AWC 邪狩教団 第3話 ミレニアム 10


        
#2846/5495 長編
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邪狩教団 第3話 ミレニアム 10
★内容
                  10

 「……何かあったのか……」マーシュが陰気な声で訊いた。いつの間にか、英国製
のスーツを脱ぎ、フード付きのローブのようなものに身をつつんでいる。ローブには
9ヵ国語を読み書きできるジヒョンにも理解できない文字が、各所に書かれている。
マーシュの顔はほとんどフードに隠れて見えなくなっていた。
 「ちょっと、邪狩教団のやつらともめたのよ」ハンドガンのマガジンに弾丸を補給
しながら、ジヒョンは簡単に答えた。「大丈夫、足止めはしといたから。こっちはど
うなの?」
 ジヒョンは記念館の1階にある情報システムセンターにいた。マシンルームに通じ
るドアは開きっぱなしになっていて、キーボードを叩いている実川教授と助手の道代
の姿が見える。
 「キーボードには触らせないのじゃなかったの?」
 「……時間が、ない……早くしなければ、星が閉まってしまう……」
 「ふーん」ジヒョンは興味なさそうに頷いた。「ところで、そろそろ報酬の残りを
戴けないかしら?もう、私がやるべきことはあまり残っていないわ」
 マーシュの瞳がフードの下でぎらりと光った。
 「……よかろう……」マーシュは後ろに立っていた男に言った。「……金のケース
を持ってくるのだ……」
 男は無言で立ち去った。
 「脱出の面倒はみなくていいってことだったけど」ハンドガンをホルスターに戻し
予備マガジンをコートのポケットに入れながらジヒョンは訊いた。「もし、今からで
も、追加の契約を結ぶ気があるなら……」
 「……その必要はない……」マーシュはゆっくりと、断固として答えた。「……ど
のみち、我々の計画が成功すれば脱出する必要などない……」
 「邪狩教団も警察も、それどころじゃなくなるってわけね」ジヒョンはおもしろく
もなさそうに笑った。「何が起こるのかは知らないけど。でも、もし失敗したときは
どうするの?」
 「……失敗などしない……」マーシュは断言した。
 「ふ……うん」ジヒョンは肩をすくめた。「ま、私の知ったことじゃないわね」
 男が戻ってきた。両手にアタッシュケースを持っている。マーシュはそれを受け取
るとジヒョンの前に広げてみせた。そこには真新しい100ドルの札束がぎっしり詰
まっている。
 「……残りの50万ドルだ……」
 ジヒョンは嬉しそうに札束のひとつを取ると、天井の照明に透かしながら素早く調
べて頷いた。
 「確かに」ケースを閉めながらジヒョンは頷いた。「どこから手に入れたかは訊か
ないことにするわ。ところで、後どれぐらいかかるの?」
 「……教授に……訊け……」マーシュは答えて、背を向けた。「……やらねばなら
ないことが残っている……」
 ジヒョンはマシンルームに入った。実川教授と助手の道代が同時に振り向いた。教
授は嫌悪の表情を刻み、道代は恐怖の表情を浮かべた。
 「あらあら、嫌われたものね」ジヒョンは肩をすくめた。「どうなの?」
 「忌々しいことに順調だ」吐き捨てるように言うと、教授はまたキーボードを叩き
はじめた。
 ディスプレイの一つに、ジヒョンの目にはエジプトのヒエログリフにしか見えない
記号がグラフィック表示されている。数秒に1つの割合で、さまよっている十字カー
ソルがその中の一つに重なり、画面から消していく。同時に、別のディスプレイに、
16進数のコードが何十行も追加されていく。
 「後、どれぐらいかかるの、教授」
 「20分から30分といったところだ」教授は答え、憎々しげに付け加えた。「そ
れで人類も終わりだ。いくら貰ったのか知らないが、使うヒマなどないぞ」
 「余計なお世話よ、教授」ジヒョンは顔色も変えずに答えた。「急ぐことね。もう
すぐここは平和な場所じゃなくなるから」
 「何だと?」
 「いいから、急ぎなさい。あなたの仕事が終わらないと私は脱出することもできな
いのよ」
 教授が答える前に、ジヒョンのポケットの中から呼出音が響いた。ジヒョンは通信
機を出すと応答した。
 「Jだ」
 『クックです。外の様子が変です。機動隊が突入の準備をしています』
 「さっきから全然応答しなかったからな」ジヒョンはクスクス笑った。「しびれを
切らしたんだろう。あのミナガワとか言う公安の男のやりそうなことだ。いいから、
放っておけ。それより、邪狩教団の奴等はどうした?」
 『探していますが、捕捉できません』
 「ふーむ、大したものだ。この広くもない構内で、こうも鮮やかに隠密行動が取れ
るとはな。警戒を怠るな。残りの部下達と連絡を絶やすな」
 『了解』
 「どうやって脱出するつもりだ?」実川教授がマウスとキーボードを器用に両手で
操作しながら訊いた。「どうせ、銃で強行突破するつもりなんだろうが」
 「話す義務はないけど答えてあげるわ。私はそんな非効率的なことをするつもりは
ないの。教授にご心配頂かなくても、脱出手段はちゃんと確保してあるわ」
 またしても呼出音が響いた。
 「Jだ」
 『クックです。機動隊が突入を開始します!』

 20世紀後半から、世界各国で続発するテロは激化する一方だった。主義主張を越
えてテロ活動を行うテロ・ネットワークが誕生し、その傾向に拍車がかかった。各国
のカウンターテロ組織間で情報を交換するネットワークが形成されつつあるが、現状
は様々な政治的思惑の壁に阻まれ、冷戦時代の秘密主義が一部緩和されたに過ぎなか
った。
 極東の平和な大国、日本は、現在のところ民族や宗教を基点とするテロリズムとは
無縁の日々に恵まれている。だが、世界各国を暗躍するテロリストが日本を標的とす
る日が遠くない将来必ずやってくる。すでに少数ながら勃発している企業テロが、そ
れを暗示している。政府が秘かに内外のアナリストに分析を依頼した結果、到達した
結論がそれだった。公式に予算を割り当てるかどうかは別として、将来の暗黒時代に
備えて、ふさわしい武装を持ったカウンターテロ組織が必要であることはもはや誰の
目にも明らかだった。
 すでに運輸省所属として中隊規模のカウンターテロ部隊が存在していた。だが、こ
れはハイジャック対応を主任務とした空港専門の部隊であり、機動力も装備も、本場
のテロリストに対抗できるものではない。ソビエト連邦崩壊のため、世界中のブラッ
クマーケットには、優秀な旧ソ連軍製の兵器が大量に流れている。武器商人たちが、
それらの兵器の買い手としてテロ組織を排除するほど平和主義であるはずもない。
 自衛隊の一部隊としてカウンターテロ専門部隊を創設するわけにはいかなかった。
あっけないほど簡単に自衛隊の治安出動が実現してしまうからである。何としても警
察の指揮下にあるカウンターテロ部隊が必要であった。
 JASPS(Japan Armed Special Police Service)が、公安部の指揮下に秘かに
創設されたのは、こうした背景があった。
 別名、沈黙部隊と呼ばれるこの部隊の存在は、一般市民はもちろん、ほとんどの警
察関係者にすら知らされていなかった。40名前後の隊員たちは、警視庁の組織図の
どこにも記されていない。それどころか戸籍すら存在しないのだ。
 日本中の警察官や機動隊員、さらには自衛隊員などから秘かに選抜され、引き抜か
れた彼らは2年間、厳しい訓練に身を費やしてきた。世界最高のカウンターテロ機関
であるイギリスのSASや、アメリカのSWATなどで特別研修を受け、ベイルート
やパレスチナで都市戦術の実地訓練を繰り返し、最高の技能を身に着けているのだ。
 その性質上、JASPSの定住地は存在しない。普段は日本全国に散らばって、そ
れぞれが偽の戸籍を持って生活している。これは日本のどこで武装テロリストによる
テロが発生しても、最短時間で隊員を送り込むことができる、との配慮に基づいてい
る。部隊そのものが動かずとも、数名の経験者がいるだけで、驚くほど効果的な対応
ができるのがテロルが通常の犯罪と異なる点なのだ。
 この夜、警視庁公安部第一課長皆川の要請に応じて駆けつけたのは4名の隊員だっ
た。到着するまでに無線で状況説明を受け、互いに対応を決定し、装備も整えていた。
 4名の隊員は、機動隊員たちに「カウンターテロ専門部の専門家」として紹介され
指揮権を与えられた。機動隊員たちは胡散臭そうな視線を交わしたが、JASPS隊
員たちは気にも止めなかった。
 21:00ジャストに、機動隊の突入が開始された。
 長引けば、テロリストが人質を射殺するおそれがあるため、スピードが勝負である
ことは誰もが承知していた。まず、コンクリートの壁がプラスティック爆薬によって
爆破された。爆煙が消えないうちに、JASPS隊員を先頭に機動隊員40名が次々
に突入を開始した。場所は、運動部の部室が並ぶ、講義棟や研究棟とはグラウンドを
挟んで反対側である。ここはジャスミン達が潜入に選んだポイントである。
 同時にヘリが探照灯で地上をなめながら低空に飛んだ。テロリストの注意を引きつ
けるのと同時に、屋上に配置されていると思われる狙撃兵を発見するためである。
 JASPS隊員の一人が自らポイントマン(斥候)を努めながらグラウンドを右手
に見る位置まで移動した。そこはまばらに何本かの松が生えている他は、遮蔽物がほ
とんどない場所である。
 不意に人影がポイントマンの前方に出現した。ポイントマンは反射的にイングラム
サブマシンガンを向けたが、すぐに相手が武器を持っていない学生だと知った。隊員
は後方の部隊に前進の合図を送り、自分は学生に駆け寄った。
 学生がいきなり隊員に襲いかかった。
 狼狽しながらも、隊員はとっさに反撃した。首筋に伸ばされた相手の手首を掴み、
くるりと地面に叩きつける。
 後方で警戒の叫びが上がった。ポイントマンは顔を上げ、顔色を変えた。
 何十人、いや何百人もの男女の学生が、暗闇の中からゆらりと出現したのである。
全員が一様に虚ろな瞳に殺意をたたえて、機動隊員たちを見つめている。
 隊員たちは銃口を上げた。だが、さすがに発砲するわけにはいかなかった。威嚇の
ために銃口を向けてみたが、学生たちは明らかに正気を失っている様子で、少しずつ
近付いてくる。
 いつの間にか隊員達の後方からも学生たちが近付いてきていた。
 指揮官の任に着いていたJASPS隊員が短い声で命令を発し、隊員達は銃を下ろ
して特殊警棒を手にした。学生たちが催眠術の類で洗脳されている、と判断したので
ある。ここは気絶させ、進路を切り開かねばならないのだ。
 次の瞬間、学生たちの間から銃弾が飛来し、JASPS隊員と数人の機動隊員の頭
部が朱に染まった。残りの隊員たちは、再び銃口を上げたが、闇雲に発砲することは
やはりできなかった。
 数秒後、違う方向から銃弾が浴びせかけられ、再び数人が倒れた。
 指揮官は蒼白になった。彼は、テロリストの狡猾な意図をはっきりと悟った。学生
たちに突入部隊を包囲させておき、一人か二人のテロリストがそれに紛れて接近する。
そして学生たちを遮蔽物としながら、適当な間隔で銃を突き出して隊員たちを射殺し
ていくのである。数発撃って素早く移動すれば発見しようがない。移動を続けながら、
発砲を続ければ、数人でも一部隊を殲滅できる。
 対応方法は一つしかない。銃火がひらめいた場所を一斉射撃するのだ。ただし、そ
の場合、まず倒れるのは罪もない学生たちであり、さらに確実にテロリストを倒せる
保障は何もない。
 指揮官は唇をかみしめた。そして、後退を叫んだ。隊員達は元来た方向へ我がちに
戻りはじめた。その背中に銃撃が加えられ、またもや数人が犠牲となった。だが、も
はやそれに構っている場合ではなかった。退路にも学生たちが待ちかまえているのだ。
隊員たちは、できるだけゆるやかに学生たちを叩きのめしながら進路を切り開き、退
却を開始した。

 ヘリのパイロットは空中から、その様子を見て舌打ちした。そして退却を援護しよ
うと、騒乱の中心に低空飛行で飛来した。
 同乗していたJASPS隊員が突然警告の叫びをあげた。パイロットは隊員が示す
方向に視線をやり、次の瞬間恐怖に顔を歪めた。緊急上昇をかけようと、操縦桿を力
一杯引き絞る。だが、手遅れだった。
 一つの植え込みの蔭から突き出した円筒から、轟音とともに炎の矢が飛び出し、真
っ直ぐに上昇しはじめたヘリに突進した。FIM−92Aスティンガー対空ミサイル
である。高性能ミサイルは真下からヘリに命中し、ヘリは地上15メートルで爆発四
散した。炎と破片が地上を襲い、機動隊員と学生たちを殺傷する。地上の混乱は、ま
すます激しくなった。





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