#2925/5495 長編
★タイトル (ZBF ) 94/12/31 18:55 (190)
鬼畜探偵・伊井暇幻「復活! 二十面相」/2 久作
★内容
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愛媛県立宇和島博物館。収蔵品は、珍しくもない大名道具や武具、甲冑ばかり
かと言うと、そうでもない。唯一、国の重要文化財に指定されている内府像すな
わち織田信長の肖像画は、高校の教科書にも掲載される貴重なものだった。王義
之の書もある。
その王義之を、先刻から白髭、和服の老紳士が、腰を屈めたり仰け反ったり、
色々と角度を変えて見つめている。老紳士に学芸員がイソイソと近付いていく。
学芸員というのは、高度な知識を持ちながら、それを披露する機会も確認するチャ
ンスにも恵まれていない。話し相手といえば、無知蒙昧なクセに権柄ずくの地方
吏員、良い所で郷土史家のオジイサンときているから、チョッとモノを知ってい
そうな人物を見かけると、話しかけずにいられないのだ。
「書が、お好きですか」揉み手せんばかりに話しかける学芸員。老紳士は上の
空で「うむ。確かに、この王義之は素晴らしい。じゃが……」「じゃが?」「つ
かぬことを尋ねるが、この王義之、最近、表装の貼り替えをなさったのではない
かな」「え、えぇ、だいぶ軸が痛んできたもので。それが何か……」「ふーむ、
そうじゃろう。そうじゃと思った」意味ありげに独り頷く老人は、「あ、いや、
気になさるな。……うん、気にされぬ方が良い」とモゴモゴ言って立ち去ろうと
する。「え? ……あ、あなたは、まさか……。そんな……」思い当たることが
あるのか学芸員は慌てて老紳士を追っていく。「まさか、あなたは、この王義之
が……」「あ、いやいや、そうは言っておらぬ。ただ、チィと端の方がケバ立っ
ておるようじゃったから……。あ、いや、なんでもない。聞かなかったことにし
てください」老紳士は再び歩き出そうとする。その前方に回り込んだ学芸員は、
「そうはいきません。博物館の収蔵品を管理する者として、伺います。あの王義
之は、剥がれたモノだと仰るのですかっ」。
説明しよう。メカの素とは……、じゃなかった、和紙を使った芸術、特に書は、
複製が簡単なのだ。いや、複製という言葉も適当ではない。本物を、もう一つ作
ることが出来るのだ。和紙は、幾重にも紙の繊維を重ねて作る。本物のハナ紙を
何枚も重ねたのが、和紙なのだ。だから、少し手先が器用であれば、二枚に剥ぐ
ことが出来る。そして、和紙は墨を裏まで通すから、掠れもせず、同じ書が二枚
出来上がるのだ。表具師なら誰でも、この技術をもっている。名人と言われる者
なら、三枚に剥ぐことも可能だという。どちらも本物だが、上側すなわち書いた
ときに表面だった一枚が、最も価値が高い。表面にケバ立ちがあるということは
下側の部分、価値の低い部分だということだ。
「し、しかし、表装を依頼した表具師は、市内の信用ある業者で……」「いや、
その表具師さんが犯ったとは言うておらん。じゃが、あの世界は狭い。誰が何を
請け負ったか、すぐ知れ渡る。他の表具師が遊びに行ったフリをして……」「そ、
そんな、そんな……」学芸員は既に蒼白、脂汗まで垂らしている。責任問題だ。
「あ、いや、年寄りのザレ言、気にされぬ方が良い。ドチラにせよ、アレはアレ
で正真正銘の王義之じゃから」三度、歩きだそうとする老紳士の袂にすがって学
芸員は、「ど、どうしたら良いでしょう。こんなことが知られたら、私は……。
お願いです。何か、お考えがあったら、お聞かせ下さい」「はて、そうと決まっ
たワケでもなし」「いや、あなたは表装をし直したことまで見抜いた。この後、
誰が同じコトを見抜くかも解りません。そうなったら、私は、私は……」。
ひとつ溜息を吐いて老紳士が学芸員に向き直る。「解りました。長生きすると、
知らなくとも良いことまで知ってしまうもので、私は少しく故売商には顔が利く。
王義之に就いては心当たりもあるから、誰が持っているか、聞いてみましょう」
「あ、ありがとうございます」「ただし、条件がある」「な、なんでしょうか」
学芸員は少し及び腰になって「あのぉ、本県の博物館というのは極めて予算が限
られていましてぇ……」「なに、銭金のことではない。もし、私が王義之の、も
う一枚を見つけても、誰が犯ったか、誰が買おうとしたかは、不問に付していた
だきたいのじゃ」「そ、それは……」「そうでもせぬと、突き止めることは出来
ませんぞ」。学芸員は額の汗を拭って「解りました」。老紳士は二、三歩行って
急に振り返り、「そうじゃ。これは、オセッカイじゃが、また誰が気付くかも解
らん。王義之は展示を取り止めて収蔵庫に回した方が宜しかろう」「はいっ、仰
せの通りに」「それでは十二時前に、また来ます」「どうか、宜しくお願いしま
す」。
●
午前十一時四十五分、果たして老紳士は博物館に戻ってきた。学芸員が擦り寄っ
て、「あの……、首尾の方は」。「上々じゃ」老紳士は手に持った筒を顎で示し
た。二人は、それ以上の言葉を交わさず、収蔵庫へと足早に向かった。
緊張した面持ちで、学芸員が二枚の王義之を照合する。間違いないとの確信を
得て、表情を緩めた。振り返り、「ありがとうございます。なんとお礼を申し上
げて良いやら……、え?」学芸員が目にした者は、さきほどまでの上品な老紳士
ではなく、変態だった。どう見ても、変態だ。黒マント、黄金の仮面、黒い絹の
タキシード。しかも黒ズボンの腰の辺りが、まるでオシメをしているかのように、
いや、実際、オシメをしていたのだが、モッコリ脹らんでいるのだ。その変態が、
ワルサーPPK/Sを構えて、「内府像を、いただきたい」。
「あ、あんた、一体……」ようやく学芸員が粘り付く唇を開いた。「黄金仮面」
変態は恥ずかしげもなく名乗った。正真正銘、骨の髄まで、筋金入りの変態らし
い。「黄金仮面? ってコトは、怪人二十面相! ど、どうして二十面相が、此
処にっ」「予告しておいた筈だが」「あ、あぁ、しかし、そんな……。まさか、
本当に来るなんて」「俺は予告を守らなかったことはないぞ」「いや、そういう
問題では……」「ツベコベ言わずに内府像を渡してもらおう」。脂汗を流しなが
ら学芸員が反論を試みる。「二十面相だとしたら、人に危害を加えない筈だ」。
二十面相はニヤリと笑って、「ほぉ、よく憶えていてくれたな。しかし、その言
葉は不十分だよ。時と場合によっては銃を使う。憶えておいてほしかったな」「
ううっ」「さぁ、内府像をいただこうか」。
渋々ノロノロと学芸員は厳重な金庫を開けて鍵を取り出し防犯装置のスイッチ
を切って再び別の鍵を取り出して金庫を開け、そこから鍵を取り出して別の金庫
を開けたり色々やって、漸く内府像を取り出した。二十面相は器用に巻いて筒に
入れ、学芸員から収蔵庫の鍵を取り上げた。「騒がれたくないものでね。暫く、
此処に閉じこもっていてくれたまえ。なぁに、夕方には、出られるだろうよ」銃
を構えたまま後ずさり、扉を閉めて消え去った。
●
博物館の向かい、天写公園。どう見ても男同士としか思えない一組のカップル
がサカっている。男の方は如何でも良いが、ウケの少年の方は、天使と見まごう
ばかりに美しかった。そう、博物館を見張っている筈の伊井と小林であった。異
変に気付いたのは小林だった。「あっ、怪しい奴が出てきた」。確かに怪しい。
黒マントを靡かせ、黄金の仮面を付けたタキシードの紳士、これほど怪しい奴も、
そうはいない。しかも、ズボンの腰がモッコリ膨れているから滑稽だ。伊井は吹
き出した。「怪しいって、あれじゃぁモロじゃねぇか。どうせ予告状を見た奴が、
悪戯で仮装してるんだろ。それより小林ぃ、俺、勃ってきちゃったよぉ。なぁ、
そこの公衆便所ででもヤろうぜ」「でも、でも……、あ、車に乗った。僕、行っ
てきますっ」言うが早いか小林は、まとわりつく伊井の腕を振り払い、停めてい
た原付に跨って、セル・スタート。アッという間に飛び出していった。
「あーあ、行きゃぁがった。贋の内府像にゃ発信器を組み込んでるから、行き
先は判るってのに。……ところでっと、おい、出てきな、ヤオイ探偵団」「酷ぉ
い、ヤオイじゃないもん。僕たち真面目な少年探偵団だもんっ」茂みから、妙に
純真な目をした学ラン姿が十一人、ゾロゾロと現れた。「別に俺ぁ、ヤオイを差
別してないってば。どーせ俺と小林のラブシーンでオナってたんだろ。お前ら脇
役も、舞台に上がらせてやる」「えっ、追跡ですか」「わーい、追跡だ、追跡だ」
「BDバッチを落として行くんだよね」「何に乗って追跡するのかなぁ」「勿論、
パッカードさぁ」甚だしく純真な目をしてハシャぐ少年探偵団に「こらこら、乗
用車に十二人も乗れんてや。市営バスで行く」「バスゥ?」「あぁ。ええっと」
伊井はポータブルパソコンの画面を覗き込んで、「内府像は、とりあえず、国道
56号線を北上中だ。松山行き特急バスに乗ろう」「そんなぁ、恰好悪いよぉ」
「ぶぅぶぅ」「ぶぅぶぅ」とてつもなく純真な目をした十一匹の子豚のブーイン
グを無視して、「えぇっと、まだバス発車まで時間があるな。チョッと俺、着替
えてくるから」伊井はバックを肩に、公衆便所へと消えていった。
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黒塗りのクラウンを追いかけ小林が辿り着いたのは、宇和島から北方約百キロ、
松山市高浜の、とある廃ビル。海辺の大型リゾートホテルを標榜し、バブル期に
建設が計画されたものの、外形だけ出来た時点で発注元が泡と共に消え去り、二
十五階の巨体は朽ちるに任されていた。
小林は断崖に立つ廃ビルに近付く。エンジンを切り、慎重に近付いていく。人
影は既にない。人通りもなく、ただ遠くの県道を通る車の音だけが聞こえてくる。
ゴクリ。小林は自分の呑み込んだ生唾の音に少し驚いた。静かだった。入り口を
ソッと窺う。誰もいない。唇を引き結び、猫のように俊敏に、音を立てず、忍び
入る。ロビーになる予定だったのだろう、広い空間だ。誰も居ない。周囲に気を
配りながら、ソロソロと歩を進める。チーン。軽やかなベルの音。驚いて振り向
く小林。エレベーターだった。エレベーターが客を待って扉を開けている。「ど
うぉして、未完成の廃ビルにエレベーターが……」小林は呟き、慌てて口を押さ
えた。辺りを見回す。やはり、誰もいない。ゴクリ。もう一度生唾を飲み込んだ。
誰へともなく頷いて、小林はエレベーターに乗り込む。乗り込んだ途端、背後で
扉が閉まる。ハッと振り返る小林、グンッと下へのGを感じて、少しヨロめく。
最上階で止まる。静かに扉が開く。
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「あっ」思わず小林は叫んだ。豪華な内装を施された大広間だった。フラフラ
と外に出る。見回すと、洋画が周囲の壁にズラリと掛けられている。「これは…
…、えーっと……、先生がSM画家だって言ってたクラナッハ父子っ」壁に駆け
寄って、「ユーディット、パリスの審判、これはキューピッドとヴィーナス……」
「よく知っているね。感心したよ」落ち着いた老人の声、小林が振り向くと、黒
マントを纏った黄金仮面、小林が「二十面相だなっ」。「ふふふ、その通り。ど
うだ、なかなかのコレクションだろう。クラナッハは、好きなんだ。彼ら父子の
描く女性というのは、細やかな首をしている。これは乙女らしさ、純潔を現して
いる。頭部は綺麗な卵形だが、張りのある少女らしい頬が、レモンのような尖り
加減の顎に収束している。唇は薄く小さく、性的な情欲とは無縁だ。しかも、こ
の目、どれも吊り気味だろう。凛として、そう、射抜くような視線だ。特に、ほ
ら、このユーディット像を見たまえ。ピッタリと、さも窮屈そうな着衣に、多く
の装身具、いや金具と言っておこう。これは、ある評論家に言わせると、拘束具
だそうだ。上手いことを言う。その通り、拘束具だ。美しい肉体を自ら隠蔽し拘
束し、マゾヒスティックなほどにストイックな……、いや逆だ、ストイックゆえ
にマゾヒスティックな純潔の処女……。しかし、それ故に、クラナッハの描く女
性は、エロティックなのだ。純潔は、純潔の侭でも十分に美しいのだが、純潔は、
汚辱に塗れる瞬間に最も光輝ある美しさを見せるのだ。……ふふふっ、まるで、
囚われ辱められる小林君のように」二十面相の長口舌を聞きながら、(二十面相っ
て、先生と話が合いそう。変態ぶりならドッコイだな)とか考たが、このまま一
方的に喋らせていると話が進まないと思って、とりあえず「内府像を返せ」と言っ
てみた。
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「駄目だ。このコレクションを完成させるためには、内府像が是非とも必要な
のだ」「なんでだよ。これ、みんな女の人の絵ばっかりじゃないか。織田信長の
絵なんて必要ないじゃないか」「両者には共通点がある。張り詰めた孤独、激し
い独善による寂寥感だ」「……」。
「さて、お喋りが長くなった。君には別室を用意してある。ゆっくり寛いでく
れたまえ」「別室? ……ああっ」突然、小林の足下の床が消失した。落下、ジ
ンッ、足に衝撃が走った。小林は転げて、したたかに腰を打った。十メートル四
方ほどの部屋だった。窓も扉もない。開いているのは、たったいま小林が落ち込
んだ天井の穴だけだった。穴から黄金の仮面がニタニタと見おろし「君、名前は?
」、小林はグッと見上げ「小林、小林純」「小林? 奇遇だな。私も君と瓜二つ
の小林という少年を知っている。いや、知っていたと言うべきかな。ふふふ、こ
れは愉快だ。どういうイキサツか知らないが、小林という美しい少年が、この秘
密の美術館に迷い込んでくるとは。これで明智君が登場すれば……」陶然と呟く
二十面相、すぐに我に返って「あはは、はは……。冗談だよ」と寂しく笑った。
「ワケの解らないこと言わずに、僕を此処から出せっ」「駄目だ。私は美しく
勇敢な少年を見ると苛めたくなるのだよ。凛とした勇敢な少年が、苦痛に、屈辱
に、美しい顔を歪め、そして耐える姿は、この上なく素晴らしい芸術なのだ」「
へ、変態……」「そうかもしれんな」そう言い残し黄金仮面は姿を消す。落とし
穴が塞がれる。暗黒になる。
ザザザザザザザッ。「え?」轟く水音に小林は辺りを見回すが、もとより暗黒
の中では何も見えない。「わっ」床についた手に、水の感触。冷たい水が這い広
がっているのだ。あぁ、美少年探偵助手・小林は、このまま溺れてしまうのであ
ろうか。それとも気を失ったところで全裸に剥かれ、変態二十面相に、その白く
引き締まった肉体を隅々までネチネチとイヂくり回されて、あんなコトや、そん
なコトや、こんなコトとか色々淫らなコトをされて陵辱されるのであろうか。美
しい顔が泣きじゃくり、しなやかな肢体が強張り打ち震えてしまうのであろうか!
(続く)