#2905/5495 長編
★タイトル (AZA ) 94/12/29 8:39 (200)
優しい事件 6 永山
★内容
「君達にも話しておくべきだな。動揺せずに聞いてくれたまえ。橋が落ちたと
の連絡が入った」
「橋?」
私と薫子はほとんど同時に声を上げていた。
「どういうことなんだい」
「電話で連絡をくれたのは、朝霧なんだ」
「ここに来る予定の……」
こんな私の言葉を、万作はすぐに遮った。
「彼らは来られなくなった。橋が落ちて渡れないのだよ」
私はここまで来る道のりにあった橋を思い浮かべ、見当をつけた。深い渓谷
に跨る、頑丈そうではあるが古めかしい吊り橋があった。恐らく、あれが落ち
たのだろう……。
「消防に通報してくれたそうだから、復旧作業は始められるはずなんだ。ただ、
いつ始まるのかがはっきりしない……」
「いつになったら、橋の修理が終わるんだ?」
「それも分からない。最悪の場合はヘリコプターを呼ぶかもしれないな」
私は最悪の状況を恨めしく思った。地獄王子とやらの存在だけでも恐怖を覚
えていたのに、その上、橋が落ちて行き来できなくなるとは。我々は、陸の孤
島に閉じ込められてしまったことになる。
そんな思案をしていると、不意に薫子が声を発した。
「橋が落ちた原因は何なのでしょう?」
「さて? 分からないな、それも」
小首を傾げる万作。その態度は薫子の質問の真意を測りかねたというように
見えた。
「雨は降ってますわ」
窓の外を示す薫子。やや強めの雨が、ぼそぼそと降っている。空には黒い雲
が渦をなしていた。
「でも、この程度の雨量であの頑丈そうな吊り橋が落ちてしまうとは思えませ
ん。鉄砲水が起こったとでも言っていました?」
「いや、何も言っていないよ」
「でしたら、どうして橋が落ちたのでしょう? あの橋、老朽化が進んでいま
したかしら?」
まるで信じていない口ぶりの薫子。我が妹は続けた。
「私が見た限り、あの橋はまだまだ使用に耐えられそうでした。老朽化によっ
て落下したとは考えにくいでしょう」
「では、何だと言うのだ?」
焦れったくなった私は、言葉を少し荒げた。
薫子はにこっと微笑んでから、
「地獄王子」
と、愛らしいその表情にはまるで似つかわしくない単語を口にした。
慌てたのは私と峰科万作だ。
「何だって? どういうことだね、薫子君」
「老朽化していないはずの橋が落ち、それによって外界から隔絶されてしまっ
た別荘は、殺人予告状が来ており、その上、怪しげな人物がすでに実力行使に
出ています。これを偶然と片付けてよいものでしょうか。私はその点を言って
いるのですわ」
「つまり……」
ある種の嫌な予感を抱きながらも、私は話さずにはおられなかった。
「地獄王子が吊り橋を落としたのだと言うのかい? 我々を閉じ込めて、どう
にかしようとするために」
「地獄王子が橋を落としたことは間違いないと思いますわ。でも、その理由ま
では断定できませんことよ」
片手を腰に当て、薫子は得意そうに指を振った。すっかり、名探偵気どりだ。
「何を馬鹿な」
他人様の家に来て、とんでもないことを言い出した薫子をたしなめようとし
たところ、意外にも万作が遮ってきた。
「いや、興味深い意見だな」
「し、しかし」
私が抗弁しようとするのを、万作はうるさそうに手で払う格好をする。
「一丸は黙っていてくれ。薫子君、仮に地獄王子が橋を落としたものとして、
相手の目的は何だと考えているのだい?」
「もちろん、地獄王子の究極的な目標は、大変に遺憾で恐ろしいことながら、
峰科さんのお父様をあやめることでしょう。ですが、そのためにはいくつかの
障害があると、地獄王子は考えたのかもしれません。例えば、警察の介入を防
ぐことが、地獄王子にとって必要なことだったかもしれませんし、私達を陸の
孤島に閉じ込めてしまうことが必要だったのかもしれません。あるいは、その
両方とも考えられます」
熱っぽい口調の薫子。全く、こうなるとどうにも止められない。幸い、万作
も意見を求めていることだし、このまま喋らせておこう。
「両方とは、要するに、警察が介入できぬ状況下で、篭の鳥となった我々を皆
殺しにすると……?」
「いえ、それもまた、断言はできません。皆殺しをする意志が地獄王子にある
のかどうか、不明です」
「……」
万作だけでなく、私も静かにしていると、薫子はさらに続ける。
「もちろん、地獄王子が橋を落とした理由としては、他にもいくつか想定でき
ると思いますわ。これからの犯罪をなすために、物理的な理由により橋の一部
−−ワイヤーとか丸太とか−−が必要となった。それを手に入れるために橋全
体を落としたとか、あるいは……ここに到着する途中、何らかのアクシデント
により、地獄王子は橋を落とさざるを得なくなったとか」
「橋を落とすこと事態が目的だった考えられないかね」
急に、第四の声がした。私達三人で声のした方向を見ると、そこには老紳士
−−明智小五郎探偵がいた。
「明智さん、いつから?」
万作は、呆気にとられた様子だ。
明智探偵の方は、かすかに笑みをこぼし、ゆっくりと近付いてきた。
「橋が落ちたということは聞いたよ」
「あ、そうでしたか。いけない、本当は真っ先に明智さんにお伝えしようと急
いでいたのに、二人につかまってしまって」
頭に手をやる万作。
「かまわぬよ」
厳めしい物言いで、明智は応じた。
「落ちてしまったという事実を知れば、充分だ」
「あの、父の様子は?」
心配げな万作。
「うむ。まだ眼は元通りになっていないようだが、まあ、大丈夫だ。精神的に
もしっかりされておる」
明智は思い出すように、顎に手をやりながら答えた。
ほっとした表情へと転じた万作は、
「そうですか、よかった」
と安堵の息と共に言った。
しかし、明智探偵の次の言葉は、その雰囲気の継続を許さなかった。
「だが、問題は奥さん−−君のお母さんの方だね。すっかり参ってしまってお
られる。地獄王子らしき怪人物の襲撃が、相当、ショックだったのだろう。か
弱い女性には無理からぬことだが」
「そうなんですか」
「いやいや、そこまで案ずることはない。君のお姉さんの百代さんが、大変か
いがいしく付き添いをしているからね。安心していい」
顔から血の気の引いた万作を気の毒に思ったのか、明智は少しばかり急ぎの
口調で、そう付け加えた。
カメレオンのように何度か色の変化を見せながら、ようやく、万作は落ち着
いた表情を取り戻した。
一段落したところで、明智がつぶやいた。
「ところで……薫子さん、だったかな?」
明智に見つめられて、薫子は舞い上がるものと思っていたが、さすがにそこ
までのぼせはしなかった。しっかりと、見つめ返している。
「はい」
「私は、今度の事件の地獄王子という敵を、ある型にはめようと思ってるんで
すな。それにより、吊り橋を落とした理由に、落としたいから落としたという
のも含まれるようになる」
「どういうことでしょうか?」
薫子の明智小五郎に対する言葉には、尊敬の念が込められていると言ってよ
かろう。
「あなたも知っての通り、私は探偵として、様々な犯罪に携わってきた。当然
のごとく、様々な犯罪者とも関わりを持たざるを得ない。その中には怪人二十
面相のように、犯罪社会の英雄を気どっている者がいた。あるいは蜘蛛男のよ
うに、探偵の仮面をかぶった犯罪者も存在したね。ところで、彼らの中で最も
厄介なのは、今回の事件のように犯罪予告状を送りつけてくる連中じゃないか。
一面、私はそれが真実ではないかと考えている。探偵の側は、守りに入らざる
を得ないからね」
「そういったタイプの犯罪者は、一定の型を持った事件という枠に押し込めよ
うとする。今度の事件の状況では橋を落とすことが必須条件だ。だから、吊り
橋は落とされた。そうおっしゃるのですか?」
「さすがに探偵小説好きのお嬢さんだ」
明智が満足そうにうなずいたその刹那−−。
「きゃああ!」
別荘の敷地全域に響き渡るような、鋭い悲鳴がとどろいたのである。凄絶な
最期を遂げた獣に似た、断末魔の叫びか……。
−続く
舞台裏からマジシャンを 剣持絹夫
こりずに今回もカードマジックの紹介をしていきたいと思います。ただ、こ
こで一つ早まった予告をしておきますと、作者の言葉にも書きましたが、ミス
テリーのアイディアを思い付きましたので、次号か次々号辺りに短編を書かせ
てもらうつもりでいます。そのときには、この「舞台裏からマジシャンを」休
載させてもらいます。こっちもあっちも書くなんて芸当、僕にはまだまだ無理
でしょうからね。
話が脱線してしまいました。元に戻って、カードマジックの紹介と種明かし
に移ります。
有名なカードマジックにしましょう。「あなたは7を選ぶ」というネーミン
グで知られえうこの手品は、ご存知の方も多いかもしれませんが、ネタの底が
尽きかけているという当方の個人的理由により、穴埋として紹介させていただ
きます。
用意するのはごく普通のカード(トランプ)一組。それに紙と何か書く物で
す。やり方は色々と考案されていますが、ここではどんな初心者の方もまず失
敗することなく演じられるであろう、基本的で安全な方法を説明してみます。
観客の中から一人、選んでください。誰でもかまいませんので、お好みでし
たらバラを一輪投げて相手を決めるのもいいでしょう。それはさておき、あな
たとその相手とは、テーブルを挟んで差し向かいになるように座ってください。
テーブルには一組のカードがあります。あなたはカードを手に取りつつ、「未
来を読む、ということをやってみようと思います」とでも、切り出してくださ
い。要は、これからカード当てをしますと宣言をしている訳ですが、なるべく
神秘的に、あるいは超能力の実験であるかのような話っぷりが求められます。
それが堂に入っていればいるほど、この手品の効果は増すでしょう。
いよいよ、本番です。「あなたのこれから取る行動を予言してみましょう」
と、相手に言います。手をかざし、相手の脳の中を読み取るふりをするのもよ
し、相手の誕生日や血液型、もしくは手相などを見て、将来を占うふりをする
のもいいです。ともかく、そうした儀式の後、「あなたの未来が見えました。
それを紙に書き付けておきます」と言いながら、紙に予言を書きます。ここで、
あなたは白紙に『あなたは7を選ぶ』と書いてください。ただし、書いた内容
を他人に見られてはいけません。
書き終わったら紙を折り畳み、カードのケースか何かで押さえてしまいます。
そしてカードの山の中から、次の二組のカードを選り分けてください。一つは
7のカードを四枚セットにしたもの。もう一つは何でもいいですからカード七
枚をセットにしたものです。これらを裏向けにして、テーブルに置いてくださ
い。おもむろに尋ねてみましょう、「どちらの山を選びますか」と。当然、相
手はどちらかを選ぶでしょうが、そのとき、いきなり次の演技に移らないこと。
次のように問い返すのが効果的です。「そちらでいいんですね? 変えるのな
ら今ですよ」と。これで相手が決意を翻しても影響はありません。
次は山を改めてもらいます。相手が四枚の7を選んだ場合は、カードを表向
けにしてもらいます。カード七枚の山を選んだ場合は、カードの枚数を数えて
もらいます。「カードの数字は何でしたか?」あるいは「カードの枚数は何枚
でしたか?」と聞くと、当然「7」という返事があります。あとは、あなたは
こう言えばいいだけです、「では、先ほどの予言を見てみましょう。どうぞご
覧ください」。くれぐれも、予言を書いた紙は相手に取らせること。あなた自
身が取ると、すり替えたのではという余計な疑いを招きかねません。
もう片方を選んでいたらどうなっていたの?−−相手の人がこう尋ねてくる
ことが多々あると思います。そのときの対処法は二つに分かれます。相手の選
んだのが四枚の7なら、「こちらの山のカードの数字は、ほら、ばらばらでし
ょう」と言いながら、カードを表向けにしてみせます。七枚のカードを相手が
選んだならば、「こちらの山の枚数は、ほら、四枚ですよ」と言って、裏向き
のまま、枚数を改めさせます。絶対に表向きにしないでください。表向きにす
れば、相手がいかに鈍感であったにしても、四枚の7に気付くでしょうから。
今回は一つだけでスペースがなくなりました。次回は、超常現象を否定する
某教授が持ちネタとしているカードマジックを紹介する予定です。
−−−続く