AWC 化石未来 1   永山 智也


        
#2880/5495 長編
★タイトル (AZA     )  94/11/30  22:33  (199)
化石未来 1   永山 智也
★内容
化石未来 −−梗概−−
 桂木高志は、彼が師事している桜田教授と共に、ある山を目指していた。そ
の山には、恐竜の化石が発見される可能性が極めて高い、有望な地層があるの
だ。むろん、事前に地主の許可は取ってある。
 ところが発掘当日、地主に許可の確認と挨拶へと出向いたところ、地主の態
度は一八〇度変わってしまっていた。発掘許可は取り消すと言う、地主の若い
女性・岩井美代子に対し、桂木らはその理由説明を求めた。しかし、美代子は
環境保護だの何だのと、的外れなことを弁解がましく述べるのみ。納得できな
かった桂木らであったが、取り合えずは引き下がることにした。
 教授はすぐに次の仕事に取り掛かったが、桂木は美代子の態度が気になって
いた。彼は、独自に岩井美代子の身辺を調べ始める。その結果、問題の山に近
い岩井の別荘で起こった盗難事件が何らかの関係を持っているのではないかと
考えるようになった……。
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「早く埋めちゃうのよ。穴はできるだけ深く掘らないと」
 女は、額から垂れ下がる髪をうっとうしそうに払いながら、高い声で言った。
が、それも雨風の音にかき消されてしまいそうだ。
「あ、ああ。でも、こんなことして……」
 男の方は気弱に漏らし、手の動きを止めた。
「やらないと、あなたの将来がだめになるかもしれないじゃないの!」
「それは分かっているんだ。でも、この山も直に開発されるんじゃないのか?
そうなったら一発で」
「それなら心配いらないわ。この山、私の名義になってるの。だから、私が嫌
だと言い張れば、父だって無理にはしないわよ」
「そういうことなら……」
 男はシャベルを操る手に力を込めた。雨水のせいか、割とたやすく穴が大き
く深くなっていく。しかし、これまた雨水のせいで、穴の淵が崩れるほどに柔
らかくなるのが早いようだ。
 それでも何とか、比較的短時間の内に、必要な容積を持つ黒い空間が、二人
の目の前にできた。
「さあ、足、持って」
「よし、いいぞ。せーぃのー」
 かけ声に合わせ、二人はそのモノを持ち上げ、穴の中に乱暴に放り込んだ。
さすがに大きな音がする。
「埋めるのも、しっかりやっとかないと。いい加減にやると、雨ですぐに見つ
かってしまうかもしれないわ」
「土、詰め込めるだけ詰め込むさ」
 腕と腰に力を入れ、足でふんばると、男は盛土をすくい、穴に向かって投げ
入れた。そして上からシャベルでぱんぱんと叩いた。これを繰り返し、土を固
く詰めていく。
「これでよし」
 仕上げとばかり、さっきまで穴のあった場所を、スニーカーで蹴飛ばした男
は、安堵の息をついた。
「まだ終わりじゃないわ。次は家の方に細工をやるのよ。そこまですれば、あ
なたは安全になるんだから」
「分かったよ。ここまで来たら、計画に従うしかないもんな。俺の将来、預け
たぜ」
 男の言葉に、女は緊張を解いて、初めて笑ってみせた。
「ううん。違うわ。私とあなたの将来は、二つで一つなのよ」

 いくら今年の夏は涼しい涼しいと言っても、山歩きをこれだけの間続ければ、
背中がシャツにじっとりとくっついても何の不思議もない。桂木高志はそう思
った。
「どうだね、桂木君。有望だとは思わんかな?」
 少し遅れていた桜田辰雄は、立ち止まって腰を叩きながら言った。年齢から
言えば、この山歩きはかなり腰にこたえよう。
「僕にはよく違いが分かりませんが……」
 周囲にある崖を見上げながら、桂木は答えた。
「そうかね。私にはぴんと来るものがあるんだが、一人よがりだったかな。こ
の地層を見ての勘だがね」
「そんな! 先生の地層を見る目に、僕の方が追い付いていないだけです。一
人よがりだなんてことはありませんよ」
 若い桂木の言葉に、桜田は教授としての自尊心を満たされたようにうなずい
てから、露出した岩肌をそっと撫でた。有望とかどうとか何のことかと言えば、
地層、それも中世代のそれを二人は話題にしているのだ。
「そんなに気を使わなくていい。誰だって、日本で恐竜の化石が出るとは信じ
にくい。それを有望だなんだと言ってもねえ」
 日本では恐竜の化石が見つかった例は少ない。カモノハシ竜と呼ばれる恐竜
の仲間が、エトロフや長崎で見つかった他、数えるほどだ。無論、首長竜と呼
ばれる海の巨大生物の化石が発見され、フタバスズキリュウと名付けられたこ
とは、有名である。だが、ここで言っている恐竜とは、首長竜や海竜の類では
なく、陸に棲んでいた巨大動物のことを指しているのだ。
「一億五千万年前から一億二千万年前、いわゆるジュラ紀の地層だ。ここは三
葉虫やアンモナイト等、海の古代生物の化石がほとんど出ていない。また逆に、
大型草食恐竜が餌としていたシダ類の植物が化石となって、数多く発見されて
いる。さらには、この辺りがジュラ紀でも陸地だった事実がある。これらのこ
とから考え、ついでに私の経験に基づく勘も付け加えて、この土地の地層が有
望だとしたのだよ」
「分かりました。とにかく、掘ってみましょう。言葉でごちゃごちゃ言っても、
この作業は始まりませんよ」
 背負っていた荷物を下ろし、道具を取り出そうとひざまずく桂木。それを桜
田教授は慌てた様子で止めた。
「おいおい。はやるのは分からんでもないが、まずは地主に許可をもらわんと
な。ここはいつもの国有地じゃないんだから」
「あ、そうでした。つい、普段のつもりで」
 頭をかくと、再び荷物を背負い、桂木は立ち上がった。
「この道をそのまま行けば、この山の持ち主が住んでいる家に突き当たるそう
だ。以前、連絡をした折に仮の許可をもらってはいるのだが、今日、そこに挨
拶をしに行って、正式な許可を得よう」
「荷物はどうします?」
「盗む奴がいるとは思えんが、念のため、持って行こうか」
 そう言うと、桜田教授は足を進め出した。
 やがて下り坂になった山道の先に見えたのは、コテージ風の建物だった。
「あれですか? 何だか、ドラマで見る別荘みたいな家ですね」
「別荘みたいじゃなくて、本当に別荘なんだよ」
「え?」
 桜田の言葉に、思わず桂木は絶句してしまった。
「我々のような研究人間には、想像もつかないな、ああいう暮らしは。さらに
驚いたことに、あの別荘はまだ貧弱なタイプの方らしい」
「あれで……」
「話していなかったか? ここらの山の元の所有者は、岩井清彦という、ロッ
クウェル開発の社長さんなんだそうだ」
「『社長』ですか」
 やけに強調してしまう自分が浅ましく思える桂木だった。
「社長さんが持つ別荘にしては、貧弱だってことですか」
「ひがむんじゃない。あの建物はそもそも、社長の娘さんの物だと聞いている」
「あー、もうついていけませんよ、僕は」
「そう言わずに、もう少しついてきなさい。山の今の所有者は、娘さんになっ
ているから、こうして改めて許可を取りに向かっているんだ。まあ、そういう
事情だけ理解しといてくれたまえ」
 そんな話をしている内に、目的の別荘に到着。身体の周りについた砂を払っ
て、改まる。
「ごめんください」
 せきばらいをしてから桜田は、インターフォンのボタンを押した。
「私、先日、山の発掘許可をいただきたく、連絡申し上げた、桜田ですが」
「発掘……?」
 どこか慌てたような声が、スピーカーを通して聞こえた。
「はい、ご記憶ではないですか?」
「いえ、思い出したわ。とにかく、入ってちょうだい」
 インターフォンでは、声の質が分からないものだが、言葉遣いから話に聞い
た社長の娘だなと、桂木は察しをつけた。
 もしや、メイドか執事でも出て来るのではと恐れていた桂木は、姿を見せた
のがいかにも社長令嬢という外見の若い娘だったので、何となく安心できた。
逆に、どう上に幅を読んでも二十歳代後半ぐらいの女性があの山を持っている
なんて、不条理な話だと桂木は思いを強くした。
「どうぞ」
「どうも。お邪魔します」
 短い挨拶を交わして、桜田と桂木は中に招かれた。荷物を玄関脇に置かせて
もらい、応接間のような部屋に通された。
「こちらは私の助手をしてくれている、桂木です」
「どうも」
 桂木はぺこりと頭を下げ、相手の表情を上向き加減に見た。別に見上げる必
要はないのだが、どうもひがみっぽく行動してしまう。
 相手の娘−−岩井美代子は、どうでもいいような表情で、
「そう」
 とだけ答えた。
「お一人ですか」
「そうよ。あの、話は早くしましょう。私があなた方の言う山を持っているん
ですから、その全権利は私にあると思ってくださって結構です」
「そうですか。それでは改めて……」
 桜田が言葉を続けようとするのを、岩井美代子は無遠慮にさえぎり、きっぱ
りと断言した。
「悪いのですが、山の発掘を許可することはできません」
「何ですって?」
 これまではおおらかに応対していた桜田も、さすがに面食らった顔になり、
吃りながら聞き返した。
「そそれは、どどういうことですかな? この間、お尋ねした折には前向きな
返答をいただけたはずです」
「過去のことは過去のことですわ。今の私は、発掘を許可したくないのです。
すみませんが、それでお引き下がりください」
「そ、そう簡単には参りませんよ。この格好をご覧になってもらっても分かる
と思いますが、我々は当然、許可が得られるものと思って足を運びました。そ
れを断わるとは、きちんとした理由をお聞かせ願いたいですな」
「理由は……山を保護するため、かしら」
 明かに今、思い付いたばかりという答だった。小首を傾げたままでいる美代
子に対し、桂木が口を開いた。
「化石の発掘が、どうして山の保護と相反するのですか?」
「土を掘り返されると、傷つくのでしょう?」
「それは全くの誤解です。我々の作業は、岩を少し切り出すだけで、植物も山
の土も傷めるものではないのです」
「……」
 少し困ったしぐさを見せた美代子だったが、すぐに気を取りなおしたかのよ
うに顔を上げた。長い髪がふわりと揺れた。
「何と言われても、そちらに協力はできません。お引き取り願います」
「お嬢さんは恐竜の化石を見つけることの重大さを、理解されていない」
 教授としての血が騒いだか、桜田は唐突に演説調で始めた。
「日本で恐竜の骨が発見されること自体、珍しいことはもちろんですが、生物
学的に見ても進化の過程が分かり、また古代の陸地及び植生の具合いが」
 桜田の演説は続く。いかにこの山が有望であるかの説明に及んだところで、
所有者が口を挟んだ。
「繰り返しますが、私はご協力できません。他の山ならいいですが、あなた方
の言われるあそこだけは、無理なんです」
「納得できません」
 桂木らも粘ってみせたが、美代子の態度は有無を言わせぬものである。
「仕方ありませんな」
 そう言って桜田が立ち上がったのを見て、桂木は「先生!」と声を上げてし
まった。
「いいんだ、桂木君。今日は帰ろう。岩井さん、また出直して来ます。そのと
き、もしも何かの非常手段を我々が取ったとしても、それを受け入れてくださ
るよう願います」
 謎めいた言い方をして、桜田は部屋を出た。その言葉は岩井美代子に不安感
を与えたであろう。が、桂木にもまた、妙な感覚を与えずにはいなかった。
「どういう意味なんですか、先生?」
 別荘の外に出てから、桂木は桜田に問うた。桜田の方はとぼけたように聞き
返す。
「うん? ああ、あのことか。ちょっとゲリラ的にやらせてもらおうかと思っ
てな。何でもいい、ここで学術的価値の高い化石が出れば、学会の方から後押
ししてもらえるかもしれん。それを盾に迫ることもできると思って、あんなこ
とを言ったのだよ」
「ですが、そんな化石が見つかるあてはあるのですか?」
「まるでないね。ははは」
「そんな」
 尊敬する教授がのんきなことを言い出したので、桂木はあっけに取られてし
まった。冷汗が渇き、熱を奪って行くのにも似た感覚を得る。
「だいたい、山を掘ることはできないんですよ。化石を見つけられるはずない
んです」

−−続く




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