AWC 優しい事件 7  永山


        
#2906/5495 長編
★タイトル (AZA     )  94/12/29   8:42  (200)
優しい事件 7  永山
★内容
クロックとルーム      奥原丈巳
「午後五時以降の密室ですか?」
 鬼馬村武郎は相手の言葉を反復した。
 こんな話題を持ち出した相手の方は、その言葉の効果を楽しむかのように、
にやにやしている。どこか投げやりな笑み。
「どうだ、面白いだろう」
「はあ、まあ」
 先輩の手前、武郎は曖昧に返事をした。人が死んでいるのだ。面白いかと聞
かれて、何と答えればよいのだろう。それに、先輩だって面白がっている場合
でないはずなのだ。
「時間制限付きの密室なんて、珍しいだろ」
 先輩−−片谷庄助は、あたかも己が殺人犯であるかのように、自慢げである。
 だが、多少なりともミステリーを読んでいる武郎からすれば、時間が壁とな
る密室なんて、さほど珍しくない。無論、現実に起こった事件となれば、話は
別なのだが……。
 事件が起こったのは、片谷が通う大学構内。現場は、研究棟Bという、大学
院生に割り当てられる研究室の棟の一室だった。その部屋、四一七号室はB棟
の最上階である四階は東側のちょうど真ん中に位置する部屋だ。
 死んでいたのは、四一七号室の主である園崎鈴歌、女性、二十三歳。どのよ
うにして死んでいたかは後回しにし、どこがどう密室だったのかというと……。
 まず、研究室の鍵のシステムを説明しよう。各部屋には電子ロックが備えて
あり、外からはカードキーによってのみ施錠できる。カードキーは通常、警備
員室で保管され、大学にやってきた院生は警備員に学生証を提示し、鍵を受け
取る。返却時は、単に鍵を警備員に渡すだけでよい。ただし、いつでも借りら
れる訳でなく、原則として午前九時から午後五時までの間だけである。この間
に鍵を借り、また返しに来なければならない。
 もちろん、研究が追い込みに入った時期になると、例外が認められる。院生
は、自分が師事する教授からの許可をもらえさえすれば、その旨を記した許可
証を警備員に示すことで、カードキーの貸し出し延長が可能となる。
 事件の話に戻ると、四一七号室の鍵は午後五時までに、正確には午後四時四
十五分に警備員室に返されていた。園崎本人が返しに来たかどうかは、西日の
逆光もあって定かでない。
「馬鹿々々しい可能性から潰していきましょう。警備員が犯人ということは?」
 武郎はあまり気乗りしないながらも、意見を述べた。
 片谷は即座に、
「それはない。動機なし、アリバイあり、だぜ」
 と言い切った。
 園崎の死亡推定時刻は午後五時から七時までの間とされている。警備員はち
ょうど警備員室の部屋を閉め、学内各施設の施錠に回っていた頃だ。このとき、
親しくしている講師が一緒について回ったらしい。その後も、警備員はその講
師と一緒に夕食を共にしたことで、アリバイ成立となった。
「カードキーが持ち出されたとは考えられませんか」
 さして期待せぬ口調で、武郎は意見を重ねた。
「警備員室はしっかりと鍵がかかっていたし、窓ガラスに異常はなかった」
「じゃあ、第一発見者が怪しくなりますね」
 武郎は軽く笑ってみせた。片谷の顔がこわばる。片谷の彼女が第一発見者な
のだ。だからこそ片谷は必死になっており、後輩の武郎に事件の相談を持ち込
んだのだ。
「冗談よしてくれ。理香子は関係ないさ」
 梨田理香子は園崎と同じ高校出身で、被害者とは一つ違いである。つまり梨
田は四回生で、卒業論文についてアドバイスをもらおうと、事件発覚の朝、園
崎を訪ねた。午前十一時のことである。
 ところが、部屋の中から応答がない。前日、約束したにも関わらず、園崎が
姿を見せないのを不審に思った梨田は、ドアを開けようとした。しかし、鍵が
かかったままで開けられない。これは大学に来ていないのではと思った梨田は、
すぐに公衆電話へと走り、園崎の家に電話をしたところ、母親が出た。その話
によると、昨日から園崎は帰っていないという。連絡もなかったがよくあるこ
となので、さほど気にしなかったとのことだった。
「どうして、梨田さんは警備員室へカードキーを借りに行ったんですか?」
「頼んでおいた資料を受け取る約束もしていたらしい。だから、せめて部屋の
中にあるはずの資料だけでももらおうとしたんだ」
 片谷は、それが失敗だったという表情である。
「カードキー、警備員がよく貸してくれましたね? 本人にしか貸さない建て
前じゃないんですか」
「理香子は特別なんだよ。それが今度の事件では裏目に出ているんだがな……」
 梨田の父親は、当大学の創立に大きく関与していた。ただそれだけの理由で、
梨田理香子は色々と特権を与えられている。警備員に頼めば、疑われることな
しに、鍵を借りられる。
「先に確認しておきますが、他に梨田さんみたいな特権を持っている人はいま
せんね?」
「いない」
「他の人が、梨田さんに頼んで鍵を借りることはあるでしょうか?」
「俺の知る限り、理香子はそんなことまではしないさ。結構、水面下では他の
学生から嫉妬されているらしいからな」
 忌々しそうに、片谷。
「せめて、一人で鍵を開けたんじゃなければ……」
 梨田自身の話では、カードキーを借り受けた後、四一七号室へと直行、解錠
した。ドアを開けた途端、ばらばらにされた園崎の遺体が目に入ったという。
 遺体は九つの塊に切断され、それぞれがビニール袋に入れられていた。加え
て、部屋には大量の血溜まりができていた。梨田から警備員へ惨事が伝えられ、
さらに大学関係者を通してから警察へ報ぜられた。警察の調べでは、遺体は間
違いなく園崎鈴歌であり、死因は紐状の凶器による絞殺とされた。
「警察が捜査した結果、理香子が疑われているんだ。前日の午後五時から六時
の内に園崎さんを殺害・切断し、それをビニールに詰めてキャンパス内のどこ
かに隠した。翌朝、四一七号室の鍵を借り、遺体を部屋に運び込んでから、警
備員を呼んだのだろうと……」
 片谷は頭を抱える。目に疲労の色が濃く、手の爪には垢が黒くたまっている。
「何とかならないか、武郎? おまえ、二度ほど殺人事件に巻き込まれて、真
相解決に寄与したって聞いている」
「ええ、まあ、そうですが……」
 思い出したくない話を持ち出され、武郎は内心、気を悪くしていた。その上、
そんな事件を解決したからといって頼ってこられるのは、もっと嫌であった。
 しかし、武郎に片谷を見捨てることはできそうにない。それは武郎自身、よ
く分かっていた。何故なら、先輩からの頼みだからではなく、片谷の好きな女
性が窮地に立たされているからだ。かつての自分がオーバーラップされ、武郎
は放っておくことができない。
「犯人の条件は、割に簡単に列挙できますよ」
 さりげない調子で、武郎は始めた。
「え?」
 間抜けな声と共に、片谷は顔を上げた。
「い、言ってくれ。どんなことでもいい」
「遺体は明らかに殺人の様相を呈しているのに、どうして犯人は現場を密室に
したのか。これを考えれば、自ずと出てきます」
「……普通、密室にするのは自殺に見せかけるためだな」
「そうです。でも、繰り返しますが、今度の園崎さんは明らかに殺されていま
す。犯人がこんな手間をかけた理由は? この場合、最も有力なのは、第一発
見者を犯人に仕立てたいためではないか、という考え方ではないでしょうか」
「つまり、犯人は理香子を犯人に」
「恐らく。無論、犯人は遺体発見を遅らせるために四一七号室に遺体を封じ込
めたという考えもあります。しかし、それは現実的でありません。いくら院生
と言え、女性が家族に対して一週間も音信不通であれば、家族は大騒ぎするで
しょう。そして当然、研究室が真っ先に調べられ、遺体発見となります。詳し
く調べるまで完全な断定は禁物でしょうが、まずこちらの線はないですね。
 また、誰でもいいから第一発見者に濡れ衣を着せようと考えた場合もあり得
ますが、園崎さんが死んだ四一七号室は、訪問者がないといつまでも開かれる
ことがないかもしれない。そんな悠長な手段を取るとは考えにくく、やはり犯
人は、梨田さんが第一発見者になるであろうと計算していたと考えられます」
「当日、理香子が園崎さんと会うことを知っていた人物が犯人だと言うのか?」
「その可能性があるという程度です」
 慎重な物言いを、武郎はした。さらに、
「カードキー並びに電子ロックについて、実際に見てみたいんですが」
 と申し出た。
「いいとも」
 立ち上がると、片谷は足早に出口に向かった。すぐに武郎も続く。
「俺の部屋のでいいよな?」
「欲を言えば、現場である四一七号室の方がいいに決まってますが、ここでも
差し障りないでしょう」
 言いながら、ドアのノブの二〇センチほど上にある直方体の箱に触れる武郎。
この四角い出っ張りが、電子ロックだ。
 武郎と片谷は廊下に回った。
「この隙間にカードキーを?」
「そうだ。やってみせよう」
 片谷は財布からテレフォンカードと同じぐらいの大きさのカードを取り出し
た。メタリックなデザインで、差し込み方向を示す矢印が大きく描かれている。
その先に部屋番号が浮き彫りになっていた。
「まず、鍵をかけなくちゃな」
 カードを差し込むと、片谷は電子ロックの箱にある丸いダイヤルを右にひね
った。かちゃりと音がする。
「これでかかった。確かめてみてくれ」
「……ええ。閉まってます」
 武郎がノブを揺すぶったが、ドアは動かない。壁とドアとの隙間はわずかに
光が漏れる程度で、とても糸等で細工できそうにない。
「今度は開けましょう。僕にさせてください」
 片谷は無言でカードキーを武郎に手渡した。
 武郎はカードを隙間に入れ、さっきとは逆方向にダイヤルをひねった。慣れ
のせいか、閉めるときより音が小さく感じられる。
「……隙間はありませんよね」
 カードキーを返しながら、武郎。
「ああ。例え糸なんかが通っても、内側のダイヤルを回せるとは思えない」
 力ない片谷の声。
 武郎は念のためにといった風に、室内の側に回り、ダイヤルの滑りを調べた。
「糸は無理ですね……。えっと、室内からはこのダイヤルをひねるだけで鍵は
かかるんですか?」
「そうだ。室内からは開閉自由、カードはいらない」
「……ちょっと考えていることがあります。もう一度、カードキーを」
 受け取ると、武郎は再び部屋の外に出た。
「どうするんだ? 内側から鍵、かけてみようか?」
「いえ、結構です。先輩も外へ……」
 と言いつつ、武郎はドアを閉めた。カードキーを隙間に差し込み、鍵を『開
ける』方向にダイヤルを回した。
「何をやってるんだ? 鍵は開いてるのに」
「鍵がかかっていない状態でダイヤルを右にひねっても、手応えが変わらない
かどうかを調べてみたんです」
 武郎は明るい表情になっていた。
「ん? 鍵がかかっていない状態……?」
「僕が考えたのは、梨田さんがカードキーを差し込んだとき、すでに解錠され
ていたんじゃないかってことです」
「分からないな。いいか、理香子は朝、四一七号室を訪れたとき、鍵がかかっ
ているのを確認しているんだぞ。それがどうして」
「慌てないでください。朝、最初に梨田さんが四一七号室の前に立ったときは、
鍵がかかっていたのは事実でしょう。でも、カードキーを持って、二度目に部
屋の前に立ったとき、鍵は開いていたということはあり得ないでしょうか?」
「……詳しく話してくれないか」
 椅子をすすめながら、片谷は話を聞く体勢になった。
「犯人は、夕方の四時半ぐらいでしょう、四一七号室に園崎さんを訪ねた。隙
を見て襲いかかったか、あるいは睡眠薬でも使ったかどうかは不明ですが、犯
人は園崎さんの意識を失わせたでしょうね。で、すぐさま、犯人はカードキー
を警備員室に返しに行く。これが四時四十五分頃。肝心なのは、犯人は鍵をか
けずにカードキーを返却したという点です。そして恐らく、犯人は暗い部屋の
中、午後六時が来るのを待ったでしょう」
「何故だ?」
「犯人は死亡推定時刻を、研究室の鍵が開けられない午後五時以降に推定させ
たかったんです。死亡推定時刻というものは、たいていは二時間の幅を持って
ますからね。午後六時に殺人を決行すれば、推定時刻は午後五時から七時にな
ると踏んだ。実際、そうなったようですし」
「そうか……」
「午後六時に園崎さんを絞殺した犯人は、ついで遺体の切断作業に入ります。
言うまでもなく、梨田さんに罪を被せるには遺体を持ち運びやすいよう切断す
る必要があった。九つに切断した身体を、犯人はビニールに入れ……」
「それを持って部屋を出たんだな」
 割って入った片谷。が、武郎は相手の言葉を否定した。
「違います。血まみれの部屋を開けっ放しのまま出る訳にいきませんし、遺体
の入ったビニールを運び出すのにも困難が伴います。恐ろしいことですが、犯
人は切断遺体と共に一晩、四一七号室ですごしたのではないかと」
「しっ、……信じられん……」
 片谷は絶句してしまった。頭の中でその場面を想像し、吐き気をもよおした
か、片手を口に持っていく。


−−−続く




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