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邪狩教団 第3話 ミレニアム 9
★内容
9
玲子の背後で誰かがうめき声を上げた。反射的に身体を緊張させた玲子だったが、
すぐにそれがさっき玲子自身が倒した学生の一人だということに気付いた。
ジヒョンがそちらに視線を向けた。
「あらあら。意識を取り戻したみたいね」何でもなさそうに言う。「でも、悪いけ
ど、もう少しバカのままでいてもらおうかしら」
パチリ!
ジヒョンが指を鳴らした。音に反応した学生が、ジヒョンを見る。その瞬間、ジヒ
ョンの双眸がルビーのような輝きを発した。
「邪眼!」
玲子は思わず叫んだ。学生たちをコントロールしたのが誰なのかが明らかになった
のだ。
古来より、見つめただけで人を呪殺する力を持つ魔の瞳を持つ者がいた。先天的に
備わっている力がほとんどなのだが、熱心な魔導師は長年にわたる修行の結果、邪悪
な色を瞳に付け加えた。それは例外なく暗黒の領域に魂を譲り渡した者ばかりであっ
たため、時の権力や宗教から迫害され、いつしか社会の裏側に潜むようになった。そ
の悪しき血脈は細い糸となりつつも、現代まで伝えられ、チェ・ジヒョンという女に
受け継がれていたのだ。
妖しい輝きは、数秒でジヒョンの瞳から消えた。玲子は、学生が再び知性を失った
ことを悟った。
「これでわかったわ」口を開くのが賢明な行為であるとは思わなかったが、玲子は
言わずにはいられなかった。「どうして、赤い瞳のジヒョンなんて呼ばれているのか
が。まさか、邪眼使いだったとはね」
「この程度は珍しくないでしょうね。邪狩教団からみれば」ジヒョンは再び笑みを
浮かべた。他の要素を一切排除して見れば、その笑みがとても魅力的であることは、
玲子も認めざるを得なかった。「私のクライアントと互角にやり合う化け物みたいな
戦士がごろごろしてるそうじゃないの」
「化け物とは何よ」玲子は怒りを抑えた。「化け物ってのは、あんたのことでしょ
うが」
「あら、ご挨拶ね。私が何をしたっていうのかしら」
「罪もない学生を何人も殺したじゃないの!」つい呼吸が荒くなる。「あたしは、
見ていたのよ!」
「ああ、あれね。別に弁解する気はないわ」ジヒョンは何でもなさそうに答えた。
「クライアントの命令だったんだから」
「クライアントって誰なの?」玲子は固い口調で訊いた。
「どうせ遠からず死体になるんだから教えてあげてもいいんだけど……」ジヒョン
は不吉な予言をさりげなく告げた。「……やっぱり私の口からは言えないわね。自分
で確かめてもらうわ。向こうもあなたたちに会いたいでしょうしね」
玲子は黙り込んだ。ジヒョンはフッと乾いた笑みを見せると、カインを見た。
「それにしても、邪狩教団も人材が払底してるみたいね。こんな可愛い坊やまで、
実戦に参加させるなんて。まだママのおっぱいが恋しい年齢じゃないの?」
カインは誤解の余地がないほど明確に侮蔑の表情を作った。ジヒョンは顔色も変え
ずに肩をすくめた。
「まあ、かわいげのない子ね。よっぽど育ちが悪かったのね。育てた親の顔が見た
いわ」
少年の瞳に怒りの炎が揺らめいた。
「まあ怖い」ジヒョンは脅えてみせた。「でも怒った顔も素敵よ、坊や。ベッドの
中でゆっくり教えて上げたいことがたくさんあるのに残念ね。私は坊やみたいな男の
子が大好きなのよ」
「へええ」玲子はカインの怒りの爆発を恐れて口を挟んだ。「女にもロリータ・コ
ンプレックスってあるのね。まあ、そりゃ、まともな男があんたなんか相手にするわ
けないわよね」
「あなたもなかなかきれいな身体してるわね」ジヒョンは好色な視線で玲子の全身
を嘗めまわした。「私は女の子も大好きなのよ。どう?邪狩教団なんかやめて、あた
しのペットにならない?想像もできないような快楽と贅沢を提供するわよ」
「あたしは面食いなの」玲子は蔑みをこめて答えた。「お断りよ」
ジヒョンは怒らなかった。内心がどうであれ、少なくとも表面上には怒りの片鱗す
ら見せなかった。
「それは残念ね。じゃあ、社交辞令はこれまでにして、一緒に来てもらいましょう
か。あなたたちが求めてきた人物と、あなたたちの敵の両方に会わせてあげるわ」
「求めてきた人物?誰のこと?」玲子は慎重に訊いた。
「あら、プロフェッサー・サネガワに決まってるじゃないの」ジヒョンはクスクス
笑った。「会いたいんでしょ?いらっしゃい」
ジヒョンは無防備に背を向けて歩き出した。玲子は一瞬カインと視線を交わし、す
ぐに合意に達した。ここはおとなしくついていくことにしよう。
ジヒョンの部下の男たちが銃口を動かした。玲子とカインはジヒョンに続こうと歩
き出した。
その時、前触れなしでイアピースに通信が飛び込んできた。
『ジャスミンだ。マークから10秒でそこに突入する。第一射は射線をずらすから
すぐに伏せろ。マーク!』
飛び上がるほど驚きながら、玲子は何とか目立つほどの反応を見せずにすんだ。ジ
ヒョンが背を向けていなければ、その微かな緊張に気付いたかもしれないが、テロリ
ストの女性は数メートル先を歩いている。
玲子はカインを見た。カインも今の通信は聞いたはずである。二人は何気なく一瞬
だけ視線を合わせ、すぐにそらした。玲子は心の中でカウントダウンを開始した。
----7、6、5……
玲子が2をカウントしたとき、先を行くジヒョンが何かに気付いたように素早く首
を動かした。その横顔に不審そうな表情が浮かんでいる。ジヒョンは何か言おうとす
るように口を開きかけた。
----ゼロ!
ホールのドアのうちの2つが、激しい爆発音とともに内側に吹き飛んだ。ジヒョン
の部下たちが反射的にそちらに注意を向け、銃口が揺れる。玲子とカインは同時に左
右へ跳び、床に身体を投げた。間髪を入れず、パパパパッと銃弾がホール内を飛び交
った。ジャスミンが言った通り、それらの火線は人間の身長より少し上を向いていた。
テロリストたちはジヒョンを守るように動いて、自らの身体でジヒョンをカバーし
た。一瞬遅れて外から第二射が撃ち込まれる。3連バーストで数こそ制限されていた
ものの、9ミリブレットが正確にテロリストたちの身体を捉えた。
玲子はジヒョンを追って視線を巡らせた。ジヒョンは第一射の直前に、襲撃の気配
を察したらしく姿勢を低くしていた。その右手にはいつの間にかハンドガンが握られ
ている。
「ジヒョン!」
玲子は叫びざま、手首のスナップを効かせてメダリオンを投じた。狙いは右手首で
ある。距離は10メートル未満。命中させる自信はあった。だが、ジヒョンの反応は
玲子の意表をついた。目にも止まらぬスピードで銃口を動かし、コンマ01秒以下で
狙点を定めて発砲する。弾丸はメダリオンを捉え、それを弾き飛ばした。
「!」
声にならない叫びとともに、玲子は転がった。ジヒョンがそのまま再度トリガーを
絞れば、銃弾は真っ直ぐ玲子を貫いただろう。しかしジヒョンは、時を無駄に費やす
ようなことはしなかった。そのままきびすを返すと、壊されていないドアに向かって
走り出した。少し遅れて数本の火線がその後ろ姿を追ったが、きわどいところで取り
逃がした。
「追え!」ホール内に飛び込んできたジャスミンが叫んだ。「逃がすな!」
「カイン!」
玲子はすでに立ち上がり、追跡に移っていた。少年の名を呼びながら、その姿を探
したが、すぐに隣を走っているのに気付いた。
アーマー・ジャケットを着ていたらしいテロリストの一人が、それを追って銃を上
げた。だが、トリガーを絞る間もなく、ジャスミンらの火線が集中し、腕ごとサブマ
シンガンを吹き飛ばした。
「ジャスミン!」玲子は走りながら叫んだ。「人質に気を付けて!コントロールさ
れてるわ!」
「任せろ!ジヒョンを逃がすな!」ジャスミンも叫び返した。
玲子は前方を走るジヒョンを追って全力疾走を開始した。すでに20メートル以上
差が開いている。玲子がスタートを切ったのが遅れたせいもあるが、それ以上にジヒ
ョンのスピードが速いのだ。
追跡を開始して2秒もたたないうちに、玲子は追いつけないことを悟った。玲子も
カインも常人が見たら目を回すようなスピードで走っているのだが、ジヒョンはそれ
以上だった。
「ほ、ほんとに」玲子は走りながら喘いだ。「あ、あいつ、人間、なの!」
「黙って追え!」カインがやはり喘ぐように言った。
ジヒョンが校舎の角を曲がって姿を消した。4秒ほどの間をおいて、玲子達もそこ
を曲がる。
本能が反射的に回避行動をとり、玲子とカインは横に跳んだ。同時に待ちかまえて
いた2人の男達が発砲する。ダース単位の9ミリパラベラムが猛然と襲いかかり、た
った今玲子達のいた空間を切り裂いた。
----待ち伏せ!
玲子は心の中で呻くと同時に地面を蹴った。しなやかな身体がテロリストたちの頭
上を飛び越え、背後に着地する。一人が銃口をくるりと回したが、その瞬間玲子の放
った蹴りが右腕にヒットした。サブマシンガンがはじき跳ばされる。テロリストは、
内ポケットに手を突っ込んだが、素早く飛び込んだ玲子の掌打に顎を突き上げられ、
勢いよく吹っ飛んで壁に激突した。
玲子が振り向いたとき、もう一人のテロリストの身体が飛んできた。それは玲子の
2センチ右を通って壁に叩きつけられ、ずるずると崩れ落ちた。玲子は口をとがらせ
た。
「危ないじゃないの!狙ったんじゃないでしょうね」
「恨まれる憶えがあるのか?」カインは澄ました顔で答えた。「ジヒョンは逃げた
ようだぞ」
「分かってる」玲子は頷いた。「ただ者じゃないわね、あのジヒョンは。どうしよ
う。実川教授と、ジヒョンとどっちを探す?」
「どっちも同じ場所にいると思う」とカイン。「キャンパス内でスーパーコンピュ
ータ3基を動かせる場所は一つしかない」
「マシンルームね」玲子は頷いて、暗記した構内図を思い浮かべた。「でも、当然
警戒は厳しいでしょうね」
「当たり前だろ」少年は素気なく言って、玲子の右腕を指した。「ジャスミンに連
絡するんだ。もう別行動を取るのは無意味だ」
「どうするつもり?」言われた通り、ジャスミンをコールしながら玲子は訊いた。
「簡単さ。ジャスミン達に一方から攻撃をかけてもらって、ぼくたちは反対側から
潜入する」
『ジャスミンだ』イアピースに声が入った。
玲子はカインの提案を伝えた。
『いいだろう』ジャスミンはあっさりと同意した。『時間を決めよう。マシンルー
ムのある記念館までどれぐらいかかる?』
玲子は素早くキャンパス全図を頭に描いた。記念館は、イベントホールと同時期に
建てられた、大学内で最も新しい建物だった。霞川大学40年を記念したらしい。4
階建てで、夜目にも鮮やかな白い直方体である。1階に情報システムセンターと、マ
シンルームがある。玲子たちのいる場所からは、キャンパスの中心部にあたる図書館
を挟んでちょうど反対側に位置している。
「そうですね……」玲子は迷路を辿るように経路を設定した。最適な経路を決定す
るのは、実際に複雑な迷路を解くようなものだった。トラップが仕掛けられている場
所や、仕掛けられていると思われる場所は避けなければならないし、屋上に潜んでい
る狙撃手の射界は通るわけにはいかない。ようやく、玲子は答えを出した。
「20分から25分というところですね」
『よろしい。では、40分後に我々が攻撃を開始する』ジャスミンは説明した。『
長官によれば、その時間に機動隊が突入をかけることになっている。我々はその1分
後に記念館に対して派手に攻撃をかけよう。そっちはそれに紛れて潜入してくれ』
「了解」玲子は応じた。隣でカインも頷いている。
『時間を合わせよう。タイマーにセットするんだ』ジャスミンの言葉に、玲子は時
計をタイマーに切り替えた。時間を40分にセットし、ボタンに指をのせた。
「どうぞ」
『3、2、1、セット!』
玲子はボタンを押した。40'00"00だった表示が、カウントダウンを開始する。
『もし、時間内に準備ができていなければ連絡しろ』最後にジャスミンが言った。
『それ以外は連絡をするな。いいか?』
「OK」
『では、幸運を祈る』
「あれは間違いだな」通信が切れたとき、カインがぼそりと呟いた。
「間違いって何が?」
「ジャスミンが最後に言った言葉さ。幸運を祈るというやつ。我々に必要なのは幸
運なんかでなく、正確な情報とそれを最大限に活用する能力だ。<従者>との戦いに
幸運などあてにできないさ」
「カイン」玲子は呆れたように答えた。「あんたって、すごい戦士だと思うけど、
やっぱりまだ子供ね。ソーマが笑うわよ、そんなこと言ったら」
「そんなことないさ」カインは顔を赤くして反論した。「ハミングバードは、運な
んてものを信じているのか?」
「当たり前じゃないの」
「科学的じゃないな」
「<旧支配者>や<従者>の存在だって科学的じゃないわよ」玲子は少し笑った。
「それに<巫女>の一族だって」
少年は同意しなかったが、表だって反抗もしなかった。
「ふん。ぼくが信じるのは、この剣だけだ」そう言うとカインは、複雑な紋様の刻
まれた剣の柄を軽く叩いた。
「後でゆっくり話をつけましょ」玲子はため息をついた。「その時間があればね」