AWC 彼女は彼女 7  永山智也


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#2979/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/ 2/21   8:34  (190)
彼女は彼女 7  永山智也
★内容                                         22/04/20 21:39 修正 第2版
「詳しくと言っても、難しいんですけど……。新知高士という人の家が燃えて、
新知さんが亡くなったんです。警察や消防署の話では、新知さんが眠り込んで
しまったあと、煙草の燃えさしがカーテンに引火し、家を全焼したってことで
したわ」
「その火事に、どんな関わりがあるんです、あなたは?」
「死んだ新知さん、会社での上司なんです」
「ああ」
 なるほどとうなずき、相手を促す探偵。
「それで、どんなご用件でしょう? その火事について、何かご不審な点でも」
「そうなんです。警察が下した判断を、全面的には信じられないんです」
「根拠がおありですか? その、判断を疑う理由と言うか……」
「それは……ないんです。でも、そうでも思わないと、私の方がどうにかなり
そうなんです!」
 唐突に声が高くなる依頼人。
 探偵は、どうしたのかと身を乗り出してしまった。
「……あなたが?」
「はい。お笑いになるかもしれませんが、私、自分が不幸を呼ぶ女なんじゃな
いかって、思えてしょうがないんです」
「不幸を呼ぶ女、ですと?」
 思いもよらない単語に、探偵は口調をおかしくしてしまった。
「ええ。勝手に自分で言っているんですけれど」
「どうしてそんな……」
「昔、おつき合いしていたしていた男性の多くが、何らかの嫌がらせを受け、
中には亡くなってしまった方までいるんです。最初は気味の悪い偶然だとも考
えましたが、その内、ひょっとしたら、私の方に原因があるんじゃないかと思
い始めて」
 思い詰めた表情の高見。
 その様子があまりにも根に詰めているように見えたので、探偵は本気で取り
組むことを決心した。
「つまり、あなたが持っている『運』みたいなものが、近寄ってくる男性達を
不幸にするんじゃないか。こういう意味ですか?」
「そうです。三人目なんです、亡くなってしまったのは。それで一層、その思
いが強くなったんですけど……。他の考え方もできるんだってことに、気が付
いて、それでこうして伺わせてもらったんです」
「他の考え方とは?」
「誰かが、私が幸せになることを妨げているんじゃないかという考え方です。
誰だか分かりませんが、ある人物が、私に恋人を作らせまいとして、邪魔をし
ている。ときにはエスカレートして死に至らせることさえあった……」
「ははあん」
 さっき、真剣に取り組む決心をしたばかりであったが、探偵はその決心が揺
らいでいた。どうも、この高見という女性、思い込みが激しいだけじゃないの
か。そう感じられてならない。
 それでも念のため、質問を重ねることにする。
「あなたの言うような人物、具体的に思い当たりますか?」
「いえ、それは……。昔、つき合って、別れた人はみんな、何らかの形で嫌が
らせを受けているんです。ですから、その人の内の誰かがってこともないでし
ょうし」
 高見は分からないという風に、首を左右に何度も振る。
 探偵の方も困ってしまった。しょうがない、一つ々々、あたってみるか。
「それじゃあ、これまでにあなたがつき合ってきた男性について、お聞かせ願
いましょうか。特にそうですな、亡くなった方について詳しく」
「分かりました。最初は……高校生のときでした」
「高校生の頃から? と言うと、えっと、この依頼書によると現在二十五です
か、高見さんは。七、八年も前からそんなことがあったんですか?」
「はい。いえ、正確には九年前になります。高校一年のときのことでしたから。
それで、そのときクラスメートだった飯島君……飯島健治という人とつき合っ
ていました。もちろん、普通の高校生としての範囲で、ですけれど」
 高見は−−高見香苗は少し恥ずかしそうに言った。
 探偵も、それなりに理解できた。
「その飯島健治さんは亡くなるまで、何らかの嫌がらせを受けていたんでしょ
うか?」
「その通りです。私が聞いただけでも、家への投石、自転車のタイヤをパンク
させる、郵便受けに火の着いた紙片を投げ込むというような嫌がらせを受けて
いました。それも、執拗に」
「ふん……。亡くなったときの状況はいかがでした?」
「夜遅く、電話で呼び出されたそうなんです。それで自転車に乗って出て行っ
て……。一応、警察の発表では川沿いの道を通ったとき、運転を誤って川に転
落し、溺れたということになっています」
「一応と言いますと?」
「飯島君を電話で呼び出したのが誰なのか不明のままだったこと、彼の自転車
はちゃんとライトが点灯する状態だったこと等の理由で、不審な点が残ったの
も事実なんです」
「あえて言い切ってしまえば、その飯島君電話で呼び出した誰かが、飯島君を
自転車ごと川に突き落としたと」
「そういうことです」
「……なるほど」
 言うべき言葉が見つからなかったので、そううなずいた探偵。
「では、もう一つの事故というか事件について、お聞きしましょう」
「今度は大学二年のときでした。私、大学合格が決まった頃から、パソコン通
信を始めたんです。あの、ご存知でしょうか?」
「ああ、パソコン通信について? それなりには。パソコン等を電話回線を通
じて互いに結んでコミュニケーションを図るといった程度は知ってます」
「それだけ知っていらしたら……。とにかく、お互い、顔が見えないんです。
それだから、パソコン通信では気が合ったのに実際に顔を会わせてみると今一
つしっくりしないなんてこともあるんですが、亥龍寺さんとの場合は違いまし
た」
「いりゅーじ?」
 探偵が聞き返すと、高見は手近の紙に「亥龍寺音」と書いた。
「もちろん、本名ではありません。諸井祐一さんと言います。私も本名の高見
香苗ではなく、ひろみという名前を使っていました。
 亥龍寺さんとは一度、実際にお会いしただけですぐに意気投合して……。い
え、そう言うよりも、互いに一目惚れをしたようなんですね。彼は大阪の人で
したから、いわゆる遠距離恋愛になったんですけど、苦ではありませんでした」
 高見が思い出話の方向に走っているので、探偵は口を挟むことにした。
「細かい事情はともかく、亡くなったときの」
「あ、そうでした。クリスマスのことでした。前日からこちらに来ていた亥龍
寺さんは、私の都合もあって、夕食を終えた時点でその場で別れました。いつ
もなら駅まで見送るんですけど、今となってはそれが間違いだったんです。亥
龍寺さん、駅のプラットフォームから転落して、入ってきた電車に」
「事故だと?」
「最終的にはそう結論されました。ですが、その様子を直接見ていた人がいな
かったんです。誰かが亥龍寺さんを突き落としたのではと疑う余地はあります。
違いますか?」
 強要するかのような目を探偵に向けてくる高見。
「亥龍寺さんは何か嫌がらせは受けていなかったんですか?」
「それは……そうです。亥龍寺さんに限って言えば、嫌がらせはなかったんで
した」
「……亡くなったのは、そのお二人と今度の新知さんだけですね?」
「はい」
「……意外と簡単に分かるかもしれない。もし、あなたが言うような、あなた
を幸せにしたくない人物が実在するとしたら」
「どうやったら分かるんですか?」
「共通する人物を考えてください。あなたが飯島健治君とつき合っていたことを知って
いた人物、同じく亥龍寺音こと諸井祐一さんとつき合っていたことを知っていた人物、
そして新知高士氏とつき合っていたことも知っていた人物」
「……新知さんとのことは、ある程度は、職場の同僚に知られていました。亥
龍寺さんとのことは、パソコン通信で知り合った方三人ほどが知っていただけ
のはずです。飯島君とのことは……記憶が曖昧なんですけど、別に隠してなか
ったから、クラスのほとんどみんなが知っていたかも」
「亥龍寺さんとのことが、一番、知られていない訳だ。その三人の中で、新知
さんや飯島君とのことを知り得た人がいますかね?」
「あの、ちょっと待ってください。亥龍寺さんとのことを知っている三人の方
は皆さん、アリバイがあるんです。亥龍寺さんが亡くなった夜、一緒にいたと
いうアリバイが」
「そうでしたか」
 思わぬ話に探偵は焦りを覚えた。
「それじゃあ、この方法では見つけられないか……。もう一度、伺います。よ
うく思い出してくださいよ、亥龍寺さんとのことを知っていた人は他にはいま
せんか?」
「もちろん、亡くなってから、パソコン通信で明かしましたけど、それは関係
ないはずでしょう」
「そういうのではなく、例えば家族に話したとか、身近の友人に打ち明けたと
か」
「……あの、思い出しました。おじに話したんです。千田正太郎っていうんで
すけど」
「おじさんですか」
 その人物が諸々のことを知っていても、動機がなさそうだ、せめて父親なら
ありそうだが、と探偵は判断しかけた。
 だが、次の高見の言葉で、それはひっくり返される。
「おじは私と年齢が近くて、高校の頃はおにいちゃんと呼んでいたんです」
「おにいちゃん?」
「そうです。私が高校のときは一緒に暮らしていましたから、たいていのこと
は相談できる人でした。大学生になったらさすがにお兄ちゃんではまずいかと
思って、おじさんと呼んでました。そうしたら、千田さんがすねてしまって、
最近では本名の千田さんで呼んでいるんです」
「あなたがどう呼んでいるかはともかくとして……つまり、高校のとき、飯島
君とのことも話したと」
「そう言えば……。ええ、確かに話した覚えがあります」
「新知氏との関係はどうでしょう?」
「……知っていましたわ、千田さん」
 依頼者の顔色が変わっていく。
 その様子を鑑みて、探偵はこう前置きをした。
「高見さん、これはあくまでも可能性であり、私の想像に過ぎません。少なく
とも現段階では」
「……」
「あなたがつき合った男性三人全員について、知り得る機会を持っていたのは
あなたのおじである千田さん唯一人です。他にはいませんね。また、三人を殺
した動機があなたを幸せにしたくない、もっと掘り下げると、あなたを自分の
物だと思っている男が自分の欲望を満たすためにやったことだとすれば……。
千田正太郎氏こそ、三人を殺した犯人足り得る資格があります」
「……信じられ」
「無理に信じなくてもいいです」
 相手の言葉を遮り、探偵は早口で言った。
「今話したことは、私の勝手な想像です。この推測をあなたがどう受け取り、
どうしようと私の知ったことじゃあない」
「……」
「私が知りたいのは、あなたが望む解決がこれでいいのか。つまり、私の働き
に報酬を与えてくれるかってことです」
 重苦しくなった雰囲気を打ち消すために、探偵は軽薄な調子に転じ、依頼者
の表情を窺った。
「……分かりました。ありがとうございました」


         再び0

「大丈夫なんだから」
 気持ちを声に出してから、高見香苗は横たわる男−−千田正太郎を見つめた。
(まさか、千田さんが日記を付けていたなんて。あの日記を見なければ、私は
疑惑を抱いていただけで終わっていたかもしれなかったのに)
 高見は、千田の彼女に対する狂的なまでにくらく燃え上がった感情と、高見
がかつてつき合っていた三人の男に対する嫉妬を書き綴った日記の内容を思い
出し、一種の喪失感を覚えた。このままでは自分をなくしてしまいそうだ。
 再度、高見は強くかぶりを振り、気をしっかりさせた。
 そして、ライターの火をカーテンの端に近付ける。

                −−終


(1994年 オール讀物推理新人賞落選作<一次予選通過>)
 ↑ここに書かないと、時間が経ったら、落選見本だと分からなくなるので。





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