#2881/5495 長編
★タイトル (AZA ) 94/11/30 22:48 (197)
化石未来 2 永山 智也
★内容
「そんな情けない顔をするんじゃない。だから、ゲリラ的だと言ったろう。ま
だ相手さんも油断しとるだろうから、少しぐらい掘り返しても分かるまい。何
か出たら、ぶらぶらと歩いていて、ふっと発見したことにすればいい。それで
目的の恐竜が見つかれば、万々歳だ」
「……」
許可なしにやるのは気が引ける。そう思った桂木だったが、教授の言う方法
ぐらいしか、いい手段はなさそうなのも事実であった。
(あの娘の口ぶりじゃ、しょうがないか)
心の中で踏ん切りをつけ、桂木は桜田に同意した。
二人はなるべく岩井の別荘から離れた、それでいて目的の山の地層を外れな
い場所を選び出し、発掘を始めた。
「しかし、何故なんでしょうね? 近くからシダとかの化石が出てるってこと
は、かつては岩井氏だって化石発掘を許可していた訳でしょう?」
人目が気になって今一つ集中できないでいる桂木は、たがねを片手にそんな
疑問を口にした。
「さあて、どうしてかな」
額に汗しながら、桜田は曖昧に答えた。何も考えずに相づちを打ったのかと
桂木は思ったが、その直後に桜田の答が返って来た。
「恐竜よりも価値のある物が、この山にあると分かったんじゃないかな」
「恐竜の化石よりも価値がある物……?」
それが何か想像もつかない顔の桂木を視界に捉えたか、桜田は笑いながら続
ける。
「そんな妙な顔をするな。例えばの話だが、この山が金か宝石の鉱山と分かっ
たら、私達のような物にはいじらせたくないだろう」
「ああ……。金、宝石ですか」
「もっとも、金や宝石の鉱脈が日本で見つかる可能性は、恐竜の化石を見つけ
るのとどっこいどっこいだと思うがね」
あっさり切り捨てて、また発掘に集中する桜田。その姿を見て、桂木も作業
に没頭し始めた。
時々、桂木は発掘作業の最中に、初めて化石を掘りに行ったときのことを思
い出す。それは彼が小学校低学年の頃だった。夏休みに開かれた、子供を対象
とした発掘体験ツアーのような物に参加したのだ。マンモスの三日月のような
大きな牙ががあると知らされていた桂木は、勇んで土を掘り返していったが、
出て来るのは明かに近年の木くずや釘のようなゴミばかり。お目当ての物はな
かなか見つからなかった。
いい加減、単調で根気のいる作業に飽き始めたとき、手ごたえがあった。こ
れはと思い、一人ほくそ笑んで、土を払いのける。何だか分からないが貝のよ
うな模様が見える。興奮した桂木は、最初に受けた注意−−化石を掘り出すと
きは、なるべく周りの土ごと大きめに切り出そうというのを失念してしまって
いた。子供の慣れない手つきの前に、その化石はあっさりとひびが入り、見る
間に砕けてしまった。
慌てた桂木だったが、もう遅い。今度は自分のしたことが、とてつもなく恐
く感じられてしょうがなくなってくる。親からこれは大事な物だから絶対に触
ったらだめだよと言われていた壷に触り、壊してしまったときのような、そん
な感覚だった。彼は自分のやったことを隠すべく、土や泥を砕けた化石の上に
かぶせて、押し固めてしまった。
(あれが貴重な化石でなかったのが、せめてもの幸いだったな)
思い出して苦笑する桂木。後で知ったのだが、桂木が見つけたのは貝塚の一
部だったらしい。古代の人が食べた貝の殻を、まとめて捨てた場所のことであ
る。このような物は化石と呼ばないのだ。
「何をしているんですか!」
思い出にふけっていた桂木の脳に、突き刺すような声が飛び込んで来た。声
のした方向を見ると、岩井美代子が肩を上下に動かしながら立っている。どう
やら、近くまで来て桂木らの音を聞きつけ、急いで走って来たらしい。
「おや、岩井さん。どうされました?」
正に心臓が縮み上がりそうになっている桂木とは違い、桜田は何事もなかっ
たように作業を続けている。
「とぼけないでください! ここは私の山よ」
「あれ、おかしいな? ここからは国有地だと思って腰を落ち着けてたんです
が、勘違いしましたかな、これは」
そこでようやく手を止め、岩井美代子に顔を向ける桜田。
「もう、四の五の言いませんから、即刻、出て行ってください。今度見つけた
ら、警察に連絡します」
毅然とした態度で言われ、桜田は黙ったまま、のろのろと片付けを始めた。
桂木もそれにならう。
美代子はそれでも二人を信用しなかったようで、桂木が最後のルーペを服の
胸ポケットに入れ終わるまでじっと見ていた。そして二人が歩き出してから、
やっと安心できたように別荘の方へと足を向けた。
「やれやれ。ここはもう当分、無理だなあ」
「しょうがないですよ。こちらが悪いんですから。でも、あそこまで毛嫌いす
るのは、ちょっと気になりませんか」
「そうだな。案外、本当に金鉱でもあるのかもしれんぞ」
冗談とも本気ともつかない笑みを、桜田は桂木に見せた。
桂木は、金の鉱脈があるのならそう説明をしてくれればいい。それをしない
のは何か他の理由があるからじゃないかと思ったが、そのことは桜田教授には
言わなかった。桜田がすでに、次の発掘場所を頭の中で物色しているように見
受けられたこともあった。それに桂木には、この話をするのによりふさわしい
相手を思い浮かべていたせいもある。
「で、どう思う?」
桂木は岩井美代子の態度を話してから、相手に意見を求めた。
場所は学内にある喫茶店、窓際の二人席だ。何も景色がいいからこの席を選
んだのではなく、単にそこしか空いていなかったのだ。立地条件としては、日
当りがよすぎて、つまり気温が高くて最悪だ。
「興味深い話です、桂木先輩」
桂木の目の前の学生は、大げさなまでに頭を上下に動かした。眼鏡をかけた
比較的色の白い男子学生が、桂木が思い浮かべた相手、井手聡一郎。桂木とは
まるで畑違いの医学部の二回生であるが、同じクラブの先輩後輩という形で知
り合った。
ほとんどクラブに顔を出さなくなっていた四回生のときの桂木は、ある問題
を抱えていて、よい解決を得るために、それをクラブ−−ミステリクラブに持
ち込んだのだ。そのとき、一回生のひ弱そうなのが見事な解決案を示してくれ
たので、驚かされてしまった。それが井手だった。それ以後、二度ほど日常の
些細な謎を足がかりに、真相を暴き出した井手の思考方法に、桂木は一目置い
ていた。
「思わせぶりな言い方しないで、はっきりと言ってくれよ」
苦笑いを浮かべて、相手を促した桂木。
「今は、まだ真相を言い当てる自信がありません。それでもよければ、いくつ
かの想像を話しますが」
「それでいいさ。あの日以来、岩井美代子のかたくななまでの態度が気になっ
てしょうがないんだ」
「それじゃあ、飽くまでも想像ということで、根拠のないものだということを
心に留めておいてくださいね」
それから改まったように、井手はアイスティで喉を湿すと、ゆっくりと話し
始めた。
「僕がはっきりと言えることは、岩井美代子さんが嘘をついているってことだ
けです。その理由は、桂木先輩が考えたものと大差なく、化石の発掘を断わる
理由があまりにも不自然だということです」
「うん、分かる」
「では、岩井さんが発掘を許可しなかった本当の理由は何なのでしょう? 少
なくとも自然を守るとか、金の鉱脈があるとかではないはずです。
ここでもう一つ、思い出すべきことは、美代子さんが一度は発掘を許可して
いるということです。確認しておきますが、最初に発掘の仮許可を出したのも
美代子さんなんですね?」
「そうだと桜田教授から聞いている」
「そうですか。それで、先輩はどう思われます、このことを」
質問返しをされ、桂木は面食らった。急いで答を考える。
「一度は発掘してもよいと言ったが、その後で不都合なことが起こって発掘を
許可できなくなった、と考えるのが普通じゃないかな」
「そうでしょうね。でも、僕は念のため、もう一つの可能性も考えてみました」
「もう一つの可能性だって?」
桂木にはそれが何か、まるで想像もつかなかった。井手の方はそれを意識す
るでもなく、軽い笑みを浮かべてから続けた。
「普段から発掘を許可する気はなかった。だけど、何かが起こっていたために
美代子さんは桜田教授の申し出を承諾した。その後、再び状況が元に戻り、発
掘を許可できなくなった……という場合です」
「何、何だって?」
よく分からなかったので、桂木は聞き直してようやく理解した。
「そういう考え方もあるとは分かったが、それがどうだって言うんだい? こ
っちが最初に言ったのと大差ないように思えるが」
「少し、事情が違います。いつ、変事が起こったかということを掴むには、こ
ういう考え方も必要なんです」
「そういうもんかね」
「ええ。でも、偉そうに言いましたが、現時点ではどちらの場合かを判断する
材料もありません。ですから、あと想像できるのは、発掘許可を取り消した理
由だけになります」
何だ、結局、最初に戻るんではないか。桂木はそう思いながらも黙ったまま
でいた。口出しせずにいる方が、井手の話は早く進むことを、桂木は経験から
知っている。
「まず、金や宝石の他に、何かが山に隠されているパターンです」
「何がある?」
「人には言えない物……。例えば、密輸品を隠しているとか麻薬を栽培してい
るとか」
「密輸!」
普段、滅多に使わない単語が相手の口から飛び出して来たので、桂木は思わ
ず、叫んでしまった。周囲の席にいる学生の何人かが、二人の方を振り返った。
「すまん、続けてくれ」
「別に謝ってもらわなくてもいいんですが……。
でも、密輸にしたって麻薬栽培にしたって、どうも条件には合わないんです。
一度は発掘を許可しておいてから、それを断わるような条件には合わないんで
すよ。密輸だって麻薬栽培だって、思い立ったら明日からって風に、急に始め
られるもんじゃないでしょう?」
「そりゃそうだろうが……。では、何だと言うんだ?」
「ミステリクラブのOBである先輩が分かりませんか? 一番、自分達の趣味
に近い物ですよ」
そこまで言われ、桂木は思い当たった。
「まさか……遺体の隠ぺいのことを言っているのか?」
「当たり、です」
にこりと笑う井手。とても話の内容とマッチしていない、邪気のない表情だ
と言える。
「何かの理由で、突発的に人を死なせてしまったとしましょう。場所は話に出
た別荘です。すぐにでも遺体を始末しないと、自分の身が危なくなる。そのよ
うな場合、すぐに思い付くのは、目と鼻の先にある広大な山です。ここまでは
構いませんか?」
「ああ」
「山のどこかに遺体を埋めることは決まりました。では、どの山に隠すか、幸
か不幸か、山はたくさんあります。犯人の気持ちとしては、別荘に一番近い山
を選ぶでしょうね。遺体を少しでも早く隠すという理由と、近くを選ぶことで
埋めた場所を監視できるという理由もあります」
「なるほどな……」
推理小説好きなのは桂木も同じだから、頭のどこかでそんなことも無意識に
考えてはいたのだろう。だが、こうしてはっきりと口にされるまで、認識でき
なかったのかもしれない。
「再度言いますが、これは想像です。あまり他人のことをほじくり返すのは好
みじゃないんですが、確かめたいんでしたら、岩井美代子さんの周囲の人の内、
近頃行方知れずになっている人がいるかどうか、調べてみることですよ」
「そうだな。他の可能性はあるのかい?」
「取るに足らない考えなら、いくらでも。少しご披露しますと、神からのお告
げを受けて、山を荒させないようにしたとかですね。山に手を加えると、たた
りがあるぞって訳です」
「神秘主義者には見えなかったなあ、あの女」
「では……桜田教授をライバルと目しているよその教授が、妨害工作に出た」
「それは思い付かなかった。今度、教授に聞いておこう。化石じゃないが、恐
竜に関する新説については先陣争いが激しいからね」
さもありなんという顔になる桂木。専門外のことを言われた井手は、さらり
と受け流すように次の説を口にした。
「岩井美代子さん自身が、別人になっている場合はどうでしょう」
「別人? それはどういうことなんだ?」
「発掘を許可した美代子さんは何かの理由でいなくなり、それに代わって新た
な美代子さんが現れ、その日の桂木先輩達お二人に、発掘許可の取り消しを申
し渡した……。こういうことです」
「それはないだろう。教授も何も言わなかったし……」
そこまで言ってから、桂木は言葉を途切れさせた。井手聡一郎が不審げな目
を向けて来る。
「どうかしましたか?」
−−続く