AWC 邪狩教団 第3話 ミレニアム 8


        
#2844/5495 長編
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邪狩教団 第3話 ミレニアム 8
★内容

                  8

 10分という貴重な時間を費やした後、玲子とカインはイベント・ホールにたどり
着いた。事前に暗記したデータによれば、1年前に木造の講堂を取り壊して、新築さ
れた真新しいホールである。デザインは大学にしてはかなり斬新的で、よくあるカマ
ボコ型などではなく、海辺の貝殻を思わせるゆるやかな曲線で構成されたドーム型の
天井と、2重の強化ガラスが幾何学的に配置された防音素材の外壁が、周囲の木々と
見事にマッチしている。全体的に淡いグリーンが基調となっており、建物だけ見れば
小規模なコンサートホールだと言っても通るぐらいである。
 「人質をまとめて監禁するには絶好の場所ね」玲子はカインに囁いた。
 7カ所の出入口のうち、一つはホール内の倉庫に直通している大扉である。残りの
6つは、通常のドアで非常灯のグリーンの光で位置はわかる。問題は、ホール内に、
何人のテロリストがいるのか調べる方法がないことである。玲子のプラーナは、主に
<従者>の発するイーヴル・サイン(邪悪な瘴気)を探知するように鍛えてある。も
ちろん、人間を探知することはできるが、中に大勢の人質がいるため、テロリストだ
けを判別するのは困難だと思われた。
 「でも、一応やってみますか……」玲子は呟くと、ゆるやかな呼吸と共にプラーナ
を発した。見えざるエネルギーが、地面を、草木を、湿気の多い夜の空気を伝って、
アクティブソナーのようにホールに到達し、外壁を通過する。帰ってきたイメージが
玲子の脳裏におぼろげな像を結んだ。
 「確かに100人以上の人間がいるわ」玲子は続けて、中の様子を探りながら言っ
た。「ほとんどが寝転がっている。立っている人間は、一、二、三人。これがテロリ
ストかしらね。中はとっても静かだわ。誰も……」
 玲子は言葉を切った。カインがいぶかしげに視線を向けるのがわかった。
 「変だわ。まるで全員眠っているみたいに静かだわ。恐怖や緊張が全く感じられな
い」
 「すでに殺されているのじゃないのか?」とカイン。
 「それは違うわ」玲子はすぐに否定した。「間違いなく全員生きている。だけど、
どこか違うのよ。
 「じゃあ、見てみよう」
 カインはそう言うと、さっさとホールのドアの一つに向かって歩き出した。玲子も
後に続く。
 ドアは金属製で両開きになっている。イベント時には大勢の人間が出入りするので
幅はかなり広い。
 「どうして、表に一人も見張りがいないのかしら」玲子は疑問を呈した。「監視カ
メラが設置してある様子もないし」
 「……」
 カインは無言でドアに耳を押し当てていた。10秒ほどで諦めたように玲子を見る。
 「呼吸音しか聞こえないな。探ってみてくれないか」
 玲子は進み出て、掌でドアに触れ、再びプラーナを発した。距離が縮まったおかげ
で、より鮮明なイメージが得られる。小声でそれをカインに伝える。
 「このドアの付近には誰もいないわ。5メートル離れた場所に10人ぐらい。それ
から少し離れて7、8人。立っている人間が2時30分、11メートルに一人。10
時、20メートルに一人。これは壁にもたれてるわね。最後が9時、つまり真横、7
メートルに一人。話し声は聞こえないわ」
 カインは頷いた。
 「よし、突入しよう。3人なら制圧できる」
 「分担は?」
 「ぼくは反対側の壁に回る。真横にいるやつは、君にあげよう。残りの一人は、先
に手が空いた方がやることにする。いいか?」
 「OK」玲子は頷いて、送信機に呼びかけた。「ハミングバードです」
 『タイラントだ』
 「これから、イベントホールに突入します。敵の推定人数は3人」
 『了解』
 すでにカインは姿を消していた。ホールの反対側に回ったのである。玲子はドアを
探った。思ったとおりカギは掛かっていないようだった。トラップなども仕掛けられ
てはいない。電子的なトラップまでは分からないが、いざというときには内部のテロ
リスト達の退路の一つになるドアである。面倒なトラップなど設置してはいないだろ
う。玲子はドアノブに手をかけ、カインが始めるのを待った。
 唐突に轟音が玲子の耳を打った。意識よりも先に身体が反応し、玲子はドアを蹴り
開けると、ホールの中に身体を投げ込んだ。くるりと一回転し、床を蹴って跳躍する。
ホール内の照明はほとんど消えていたが、それを疑問に感じる余裕などなかった。突
入前に把握した標的の位置に向けて突進する。
 壁際に立っている人物は手に銃器らしきものを持っている。だが、先ほどの轟音に
も、突入してきた玲子にも注意を払う様子が全くない。玲子の心の中に、何かおかし
い、という警告ランプが点滅したが、すでに玲子の身体は相手と接触していた。
 ひゅん!
 玲子の右足がうなりを上げて、相手の銃器にヒットした。それはあっさり相手の手
から離れて飛んでいった。続いて玲子の手刀が相手の首筋に叩き込まれる。それほど
力はこめられていないが、瞬間的に相手の身体に流し込まれたプラーナは、神経系を
麻痺させるのに充分な量だった。
 「ハミングバード!」
 カインの切迫した声に、玲子は振り返った。そして、愕然となった。
 床に寝ていた筈の学生たちが、幽鬼のような顔でゆらりと起きあがりつつあった。
すでに2、3人が立ち上がっており、ふらふらと玲子を目指して歩き始めている。
 さすがの玲子も、とっさに反応することができなかった。学生たちが瘴気を発して
いれば、訓練された身体の方が先に反応したに違いないが、目の前の学生たちは表情
が空虚そのものである以外は、普通の人間に間違いなかった。
 先頭の学生が、2メートルまで接近したとき、玲子はようやく声を出した。
 「止まりなさい!近寄らないで!」
 厳しい口調だったが、学生たちは意に介した様子もなかった。先頭の学生が、何か
を求めるように手を伸ばした。
 反射的に玲子は身体を沈めた。学生の手が空しく空を切った。玲子は長い足をひら
めかせて相手の足を払った。学生は奇妙なうなり声を上げて倒れかかってきた。玲子
は悲鳴を上げたりせず、その身体を避けた。
 だが、素早く身体を起こそうとした玲子に、後続の学生が飛びついてきた。続いて
別の一人がからみつく。どちらも玲子より頭ひとつ高い男子学生だった。一人は背中
から玲子の胸に手を回し、一人は腰のあたりにしがみついている。
 「離しなさいよ!」
 怒りの叫びとともに、玲子はプラーナを発した。バチッ!と激しい静電気が発生し、
2人の学生は反発しあう磁石のように玲子から吹き飛んだ。
 「何なのよ、もう!」玲子は次々に学生たちが向かってくるのを見て叫んだ。「カ
イン!大丈夫?」
 「こいつら、コントロールされてる」冷静な声が答えた。学生たちの身体に遮られ
て少年の姿は玲子からは見えない。「排除して外へ出るんだ」
 「殺すんじゃないわよ!」玲子は叫び返した。カインが殺人狂だと思っているわけ
ではないが、必要とあればいくらでも冷酷になれる少年なのだ。
 カインが何か答えたが、玲子の耳には入らなかった。同時に3人の学生が飛びかか
ってきたのだ。一人は真面目そうな女子学生だった。玲子は男の方を突破しようと、
そちらを向いた。
 それが間違いだったことはすぐに明らかとなった。女子学生が無表情なまま手をの
ばし、玲子の首を後ろからわしづかみにしたのである。不意をつかれた玲子は、とっ
さに肘を相手に叩き込もうとして躊躇った。そのわずかな隙をついて、男子学生が玲
子の足にタックルする。
 バランスを崩した玲子は、首を締めつけている女子学生と一緒に床に転がった。間
髪を入れず、男子学生がのしかかってくる。そいつは仰向けになった玲子の上に、全
体重をかけてたおれこんできた。
 「ぐっ!」
 瞬間、呼吸が止まった。玲子の胸の上に、男子学生の頭がのっている。手がのび、
ブラウスの上から玲子の胸をまさぐり始めた。足にしがみついている学生も、いつの
まにかタックパンツの上から玲子の太腿を触っている。
 プラーナを発することも忘れて、玲子はもがいた。玲子の下になっている女子学生
も、後ろから玲子の身体に手を這わせている。玲子は片手を自由にしようと、懸命に
身体をよじり、ようやくそれに成功した。同時に、怒りと恥辱がこみ上げてくる。
 「この!」
 自由になった右手を、上にのっている男子学生の顔に叩きつけ、容赦なくプラーナ
を爆発させた。最後の瞬間にかろうじて抑制しなければ、相手のシナプスは残らず過
電流によって弾け飛んでしまったに違いない。哀れな学生は、白目をむいたまま意識
を失って床に転がった。それに構わず、玲子は自由になった両手で、下半身にしがみ
ついている学生の耳をつかんで持ち上げた。苦痛の表情を浮かべ、学生は玲子の太腿
に這わせていた手を離して玲子の手首を掴んだ。
 その瞬間、玲子の膝が跳ね上がり、学生の急所を直撃した。玲子が永遠に味わうこ
とがない激烈な苦悶が学生の全感覚を支配した。学生は急所に両手を当てて、床にう
ずくまって呻きはじめた。
 女子学生に対しては、手加減したプラーナを送って気絶させるにとどめた。それが
終わると、玲子はようやく立ち上がることができた。
 いつの間にか、そばにカインが立っていた。
 「大丈夫か?」静かにカインは訊いた。
 「そこにいたのなら助けてくれればいいのに」玲子は思わず文句を言った。
 「助けてやったさ」少年は小憎らしいほど冷静に応じた。「他のやつらが接近する
のを防いでやった」
 確かに周囲に20人以上の学生たちが倒れている。他の学生たちは、それを遠巻き
にして立っていた。
 「殺してはいない」玲子の質問を先取りして、カインは言った。「気絶させただけ
だ。致命的な後遺症も残らない。外へ出よう」
 玲子とカインは学生達から視線を外さず、ゆっくりと後ずさった。もっとも学生た
ちは、うろうろと歩き回っていたものの、2人が危険であることを悟ったのか、追っ
て来ようとはしなかった。ただ、虚ろな視線を投げかけてくるだけである。
 「マインド・コントロールかしら」学生たちに油断のない視線を注いだまま、玲子
は呟いた。「でも、瘴気は感じられないわ」
 「ああ。これは人間の仕業だ」
 カインがそう言った途端、2人の背後から第3の声がかけられた。
 「そこまでよ、お二人さん」よく通る女性の声だった。「止まって。こっちをゆっ
くり振り向くのよ」
 玲子もカインも凍りついたように全身を凝固させた。これほど見事に不意をつかれ
たのは、どちらにとっても初めてのことだった。2人とも、学生たちに注意を向けて
いたせいもあるが、それ以上に声をかけた相手の技量が並外れているのだ。
 玲子はゆっくり振り向いた。両手は何も持っていないことを示すため、だらりと垂
らしている。
 2メートルと離れていない所に、背の高い女性が立っていた。出発前に見せられた
資料映像の中の一つと酷似した顔である。左右に2人の男が立ち、サブマシンガンの
銃口を正確に玲子とカインの顔に向けていた。一目見て、玲子は攻撃も逃亡も断念し
た。カインも同じ考えであるらしく、身動きひとつしなかった。
 「チェ・ジヒョン」玲子は呟いた。
 ジヒョンは自分の名が口にされても驚いた様子もみせなかった。   ジャカリチャーチ
 「自己紹介はいらないみたいね」嫣然とジヒョンは笑みを見せた。「邪狩教団の人
たちね。噂は耳にしてるわ」
 邪狩教団の活動は全地球が対象となるが、その存在を知る者は、大国の元首、ロー
マ法王など極めて限定された範囲にとどまっている。普通の市民が何かの拍子で教団
の存在を知ったとしても、ただちに記憶操作を受けることになる。
 敵である<従者>に対しても、20世紀後半までは、教団の存在はほとんど知られ
てはいなかった。<従者>同士は、大抵ばらばらに活動しており、横のつながりはほ
とんどなかったからである。彼らの主君たる<旧支配者>にしても、決して一致団結
した存在ではなく、互いに敵対関係にあったらしいが、それを反映しているかのよう
である。水に属する<従者>と、火に属する<従者>が、人類と文明の転覆をもくろ
む一方で互いに勢力争いを繰り広げているらしいことは中世から知られている事実だ
った。これは邪狩教団にとって、ひいては人類にとって有利な点であった。
 だが、世紀末が近付くにつれて<従者>の活動に変化が表れた。彼らは邪狩教団の
存在を知り、それを自分たちの脅威として認識したようなのだ。これだけでも教団の
戦いが不利になるというのに、<従者>同士が抗争をやめ、協力関係を築き上げつつ
あるとの情報も入っている。もし、全ての<従者>が、その恐るべき邪力を結集して
邪狩教団に全面戦争を挑んできたとしたら、果たして勝算はあるのだろうか。
 玲子は背筋に冷たいものが流れるのを感じた。一介のテロリストまでが、教団を知
っている。大学のどこかにいる<従者>が知っているのは当然であろう。となれば、
それ相応の準備を整えているものと考えなくてはならない。別行動をとっているジャ
スミンに警告すべきだったが、この状況では不可能だった。





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