AWC 空からの告発 2   平野年男


        
#2870/5495 長編
★タイトル (AZA     )  94/11/30  21: 2  (192)
空からの告発 2   平野年男
★内容
「一応、警察にも話したそうだ。引き受けてくれたが、形だけらしく、真剣に
捜している気配はないと言っていた」
「ある面で、そりゃあ当たり前だよ。成人した男が三週間ほど行方知れずにな
っただけ、別に犯罪の臭いはないんだろ? 警察も暇じゃない」
「ああ、おかげでこちらにお鉢が回ってきた。逃げた亭主やら女房やらを追い
かけるよりは、実りがありそうな依頼ではあるがね。鹿児島まで飛ばねばなら
ん。航空チケット代を託された」
 私は口笛を吹いてやった。今度の依頼人、相当な金持ちらしい。しかもそれ
だけの金がありながら、自分で行かずに探偵に行かせるとは、どういう了見な
のか。
「君、仕事はどうなっている?」
「締め切りに追われている状況ではない」
「じゃ、どうかな。助手が必要だからと言ってその分も請求してみたら、通っ
てしまったんだよ、これが」
 流は懐から封筒二通を取り出した。

「鹿児島県警からの依頼だって?」
 部屋に入るなり、吉田刑事は、浜本刑事に聞いた。
「そうなんです。殺人事件に関連しての調査依頼です。何でも、被害者が東京
の人間だったそうで。名前は久海峻」
 手帳に記した漢字を見せながら、浜本刑事は言った。吉田は座りながら、そ
れを確認する。
「どういう男か、分かっているのか?」
「おおまかなところは、分かっています。被害者は、ヒサミ物産という会社の
専務の一人で、名前から分かると思いますが、前社長の息子、長男だそうです。
将来は社長の椅子が」
「ちょっと待ってくれ。前社長とは、どういうことだ?」
「被害者の父親・久海京太郎、もう病死していまして、現在は久海の家とは血
縁関係のない人間が、社長を勤めているようです。前社長には三人の男子がお
り、その長男が峻です。彼が次期社長の椅子に着くことは間違いなし、専務と
いう職も、飾りに近かったらしいです。
 それで、被害者が単身、鹿児島に出向いたのは、地元企業とのある商談のた
めだったそうです。次期社長に実績を持たせるための、安全牌みたいな商談ら
しいんですがね。これが三月十八日の昼のことでして、宿泊予定だった鹿児島
空港近くのホテルの部屋で当日、殺されてしまった。
 第一発見者である商談相手先の男の届によって、捜査が開始されました。死
亡推定時刻は、十八日の午後一時から二時。発見が二時十分ぐらいだったので、
幅が狭まってます。死因は後頭部を強打され、脳挫傷を起こしたためとされて
ますね。しかし、犯人はそれで死んだとは思わなかったらしく、さらに紐状の
凶器で首を絞めていた。凶器は、共に見つかっていないそうです」
「ふむ。で、何を調べてくれと言ってきてるんだ?」
「まず、被害者の弟のアリバイです。一番下の弟で、名前は久海中也。五年ほ
ど前に、久海の家を飛び出したそうで、音信不通が続いていたってことです。
何でも文学青年だったらしく、少し前に作家としてデビューしているらしいで
すね。ペンネームは中川太郎というそうです」
「その作家が峻を殺す動機はあるのかね? 聞いてると、中也は家を出て作家
をしてるぐらいだから、ヒサミ物産に未練はないんだろう。よっぽど、現社長
のグループが、今の地位を守るためにやったと考えた方が、話が合う」
「それはないんです。現社長は、血縁こそないものの、久海べったりだそうで
すね。峻を社長に据える話にも積極的に賛同しており、自分はそれまでのつな
ぎだと心得ていた模様です。峻が鹿児島で変死したと聞いて、自ら飛んで行っ
たぐらいで」
「そうかあ。だが、それでも、弟に動機があるとは思えん」
「ですから、中也も含め、動機捜しも頼まれてるんです。もちろん、念には念
を入れ、現社長周辺も調べてはみます」
「分かった。やってみるか。経費節約のためにもな」
 吉田刑事は、ゆっくりと立ち上がった。

 今村らの捜査は、ほとんど進展していなかった。最初に大きな獲物をとらえ
たが、後が続かなかった。
「目撃されたのは、夜中に黒のレンタカーが来て、何か大きな物を海に投げ込
んで行ったというだけか」
 公園の木陰でひと休みしながら、今村は空白だらけの手帳を見つめた。
「日にちはあやふや、ナンバーも車種も憶えていないとなると、この証言もあ
まり頼りになりませんな」
 コンビを組んでいる刑事、湯川も疲れたような声を出していた。今村とさほ
ど年齢は変わらぬはずの彼だが、早くも額が広がりつつある。
「行方不明者の確認はどうなっているんだったかな」
「鑑識のもぐさんのおかげで、血液型はA型だと分かりましたし、被害者の年
齢は広く見積もって、十五歳から二十五歳ぐらい。まあ、歯の磨滅具合、喫煙
の形跡等から十八歳以上に間違いないとのことでしたから、かなり絞り込めて
はいるんですが」
「何人、残っているんだったかな?」
「血液型や年齢の条件に合い、体格の数値が遺体と似通っているのは県内で五
十人ほどいました。近隣を含めたら三倍になりましょうな。現在、各人の歯の
治療痕−−もちろん、分かっている範囲で−−を調べている段階です。これで
判明してくれれば助かるんですがねえ」
「過大な期待はしないのが賢明だな。歯の全部が揃ってはいなかったそうだか
らな、あの遺体」
 鑑識員の顔を思い浮かべながら、今村は言い含めるように漏らした。
「そうです。魚が食い荒らしたせいで、歯茎が」
 湯川は途中でやめた。今、ここで繰り返しても益のない話だ。
「死んだのが誰なのか分からないのは、痛いですねえ」
「泣き言は言っておれん。他殺と決まったんだ。一層、気合いを入れてかから
んと」
 今村は、また鑑識員を思い出していた。鑑識からの報告で、遺体の肺や胃か
ら現場の物でない水が検出されたと分かっている。これはつまり、遺体の男は
どこか別の場所で溺れさせられ、現場の海岸まで運ばれたと推測できるのだ。
「身元を示す物がきれいになくなっているなと思っていたんですが、きっと、
犯人の奴が最初から取り除いていたんでしょうね」
「計画殺人に間違いないだろうな。レンタカーを使って遺体を運んだらしいの
も気になる。犯人の奴が車を持っていなかっただけなのか、持っているのにわ
ざとレンタカーにしたのか、それとも犯人はどこか遠方からここを訪れていた
のか……決めかねる」
 ふと、空を見上げる今村。
 晴れ渡っているのだが、一面の青ではない。白いような黒いような、そんな
もやがかかった空だ。
「今月に入って活発ですな、桜島め」
「ああ、あの元気よさは見習うべきかもしれんな」
 遠くにそびえる活火山を見やり、今村はいささかやけ気味にこぼした。

 伊集院刑事は正面にいる男を見た。昆虫の研究をしていると聞かされて、伊
集院は想像した。野暮ったい服に乱れ気味の髪−−その通りの男が今、目の前
にいる。
「あなたが久海寛さんですか」
 なるべく気楽な口調を心がけ、伊集院は始めた。経験の浅い彼は、何はさて
おき、威圧的な態度だけは控えようと思っている。
「はい。お待たせして申し訳ない」
 相手のこの一言で、伊集院は好感を抱いた。伊集院の方が約束の時間より早
く来たにも関わらず、刑事を待たせたことを詫びてもらった。自然と、次の言
葉が出る。
「いえ、こちらこそ、お忙しいところを時間を割いていただいて」
「虫の研究なんて、暇なもんです。私のような駆け出しには特に」
「そういうものですか?」
「暇って言うのは語弊がありますかな。手がけてみたいテーマはたくさんあっ
ても、基本的知識の復習や押しつけ仕事やらで手が回らない……。だからこそ、
好ましくない作業をやっているときに、気分転換となるような事態は歓迎する
んですよ」
「それでは気分転換を始めさせてもらいましょうか」
 刑事が言うと、久海は苦笑混じりに大きくうなずいた。伊集院は、自分自身
もリラックスできた滑り出しに満足していた。
「すでに一度、尋ねさせてもらったことも含まれていますが、確認の意味もあ
りますので、お答え願います。お兄さんの久海峻さんが亡くなられた三月十八
日、どこでどうされてましたか?」
 会話のテンポがよい内に、最も聞きにくい質問をぶつけてしまおう。伊集院
は考えて、アリバイについて尋ねた。
 相手は疑われている自覚があるのかないのか、何も聞き返さずにすらすらと
始めた。
「あの日は……東京に出て、ちょうど戻って来た日だったんです。くたくたに
疲れていたところに、兄が死んだという連絡でしょう。もう、神経が参ってし
まいましたよ。そのおかげで、よく記憶に残ってもいるのですが」
「東京に。どんな用件で東京へ行かれたのかを含め、詳しく−−」
「会社を辞め、虫の研究を始めて、そこそこのときが経ちました。で、これま
での自分の成果を文章にまとめてみましてね。どこかの出版社で扱ってくれぬ
ものかと、夢想していたんです。そんな折、いつだっか正確には憶えておりま
せんが、兄−−峻兄さんから電話をもらったんです。『知り合いに出版社の偉
いさんがいる。本にしてもらえるかどうか確約はできないが、引き合わせだけ
ならしてやる』という内容の」
 ここで低く挙手した伊集院。
「研究成果を本にしたいと、お兄さんに話しておられたんですね?」
「ええ。でも、兄に出版関係の知り合いがいるなんて知りませんでしたから、
別段、期待して言ったのではなく、話の種というやつですな」
「分かりました。続けてください」
「私はすぐに乗りました。兄の都合で三月十六日にこちらを発つと決まって…
…。そう、それなのに、兄にも予定が入って、三月十八日、商用で東京を離れ
なければならなくなったと聞かされ、びっくりしましたよ。東京では兄の世話
になろうと思っていたのですからねえ」
「その峻さんの予定というのが、鹿児島行きだったんですか」
「そうなります。何とも間の悪いものです、私が鹿児島から東京へ出るのと入
れ替わるように、兄は鹿児島に行くなんてね。しかも事件に巻き込まれるとは、
信じられない」
「全力を尽くして捜査しています。それで、十六日から十八日の話なんですが」
「ああ、そうでしたな。十六日の夜、十一時三十分発の特急に乗って、西鹿児
島駅を出ました。それが博多に到着するのが十七日の朝、五時二十五分」
 途中からスケジュール帳らしき物を取り出した久海。
「博多から六時発の新幹線に乗り、東京まで一直線でした。向こうに着いたの
は昼の十二時十四分だったとなっております。昼休みということもあったので
しょう、兄自ら迎えに来てくれてまして、感激したのを憶えてます」
「その日から出版社へ?」
「いいえ、着いた日は特に何も。兄の家に泊まって」
 それから十七日の出来事も話してもらったが、さして特記するような点はな
かった。久海峻に付けてもらった案内役の者と共に、いくつかの出版社を回っ
て一日を潰したということだ。出版社回りは中身を確認せねばなるまいが、伊
集院刑事はどちらかと言えば聞き流していた。肝心なのは事件のあった十八日
なのだ。
「では、三月十八日は?」
「あの日の朝、兄は鹿児島に向かいました」
 伊集院はその言葉を確認するために、手帳に目を落とす。東京発九時三十分、
鹿児島空港着十一時二十分の全日空六二三便で、久海峻は鹿児島に向かったと
されている。
「私の方は、前日に当たった出版社から特に約束をもらえた訳でなし、研究関
連の仕事も詰まってましたので、その日の内に帰ることに決めていました。と
ころが私は兄と違って年中、金欠でして……。帰りも新幹線と特急を乗り継い
だのです。博多に寄る予定があったので、それを考えに入れると、東京駅を六
時十三分に出るひかり三一号に乗る必要がありました。これだと博多には昼の
十二時二十七分に着きます」
「それじゃあ、峻さんより早く、東京を発った訳ですか?」
「そうなります。鹿児島に着いたのは兄の方がずっと早いですが」
 感慨深げな様子になる久海。そして不意に、
「煙草、吸ってもいいですかな?」
 と言った。
「あ? ええ、かまいません」
「では、失礼をば」
 清涼飲料水の空き缶を持ち出し、それをテーブルの片隅においてから、久海
は煙草に火を着けた。
 相手が煙を吐き出すのを見てから、伊集院は質問を再開した。
「寛さん。東京駅へは誰かが見送りに?」
「ええ、さっき言った、兄が付けてくれた案内の人が。彼には本当によくして
もらいましたよ」
「博多での用事というのは?」

−−続く




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