AWC ダルガの心臓(5)       青木無常


        
#2947/5495 長編
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ダルガの心臓(5)       青木無常
★内容
 いいですとも、と、どんと胸をたたくより先に、
「連れをさがしなさいよ、連れを。フン、なにさ、厚かましい」
 それこそ厚かましい口調でずかずかと現れた小春が、すばやくおれのわきの下にも
ぐりこみながら敵意にみちた目で宣告した。ああっ、こいつめ、余計なときにしゃし
ゃり出てきやがって。
「ま、まあまあ小春。こちらも困っていらっしゃることだし」
 となあなあ口調で懐柔にかかるおれに、じろりと鉈の一瞥。ここで往復びんたのひ
とつもくらわせ、毅然と人の道についてさとしでもできれば、このおれさまも大した
もんだがあいにくそこまでの度胸も気力も切らしちまってる。
 ぎろりと血走った視線をうけて、女は困惑したような微笑をおれにむけると、どち
らにともなく会釈をよこして踵をかえした。
「フンなにさ、ブス」
 憎悪にみちた視線とともに吐き出し、ぎろりとおれを見あげるや、バンと音を立て
て後頭部にヴィトンの一撃をくらわせ、憤然とした足どりでおれのジャケットをやた
らひっぱりつつタクシーにひきずりこんだ。ちっ。しゃあねえな。
 てきとうな文句をならべつつむくれる小春をなだめながら、いくらもいかないうち
に、つぎの目的地である風穴とやらに到着した。
 こんどの穴は街道からはすこし奥にあるらしい。タクシーを駐車場にすべりこませ
て樹林の中の小道を歩きはじめた。小春はあいかわらずそっぽ向いたままだ。樹海に
おきざりにするには絶好の機会かもしれない。
 ぶっそうな想像を胸に秘めつつ、なおも背中ごしからご機嫌とりの美辞麗句をなら
べたてつつ歩いていると、先頭をいく運ちゃんがとつぜん立ちどまり、二重衝突をま
きおこした。
 癇癪おこした小春が、ブーツのヒールで思いっきりおれの爪先を踏みつけやがった。
 ぎゃっと叫んで飛びあがり、
「痛ェ! なんだってんだ、いったい!」
 わめきつつ運ちゃんを見やると、ひきつった笑いをうかべつつ前方を指さしてみせ
る。
「あの、お知り合いの方が」
 なにィと目をむき――瞬時にして気力が萎えた。
 インド人だ。しかも、四人に増殖してやがる。
「どこで分裂しやがった」
 毒づきも弱々しく、おれはほとんど無意識に後ろむきに退っていた。
 事情のわからない小春と運ちゃんは、どういう態度をとったらいいのか決めかねて
いるように当惑した表情で、おれとインド人どもとを眺めくらべている。
 くそが、くそが、と下品にひとりごちながら周囲を眺めわたしてみるが、樹林は奥
にある小屋までひとけはまるで見あたらず、背後の街道を走る車群もどれひとつとし
て停車する気配もない。
 こうなりゃ、やけだ。
 と自暴自棄な気分で下唇つきだし、
「なんだてめえら、なんか文句あんのかコラ」
 もろチンピラまるだしの口調で、小春と運ちゃんかきわけるようにして踏み出した。
実をいえば、あの赤いギラギラした眼の化物ヨガ男が見あたらないのを見こした上で
の強気だ。
 と、褐色の四人組は口々にヒアリング不能の言語でなにやらまくし立てはじめた。
うるせえバカ、日本語を話せ。
 困惑した体で眉間にしわよせつつにらみつけていると、中のひとりがずいと一歩を
踏み出してきた。おれにむかって人さし指をぐいとつきつけ、さらに二言三言をきつ
「なんだか知んねえけど、あのよ」
 と、うんざりした気分で云いかけ――ごくりと唾をのみこんだ。
 褐色の顔の奥からやけに白くのぞく四対の眼が、ふいに赤く発光しはじめたからだ。
 ちくしょう、変光するなんざペテンじゃねえか。
 思わずあとずさるおれを、嘲笑うようにして白い歯をむき出し――そしてふいに、
なんのまえぶれもなく、四人そろってくるりと背中をむけるや、ぺたりと上体をおり
曲げた。
 擬音を添付するなら、ぎっこんばったんだろう。じっさいには、音もなくヤツらは
いっせいに四肢をおりたたみ腰を曲げ――あっというまに、背中ごしに足をつき出し
た変形四つん這いの股の間から、赤光放つ眼をぎらつかせた首をにゅうと突き出すと
いう、あの姿勢をつくりあげていた。
「なんだこりゃ」
 呆然とした口調で、それでもどこか脳天気に小春が云った。
「ばか、なんだこりゃ、じゃねえ、逃げろ!」
 切羽つまって叫ぶのを、きょとんと見返す。こりゃ口でいってもダメだ。
 殺気を感じてふりかえりかけ、とっさに思い直して前方に飛んだ。運ちゃんと小春
をまきこんで道わきの地面になだれこむ。
 どがりと、景気のいい音が頭上でした。見あげると、残像をのこして褐色のおりた
たみ人間が空中を滑走し、それを追うようにして――野太い幹を、文字どおりえぐら
れた樹木が、ばきばきと音を立てて倒れていった。
 冗談じゃねえ。あんなのにやられちゃ、内臓えぐられちまう!
 パニックにおちいった。
 冷静に考えれば、そこにとどまるべきだった。すくなくとも風穴入口の小屋には番
人が、街道側にも売店の売り子がいたはずだ。これだけ派手な音が立ったからには、
なにごとかと様子を見に現れるだろう。なかば雪道と化した街道にも、車はちゃんと
行き交ってもいる。ドライブインでの接触をヤツらがきらっていた以上は、すくなく
とも人目のあるところでは強襲を続行するわけにはいくまい。
 だが、脳みそは完全にスクランブル状態だった。
「逃げろ……逃げろ!」
 うわずった声で叫ぶや、がくがく笑いまくる膝に叱咤をくれてムリヤリ立ちあがり、
樹海にむけて一目散に走りはじめてしまった。
「タッ、タッ、タッちゃん。タッちゃんてば」
 と、つきあいよくパニックに見舞われた小春があわてて後を追ってくるのをほとん
ど意識もせず、ひたすら走った。
「お客さあん、青木ヶ原は自殺の名所ですよう……」
 はるか背後から運ちゃんの、いささか間の抜けた制止の声を聞いたような気もした。
が、灼熱した脳みそはその程度の制止などまったく受けつけようともしなかった。
 あちこちに無数の樹根がはり出し、縦横無尽に腕をひろげた枝や樹幹が行く手を阻
 すぐにすっころんだ。あわてて立ち上がろうとするのだが、あたふたするだけで身
体はまるでついてこようとしない。日ごろの不摂生がたたったってヤツだ。
 なだれこむようにして、小春とおり重なったままぶったおれ、荒い息をつきながら
これで終わりかと観念した。
 ぜいぜい肩を盛大に上下させるばかりで、あたりを見まわす余裕もない。
 したがって、おそるおそる様子を見るために半身を起こしたのは、ずいぶん時間が
経過してからのことだったはずだ。
 幸いにして、妖怪インド人どもは見あたらなかった。
 なおも息あえがせたまま、それでもおれは大きく安堵した。
「おい、小春、助かった、ぞ」
 上体おり曲げてあえぐ小春の背中に、崩れるようにもたれかかりながら云った。
「助かっ、たって、いったい、なによ」
 げほげほとむせびながら小春が訊いた。もちろん、おれには答えようのない質問だ。
「知るか。とにかく、戻ろう」
 おそまきながら、樹海にやみくもに走りこんでしまったという不気味な事実に思い
あたり、口にした。小春は返事をせず、立ちあがる気配も見せない。もちろんおれも
口にしたセリフとは裏腹に、身動きひとつする気力もなかった。
 そのままずいぶん長い間、タバコに蝕まれた肺を酷使してあえぎつづけていた。
 ようやく息もおさまり、けだるさが全身を襲いはじめた。
 いかにもかったるい口調で小春に呼びかけるのだが、起きあがるどころか倦怠感を
助長する役にしか立たなかった。ふにゃあと糸の切れたあやつり人形みたいに小春が
地面につっぷした。
 起きろー、いくぞー、と念仏のようにくりかえしながら、自身ひくりともできずに
大の字になった。
 口をつぐむと、頭上方向から車のエンジン音が近いては遠ざかるのが聞こえてくる。
どうやら街道は意外と近くにあるようだ。
 遭難だけはせずにすみそうだ、と気怠い頭のかたすみでちらりと思い――がば、と
一気に起き直った。
 移動の気力をふるいたたせたから、じゃない。
 再度――一気にアドレナリンが沸騰したからだ。
 見ると、小春もぎょっとしたような顔をして首をもたげている。
「……聞こえたか?」
 おそるおそる、訊いてみた。
 応えは返らず、小春はただ、いかにも泣きたそうにして、顔を歪めてみせただけだ
った。
    5
 ふたたび――ざざざ、と、木々が鳴いた。けっこう遠い。が――さっき聞こえたと
きより――近づいている!
 どちらからともなく立ちあがり、おれたちはふたたびよれよれとした足どりで走り
 樹間に咆哮がとどろきわたった。
「冗談じゃねえよ、まったく」
 前を走る小春のでかい尻を叩きながらおれは、荒い息の間にひとりごちる。
 そのひとりごとを圧するようにして、ふたたび咆哮が、ついで、樹間を疾走するざ
ざざ、という音が、いよいよおれたちの背中めがけてまたたく間に近づいてきた。
「来た、来た、来た、来た」
「ちょ、ちょ、ちょタッちゃん、痛い、痛いってば」
「るせえ、痛いわけあるかこんなに分厚いケツ肉してるくせに。わわわわわどんどん
近づいてくるぞ走れ走れ走れ!」
 ひいひいうすらみっともない声であえぐ小春の尻をなおも勢いよく叩きまくりなが
ら、おれは前と後ろとを小刻みに見やりつつ全力疾走していた。
 とつぜん、ぐい、と喉くびがひかれた。
 と苦鳴をしぼり出すとともに、視界がずどんと下方にむけて前進した。
「ひい、タッちゃあん」
 この期におよんでなお、どこか間の抜けた悲鳴をあげながら、小春がケツから地面
に叩きつけられるのを見た一瞬後――どが、と痛烈きわまりない衝撃がおれの顎から
脳天へとつきぬけた。ついで、ついた手のひらがむけ、膝頭が凍てついた氷の上を盛
大にすった。
「いて、このバカ女。こけてんじゃねえよ」
「だあって、だあってしようがないじゃん、地面が凍ってるんだもん。ああん、お尻
が痛あい」
 泣きたいのはこっちの方だ、との苦情をぐっと飲みこみ(あとがまた面倒だからな)
すばやくダメージ度数を計算した。
 小春はケツをしたたか打ちすえたくらいで、ほかに目だった外傷は見あたらない。
こういうはた迷惑な女は、たいがい人をまきこんでひどい目にあわせておきながら自
分はケガひとつなくけろっとしていたりするものなのだ。まったく、はた迷惑な。
 で、おれの方はどうかというと――手のひらが両方とも、べりべりにすりむけてひ
りひりする。ズボンも破れて、のぞいた膝頭からはかなりの広範囲にわたって血がに
じんできてるし、顎もずきずき痛む上になんだか噛みあわせが悪い。くそ、この疫病
 じろりとにらむと、タッちゃあんあたしこんな生活、もういや、などとズレた泣き
言とともに豊満な肉体がずしりとのしかかってきた。ちくしょう、このバカ、重いぞ
この。どけ。
 しつこくからみついてくる十九の肉体をもどかしく引きはがしつつ尻もちをついた
まま背後をふりかえる。
 絶望感が凶悪におれをおしつぶしてくれた。
 眼前の樹林の間に、インド人が例の姿勢でおれたちをうかがっていたからだ。幸い
にして人数は二人にへっているものの、あまり変わりがあるとも思えない。
 ニイと、二人の妖怪男は褐色の微笑を満面にうかべて笑ってみせた。
「もう……やだあ……。くすんくすん」
想像力の欠如のせいで正確に認識しきれないからだろう。
 ざざ、ざ、と凍った下生えをかきわけてインド人は、まばたきする間もなくおれの
目の前に移動した。裂けるような笑みはそのまま、なんだかミミズののたくった文字
が見えてきそうな語調でなにやら問いかけてくる。
 ダルガがどうこう、というような単語らしき音が耳についたからには、やはりまち
がいなくこいつの狙いも、あの尚美たちと同じものらしい。
「るせえ、おれが知るかバカ。とっととカルカッタに帰れこの野郎」
 弱々しく毒づきながら、おれはジャケットのふところに手をやった。
 かたい感触を、ぐっと握りしめる。握りなれた感触だが、不幸の原因はこの中にあ
るシロモノと見てまちがない。
 尚美のいう“ダルガの心臓”とやらは、糞ったれたピンサロのボーイのみやげ、林
田のペテンの品にちがいないのだ。
 くそ! 思い出しただけでも腹が立つ。くそくそくそ。
 林田が精力増強と女人吸引に効き目があるお守りだ、と、なんだかうす汚れた直径
二センチほどの金属のかたまりをおれの前にちらつかせたのは、二週間ほども前のこ
とだったろうか。知り合いの、霊感の強い占い師が、インドで手に入れてきた霊験あ
らたかなシロモノなのだともっともらしい口調でいう。
 林田の知り合いの占い師というのはおれもよく知っている人物で、直接会ったこと
はないがおれたちのうろついている界隈ではけっこう知れた名でもあった。その占い
にしたがったら大もうけできたという話はそちこちに転がっていたし、さらには、う
さんくさい裏街のみならず政財界の有名どころにも顧客を多数もっている、という話
も耳にしていた。とにかくその筋じゃ評判の高い占い師なのだ。
 それでなくとも占い好きのおれが、いくら興味のないフリをしたところで腹の底を
見すかされていたのも、いま考えてみればよくわかる。パブだのクラブだのを数件は




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