<……明後日以降、ところによっては大雪の可能性も……>
とんでもないことを、お天気キャスターは淡々と言ってくれていた。
明けて二日目。カーテンを開けると、窓からまぶしい光が差し込んでくる。
空模様、今日はまだ大丈夫そう。と言っても、こういう土地の天気は変わり易
いってことだから、安心できないんだけど。
「今日の内に、思いっ切り滑っておかなくちゃ」
ミエはやる気満々。滑らないと損だとばかり、さっさと仕度している。
あたしも同じ。と言うのも、今日は細山君と二人きりにしてもらう約束だか
ら。こんな人の多いスキー場で形だけ二人きりになったところで、仲が一気に
進展するとも思ってないけど、ほんのちょっぴり、髪の毛の先ほど期待。
準備を終えて、ロビーで全員が揃うのを待っていると、また間が悪い。流次
郎が姿を見せたのだ。今度もサングラスをかけている。
今、話しかけておかないと、もうチャンスはないかもしれない。あたし達と
同じように、明日もここに宿泊するとは限らない。
そんな思いが浮かぶ。隣にいる細山君を、ちらりと見る。彼にも約束は伝わ
っているのだけど、曖昧なもの。うっちゃらかしても、気にしないに違いない。
と思うことにしよう。
だけどなぁ、あたし自身、惜しく感じる気持ちが残るのよね。
ま、いいや。一日中、私立探偵にかかりっきりになることもない。終わって
から、細山君につき合ってもらえばいい。
そう踏ん切りをつけて、それでも細山君の横顔をちらっと見やりながら、あ
たしは一歩、踏み出した。
丸い柱にもたれ掛かり、何ごとか待っている様子の流次郎に近付き、その顔
を斜め前から見上げた。
「あの、失礼ですが、探偵の流次郎さんじゃないでしょうか」
さすがに緊張。声が震えている気がする。
「……そうですが」
少しだけ戸惑った色を覗かせ、相手はうなずいた。
「お嬢さんは?」
「ええっと」
しまった。言うことを全く考えていない自分に気が付く。
「あの、あたしの友達が、少し前に事件に巻き込まれて、それを救っていただ
いたらしいんです、流さんに」
「事件ね。どんな事件だね? それにその友達の名前は?」
「牧村香代といいます。彼女、『セブンワンダーズ』っていうミステリマニア
の会に入っていて、その会が持っている島で殺人事件が……。そうだわ、『不
思議荘殺人事件』として平野年男さんが発表された、あれです」
「ふむ」
額に手をやる流さん。記憶を手繰っているのだろう。
「あの事件か。たくさんの依頼を手がけてきたから、忘れかけていたけど、ど
うにか思い出したよ」
「それで、香代のことを助けてもらって、いつかお礼を言いたいなと思ってい
ました。それに、お話も聞いてみたくて」
何だか、今のあたし、とっても早口。思い付くことを、考えもせずに次々と
口に乗せている感じ。緊張、そして興奮している。
「ふーん」
と、流さんはサングラス奥の目でこちらを見つめてきた、ように思う。実際
には瞳はほとんど見えないのよ。
「想像するに、単に友達を助けてもらったという以上に、僕に興味を持ってい
るみたいだね」
さすが名探偵と言うべきか、こちらの心の内は簡単に見透かされてしまった。
ここはもう、正直に言おう。
「あ、当たってます。あたし、大学で推理小説研究会に入っていて、そのせい
で、興味あるんです」
「なるほど、それで……。あちらにいるのは、お仲間だね?」
流さんは、ほとんど集まった推理研のメンバーのかたまりを指さした。
「そうです」
「君のことを見ている。斬り込み役って訳かな、君は」
「え、まあ、そんなところかもしれません。それで、お邪魔でなかったら、色
色とお話を聞かせていただきたいんですが」
「そうだね」
腕時計を見る流さん。
「今はちょっと用があってね。昼からなら、何とかなると思うよ。それでもい
いかな?」
「もちろん。都合はいくらでもつきますから」
嘘ばっかり。細山君、ごめん!
「お昼はここの食堂で? じゃ、そのとき、顔を見せるよ。えっと、君の名前、
聞いておこうかな」
「香田利磨です。香る田圃に、利益の利、『ま』は『磨く』です」
「ちょっと待った……。これでいいのかい?」
流さんは手帳に文字を書いて、あたしに見せてきた。合っている。
「じゃあ、香田さん、お昼に。そのときまで、存分に滑るといいよ」
「はい」
あたしは頭を深く下げた。また上げると同時に、みんなのところに飛んで引
き返した。流さんから見える位置では恥ずかしいので、場所を移動する。
「いきなり歩き出すから、何かと思ったら」
ミエは呆れ顔だ。
「唐突に実行に移すなんて、信じられない行動力ね。感心するわ」
「どういたしまして」
ようやくどきどきも治まって、いつもの調子に戻れたかな。
「それで、首尾は?」
あたしは説明をした。そしてお願い。昼から会うから、できるだけ協力のほ
どを!−−ってね。
「いいの?」
こそこそ、耳打ちするように話しかけてきたのはきよちゃん。
「何が?」
「細山君のことだよ。忘れた訳じゃないでしょう?」
−−続く