AWC 空からの告発 11  平野年男


        
#2879/5495 長編
★タイトル (AZA     )  94/11/30  22:24  (178)
空からの告発 11  平野年男
★内容
「それから……犯行決行の日までに峻は寛を鹿児島から呼び寄せた。研究の出
版とかうまいこと言ってね。いよいよ、峻に見せかけて寛を殺す日だ。ここで
僕は想像してみたんです。この日、峻も寛も鹿児島に向かう必要がある。そこ
でちょっとしたいたずらを峻が寛に持ちかける。『おまえに代わって俺が新幹
線で行こう。おまえはゆっくり、飛行機で来ればいい。部下を試してやりたい
んだ、俺とおまえとの見分けが付くかどうか。心配しなくても、商談までにま
た入れ替わることは可能さ』という具合だったんじゃないかな。これによるメ
リットは、あとで寛に成りすましてから、峻は自信を持ってアリバイを主張で
きる。自分のことを語ればいいのだから。これをもし、寛にこれこれこういう
風に振る舞えと言っておいても、そうはうまくいかないでしょう。例えば名古
屋で車掌に文句をつけるにしても、自分でやるのがいいに決まっている」
 流は言葉を区切り、反応を見るかのように由起と久海を見つめてきた。
 由起は何も言えず、久海もまた同じだった。
「続けましょう。鹿児島空港に着くのは、寛が十一時二十分、峻が十一時四十
分。先に到着していた寛は、峻から案内役を頼まれていたのでしょう。二十分
間、後から来る兄を待った。峻は寛とともに、現場となるホテルに到着。商談
相手が来るまでに寛を殺したんだと思います。あっと、言い忘れていたが、服
装はもちろん、同じにしておいた」
「できのいい、よた話だ」
 怒り声で久海が言った。
「私は博多駅まで新幹線で帰った。そして午後三時十八分の特急で鹿児島へ向
かったんだ」
「証人はいないんでしょう? 僕はあなたが主張するアリバイが何の役にも立
たないこと、あなたが久海寛になりすました峻だと言いたかっただけです」
「ああ、いい加減にしろ! よかろう、あんたの言う通り、アリバイがないっ
てのは認めてもいいぜ。だが、私が寛でなく峻だという証拠があるか?」
「それは……昆虫の研究をしている割には、ひどく肌が白い。デスクワークば
かりしてきた人の特徴だ」
「それがどうした。私は日焼けしにくい体質かもしれんぞ」
 鼻で笑う久海。由起はどうにか優勢を取り戻せそうなのを感じた。
「だったら、あなたはここのところ、全く大学院の方へ顔出ししていないよう
ですね。どうしてです? 大学院の人達に会うと、見破られるからじゃないん
ですか?」
 探偵は強い調子で聞いてきた。だが、もはや久海はびくともしない。
「勝手だろう。マスコミや警察が大学院へ押し掛けて来て、周りに迷惑がかか
ることを懸念しての行動だよ。もしかすると、このまま大学院は辞め、東京へ
戻るかもしれないがね」
「く……。では、今、研究中の題材について、お答えください。あなたが寛氏
なら、答えられるはずだ」
「そんな義務があるのかね? 私が充分に容疑者足り得るような証拠を、そち
らが用意しているのならともかく、今の状況でそこまで私が話す必要はないと
思いますが……。どうです、警察の皆さん?」
 威厳を取り戻した久海は、気取って尋ねた。この場にいる刑事の誰一人とし
て、答えようとしない。
「……どうやら、僕の負けのようですな」
 探偵は、案外と簡単に白旗を上げた。刑事らが動揺した声を上げている。
「つまらない話を聞いていただき、どうもすみませんでした。僕はこの失敗で、
もうお役御免でしょう。ですが、警察の皆さんは無関係です。次に刑事さん達
が捜査の協力を求めに来たときは、どうか快く協力して上げてください。お願
いします」
 流は座ったまま、頭を深々と下げた。当初の勢いが嘘のようで、由起は夢を
見ている心地だ。
「ま、いいさ」
 久海はふんぞり返った。
「次からは気を付けることだ。刑事さん、こんなど素人に頼るからろくなこと
にならないんだ。早く、兄を殺した犯人を見つけてくださいよ。そうそう、手
伝いをしてくれていた日野圭三君の事件についてもね」
 この言葉を最後に、刑事らは引き潮のように去っていった。
「テープレコーダーなんか仕掛けてないでしょうな! そんな物、証拠になり
ませんぞ。私と由起がどんな会話をしても、芝居だ。わははははは!」
 久海は事後のことも、しっかりと釘をさしておいた。

 四月二日の朝、久海は庭に出て、大きく伸びをした。
(ようやく、警察もまとわりつかなくなったな)
 久海峻はそう思いながら、もう一度伸びをした。研究者のふりをするのは、
結構、疲れるものだと実感していた。
(探偵なんて現れたときは危なかったが、奴の証拠を掴むには至ってなかった。
もう、俺は安全だ。寛の研究内容を読んでみたが、ほとんど理解できず、不安
だったが……もう大丈夫だ、うむ)
 峻は虫のことを頭から振り払うと、すぐに由起を思い浮かべた。
(すぐだ。もうすぐなんだ。東京に戻り、あいつとずっと一緒にいられる。峻
としての人脈を使えないのは苦しいが、何とかなる。由起を何とか女優にして
やらねばな)
 峻の将来への展望は、喧騒によって破られた。
「おじさーん!」
 声のする方向を見たが、誰もいない。
「おじさんてば!」
 また声。峻は目を凝らし、庭と道を仕切る生け垣すれすれに、麦わら帽子が
動いているのをようやく認識できた。近付いて覗くと、小学生低学年らしき子
供が、虫取り網と虫かごを持って立っていた。多分、東京ではもう見られない
であろう、懐かしい感じさえする格好だ。
「何だい、坊や」
 努めて優しい口調で、峻は話しかけた。
「おじさん、虫のことを勉強してる学者さんなんだよね!」
 子供は何が嬉しいのか、大声で話しかけてくる。
 峻は、どうしてこの子が寛のことを知っているのか、考えた。ひょっとした
ら、寛の奴、ここいらでは昆虫に詳しい大人として、子供達の間では通ってい
たのかもしれない。
 そう判断して、峻は黙ったまま、大きくうなずいてみせた。
「ねえねえ、これ、何て虫?」
 虫かごを差し出してくる子供。
 峻は、まずいことになったかなと、冷や汗をかきかけた。だが、考えてみれ
ば相手は子供だ、適当なことを言ってごまかせるだろう。
「どれどれ」
 峻は虫かごを手に取った。そしてその中を見て安心した。
 透明なプラスチックに緑の蓋が付いた虫かごの中には、白い蝶がいた。モン
シロチョウに間違いない。ちゃんと紋もある。
「これはね、モンシロチョウというんだよ。分かったかい?」
 微笑とともに、そう答えてやった。簡単に窮地を乗り切れたことと、最近の
子供はモンシロチョウも知らないのかという意味の笑みも含んでいた。
「へえ、モンシロチョウ? ありがとう、おじさん」
 それだけ言うと、子供は凄い勢いで走り出し、間もなく視界から消えた。
(蝶で満足できる頃はいい。その内、人間の女しか目に映らなくなる)
 自嘲気味にそんな思いを抱き、峻は家の中に戻ろうと思った。
「やあ、峻さん!」
 突然、そんな声を掛けられた。思わず、振り向きそうになったが、どうにか
踏みとどまった。自分は峻ではない、今は寛なのだ。
「峻さん、久海しゅんさん?」
 声はしつこく、名前を呼んでいる。久海峻は声の主が誰であるかを察知した。
「流さん、あんたも執念深いね、相当」
 困り顔を作ってから、峻は声の方へと振り向いた。思った通り、流とその相
棒の男がいた。
「それはないでしょう、峻さん。僕の勝ちですよ」
「あのね、流さん。私は寛だ。何度、峻と呼ばれても、返事なんかしない」
「え? そりゃおかしいな」
 流はとぼけたような表情になり、隣の男と顔を見合わせている。
 峻はいらいらして、さっきの子供のように大声を張り上げた。
「これ以上、ふざけるんなら、警察を呼ぶぞ! あの失敗で、あんたと警察を
結ぶ縁も切れたんじゃないのかね!」
「ふざけてはいません。あなたは久海峻だ。絶対に寛氏ではない」
「何を馬鹿な。証拠があるのか? 見せられるものなら見せてみろよ、ほら」
「見せられません」
 かみ合わない返答。流はそれでも真面目な表情である。
「証拠がないんだったら、姿を消してくれ! 今すぐに!」
「見せることはできませんが……聞かせることはできます」
 と、流はテープレコーダーを取り出した。
「何だ、それは? 俺の家で盗聴をしていたんなら、何の意味もないぞ」
「そんなことはしていません。まあ、聞いてください」
 流が再生のボタンを押すと、すぐに声が聞こえてきた。
『ねえねえ、これ、何て虫?』
『どれどれ−−これはね、モンシロチョウというんだよ。分かったかい?』
 ここで流はストップボタンを押した。
「貴様、あの子供にテープレコーダを持たしていたのか」
「そうですよ。違法でも何でもない。ちなみにあの子は、有園刑事のお子さん
です」
「何て野郎だ。それにしてもだ! その会話がなんの証拠になるんだね。私は
子供にモンシロチョウのことを教えてやっただけだが」
「モンシロチョウですか」
「そうだ」
 そう答えてから、峻は流の表情に含み笑いを見た。
「まさか……」
「久海峻、今、あなたが考えた通りだ。あの子の虫かごに入っていた蝶は、モ
ンシロチョウと似てはいるが、全く別の種類の蝶なんだ。念のために解説する
と、スジグロシロチョウという種類で、モンシロチョウに比べて翅脈が太く黒
いんだそうですよ。よく似ていますが、専門家は絶対に間違いません。殊に、
久海寛氏は蝶の研究を主なテーマとしていたのですからね」
 最後の方の探偵の言葉は、峻の耳に届いていなかった。彼はがっくりと両膝
を地に着け、天を仰いだ。
 白い蝶が舞っていた。それがモンシロチョウなのかスジグロシロチョウなの
かは、未だに判別できなかった。


5 そして後日談

「中川氏はどうなったね?」
 私が入るなり、流はハードカバー本から顔を上げて聞いてきた。
「ああ、もう大丈夫だろう。釈放されて名誉も回復したし、赤ん坊の手術費用
も、今度のことがきっかけで全国から善意の寄付をいただいたそうだ。何とか
なるという話だ」
「それはよかった。……実は、吉田刑事を始めとして、今度の事件で関わった
警察関係者からも、言付かっているんだ。ぜひ、足しにしてくれと」
 分厚い封筒が、机の上にすべり出た。
「へえ、刑事は安月給と聞くけど、さすがにばつが悪いと見えるね。責任を持
って中川に手渡すよ」
「頼むよ」
 流はいくらか寂しげに笑って、また本に視線を落とした。
 私もよくは聞いていないのだが、息子を失った日野夫人の悲しみようは相当
なものだったらしい。お金だけで子供のトラブルを解決しようとした素振りの
見えた夫人であったが、やはり、親の気持ちに代わりはないようだ。
 なるべく事務的に振る舞って、流は辞去してきたようだが、どうもまた、彼
のバイオリズムは下がってしまった気配がある。中川の家族に吹く風が、よい
向きへ変わったことが、少しでも流を立ち直らせられるといいのだが。
「僕は花粉症になったのかもしれない。格好悪いなあ」
 鼻をぐすぐすさせながら、流はぼやいた。
「春先に暖かい土地へ行くような依頼は、次からは断ろうと思う」
 そう言った流の、作ったような泣き笑いの表情が忘れられない。

−−終




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