AWC 死者からの伝言(1)  平野年男


        
#2934/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/ 1/28   8: 4  (151)
死者からの伝言(1)  平野年男
★内容
「期限はとっくに過ぎてるんですよ」
 大島勇が、黒田真吾に向かって怒鳴った。
 それもそのはず、黒田は金貸しの大島に、三千万円の借金をしていて、返済
期日を二週間過ぎた今日になっても、返せないでいた。
 黒田が言い訳がましく言った。
「あと五日もしたら、株の値が上がって、元金だけは返せるようになると思い
ますから……」
「ふん。じゃ、あと五日だけ待ちましょう。しかし、利息も揃えてです。下手
をしたら、その筋の者を呼ぶことになりますので、覚悟をしておいてください
よ」
 と、勇は少しすごんだ口調でこう言って、黒田の家を出た。いつもなら、も
っと厳しく取り立てるのだが、今日は出がけに、妻の敬子に、「あまり、厳し
くしないで」と言われて、気にかかっていたのである。大島勇と敬子は、共に
それなりの財産を持って、結ばれたので、その財産の利子と金を貸すことで生
活していけるという、結構な身分なのであった。
 勇が自宅に戻ると、敬子が言った。
「お帰りなさい。今日は、厳しくなさらなかったでしょうね」
「ああ。でも、甘くすると、奴らはすぐにつけあがる。やっぱり厳しくしない
と……」
 と、勇が言うと、敬子はそれが嫌なのか、悲しそうな目をした。

「次郎さん、吉田刑事がお見えです」
 そう言ったのは、<文庫本殺人事件>以来、流次郎探偵事務所で働くように
なった、流秋子未亡人である。流が答えた。
「こちらにお通ししてくれたまえ」
 吉田刑事はその顔に似合わぬ、ニコニコ顔で入ってきた。そして急に流に言
った。
「景気はどうだい。例の事件があって、名前も知れ渡ったから、客も増えたん
だろう、名探偵?」
「おやおや、警部がそんなお世辞を言うなんて、珍しいですねえ。それにその
ニコニコ顔からすると、さては難事件を抱えていて、僕に助けを頼みに来たん
ではないですか」
 流が言うと、吉田刑事は少し苦い顔に戻って、言った。
「いやあ、実を言うと、そうなんだ。さすが名探偵だねえ」
「お世辞はいいから、早く用件を言ってください」
 じれったそうに言う流。
「えー、事件というのは、大島勇という高利貸しが、自宅の居間で刺されて死
んだっていうもので……。凶器は、現場に落ちていた果物ナイフ。指紋は検出
されなかった。居間のテーブルに、むきかけのりんごがあったことから、犯人
は、りんごをむいている被害者から、ナイフを奪い、殺したものと思われる。
そして、ここが一番大事なのだが、大島氏は、自分の血で、『三十』と書き残
している」
「なかなか興味深い。続けてください」
「被害者の家族構成ですが、妻が一人いるだけで、名は敬子。二人は大恋愛の
末、結ばれ、財産の利子と金貸しで生活していたようだ。
 この敬子さんの話では、事件当日の午後十一時頃、夫が誰かと言い争ってい
るのが聞こえて、目が覚めた。しばらくすると急に静かになったので、居間に
行ってみると、夫が死んでおり、驚いて110番しようとした。ところが、突
然、後頭部を殴られ、気が遠くなってしまった、という。後頭部には、少しな
がら、アザが残っているので、信用してもよいと思う。なお、残念ながら、犯
人の顔は見ていない。
 次に勇氏を恨んでいる者だが、被害者に三千万円の借金をしていた黒田真吾、
学生時代から被害者と反りが合わなかった近道太郎の二人が上がってますな。
ところで、事件当日の午後十一時頃、黒田氏は借金を返すための借金をしよう
とかけずり回っていたので、アリバイがあります。それに対し、近道氏は自宅
で寝ていたと言っています」
 吉田刑事は言い終わると、のどが乾いたのか、水をもらって、一気に飲み干
した。
「今までの話を聞いていると、近道氏が一番怪しいな」
 私が言うと、流が、
「一番怪しい者は、犯人じゃないよ。何しろこれは、推理小説なのだから」
 と、笑いながら言った。そして続けた。
「冗談はともかく、ダイイングメッセージの件ですが、警部は見当が付いてい
るのですか?」
「ええ、初めはそのまま、名前に関係あるのかと思ったのだが、なかったよう
で。名前の画数かとも考えた者もいた。死に直面している者が、わざわざ数え
る訳ないので、当然、没ですがね。次に年齢かと思ったんですが、関係者に三
十代の者はいない。それに、人というものは、他人の年齢に関して、思ってい
るほどは知ってはいない様なので、これも違う感じだな。あと、電話番号、カ
ード番号等も調べたが、いかんせん、三十だけでは……」
「なるほどねえ。吉田刑事、あなたは『三十』を数字だと決めつけているよう
ですが、どうかと思いますね。今のところは、これぐらいです。新しい情報が
入ったら、教えてくださいよ」
「わかりました。頼みますよ、流さん」
 吉田刑事は、本当に頼りにしている様子だった。
 関係者の住所を告げて、彼が帰った後、流は、部下の東には黒田真吾を、北
には近藤太郎を調査するように言った(お断りしておくと、『東』『北』とは
人名である)。そして流自身は、私こと平野年男と共に、大島敬子を訪ねるこ
とになった。
 大島宅は、最寄りの駅からも相当離れた、閑静な住宅街にあった。そこには
多くの家が立ち並んでいるが、そのほとんどは、空き家のようだ。それ故、目
撃者もなく、警察も困っているようであった。
 流は大島家に着くと、丁寧に挨拶をしてから、聞き込みを始めた。まず、流
は、警察の調べと敬子の証言が食い違ってないことを確かめ、次に自己の質問
を開始した。
「失礼ですが、殴られた跡を見せてくれませんか」
「ええ、いいですわ」
 敬子はそう言うと、嫌な顔一つせず、長髪を掻き上げ、後頭部の傷を見せて
くれた。傷跡は少しは紫色になっていたが、それほど深くない。
 流が質問した。
「本当に、鈍器で殴られたんでしょうか。僕には拳で殴られたように見えるの
ですが」
「よくわかりませんわ。一瞬の出来事だったし……。それに、日も経ったから
治ったんです」
 敬子は振り向きながら答えた。
 私が、
「それではそろそろ、帰ります」
 と言いかけたところ、流が言った。
「最後にもう一つ。敬子さん、あなたは右利きなんでしょう?」
「そうですけど、どうしてわかったんですか?」
 敬子が聞き返すと、流は少しだけ気取って、
「いや、簡単なことですよ。あなたが腕時計を、左腕にしているのを見れば」
 と言って、それを機に、その場を発った。

 探偵事務所に戻ると、すでに東と北が帰っていた。二人の報告を聞く。
東の報告
「黒田真吾は、五十を過ぎた今でも独身で、何とか金儲けをしようと、その資
金として、被害者・大島勇から三千万円を借りたが失敗、事件の五日前も、被
害者から取り立てに来られ、株が上がるからと言って、逃げたんですが、これ
は嘘で、事件当日も借金のため、駆け回っていたようです。ここまでは警察の
調べと同じですが、アリバイについては、その駆け回っている合間に犯行をす
ることは可能です。それから利き腕は、左でした」
北の報告
「近道太郎は、現在は一人ですが、以前は森香代子なる女性と結婚していまし
た。事件当日のアリバイはありません。また、利き腕は右です。それから、森
も大島氏とは学生時代からの知り合いだったようです。念のため、黒田氏のこ
とを聞きましたが、何の関係もないようです。
 参考までに、森は、近道に、強引に別れられたので、近道の方を恨んでいる
節はあります」
 私はこのとき、奇異に感じたが、流はどんな事件であっても、関係者の利き
手を調べるよう、部下に命じているらしい。
 流はこれらを聞いて、
「二人とも、いわゆる『普通の人』だなあ。どちらか、手にケガをしていなか
ったか」
 と、東と北に訪ねた。二人の答は揃って、
「いいえ」
 だった。流は、
「大島敬子も、手にケガは負ってなかったな」
 とつぶやくと、突然、
「森香代子に会いに行く」
 こう言って、北から森の住所のメモを受け取り、飛び出して行った。
 そのあまりの速さに、出遅れた私は仕方なく、流の帰りを待つことにした。
 一体、何をやっているんだろう。私がやきもきすること約一時間、流が戻っ
て来た。
「やはり、森香代子も手にケガをしてはなかったよ。ついでに、事件当日のア
リバイも聞いてきたが、なかった」
 そう言うと、流はまたも出かけようとした。今度は出遅れまいとして、急い
で着いて行った。それが記述者の務めだろう。
 行き先は警察だった。
「どうして、警察なんかに来たんだ」
 と、私が尋ねると、流は、
「それはだね、黒田、近道、敬子それに森の四人の中に犯人がいると思われる
のに、手にケガをした者がいないのは何故か、確かめに来たのさ。よほど慣れ
た者でないと、鍔の無い刃物を扱うと、自分の手まで切ってしまうからね」
 と言った。やがて、吉田刑事が来た。
「何の御用ですかな、流さん」
 吉田刑事が聞くと、流が質問を口にした。
「たいしたことじゃないんですが、刑事さんは現場にあったというりんごを調
べましたか」

−−続く




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