#2980/5495 長編
★タイトル (AZA ) 95/ 3/19 8:54 (200)
出会い 1 永山&平野年男
★内容
流次郎は、相手の様子を窺っていた。
「いかがでしょう」
相手が調査結果にだいたい目を通すのを待って、流は聞いた。
「失礼だが、中身は確かなんでしょうね?」
相手の男は、上目遣いにこちらを見やってきた。
「保証します。何でしたら、今、ここから電話でもされるといい」
「いや……信用します。最終的な費用は、この間の口座でよろしいんですね」
「お願いします」
「本当に、よく調べてくれましたねえ。感謝してますよ。ところで、流さん」
口調を改める依頼者。
「これだけ働いたら、休みぐらい取るんでしょうね」
「まあ、そのつもりです」
「具体的には、どんな風に……。余計なお世話かもしれませんが、うちでいい
プランを提示させていただく用意があるんですがね」
こんな場所にも関わらず、依頼人は営業を始めてしまった。彼は旅行代理店
に勤務していると聞いている。
「弱ったな。まあ、季節が季節ですから、スキーでもと思ってます。こちらの
平野君の都合次第なんですよ」
流は、後ろにいた私・平野年男の方を親指で示した。
「スキーですか。いいのを持って来ますよ。どうです?」
「それなら、お任せしてみましょうかね。いいかな、平野君?」
「別にこだわらないよ。どこでもいいんだ、気分転換できれば」
正直なところを、私は言った。
「分かりました」
依頼者はにこにこしていた。
「今後も、いい付き合いをさせてもらいますよ」
* *
スキー場、ゲレンデは見渡す限りの白−−なんて表現は、とてもできない。
色とりどりのスキーウェアを着込んだ人、人、人……。まあ、滑るぐらいはで
きそうだけれど。
あたしは、深くため息をついた。
そのとき、急に、滑ってくる音が耳に入る。振り返る間もなく、背後に近付
いてきた音は、ざざっと急変し、停止。
「さっきのを見てたけど、結構、うまいんだな、リマ」
横に止まったのは、細山猛君だった。たとえミラーグラスのゴーグルをして
いても、すらっとした体格からすぐに分かる。
彼を呼ぶときは、昔からの慣れで、「君」と付けてしまう。同じ年齢だし、
向こうは「リマ」って呼び捨てなんだから、こっちも「タケル」とでも呼べば
いいんだけど、何だかそうできない。こーんなに、仲良くしてるのに……。
それはおいといて、ゴーグルが決まっていて、普段の二割り増し、男前に見
えるわよ。そう言ってあげると、
「何だ、そりゃ」
とか言いながら、嬉しそうに口元を緩めてる。
「よく見つけられたわね。こんなに人が多いのに」
「帽子からはみ出てる、そのおだんごだよ。便利な目印だ」
言われたように、あたしの髪はいわゆるおだんご髪。たまに、気分を変えた
くなったら違う髪型にするけど、結局はこれに落ち着く。要するに気に入って
るのね。
「みんなは?」
「ああ、向こうでひとかたまりになってる。じゃれあってて遅いもんだから、
先に滑ってきた訳」
ストックを軽く持ち上げ、方向を示す細山君。
「玉置さんが上手なんだな。知らなかった」
「ミエは親戚が北海道にいて、よく遊びに行っているのよ。スキーはそこで仕
込まれたって」
「なるほど、本場仕込みか」
スキーの本場が北海道というのは、あまりに狭い範囲での話だと思った。け
ど、ある程度の真実を含んでもいるから、そのまま聞き流す。もちろん、こん
なことを言える細山君もスキーはなかなかの腕前。陸上をやってて脚力がある
からかしら。
「あとは、あの剣持っていう二回生がそこそこやれるぐらいで、大変だったぞ」
その様を想像して、くすりと笑えた。あたしも少し見たが、さぞかし、大変
だったろう。
「で、こっちはどうなんだ?」
「ご覧の通り、どこもいっぱい」
あたしは首を軽く曲げて、そこを示した。ゲレンデのことではなく、食堂の
話。空いているかどうか、見て来てと頼まれ、偵察隊よろしく、一人で出発し
たの。で、みんなが揃ってお昼を取るのは、とても無理だと判断。みんなが来
るのを待っていたら、先に一人、細山君が滑って来たのだ。
「明日からは、ロッジの方で用意してくれるんだけどね」
「今日の昼の分も、予約しとけばよかったかもな」
後悔しているところへ、ようやく他のみんなの姿が目に入った。
どうにかこうにか食事を済ませ、再びゲレンデへ。人はますます増えている。
自分も人混みを形成する一人なんだから、文句を言っても始まらない。けど、
スキー場って看板を掲げるからには、ちゃんと滑るスペースだけは確保せよっ。
苦心して費用を貯め、楽しみに来てるんだから。
「足の痛みが引かないー」
と、弱音を吐いているのは木原真子、二回生。弱音なんて言ったらかわいそ
うかな。何度目かのスキーのはずだけど、身体がなかなか慣れないようね。そ
れを差し引いても、決して誉められた腕じゃないけど。ただ、この子は比較的
色黒で、いかにもスキーができそうだから、困りもの。
「お昼の休憩を挟んだのに引かないのなら、ちゃんと休んだ方がいいわよ」
ミエ−−玉置三枝子が言った。気遣っているみたいだけど、口調は厳しい。
ロングヘアで後ろ姿は美人に見え、前に回っても男をがっかりさせない容貌の
持ち主。頭もよくて、常に冷静。その彼女が、ちょっといらいらしている。
あたし達推理研の副部長であるミエは、部長の奥原さんのいない今回のスキ
ー旅行では責任者格。だから、いつもよりぴりぴりしているように見える。幹
事は別にいるのだけど、頼られがちな性格と相まって、初日から気苦労が多い。
なお、部長は四回生で、あたし達とは別口で卒業旅行がある。そのため、今
回は欠席なのだ。
「一人で戻れるかい?」
真子に声をかけたのは、幹事の剣持絹夫。二回生三人の中では一番しっかり
していると、あたしは見ている。某タレントを思い起こさせる、切れ長の目が
印象的。知らない人は、彼をミステリー好きとは考えもしないだろうな。
「どうにか、ね」
真子は板を外すと、それをもう少しで引きずりそうになりながら、ゆっくり
と歩き出した。
「何だか危なっかしいな。やっぱり、お供してやるよ」
「じゃ、じゃあ、板を持って」
遠慮のない真子は、スキー板を放り出した。すっかり、わがままっ子状態ね。
しょうがないなあ。
かいがいしくも剣持が付き添って行くのを見送って、一息。
「本山、おまえは何ともないのか? 午前中、だいぶ派手に転んでいたみたい
だが」
細山君が残る二回生に聞いた。ちなみに細山君は、推理研のメンバーでない。
あたしやミエと知り合いだからという理由で、参加してもらったの。と言うの
も、元バスケットボール部で現推理研の高野里美君が膝の調子がよくないとい
うことで、キャンセルしたいって言い出したから。細山君にはその穴埋め役に
なってもらった訳。
「別に何とも。身体は頑丈な方です」
比較的小柄な本山永矢は、見た目は頑丈そうでない。でも、実際、何ともな
さそう。ボーゲンばっかりで、よその人とよくぶつかる滑り方だから、頑丈で
ないとできないのかも。身体も精神もね。
「きよちゃんは?」
ついでってつもりでもないんだけど、あたしは聞いた。きよちゃんこと船越
喜与美は、あたしやミエと高校のときから一緒。推理研には入っていないんだ
けれども、よく一緒に行動する。おっとりした性格と大きな胸のせいか、運動
はあまり得意でない。
「全然、平気!」
笑顔で返事が来た。
「転んでも転んでも、楽しそうにやってるよね」
「これでも、前よりは滑れるようになったんだから。でも、もっとうまくなり
たいな。ということで、休んでる暇はないのダ」
そう言って滑り始めようとするきよちゃん。が、言ったそばから、すてん。
しりもちをついてしまった。
以上、合わせて七名。小人数ながら、にぎやかに三日間をすごすつもり。
さあ、滑ろうとしたところへ、新たな転倒者。しかも、今度は全然知らない
女の人。どうリアクションしていいのか、困ってしまう。何故か、この人、一
人で滑っていたみたい。
「ごめんなさい。邪魔しちゃって」
小さな声で、その人が言った。紫色のゴーグルで表情は見えないけど、やっ
ぱり、恥ずかしいに違いないわよね。
「あ、別に」
と、短く答えておく。
しかし、その女の人はなかなか立ち上がらない。腰を落としたまま、左すね
の辺りを押さえている。本当はもっと下の方が痛いように見受けられる。
「だ、大丈夫ですか」
見かねたように、きよちゃんが声をかけた。似たようなことを経験している
から、痛さも分かるのかな。
「ええ」
女の人は立ち上がろうとした。けど、
「つっ」
と言ったきり、うずくまるようにしてしまう。
「捻挫みたいね」
厄介なことになったわって感じで、ミエが言った。ため息も白くなる。
「歩けませんか?」
「そう……みたいだわ」
「救急の人を呼びます。いいですよね?」
「……はい。お願いします」
あきらめたように、女の人は承知する。
呼びに走ったのは細山君。
「知り合いの方は? いましたら、そちらにも知らせておかないと」
女の人の上半身を支えるようにしながら、ミエが聞いた。あたしときよちゃ
んは、女の人のスキー板を外しにかかる。
「は、はあ……ちょっと、訳があって、一人で」
「それじゃあ、いいですね。泊まりですか? 宿は?」
「『レオン』っていうところです」
何だ、あたし達と同じだ。それならさほど慌てて連絡しなくてもいい。
そこへレスキュー到着。「痛みますか」とか「左の足だけですか」とか聞い
てから、最終的に医務室に運ぶことになった。成り行き上、あたし達もそちら
へ向かう。
「これなら、最初から運べばよかったですね」
何にもしていなかった本山が、ぼそりと言った。
「それもそうだ」
と調子に乗るのは、細山君。
「結構、美人みたいだしな。背負ったら−−」
「馬鹿を言ってないで、歩いた歩いた!」
あたしは、彼の背中を蹴飛ばす真似をしてやった。
一応、「交通事故」だ。治療費のことでややこしくならないよう、責任をは
っきりさせるため、事故当時の事情を聞かれたけれど、こちらに責任はないこ
とで片が付いた。あっさりと決まったのには、理由がある。本人が、自分がぼ
やっとしていたのだと認めたらしい。
そのまま引き返すのも何だったから、顔ぐらい見せておこう。と、医務室に
向かった。
「ありがとうございました」
あたし達の顔を見るなり、女の人は頭を下げてきた。ゲレンデでは気付かな
かったけれど、かなり背の高い人。立ち上がってくれなきゃ正確なところは分
からないけど。
当然、ゴーグルは外している。うん、確かにきれいな部類に入るわね。化粧
っ気がないけど、あたし達より年上なのは間違いないみたい。
それはともかく、元気そうで、今はベッドに腰かけている格好だ。問題の左
の足首には、白い包帯が巻かれている。その下に、湿布してあるのだろう。
「そう言われるほどでは……。あの、具合はいいんですか」
聞き役はミエ。
「ええ。こんな大げさにしているけど、もう痛みはだいぶ治まってるの。折れ
てはいなくて、ただの捻挫。多分、夜になったら歩くぐらいはできるようにな
るって」
「そうですか。それから、差し出がましいかもしれませんけど、ロッジに知ら
せることとか、ロッジの方から持ってくる物、ありますか? 私達、同じロッ
ジなんです」
ミエは、こうなったら最後までつき合うつもりらしい。つまるところ、世話
好きなのだ。
「そうでしたの。でも、そこまでご迷惑はかけられません。本当に、申し訳な
いわ。学生さんなんでしょう?」
−−続く