AWC 優しい事件 8  永山


        
#2907/5495 長編
★タイトル (AZA     )  94/12/29   8:45  (200)
優しい事件 8  永山
★内容
「明かりを落とし、鍵を内側から掛けておけば、夜間番の警備員が来たとして
も、見つからない。そうして、犯人は朝を迎えた−−どんな気持ちで迎えたか
までは伺い知れませんが−−後、犯人は部屋を抜け出す準備をしたことでしょ
う。いつ、梨田さんがドアの向こうに現れてもいいように」
「分かってきたぞ。理香子が朝十一時に来たとき、確かに鍵はかかっていたが、
中にはまだ犯人がいたんだな?」
「そう思われます。犯人は、思惑通り梨田さんが警備員室に走ったのを見届け
ると、鍵を開けて脱出したのです。ひょっとしたら、梨田さんはカードキーを
差し込む前に、もう一度ドアのノブを回してみるかもしれません。当然、ドア
は開きますが、でも、それは大した問題ではないのです。そのとき、梨田さん
が一人であれば、ドアの鍵がかかっていたかどうかは第三者には分からないの
ですから。カードキーを持っているという事実が、梨田さんを締め付けるので
す」
「ふむ……。真犯人が、今度の殺人をやりおおせることは分かった。だが、そ
の肝心の犯人は、誰なんだ?」
 頭をかきながら、苦悩の色を見せる片谷。
「それは、さっき言った犯人の条件を、まずは思い出してください。犯人は当
日、梨田さんが園崎さんの部屋を訪ねる約束をした事実を知っていた人物です」
「しかし、な……」
 片谷は戸惑い、言い淀んだ。
「事件後、理香子から聞くまでは俺も知らなかった。他の連中にも話してはい
ないそうだ、理香子は」
「約束はどんな手段で決めたんでしょう? 往来で大声で話せば、誰にでも聞
くチャンスが……」
「いや、それはない。電話だったと言っていた」
「電話ですか……。いくら流行っていても、まさか、盗聴なんてことはないで
しょうからね。園崎さん自身が犯人に伝えたという可能性があります」
「それだけ園崎さんに近い人物ということか、犯人は」
「まず、間違いないでしょう。最近、園崎さんと親しくしていた人は?」
「ほとんど院生同士のつき合いしかなかったからな、彼女は。うん、二人ぐら
いに絞れると思う」
「何て名前です? 書いてみてください」
 言われて、片谷はボールペンを走らせた。プリントの裏に、殿村雄岳、木山
りつという文字が浮かぶ。片谷はさらに、思い付いたように読み仮名を振った。
とのむらゆうがく、きやま、と。
「二人とも園崎さんと同じ修士一回生だ。どちらも、園崎さんを殺すような動
機は持ってないと思うんだが。仮にあったとしても、表面に出ないような動機
なら、遺体をばらばらにまでしないだろう」
「アリバイ、調べられますか?」
「できないことはない」
 片谷は強くうなずいた。

 結果は芳しくなかった。四日後、武郎の前に現れた片谷の表情を見ただけで、
それは明らかであったろう。
「だめだ、二人ともアリバイがある。完璧だ」
「どんなアリバイですか?」
 簡単にはあきらめず、武郎は聞いた。
「どんなって、単純明快だ。殿村は教授の手伝いで、その教授の家に行ってい
た。断っておくが、教授の家ってのは、大学から車で一時間はかかる場所にあ
る。木山さんはちょうどゼミ仲間とコンパをしていた。こちらも複数の証人が
いる」
「利害関係のない人物による証言ですか……正しく、完璧ですね」
 さしもの武郎の口から、ため息が出た。が、まだあきらめない。
「他にいないんですか? 園崎さんのスケジュールを知り得る人は?」
「分からねえよ! そりゃあ、彼女の両親だったら知っていて当然だろうけど、
いくら何でも両親が犯人なんてあり得ないだろうが」
「……待ってくださいよ……。そうだ、教授は誰です? いや、助教授かもし
れませんが」
「何を言っているんだ? 教授ったって、たくさんいるぜ」
「だから、園崎さんの師事していた先生ですよ! その人なら、園崎さんのス
ケジュールを知り得る立場にある!」
「あ」
 園崎鈴歌が所属していたゼミは、高原洋一ゼミと言った。

「高原助教授にもアリバイがある」
 三日後、独自の調査を行ってきた片谷は、やはり疲れた顔で武郎の前に姿を
見せた。
「どんなアリバイですか、先輩?」
「助教授はあの日、夕方五時を過ぎてもずっと学内に残っていたそうだ」
「だったら、怪しいじゃないですか」
「まあ聞けよ。片付けるべき研究とかがあって、残ったそうなんだ。言うまで
もなく、高原助教授は自分に与えられた部屋があって、当日の夜もそこにこも
っていた」
「誰か連れ合いがいたんですか?」
 早口で質問する武郎。片谷は大きく首を振った。
「部屋に一人きりだったさ、助教授は。でも、証人はいる。パソコン通信をし
ていたんだそうだ」
「パソコン通信?」
「知ってるだろう?」
「パソコン通信が何かってのはだいたい、知ってますけど、大学の助教授がパ
ソコン通信ていうのが分からなくて……」
「学会のネットワークというものがあるんだ。最新情報のやり取りに、パソコ
ン通信は最適なんでね」
「詳しくは知りませんが、本人が通信をしていたという証拠は残らないんじゃ
なかったですか?」
「高原助教授は、ずっとアクセスしっ放しにしているんだ、いつ情報が飛び込
んできてもいいように。これだけでも個人の証明になる。さらには、事件の日、
海外から電子メールを受け取り、その返事を書いて相手に電子メールを出して
いる。その内容は間違いなく、高原助教授の書いた物だったとのことだ」
「……」
 静かになってしまった武郎は、ゆっくりと腕を組んだ。
「事件当夜、大学に残っていたとなると、怪しいのは間違いない。それだけで
犯人扱いするには無理があるとは分かってますが、申し立ててきたアリバイと
いうのが、輪をかけて胡散臭いのが、どうも気にかかります」
「俺もそう思う。だが、パソコン通信のアリバイは崩せそうにない」
「……そうだ」
 何か閃いたか、武郎は腕組みを解いた。
「園崎さんの部屋に、パソコンはないですか?」
「あるが……。あっ、そうか。分かったぞ、おまえの考えが」
「そうです。園崎さんの部屋のパソコンで、通信ができるようにすればいいん
ですよ。できるでしょう?」
「ああ、多分な」
 一気に元気を取り戻したらしい片谷は、力強く言った。

 翌々日、高原洋一が重要参考人として取り調べられ、さらに一週間後、この
助教授は逮捕された。園崎鈴歌のパソコンの裏側から、彼の指紋が検出された
のが決め手となった。

−−終わり


犯人当て・解答編 トルコ石付き刀の冒険     玉置三枝子
「昨日の夜、静かだったわよね? まどかちゃんの証言が大切なのよ。どうだ
ったかしら?」
 荒川さんは、何かにとりつかれたみたいに、あたしを揺さぶった。
「そう言われても……」
「いい? ボートの音、したかしら? エンジン音はうるさいから、ボートを
使えば気付くと思うんだけど?」
「あ、それなら……。音はしなかったみたい」
「そうでしょう? じゃあ、犯人はいつ、小島のアトリエに渡って、また戻っ
たのだと思う?」
 荒川さん、答を知っているのに質問する先生みたいだ。自分の考えを確かめ
たくて、そうしているんだ、きっと。
「やっぱり、泳ぐしかないと思います」
「そうよね。こういうこと言うのは気が進まないんだけど、まどかちゃん。あ
なた、あの刀を持って泳ぐ気になれるかしら?」
「夜は冷たいし、刃物は危ないから……。やめます」
「もう一つ、事実、刀は濡れていないの。その証拠に、トルコ石がきれいな青
のままだったってことがあるわ」
「どういうことですか?」
 分からなくなって、あたしは聞き返した。
「トルコ石という宝石はね、水に濡れると、染みちゃって黒ずんでしまうのよ。
でも、アトリエに残されていた刀のトルコ石は、青かった。つまり、濡れてい
ないってことになるでしょう? ビニール袋か何かに入れたとしても、刀なん
だから、破けちゃうと考えられるしね」
「刀が濡れていない、要するに犯人は刀を持って湖を泳いではいないというこ
とは分かりましたけど。それがどういう意味になるんですか?」
「アトリエに行くには、泳ぐしかないのは確かよね。じゃあ、刀はどうしたの
か。昼間の内にあらかじめ、アトリエに運んでおいたんじゃないかな。宮沢の
おじさんがボートでアトリエに向かうのを利用して、ボートに秘かに積み込ん
だって」
 そっか。そう考えれば、刀を運べるかもしれない。
「そういうことができる人は? 考えてみて」
 あたしは頭の中で考えた。
 まず、宮沢さん自身じゃないわよね。殺された人が凶器を持って行くなんて
こと、考えられない。
 保奈美さんと医者の千堂さんでもないはず。だって、二人共、ボートに乗り
込んでいないんだから。
 荒川さん? この人だったらこんな質問、しないわ。だいたい、荒川さんは
泳いで渡ったんだった。あたしと一緒よ。ほんの少し、着替えやタオルをボー
トに乗せたけど、それで刀をくるんだとしたって、いつボートに乗っている人
に見つけられるか、心配でしょうがないはず。やっぱり、ボートに乗っていな
いと、刀は運べないわ。
 残ったのは……。え?
「あ、荒川さん……まさか」
 あたしは震える自分の声に、気が遠くなりそうになった。荒川さんは、大き
くうなずいた。
「言ってみて、まどかちゃん」
「まさか、お兄ちゃんが。大介兄ちゃんが……」
「私も同じように考えたの。昨日の朝食の後、凶器となったトルコ石付きの刀
はなくなった。刀を濡らさずにアトリエに運び込むには、事前にボートで運ぶ
しかなかった。それができたのは……栗本大介だけだった……。どう? ゆっ
くり、落ち着いて考えてみて。これまでの考え方に、何か無理なところはなか
ったかどうか」
 あたしは急いで、これまでの考えを最初から見直していった。だけど、どこ
にもおかしな点は見つけられない……。
「あたし……分からない」
「そう……」
 荒川さんは静かに立ち上がり、部屋を出て行こうとした。
「気を付けてね。あなたのお兄ちゃんは、まどかちゃんには何もしないと思う
けど。一応、何も知らないふりをしていて」
 出て行くとき、荒川さんはそう言った。

 結局、お兄ちゃん−−栗本大介は旅行が終わってから捕まってしまった。や
はり、荒川さんが導いてくれた推理が正しかったんだ。
 動機は何か? あたしにはよく分からなかったんだけど、覚醒剤が関係して
いるんだって。お兄ちゃん、覚醒剤を宮沢さんに分けてもらっていた。創作意
欲を高めるという理由で。それで、宮沢さんに覚醒剤をまとめて売っていた人
(売人と言うのね)が、あの旅行の最中に、交通事故か何かで死んでしまった
の。
 それを知ったお兄ちゃんは、売人が持っている密売リストに宮沢さんの名前
があることを知っていたのね。お兄ちゃん自身の名前はリストになかったそう
だから、お兄ちゃんはリストから宮沢さんを通じて、自分の名前が警察に漏れ
るのを防ごうと考えたらしい。宮沢さんを殺せば、それでいいと思ったのね…
…。
 どうして売人が死んだことをお兄ちゃんが知ったのか? お兄ちゃんしか知
りようがなかったのよ。あのお屋敷にはテレビもラジオも何もなかった。唯一、
お兄ちゃんだけがラジオを持って来ていた。ラジオのニュースで聞いたのね、
多分。
 あたしが黙ってラジオを借りて聞いてたら、お兄ちゃんが怒った理由もやっ
と分かった。ニュースを通して「画家の宮沢豹一も、覚醒剤を買っていた模様
です」なんて、あたしが聞いたら大変だったからなんだ。
 しばらく、誰も信用できそうにない。あたしに栗本大介宛のファンレターを
渡していた友達も、いなくなっちゃうんだろうな。
 作家の栗本大介は消えた。あたしの優しいお兄ちゃんも消えてしまった。

−−解答編.終わり


−−−続く




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