AWC ダルガの心臓(14)       青木無常


        
#2956/5495 長編
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ダルガの心臓(14)       青木無常
★内容
うが、せめてやわらかいところに横になりたいもんだね。どっかいいところないか?」
 尚美も景清も、あきれたような顔をしてみせた。
「度胸があるんだか、鈍感なんだか。これを見てよくもまあ、あくびなんかしてられ
るものね」
「バカぬかせってのに」むにゅむにゅと口をうごめかせつつ、おれはひとりごとのよ
うに云った。「おれほどの憶病者、めずらしいんだぜ」
「こっちよ」
 たわ言にはとりあえない、といった雰囲気で尚美はくるりと背をむけ、惨劇の場を
 ふりかえらず、おれは大あくびをくりかえしながらふところをまさぐった。

 奇妙な、虫のような声が、ときどきリズムをとぎらせながらチーチーと鳴いている
のを耳にしていた。
 尚美、景清、鏑丸の三人はそれぞれ、どこへ何をしにいったのかはしらないが近く
にはいない。
 おれは気が狂いそうなほど長い間、寝息を立てながら耳をそばだてていた。が、そ
ろそろいいだろう、と思いつつ、胸のわきをぼりぼりかきながら半身を起こした。
 ごていねいにいいわけをそえつつ、寝ぼけまなこを装って周囲を見まわす。
 洞窟入口に人かげは見あたらず、かたわらには例の桃をしぼったジュースの入った
水筒がひとつ、おかれていた。喉がかわいたときのためにでも、残していってくれた
のかもしれない。やつら強引だが、なかなか気のつくところもある。
 フン、バカどもめが、とつぶやきながら蓋をとって一口ふくみ、ふたたび蓋をきつ
くしめ直すと、そのまま水筒を手にして立ちあがった。
 はー小便小便と呑気な口調でつぶやきながらよろよろと洞窟を出、惨劇のあった小
道に行きかけてから方向を転じ、ぐるり三百六十度を眺めわたしてから滝へとむかう
茂みに踏みこんだ。
 身をくぐめ、極力草をならさないようにしながら走った。
 ヨモツヒラサカにむけて。
 べつに囚われのお姫さまを救いにかけつけるわけじゃない。だいいち、お姫さまに
しちゃ小春は品がなさすぎる。断じてあいつはそんなタマじゃねえ。断じて。
 ただ、騎士を気どるには、おれは憶病すぎるのだ。
 ――ソマリアで人びとが飢えて死のうが、サラエボで少女が銃火にさらされようが、
おれの胸にはなんの痛痒もうかばない。おれとは無関係などこかで、おれの見知らぬ
だれかが気の毒な目にあっているという、それだけのことでしかない。
 世界を救う英雄になろうとは思わないし、いうまでもなくこのおれに世界を救うな
どというマネができるはずもないのだ。
 だが――このおれとかかわっちまっただれかが、このおれの目の前で死の顎にのみ
こまれていくのを看過できるほどの勇気など、残念だがおれはもちあわせちゃいない。
 難破した船の二人の生き残りのひとりがおれで、一人だけがかろうじて浮かぶこと
のできる板きれがそこにただよってきたとしたら、おれはたぶん、その板きれの所有
権を相手にゆずって溺れる方を選ぶだろう。
 べつに英雄的行為に酔いたいからじゃない。
 その方が、相手を蹴落としムリヤリ生き延びる後味の悪さよりは、気が楽だからだ。
 おれは騎士じゃない。
 みずからの行動にそうやって理屈をつけながら、おれは滝の裏側の道をさがした。
 すぐに見つかった。
「よし、いくか」
 己を鼓舞すべくひとりつぶやき、拳で手のひらをたたいた。
「どこへいくって?」
 からかうような声音が、背後から呼びかけた。
 思わず首をすくめていた。
 バツの悪い思いで、ふりかえる。
 尚美と鏑丸がそこにいた。
 尚美はさもおかしげにおれを見ている。
「なんでえ。いたのか」
「いちゃまずかったみたいね?」
 ちゃかすように尚美は云った。
 おおよ、となかばやけくそ気味にうなずいてみせ、
「景清はどうした? 見あたらねえな」
 つけ加えるようにして訊いた。
 尚美は笑いながら肩をすくめてみせる。
「景清は先行して、ヨモツヒラサカにむかったわ。あんたが地上にはむかわず黄泉を
めざすって読んだのは、鏑丸だけどね。それにしても、たかが見栄をはりたいためだ
けににひとりで行こうなんて考えるのは、あまりにもバカげてるわよ、峠達彦」
「うるせえ」とおれは、露骨に不機嫌な口調で云った。「見栄なんかのためじゃねえ
よ」
「なんでもいいわ」奇妙にさばさばとした口調で尚美は云った。「なんでもいいから、
とことんまでつきあわせてもらうわよ。いい?」
「いいもなにも」とおれは仏頂面で云った。「大歓迎だ」
 抱きつこうとするのをするりとかわして、とんと軽く背中をおされた。
 鏑丸の巨体に、抱きついちまった。

    12

 闇の王国は、その異名にふさわしく降下するにつれて暗黒につつまれていった。
 道は岩と岩の間をぬい、滝の裏を経、あるいは枯れかけた垂直の荒野を、あるいは
這って進む以外にない洞窟をぬけ、ただひたすらつづいていた。
 光の一片だに存在しない、文字どおりの暗黒の下をくぐりぬけなければならない時
もあったが、たいていの場合は天上にうごめく灰色の泥の空に、あるいは奇妙に貧弱
な枝の先に燐光を灯す、奇怪な発光植物に照らされて、かろうじて進むべき道をさし
示していた。
 が、やがて天上の泥の河は、漆黒の闇へととってかわった。
 あるいは、この異次元境に独特の夜がおとずれた、ということなのかもしれない。
 だがどちらかというとおれの印象からいえば、いよいよ地界の死者の国――黄泉へ
と近づいた証拠なのだというような気がしていた。
 けわしい難路も影をひそめ、いまでは暗黒の天の下、峻厳な断崖に左右をかこまれ
たゆるやかな下り坂が延々とつづいていくばかりだった。
 これがヨモツヒラサカか?
 そう思いつつ下りつづけたが、いっこうに篭女が現れる気配はない。
 尚美も鏑丸も、言葉すくなに黙々と降りつづけるだけだ。
 歩きづめの状況も手伝って、かなりうんざりしてきた。
 惰性だけで降りつづけたが、ほとほとイヤになって前をいく二人に声をかけ、道ば
たにすわりこんだ。
 桃の果汁入りの水筒をぐいとかたむける。
 そのまま、断崖に背をもたれさせて目を閉じた。
 どれくらいのあいだ、そうやって眠るでもなく目を閉じていたのかはわからない。
「起きなさい峠達彦!」
 警告より早く、気配を感じて目を開いた。
 眼前にあの、青白く輝く巨大な楕円が浮遊していた。
 ぎょっとして立ち上がった。
 が、楕円は、鳥が翼をはためかせるようにしてその両端をゆらめかせながら、声を
出す間もなくおれをつつみこんでいた。
 青白い冷光に囲まれるや、おれはふわりとうかびあがった。
 支えひとつない状態で頼りなく宙にうかんだまま、蒼白の光のむこうにおぼろに見
える景色がすううと、下方に流れていくのを目にした。
 鏑丸と尚美が、なすすべもない、といった体で立ちつくしている。尚美の方はなに
か叫んでいるらしいが、声はまるっきり聞こえやしない。
 どうやら本格的にさらわれちまったらしい。
 抵抗をこころみたが、どれだけ暴れまわろうと青白い空間にはなんの影響もおよぼ
さなかったようだ。
 おれはそのまま、断崖にはさまれた坂に沿うように運ばれ、やがて岩壁に開いた割
れ目のひとつへと吸いこまれていった。
 そこに、最初に仏像人間にさらわれたときと同じような、奇妙に寺院めいた建物を
見つけた。
 音もなくそこに吸いこまれ、床に放りだされた。
 UFOはおれを放りだすと、用はすんだとでもいわんばかりにふたたび、どこかへ
飛んでいってしまった。
 あわてて逃げだそうとしたが、燐光を切りとった四角い入口は軋みながら閉じる観
音式の扉によってさえぎられ、不気味な薄闇だけが残った。
「くそ」おれはわめいた。「出せ! 化物どもめが。いいかげんにしろまったく」
 扉を力まかせにたたきまくる。びくともしやがらねえ。
 ふてくされて腰をおろし、腕を組んだ。
 しばらくもしないうちに、仏像人間――不老不死の、イヒカどもが二人、現れた。
「野郎」
 とおれは凶悪な口調でわめきつつ、ふところの中に手をやった。
 ガス切れのジッポを握りしめ、化物どもをにらみつけた。
 闇の奥からたちあらわれた妖怪人間どもは、音もなく滑空しながらおれの眼前にま
「死ね、ボケ」
 わめきざま、ジッポを握りこんだ拳を片方のみぞおち目がけてブチこんだ。
 当たるより先に――青白い手が、いとも無造作に突き出した手首を握りしめていた。
 みしりと、骨が軋む音が聞こえたような気がした。
 あぐ、とうめいて膝をつきかかるが、宙にういた仏像人間は握りしめた手を離さな
かった。
 宙づりにされて苦鳴をあげるおれを、あいかわらず慈愛に満ちた目つきで眺めやり
つつ化物は、淡々と口にした。
「大いなる存在の、喪われた生命の欠片だ」
 と。
 くそ。
 おれは心中音高く舌打ちをしていた。
 尚美たちはいまのところどうにかごまかせているが、あのインド人どもやこの仏像
 もはや説明するまでもないだろう。この奇妙な旅に出る前に、もしかしたらこれが
“ダルガの心臓”なのかもしれん、と見当をつけた十五万円のガラクタをおれは、忍
野にむかうタクシーの車中でこっそりと、愛用のジッポの中に、綿をぬいてかわりに
詰めこんでおいたのだ。
 おかげで一度は篭女の探索をごまかすこともできた。が、ついに見つかっちまった
らしい。
「くそ。化物ども、離せコラ」
 とチンピラ調ですごんでみせても、むろんこの妖怪どもに通ずる道理はない。
 ぎりぎりと手首をしめつける力が徐々に強まった。
 このままじゃ危ェ。
 歯をくいしばり、力のぬけかけた足をムリヤリふんばって――化物の、退化した股
間目がけて思いきり足を蹴りあげた。
 このときの擬音は、ずぼ、だ。
 ただし、はっきりいって分が悪いのはおれの方だった。
 先のとがった革靴は、みごとにくわえこまれていたのだ。
 まるで戯画かなにかのような、デフォルメされた女性器に。
 くわえこんだ仏像人間は――いかなる種類の、恍惚も苦痛もその顔にはうかべては
いなかった。
 あいかわらず慈悲深く微笑んでいるばかりだ。
「くそ、てめえ女かよ」
 思わずつぶやいていた。
 退化したとはいえ、性器があるなら金玉もあるだろう、と単純に考えての攻撃だっ
たわけだが、敵の構造はさらに単純だったわけだ。
 虫の下腹部を思わせるグロテスクな女性器は、おれの靴をくわえこんだまま離さな
かった。こりゃ案外しまりがいいのかもしれねえ。
 という下品な感想はさておき、しかたがないのでおれは、靴をくわえさせたまま脱
いだ。くそ、高かったのによ。
 意地でも離すもんかと固く決心した拳は、しめられた手首から血流をとめられてい
まや青黒く変色しはじめていた。力がぬけていく。
 ゆるんだ手のひらから“心臓”入りライターが落下する――まさに寸前。
「無事? 峠達彦!」
 心強い叫びとともに、閉ざされた扉を蹴りあけてわが援軍が乱入してきた。
 答えを返す間もなく、疾風のような影が宙に舞い、軽々とおれの頭上をこえてスピ
ードの乗ったまわし蹴りを仏像人間の頬にたたきこんだ。
 一瞬ひきずられたが、すぐに万力のようなしめつけがゆるんだ。
 つかまれた右手をムリヤリひきぬき、危うくこぼれ落ちかかったジッポをすばやく
左手に握りかえた。
「この、靴かえせ」
 宙にうかびつつ、膨れあがりはじめた頬になおも微笑をきざみこんだ仏像人間にお
れは攻撃をしかけた。
 ダメージがあったのだろう。今度は蹴りあげた足首をつかまれるようなことはなか
った。
 嵩にかかって“心臓”を握りしめた左拳を、化物のやわらかそうな腹に思いきりブ
チこんだ。
 高潔な微笑が、瞬時にして裂けた。
 まばゆい閃光とともにおれの拳は、昆虫じみた妖怪の腹を引き裂き、メスの仏像人
間は耳をおおいたくなるような陰惨な絶叫を放ちながら後方にむけてすっ飛んだ。
 異様な臭気をはなつ内部器官をぶちまけながら妖怪は苦鳴をあげつつ床にたたきつ
けられた。
「へ、ざまみろ」
 勝ちほこりつつ、左拳をさしあげた。
 尚美が驚愕と――そして尊敬のまなざしで、おれのことを呆然と眺めやっている。
うう、気持ちいいぜ。
 鏑丸を相手にしていた残った一体が、そんなもう一方の情勢を見てか、ふいに、く
るりとおれたちに背中をむけた。




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