AWC 化石未来 3   永山 智也


        
#2882/5495 長編
★タイトル (AZA     )  94/11/30  23:21  (197)
化石未来 3   永山 智也
★内容
「ひょっとしたら、有り得るかもしれないな。桜田教授が仮の許可をもらった
のは、電話での応対だったんだ。つまり、そのときの岩井美代子の顔を知らな
いってことになる」
「そうだったんですか。じゃあ、これも取るに足りないとは言えない。ちゃん
と調べて、結論を出しておかないと」
 頭の中のメモにチェックを入れるように目を閉じる井手。そして額にかかっ
た髪をなで上げ、目を開けた。
「どうしても、犯罪に絡んだ物を思い浮かべてしまいますね。ミステリー好き
の弊害ですよ。この癖は将来、何かの研究に携わるようになったとき、邪魔に
なりそうで嫌なんですが」
「そう気にすることないぜ。役に立てばいいんだから。で、他の説は?」
「あの、さっき言い忘れてたんですが、産業廃棄物か何かの不法投棄を請け負
って、山に捨てているってのもありましたね」
「社会派ネタだなあ。しかし、それはないぞ。あそこら辺の空撮写真を見せて
もらったんだ、事前に。そのとき、そんな不法投棄をしているような不審な場
所は見あたらなかったからな」
「そうですか。それじゃあ……」
 他にもかなりの説を列挙してみせた井手だったが、本人も最初に断わった通
り、それは取るに足らない考えだった。
「じゃ、岩井美代子が本人かどうか、それと、彼女の周りの人間で消えている
奴がいないかどうか、それを調べたらいいんだな」
「余裕があれば、美代子さんの彼氏なんかにも範囲を広げるのがいいですよ、
先輩」
 付け加える井手は、氷が解けて薄味になったであろうアイスティを一気に流
れ込んだ。
「それにしても、先輩も暇なんですねえ。そんなことを追っかけているなんて。
太古の恐竜のミステリーはどうなったんです?」
「まず、目の前にある地上のミステリーを片付けないと、先には進めない性分
なんだ。それに、おまえも面白がっているだろ?」
「ばれましたか」
 二人はひとしきり笑ってから、その日は別れた。

「ないよ」
 研究室で、よそから持ち込まれた化石の鑑定をしていた桜田教授は、顔を上
げて目を押さえた。
「本当ですか? どんな些細なことでもいいんです、先生のことを目の敵にし
ているような人がいれば、教えてもらいたいのですが」
「桂木君。君の推測は仲々面白いよ。私と同じように、あの地層が有望だと踏
んだ学者がどこかにいて、そいつが私を妨害するために、あのお嬢さんに手を
回した。だが、普通に考えれば、おかしいのだよ」
「と言いますと?」
 桜田の断言できる理由が分からない桂木は、間髪いれずに聞き返した。
「私はあそこが恐竜発見の有望な場所だとは、近しい者を除いて誰にも話して
おらん。君も含め、話した相手は皆、信用の置ける者ばかりだ。だから、どこ
かの学者が私のことを勝手にライバル視して、妨害しようと考えていても、今
度の地層を私が選んだことを知るはずがない。まさか桂木君、君はどこにも話
をしておらんのだろう?」
「それはもう」
「だったら、有り得んよ。幻想は払拭すべきだな」
「待ってください。まだ可能性はありますよ」
 桂木の反論が予想外だったらしく、桜田は「ほう」という形の口をして、桂
木に続きを求めた。
「岩井美代子が誰かに漏らした場合ですよ。あの女性が古生物学者と知り合い
だとしたら、どうなりますか?」
「ふむ。面白い。君のことだ、調べたんだろう?」
「ええ、そうなんです。あの女性の若さが気になったもので調べてみたところ、
まだ大学の三回生じゃないですか。驚きましたよ」
「ははあん。化粧の技術も進歩したものだねえ」
「妙な点に感心しないでください。それで、そこの私学には古生物学の権威の
D氏がおられます」
「それは飛躍というものだぞ、桂木君」
 叱咤するような鋭い声が飛んだ。
「岩井のお嬢さんが学生である。そこの大学に古生物の教授がいる。この二つ
は事実だろうが、それをいきなり短絡的に結び付けるのは、どうも感心できん
な。悪い癖だよ」
「はあ……」
 指摘されてみればその通り、桂木は簡単に二つの事実を結び付けてしまって
いた。これでは、井手の言っていた「推理小説好きのはまり易い思考の穴」に、
彼もはまってしまったような物ではないか。推理小説では得られる手がかりの
ほとんどが事件解決に必要であるため、ある程度単純に結び付けても不便なこ
とにはならない。作中の名探偵の中にはそればかりをやるのも大勢いる。
 だが、実際は違うのだ。似ているから・近いからといって、それを結んでし
まってはだめなのである。何か理由がない限り。
「一応、聞こう。岩井美代子は何の学部だね?」
「確か、文学部だったと」
「見てみなさい。それだけで、岩井美代子とD氏を結ぶ線は切れそうになった
ろう」
「……」
 もはや言い返す言葉はない。
「まあ、岩井美代子さんの親しい人の中には、ひょっとしたら古生物をやって
るのもいるかもしれんがね」
 落ち込んだ桂木を見て哀れに思ったか、桜田はそんなことを言った。桂木は
顔を上げた。
「?」
「こっちの研究に支障をきたさない程度でなら、探偵ごっこを続けてもかまわ
んよ」
「先生!」
「なに、私もあそこの地層をあきらめきれんのだ。向こうさんが発掘の許可を
出すのを渋っている理由が分かれば、こちらも対処のしようがあるというもん
だからな。さあ、今日はこっちを手伝ってくれ。小さいのをたくさん持ち込ま
れて、一人じゃさばききれんのだ」
「分かりました」
 桂木は元気を取り戻して、そう答えた。
(ライバル教授の線はほとんどなしだな)
 そう考えてから、鑑定の作業に入って行った。

 岩井美代子の在籍している大学を調べ出すことは割と簡単にできたが、そこ
から先−−彼女の交友関係等となると、素人探偵の桂木にとって思うに任せぬ
仕事であった。
 だが、とっかかりは向こうから転がり込んで来てくれた。
 桂木が図書館へ調べ物をしに来た学院生を装って、岩井の在籍している私学
内をうろついていたところ、
「ツッチー、ウェルロックに入れたんだってなあ。やっぱ、社長令嬢とは仲良
くしとくもんだぜ」
 という声が聞こえたのだ。ふと気が付くと、桂木は大学の就職センター前に
いた。どうやら、会話の主は就職を控えた四回生の男らしく、ドアの摺ガラス
を通して、二人の影が見えた。
(ウェルロックと言うと、あの岩井の……。ツッチーってのが、ウェルロック
に内定をもらった学生のあだ名かな)
 桂木は、何とかしてドアの向こうにいるツッチーの本名を知りたいと思った
が、うまい考えは浮かばない。
 どうしようかと迷っていると、またも手がかりが転がり込んで来てくれた。
「将来、岩井カズヨシになるつもりか?」
「冗談はよせよ」
 その短い会話で充分だった。「将来、岩井カズヨシになるつもりか?」とは、
岩井美代子と結婚して、ウェルロックでの出世を狙うつもりかということだろ
う。つまり、ツッチーの下の名前はカズヨシなのだ。
 桂木は幸運に感謝しながら、その場を離れ、学生課に向かった。
 直接、事務員に尋ねても教えてくれるはずもない。桂木はある方法を思い付
いていた。学生課のカウンターには試験の個人成績を載せる成績表が無造作に
置かれており、それは誰にでも自由に閲覧できる。桂木も学生のふりをし、そ
れ見ていくのだ。
(あれ?)
 が、桂木は一ページ目で戸惑ってしまった。学生番号だけが書かれていて、
個人名は明記されていない。考えてみれば当然で、個人情報を守るための処置
なのだ。
(うかつだったな。お)
 桂木は別の物を発見した。そのテーブルにはA4の紙に赤いマジックで、「
時間割、早く取るように!」とあり、細長いファイルが置かれていた。
(時間割なら、ひょっとして、名前もあるんじゃないか)
 そんな期待を込めてファイルを手にし、桂木は表紙をめくってみた。そこに
は学生番号の次に、カタカナで学生名が記してあった。
(よし。四回生で名字に『ツチ』が付いて、名前が『カズヨシ』の奴を捜すん
だ。手早くやらないとな)
 総合大学でないとはいえ、やはり私学、学生の数は多かった。それでも、回
生別・五十音順になっていたため、楽に調べを済ませることができた。条件に
該当する学生は、一人しかいなかった。
(ツチヤカズヨシか)
 しっかりと覚えてから、桂木は怪しまれないようにその場を離れた。そして
ある程度遠くまで来ると、手帳にその名前と学生番号をメモした。

 桂木は紙に漢字を書いてから、相手に渡した。
「土屋和義。こんな字だった」
「それで、どうなったんですか?」
 井手は桂木の探偵ぶりを楽しそうに聞いていた。場所は再び、学内の喫茶。
今日の席は、店の奥まったところにある涼しい領域だ。
「名前が分かれば、こちらも動き易いね。今のところ、岩井美代子の側に気取
られなければいいんだから、この土屋和義から攻めてみた」
 桂木は得意になって言った。
「どうやら、土屋は岩井美代子の彼氏らしい」
「えっと、その前に岩井美代子は本物だったんでしょうか?」
「あ、それがあったな。まず、本人だと思われる。と言うのも、彼女は今でも
時折、大学に顔を出しているんだ。偽者なら、誰も何も言わないってことはな
いだろう」
「今でもって、どういうことですか?」
「ああ、向こうの大学は、もう夏期休暇なのさ。羨ましいだろ」
「そうですねえ。こっちは試験期間だっていうのに。あーあ、僕って何をして
るんでしょうね」
 そう言った割には、顔は笑っている井手。まだ教養学科なのでのんきでいら
れるのだ。
「それはさておき、土屋が岩井美代子と親しくしているのは公然の事実だ。で、
こいつの専攻を調べてみたんだが」
「その顔は、どうやら古生物学じゃなかったんですね」
「そうなんだ。岩井と同じ文学部。マスコミ志望だったようだが、今年の不況
のせいかあっさりとふられたようでね。前々から誘われていたウェルロックに
迎えられた、ってことになっているが、怪しいもんだ。就職戦線が厳しいから
か、他の四回生からの噂がすごい。『社長令嬢をたらし込んで内定をもらった』
とか『マスコミと両天秤に掛けた』とか」
「天秤に掛けるのはいつでも当然だと思いますが……。それで、本題の彼ら二
人の周りで、いなくなった人がいましたか?」
 いなくなった人がいましたかとは、おかしな言い回しだと思いながら、桂木
はそれに答えた。
「それが手ごたえなし。もちろん、自分のつたない探偵ぶりでその全てが分か
ると自惚れてはいないが、何の噂もないね」
 と、肩をすくめてみせた。
「それじゃあ、殺人・死体遺棄はなかったと考えましょう」
「えらくあっさりしているな、おまえ」
 拍子抜けした桂木は、次に不満をあらわにしてみせた。
「どうしてそう断定する?」
「その方が平和じゃないですか。そもそも、他人のことを何でもかんでも疑う
のは、あまり気持ちのいいものじゃないですよ。今の段階では、警察に告げた
としても動いてくれるはずないし、下手をすると名誉毀損で訴えられるかもし
れません」
「すでに、自分達には手に負えないってことか?」
「そうとまでは言ってませんが、先輩もそろそろ限界でしょう?」
 井手の言う通り、探偵の真似事も切り上げねばならなくなっていた。
「僕の方は試験が終われば、ちょっと動いてみるつもりです。ウェルロックの
名前をどこかで見た記憶がありますし」
「どこで見たんだ?」
「何かの新聞記事です。それも三面記事ネタの」
 そこまで言うと、井手は勝手に立ち上がり、
「それじゃ、失礼します。先輩も頑張ってみてください」
 と言うが早いか、さっさと店を出て行ってしまった。
 頑張ってというのが、調査のことなのか研究のことなのか、桂木には分から
なかった。

−−続く




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