AWC ダルガの心臓(13)       青木無常


        
#2955/5495 長編
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ダルガの心臓(13)       青木無常
★内容

    11

「徐福伝説、というのを聞いたことはある?」
 と尚美は最初に問うた。
 もちろん、おれにはまったく聞き覚えのない言葉だ。すなおにそういうと、尚美は
ひそやかにため息をついた後、かいつまんで説明をはじめた。
「徐福というのは、秦の始皇帝につかえていた方士のこと。ええと、方士というのは
ね、ようするに妖術使いとでも理解してくれればいいわ」
 ふむ、とおれはしたり顔でうなずいた。秦の始皇帝か。世界史の話じゃ聞き覚えが
ないのもあたりまえだ。もっとも、ほかの分野であれば得意というわけでは、まった
くなかったが。
 尚美の説明によると徐福なる人物は、天下を平らげたあげくついには不老不死を切
実に望むようになった始皇帝にたくみにとり入り、おおぜいの童子をひきつれて蓬莱
山という名の神仙境にのりだした、いささか得体のしれない人物らしい。
『史記』によれば、その後徐福がどうなったのかはさだかではない、とされているが、
対応するごとく日本各地に徐福なる人物が訪れたという伝説が残されている。
 富士大神宮の神官の家に、代々継承されてきた古文書ががある。その古文書に描か
れた徐福像はその伝説の代表格ともいえるもので、それによると徐福は、竹内宿禰の
案内で霊山である富士の裾野をおとずれた、とされている。
 そして徐福はそこで、大神宮の神官より秘史ともいうべき驚異的な、日本の古代史
を耳にしたのだという。
 その古代史のなかに、「富士高天原王朝」なる王国の名があらわれるのである。
 いわゆる天孫降臨神話と似たような「火高見王朝」よりの二人の貴人の派遣と漂泊、
兄弟が西と東の、ふたつの日本を分割支配したこと、そしてその後の合同。それ以外
にも『古事記』『日本書紀』等に語られる日本古代史とはあきらかに合致しない内容
が多々語られていることもあり、この伝承をつたえた古文書は現在でも偽書とされて
いる。
 ともあれ、この二人の兄弟の、後の合同王国こそ富士高天原王朝である、というこ
となのだそうだ。
 この王朝は三百年つづいた後、神都を富士山麓から高千穂に移転した時点で実質的
に滅亡した、とされているらしい。
 この移転と滅亡に関する理由は古文書には、外冦と、そしてそれにかかわった後継
者の意向、という形で説明されている。
 が、尚美はこの伝説の裏に、語られぬ破滅の地獄絵巻が隠されているというのだ。
 つまり高天原王朝がその栄華の頂点をむかえたとほぼ時を同じくして、日本全土を
まきこむような壮絶な災害が襲ったのだと。
 徐福文献には、その災害について具体的なことは、いっさい記されていないらしい。
 だがそれは、より明確な記憶としてほかの記録に残されている。
 すなわち――スサノオの暴虐なるふるまいとアマテラスの岩戸隠れ、という神話の
形で。
 世界は暗黒につつまれ、悪神がわがもの顔に跳梁するようになったというのだから、
その実体がどういう現象をさしているにしろ尋常一様の災害でないと考えるのもあな
がち強引とはいえまい。
 ともあれ、災害は王朝に深甚なダメージを与え、王国は闇にのまれて消えた、とい
うのが尚美の語る歴史だ。
 そしてその災害の正体は、富士の――あるいは日本の、地の底深く封じこめられた、
ある邪悪で強大な存在のためである、という。
 その存在は深い眠りの底にいる。だが、ときおり夢でも見るようにして身じろぎを
する。その身じろぎが、日本に、あるいは世界に、壊滅的な打撃をくらわせる、とい
うのだ。
 身じろぎひとつで王朝を破壊するというのだから、まったくその邪悪な存在とやら
は手におえないシロモノだ。
 そして、その破滅を前にして王朝はふたつにわかれた。
 そのひとつは、伝承どおり九州、高千穂に。だがもうひとつは――この世ではない、
まさに神仙境へと、その巨大な王国ごと消失するようにして去っていったのだ。
 それがこの地下世界、あるいは異次元境にさまよう高天原のはじまりである、って
ことになるらしい。
 もともとがこの霊峰の周辺は異界へとつづく扉の開きやすい場所であったらしく、
まさに聖地にふさわしい神秘を内包していた。
 その神秘な地の力をかりて、神の血を色濃くのこしていたという、まさに神仙とも
呼ぶべき超人的な力を秘めた王族が、高天原をみごとこの世ならぬ天界へと、飛翔せ
しめたのだ。
 この世ならぬ楽園と化した高天原にとって、災害はむしろ超越への移行のための、
まさに好機であったのかもしれない。
 とまれ、高天原の人びとは始皇帝が夢み、徐福がさがし求めた蓬莱山そのものの神
仙境で、不老不死を手に入れた。
「その不老不死の正体がなんであるのかは、いまだによくわかってはいないわ」
 と尚美はいった。
 あるいはこの世ならぬ世界そのものがもつ、超越的な特性のひとつであったのかも
しれない。
 あるいはまた、富士という名の霊峰が集積した、宇宙的なエネルギーの作用による
ものと見ることもできる。――つまり、ピラミッドパワーだ。
 ピラミッドパワーと呼ばれるものの実体は、形に集まる力のことだと尚美はいう。
 四角錐、あるいは四角錐をふたつ重ねた正八面体などは、宇宙にあふれる神秘的な
力を集積する理想的な形をしている、というのだ。余談だがこの、力を集めやすい形
や状況というのはほかにもいろいろとあるそうで、たとえば護符の図像や曼陀羅、十
字架や呪文などはその代表格、ということになるんだそうだ。
 そして――それともあるいは、その地下に封じられた、邪悪で、そして強大な存在
の影響によるものこそが、その不老不死の正体であったのかもしれない――と尚美は
いった。
 なぜなら、不老不死を得た人びとは、徐々にではあるが人間とはかけ離れた形態へ
と変形していったからだ。
 すなわち――あの、仏像人間に。
「つまりヤツら」とおれはあきれはてて思わず口をはさんだ。「もとは人間だった、
てのか?」
「そうよ」と尚美はこともなげにうなずいてみせた。「それも、太古のむかしに喪わ
れてしまったはずの、超常的な力を色濃くうけついだ、超人とでもいうべき存在だっ
た、ね」
 それがなぜ、あのような奇怪な姿にかわってしまったのかもさだかではない。おそ
らくは、この異空間にみちた超越的な力の影響をうけ、なかば必然的にそういう形態
になってしまったのだろう。もともと、人が人の形を保ったまま長生を得ることその
ものに無理があるのかもしれない、ということだ。
 ともあれ、外界にあって高天原の行くすえを見ていた者たちは、そのおそるべき変
容を忌み畏れ、往還の道を閉ざしてしまった。
 高天原はまさに異界と化し、特殊な条件をみたした者以外、おいそれとは踏みこめ
ぬ幻の国となったのだ。
「もともと、その異界には異形の要素が秘められていたのかもしれないわね」
 と尚美は云った。なぜなら、太古、神界は清濁あわせもつ超越境にすぎず、そこに
はもともと正邪の別など存在しなかったからなのだ、という。
 そしてあるいは、その底にはかつて地球を、世界を、そして生命を産み出した大い
なる存在が眠ってもいるからなのだ、と。
 その大いなる存在とは――創造の神であると同時に、邪悪にして獰猛な、破壊の化
身でもあるわけだから。
 つまり、高天原移転のきっかけとなった災害をもたらした、眠れる邪悪な存在こそ、
それである、と。
「それで闇の王国、か」
 つぶやくおれに、尚美は深くうなずいてみせた。
「変形した王国の住人たちは、過去、自分たちが人であったという記憶さえ薄れさせ
ながら、ときおり地上にその先兵をおくりこんでは人をさらい、王国の底深くひそむ
大いなる存在に、生け贄としてささげてきたの。不老不死を得たかれらは、人として
の精神のあり方さえも変容させてしまったのよ。それがイヒカ――あの、四本腕の妖
怪たち」
「ぞっとしねえ話だな」おれは背筋をふるわせながらつぶやいた。「だが、そういえ
ばおまえさん、桃の実は不老長生の仙薬だとかいったぜ。それがなぜ、あの化物ども
にとって致命的な溶解液になっちまうんだ?」
「さあね」と尚美は無責任に肩をすくめてみせた。「でも、それこそがこの地下世界
と、そしてそこにあふれる力が、人間にとって負の作用をおよぼすものであるってこ
との、証拠かもしれないわね」
「そんなものかね」あきれた口調でおれはつぶやき、つづけた。「まあようするに、
あの仏像人間どももこの世界も、見かけどおりのまったくまともでないシロモノだっ
てことはよくわかったよ。だがそれと、あの化物インド人どもや“ダルガの心臓”と
やらとは、どこでどうつながって――」
「シッ」
 云いかけたおれの口もとに、尚美の指がつきつけられた。
 なんだ? と目をむくおれを乗りこえるようにして、しんがりをつとめていた鏑丸
がせまい踏みわけ道を昇りはじめた。景清があとを追う。
「なにが起こった?」
 尚美の耳もとに口をよせて問うた。
 ついでに、フッと息を吹きかけた。
 とたん、強い力でおしのけられた。
「遊んでる場合じゃないわよ」口調は怒ってはいるが、頬がほんのり紅潮してもいる。
多少とも効果はあるようだくくく。「血の臭いだわ」
「なに?」
 と、おれは真顔になって鼻頭にしわをよせた。
 むろん、タバコにやられたおれの嗅覚が、なんだかわからねえがこれも尋常一様と
はとても思えない尚美たちほど鋭敏なわけはない。四周に視線をはしらせながら油断
のない足どりで昇る尚美の後を、なんとなく釈然としないままついていくだけだった。
 やがて景清が戻ってきた。
「どうだった?」
 尚美の問いに、角刈りの優男は無造作な口調で答えた。
「ドゥルガスどもが、やられてる」
 と。

 一帯が血にまみれていた。
 鼻腔の奥をまさぐった異様な感覚は、いまやはっきりとした吐き気となっておれの
喉奥からこみあげてくる。
「あの、仏像どもか」
 嫌悪の情もあらわに吐き捨てたのは、こみあげるものをまぎらすためだ。
 人間の骨格構造からして物理的にあり得ない角度で肉体をおりたたんで襲いかかっ
てきた、あの精力的なインド人たちは――いまやさらに、まさにあり得ない形のこま
切れの肉塊となって、血だまりのなかに無造作にころがっていた。
 いうまでもなく、褐色の肌の奥から異様な光を放つ印象的な双の眼にもすでに、い
まやいかなる生命の兆候も見出せはしない。
 人間を超越した生命力を発揮して跳躍と強襲をくりかえしていた肉体は四肢をもが
れ、頚をねじ曲げひきちぎられて、まるでできの悪いオブジェのようになっていた。
 これが人間のしわざだとは、まったく思えなかった。
 だが、そんなおれの常識的な判断は、角刈りの男――景清によって真っ向から否定
「篭女のしわざだな」
「ほんとかよ」
 呆然とおれはつぶやきながら、あの女ならこれくらいはやるだろう、と心中うなず
いてもいた。
「あいつならやるわ」と尚美がおれの感想を補強した。「それも嬉々として、笑いな
がらね。以前、あの女とやりあったあたしたちの仲間は、生きている状態で内臓を破
られ、そのままむさぼり喰われていたわ」
「とんでもねえ話だな」
 呆然とおれはつぶやいた。
「三体ぶんだけだ。ドゥルガス一人ぶん欠けている。それに、あの娘もこの中にはい
ないようだな」
 ちらばる死骸を検分していた景清が、そう云いながらちらりとおれを見あげた。小
春のことだ。
 おれはフンと鼻をならして視線をそらしつつ、内心安堵の息をついていた。
 が、
「ああ、伝言がある」と景清はつづけた。「状況からして峠達彦、あんたあて、と見
ていいだろうな」
 興味深そうに瞳を輝かせながらおれをさし招く。
「伝言だ? なんだっておれが凶悪きわまる殺人犯から伝言をおくられなきゃならね
えんだ」
 文句をたれつつ、しぶしぶ歩みよった。
 素朴な石だたみの上に、血文字が描かれていた。達筆だ。


 それだけが書かれている。
「なんでえ、この、ヨミ、ヨミ」
「ヨモツヒラサカ、と読む」背後から無表情に、鏑丸が正した。「イザナギが黄泉の
軍勢から逃れるために疾走した、地上へとつづく坂のことだ」
「ああ、ふうん。じゃあもしかして、その黄泉の入口、この近くにあるっての?」
「ここからならそう遠くはない」うっそりとした口調で、淡々と鏑丸は答えた。「そ
っちを流れる滝のわきに降り道がひとつある。そこに入ったらあとは、ただひたすら
下を目ざして降りつづければいい。――あまり、立ちよりたい場所ではないがな」
 最後のセリフは、無表情でなにを考えているかわからない鏑丸にしては、やけに実
感がこもっていた。
「ふうん、たすけにいくつもり? 騎士ね」
 感心したように尚美がいう。おれはぶるると首を左右にふった。
「バカぬかせ。せいせいすら。だれが行くもんか」
 いって、ふわあと大げさにあくびをしてみせた。
「なんにしろ、おれはそろそろ眠くなってきた。この世界にゃ夜てえのはないのか?」
云いつつ、円筒形に開いたどろどろした灰色の空を見あげた。「野宿しかねえんだろ




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