#2946/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 95/ 2/ 6 0:21 (189)
ダルガの心臓(4) 青木無常
★内容
「生け贄を見つけに?」ふりむかず、おれにむけて手をさし出した姿勢のまま、する
どい視線をちらりと背後に走らせてから尚美が問うた。「それとも……“ダルガの心
臓”がここにあるのをかぎつけた……てことかしら」
「どうとも、いえんな」
巨漢の鏑丸が、頭上を見すえたまま短く答えをかえす。夜をふるわす重低音、とい
きたいところだが、こっちの男はイメージとは正反対にややかんだかい声色だ。
「いずれにせよ、峠達彦」さすような視線をおれにぐいとすえたまま、尚美はさくり
と雪を踏んで前進した。「あんたの手にはあまる相手よ。出しなさい。その方が、お
くそが、とうめき、おれはふところに手をやった。それを見て尚美はふたたびにっ
こりと微笑む。
「悪い子だよ」云っておれは、とりだしたタバコを口にくわえた。「不良だったんだ」
愛用のジッポをとりだし石をひねる。火花が散っただけだった。
ち、と舌をならしてライターを浴衣の袂に戻し、
云って、尚美にむけてウインクしてみせた。
「たいした心臓ね」苦々しげに尚美は云いつつ、コートの下から手ばやく百円ライタ
ーをとり出し放ってよこした。「長生きできないわよ」
「畳の上で死ぬつもりはないさ」
云いながらタバコの先に火をうつし、そのまま百円ライターをふところにしまった。
「セコい」
と心底いやそうに鼻頭にしわをよせる尚美ににやりと笑ってみせ、
「記念の品、その一ってことで」
煙を深く喫いこんで、夜空にうかぶUFOにむけて吐き出してみせた。
と、その煙をいやがったわけでもなかろうが、ふいに青白く輝く楕円はゆらりとゆ
らめいてさらに降下し、ぽつりぽつりと民家の立ちならぶ彼方に、その身を隠した。
「獲物、見つけたってとこか?」
軽い口調で、さもおもしろそうに景清が云った。
「見てきてくれない?」
尚美がいうのへ「ほいよ」と気軽にうなずくや、川沿いの小道めがけて走り出した。
「あんたも、見学にいきたけりゃどうぞ。ただし、先にわたしておいてもらうわよ」
ぐいと、手をつき出す。
おれはひょいと肩をすくめ、とぼけた顔をしてみせながら役立たずのジッポを、う
やうやしくさし出した。
とうぜんのごとく、尚美は怒ったようにおれの手をはじく。
「ふざけないで。ここに持ってないのなら、部屋まで案内してもらうわ。いやとは―
―」
はじかれた勢いですっ飛んでったライターをひろうため、苦情を背にしつつおれが
身をかがめたとたん――ついさっきまで、おれの首があったあたりをひゅっと、鋭い
音がかすめ過ぎた。
「ん?」
と、裂かれた風の感触を追って首すじに手をやり、ぬるりとしたものに触れてぎょ
ちくしょう、血じゃねえか。
「こりゃいったい、なんだ」
呆然と目をむき顔をあげ――さらに呆然とした。
さっきまで、五メートル以上離れた家陰にたたずんでいたはずの鏑丸の巨体が、眼
前にうっそりと立ちふさがっているのに気づいたからだ。うそだろう? 音も気配も
まるでなし、だぜ?
のそり、といった感じで、悠々と鏑丸は背をまるめて白銀の上からなにかをひろい
あげた。
黒い、両端のとがった物体だ。長さは十センチといったところか。まんなかあたり
の、球状の部分をはさんで左右に、尖塔の鋭さをもった四角錐がのび出ている。相当
する物体に対するもっとも適切な名詞は――どう考えても“手裏剣”以外に思いうか
「芦屋だな」
無造作にいって、鏑丸はひろいあげたブツを尚美にむけて放り投げた。
無言で受けつつ、怒ったような表情で尚美は、闇の奥を見とおすようににらみつけ
る。
「篭女が出た、ときいている」
「やっかいね」
云いざま尚美は、にらみつけた闇の奥へとむけて、手裏剣を投げつけた。
澄んだ、黒い池をこえて林の奥へと黒い凶器は直線を描き――ざ、と木々がふるえ
た。
それきり、なにも起こらなかった。
しばし手裏剣の消えた方角に突き刺すような視線をむけていた尚美が、やがてふっ
と息をついて肩を落とし、ふりむいた。
「ぶっそうな守り神がついちゃったわよ、峠達彦。――警告しとくわ。あたしたちが
一番、紳士的よ。後悔したくなければ、はやいところわたしたちに“心臓”をわたす
ことね。忘れない方がいいわ」
かたい声音で云いおえるや、くるりと背をむけた。
「あ、待っ……」
て、とつづけるより早く、小柄な肢体は闇にとけるようにして、消えていた。
ちょ、ちょっと、と呆然とつぶやきつつ鏑丸に視線をむけ――あの巨体がまたもや
音もなく、尚美と同様に消え失せていることに気づいて、さらにあんぐりとなる。
まぬけ面さらしつつ、きょときょとと四囲を見まわした。
人かげひとつない。
ぶるると思わず身をふるわせた。
「冗談じゃねえよ。どうなってやがる」
一人つぶやきながら、あわててライターを雪の上からひろいあげる。ふと気づいて
見まわしてみれば――あれだけの大騒ぎの後なのに、おれ以外の足跡は雪上にはほと
んど見あたらなかった。
「人間じゃねえ……てわけかい」
うすら寒いものを感じながらつぶやき、もういちど全身ぶるるとふるわせてから、
背中を丸めて宿にむけて退散した。
部屋に帰ったが小春の姿はない。さてはUFOにさらわれて今ごろキャトル・ミュ
ーティレーションの真っ最中か、とも思わないでもなかったが、自分の想像にみずか
ら背筋をふるわせ、首を左右にうちふるう。
あの脳天気娘のこった。おおかたわきあがる制欲処理しかねて獲物でもさがしに出
ているのだろう。そう思うとバカらしくなって、とっとと夜具にもぐりこんだ。
案の定、真夜中近くなって戻ってきた小春が、一直線におれの布団の中になだれこ
んで股間をまさぐりはじめる。
「なんでえこら。眠いからやめろ。運ちゃん、勃たなかったのか?」
「そうなのよう。って、ちがーう。タッちゃん、あたしのことそんなふうに見てるの?
ひどいわひどいわ、あたしそんなんじゃない」
ぐにぐにぐに。どこがそんなんじゃないってんだ。
とにかく眠いから明日にしろ明日に、と夢うつつにうめくおれの主張は天から無視
して、眠いのにもかかわらず律儀に刺激に反応した不肖の息子にまたがるや、小春は
熱心に上下運動を開始した。
勘弁してくれ。いったい、なにがどうなってるんだ、まったく。
4
悪夢にうなされて飛び起きた。音もなく降下してきたUFOから三十人の小春が飛
び出てきて群がり、黒い手裏剣を凶器に股間のものをひっこぬく、というとてつもな
い悪夢だ。
ぎゃっと叫んでうそ寒い朝の中に冷や汗流しつつ半身を起こしたとたん、現実世界
の小春がぶう、と屁をこいた。
ええい、この女は。あきれたことに、眠りこけながら、ひとの逸物にぎりしめてや
がる。
「離せこのバカ」
すこんと頭をこづくと、あうん、もっと、と破格な寝言を口にしやがる。つきあい
きれねえ。時計を見るとまだ六時だ。冗談じゃねえ。
しかしこの状態じゃ、小春が目をさます前に避難した方がいいなと思い、朝風呂を
あびにいった。
さんざいじくりまわされた息子をいたわるようにして洗いつつ、窓を開いて外に目
をやる。ひどくいい天気だ。吹きこんでくる冷気までがさわやかってヤツだ。
気づかぬうちに鼻歌が出ていた。昨夜あれだけの目にあっていながら、われながら
脳天気なヤツだという感じだが機嫌がいいんだからしかたがない。
もっとも、それも長つづきはしなかった。
いい気分で風呂からあがり、朝っぱらからビールを買いこんでロビーでくつろいで
いるところへ、髪も着物も乱れ放題の小春がよろよろとした足どりで姿を現したのだ。
性刺激をくらわさないかぎり、この娘は極端な低血圧かつ自堕落の権化だ。
「うら、おっぱいのぞいてんぞ、このバカ。ちったあきりっとしろ、きりっと」
顔歪めつつ云うのへも、ぼえーとした反応しか返らない。樹海にでも置きざりにし
てきちゃろうか。
食堂で運ちゃんと合流して飯を食う。どうやら宿泊客はおれたちのほかには、爺婆
の老夫婦が一組きりだ。
昨夜はあれからもうひとふり、雪がちらついたらしい。宿の前の踏み荒らし跡はす
っかり消えうせていた。
てもただの池にしか思えねえシロモノを順ぐりにめぐるだけ、と途中で気づいて文句
をたれつつ引きかえす。霊泉なんですよ、百何年もかけてわき出てくるんだから、と
いわれりゃ桂川とやらの流れもそれなりに見えないこともないが、なにしろ寒い。
「あ、ねえねえタッちゃん、ほらあの富士山。なんかホコリ立ってるよホコリ」
脳天パー娘が霊峰を指さしながらまたまたわけのわからないことを云いだした。見
ると、たしかに白雪の降りつもる頂上あたりから、なにやら幻のように白い粉が立ち
昇っている。靄かなにかだろう。
「あれはな、吹雪だ吹雪。いまあそこじゃ盛大に雪風吹きまくってて、登山隊が遭難
しかかってんだよ」
てきとうに答えておくと、アーパー娘はすなおにふうんとうなずいてみせる。どう
しようもねえな、こいつは。と笑いながら運ちゃんの方を見ると、なにとんでもない
こと云ってるんですか、とでもいいたげな顔つきで目を丸くしていた。
「なんでもいいが、寒い。とにかくあったまろうや」
苦情をわめいて二人を急がせた。
タクシーに乗りこんで暖房がんがんきかせつつ、走らせる。
河口湖についた。
湖面が、凍っていた。
「よう、運ちゃん」朝の陽光にてらされて、うっすらと湖面をおおう氷の島を呆然と
眺めやりつつ、おれは云った。「こりゃもしかして、思いっきりオフシーズン、てヤ
ツじゃねえのか」
「ちょいと、寒いようですねえ」
運ちゃんは両肩を手で抱きつつ、朴訥にそう答えた。
云いかえそうとして、年老いた笑顔に毒気をぬかれ、ふうと息をついて肩を落とし
た。
「つぎは樹海にある氷穴と風穴にでもいきますか? 昼飯は精進湖か本栖湖あたりで」
氷穴、ときいただけで背筋がふるえてきたが、反論する気力もなく唯々諾々とした
がうことにした。ええい、どこにでもつれてってくれや。
氷穴、というのは案外おもしろかった。縦に深い亀裂が地面にぱっくりと口を開き、
階段を下ると洞窟になっている。洞奥にはさらに深い底なしの亀裂がいずこへともな
く深い奈落を開いていて、こんなところに落ちたらまさに一巻の終わりってヤツだ。
洞内は外にもましてひどい冷気がわだかまっていたが、なんにしろ穴の中というのは
おもしろいもので、おれはけっこう気に入った。
というようなことを口にすると案の定、小春のヤツめがいかにもうれしそうににん
まり笑って「タッちゃんのすけべ」ときた。ちがうってのに。と、思う。たぶん。
多少、機嫌をよろしくしつつ、さらに風穴とやらにむかう前に用足しをした。小春
のヤツめは毎度のことながら、一度トイレに入るとなかなか出てこない。
業を煮やしたおれが、意味もなくそこらをのぞいて歩きはじめるのもいつものこと
だった。
東海自然歩道、とか書かれている小道をのぞきこむ。ゆるめの坂になっているハイ
キングコースの入口は、ご丁寧にも足の踏み場もないほど全面的に凍結していやがる。
こんなところを好きこのんで歩きたがるバカは、勝手にすっころびまくってりゃいい
と、尚美からいただいた百円ライターでラッキーストライクに火をつけながら勝手
「こんにちわ」
ふいに背後から、艶っぽい声が呼びかけてきた。
反射的に鼻の下をのばしながらふりかえると、おお、この逃亡の旅に出る直前、コ
ンビニで遭遇した和服の姉ちゃんじゃねえか。もしかして、このおれを追ってここま
で? と、あらぬ妄想かきたてられ――ありえないことでもないな、と気をひきしめ
あのインド人どもも、そして尚美たち三人もまた、わざわざおれを追って富士の麓
くんだりまでやってきているのだ。
眼前の美貌が尋常一様ではないだけに、警戒心もよけいに強くなった。巨漢の鏑丸
が口にしていた名前が、ふと脳裏にうかぶ。篭女?
「やあ、おひとりですか?」
「連れとはぐれてしまいまして」女は艶然と微笑いつつ、「よろしければ、ごいっし
ょさせていただけません?」
云ってちらりと、上目づかいにおれを見あげた。ブラウスの襟から、胸の谷間をち
らりとのぞかせる。見た目の印象より豊満そうだくくく。
それにしても、今日のファッションはブレザー風の黒のジャケットにぴっちりとし
た黒のタイトスカート、足もとはといえばこれがハイヒールときた。和服よりは活動
的かもしれないが、山の麓を歩きまわるにゃ少々不適当なかっこうだ。もちろん、女
の雰囲気にゃ絶妙にマッチしちゃあいるが。
もっとも、小春のかっこうもムートンブーツにミンクのコートとくりゃ、ネオン街
にはぴったりでも霊峰を背にしちゃ奇異の感は否めない。このおれにしても大同小異
だ。なにより、たとえ得体がしれないとはいえ美人の連れがふえるのは大歓迎だ。