AWC 後継者たち(5)           悠歩


        
#2831/5495 長編
★タイトル (RAD     )  94/11/ 1   0:18  (178)
後継者たち(5)           悠歩
★内容

「人………人の声だわ」
 町の中でも一際大きい建物の前で、シンシアは足を止めた。
 子供たちのはしゃぐ声がする。
「ここは、学校かしら」
 たが、入り口の前に掲げられた小さな看板から、そうでは無いことをシンシアは
知った。
「ここは、病院」
 誰でもいいから、人の姿が見たくてたまらなくなっていたシンシアだったが、勝
手に入っていいものか。しばらく扉の前で考え込んだ。
『だいじょうぶ、入ってごらん。ただし扉を開ける必要はないよ』
 そんなシンシアを促す、おじいちゃんの声が聞こえて来た。
「でも」
『扉を開ける必要はない』
 魂だけが、いまここに存在しているのだとは分かっていても、扉を開けずに中に
入れるのだろうかと考えてしまう。
 半信半疑で、シンシアは両手を扉に押しつけてみる。
「あっ」
 軽い驚き。シンシアの手は、何の抵抗も扉をすり抜けた。

 ぱっと見ただけでは、そこが病院の中のようには思えなかった。
 そこには様々な年頃の子供たちが、思い思いのオモチャを手に、遊んでいた。
 その子供たちの面倒を見ているのが、看護婦でなければ託児所のようでもあった
だろう。
 だが、どうしてそこが病院なのかを理解するまで、シンシアにそれほど時間は必
要なかった。
 ここにいる子どもたちは、みんな何かの障害を持っていたのだ。
 目の開かない少女、足が発たちせずに立つことの出来ない少年、手の無い子、言
語を発する事が出来ない子、知能に障害を持つ子。
『昔、この土地に有った原子力発電所が爆発事故を起こしたのだよ。この子たちは、
その放射能の影響を受けてしまったのだ』
 おじいちゃんの声が説明をする。
『いまもまだ、障害を持った子どもたちが生まれている』
「そんな………だったらみんな、この土地を出て行けばいいのに。そうすれば、放
射能の影響を受けないで、済むんでしょ?」
『離れたのだよ、一度はみんな。だが見知らぬ都市で、生活して行く術が無く、皆
生まれ育った地に戻って来た』
 それはシンシアに理解出来る事では無かった。それを理解するのには、あまりに
もシンシアは裕福な生活しか知らない。
 しかし子どもたちの姿に、充分過ぎるほどの同情と哀しみを感じることは出来た。
「!」
 が、リリアやデビットのように子どもたちの心を感じようとして、意外なほどそ
こに活力溢れている事をシンシアは知った。
 おそらくは、放射能の影響を受けた子どもたちの寿命は短いのだろう。だが、ど
の子どもの心にも、己の運命に対し哀しみや絶望を持つ者は無かった。普通の子ど
もと同じように、あるいはそれ以上に生きようとする力に満ちていた。
 シンシアは子どもたちに対して、哀れみを感じた自分が少し、恥ずかしく思えた。
「………」
 そんな中で、一つだけ、他の子どもたちとは違う心が存在する事にシンシアは気
がついた。
「だれ? この心は………」
 シンシアは、その心の主を探し求めた。

 その心は、建物の奥から感じられた。
 たくさんの心が行き交う中でも、その心だけは一瞬も見失うことは無いほどに強
かった。
「ここだわ」
 扉の前でシンシアは立ち止まった。この扉の向こうに、心の持ち主がいる。
 病院に入った時と同じようにして、シンシアは扉をすり抜けた。
 そこは小さな病室で、小さなベッドが一つ置かれているだけだた。
「あら、ひどい」
 思わず声が出る。
 ベッドには誰かが寝ていたが、そのマクラの汚さに驚いたのだ。
「きっと、あの子が動けないのをいいことに、換えてないのね」
 ベッドに寝ている子は、重度の障害者なのだろう。しかしマクラぐらい換えてやっ
てもいいのに、シンシアは思った。
 だが………シンシアはすぐに思い違いをしていることに気がついた。そして、ベッ
ドの少年から目を背けてしまった。
 汚れてはいない………マクラは汚れてなどいなかった。汚れたマクラに見えたの
は、少年の頭の一部だったのだ。

 少年顔は不健康に黒く、その頭はぶよぶよに膨れていたのだ。顔の数倍に膨れた
頭。 顔はその頭の中に浮かんでいるようだった。
 遠目には黒いマクラをしているように見えたのだ。
「あ………ああ………」
 再び少年に視線を戻したシンシアは、全身が震えるのを感じた。
 こんな事が現実として、存在する事に衝撃を覚えて。
 一瞬躊躇って、それから意を決して少年の心を受け入れた。
 少年は言葉を知らなかった。
 しかし驚くほど聡明な心を持ち、脅威的な記憶力を持っていた。少年の記憶して
いた映像と音声、少年の心の揺らめきをシンシアは明確な形で感じる事が出来た。

 少年に両親はいない。
 父も母も少年が生まれると、ここに預けてそのままどこかに消えてしまった。
 少年は自分の姿を見た事がない。しかし自分が他の人と違っている事は知ってい
た。
 自分の面倒を見てくれる看護婦さんは、とても優しかったが、初めて少年の姿を
見たときに激しく動揺していた。
 誰もが少年を見るときに激しく動揺をする。それ程までに自分は他の人たちとは、
異質な存在なのだ。
 理由は分からない。でも自分は他の人たちのように、このベッドを離れて歩く事
が出来ない。
 ある時、看護婦さんのいない隙にベッドから起きあがってみようと試みた事が有っ
た。しかしその意志に反して、少年の身体はぴくりとも動かない。懸命に身体に力
を入れてみる。少年には力の入れ方すら、よくは分からなかったが。
 どんなにもがこうと、少年の身体は何もしていない時と何も変わらない。
 検診の時間となって、看護婦さんが部屋に入って来た。それでも少年は動くため
の努力を続けていた。
 いつもの通り、検診の段取りを消化していく看護婦さんは、そんな少年の試みに
は全く気がつかないようだった。
 とても悲しかった。
 自分には何もする事が出来ない。
 それがいつまで続くのは分からなかったが、たぶん、生きている間永久にこのベッ
ドの中で天井を見つめて行く以外の事は出来ないのだろう。
 看護婦さんたちが出入りする扉も、ベッドの向こうに有る窓も、少年には見るこ
とが出来なかった。寝返りすら打てないのだから。
「外に出てみたいな」
 それが少年にとって唯一、そして最大の願いだった。
「そのためには………」
 この身体を捨てないといけないな、と思った。
 死という概念を少年は知らなかった。だが、少年の望んでいる物は、速やかなる
死だった。
 そして、その望みが現実となるまで、それほど時間の掛からない事も知っていた。


 強い雨が降っていた。
 激しい風と共に降る雨は、つぶてとなってロバートに襲い掛かって来る。
「うわっ! 痛い痛い」
 実際には魂だけの存在になっているロバートに、痛みは無かった。しかしバチバ
チと音を立てて襲い来る雨に、つい叫びを上げてしまう。
 濡れる事も、痛みを感じることも無かったが、やはりこの豪雨の中に立ち尽くし
ているのは気分のいいものでは無い。ロバートは近くに有った大木の影に身を寄せ
た。
 バキバキバキ………
 大木の上の方で、強い風に負けた枝がへし折られて行く。
 周りの細い木は、根こそぎ倒されていた。風によって飛ばされて来るのは雨だけ
では無い。看板や板切れ、折られた木、車のタイヤまで飛んでくる。
「ひどいよおじいちゃん………こんな所に連れて来るなんて」
 ロバートは、大木の影で暴風雨の過ぎ去るのを待った。

「これは凄いや」
 風がおさまり、雨が小降りになって大木の影から出て周りを見たロバートは、驚
きの声を上げた。
 たぶん、ここは暴風雨が来るまでは、ちゃんとした街だったのだろう。「だろう」
と言うのは、今ロバートの目に映る光景は街のものでは無かったからだ。
 そこに有るのは茶色く濁った川だった。
 その流れの中に垣間みれる屋根や車が、本来ここが街であった事を語っている。
 街の人たちはどうしたのだろう? 無事に避難したのだろうか。あるいは………。
 ロバートは身震いを感じた。
 今ここにいるのが、魂では無く肉体を持ったロバートなら、自分も無事では無かっ
たかも知れない。
 ロバートのいる場所は、小さな中州となって、かろうじて水に飲み込まれずに済
んでいた。
「とにかく、ここにいてもしょうがないな」
 風はおさまっていたものの、雨はまだ降り続いている。ここもいつ水に飲み込ま
れるか分からない。今のロバートなら危険は無いのだろうが、やはり気持ちは良く
無い。早々にこの場を離れたい。
 辺りを見渡して見ても、この中州からの脱出口は何処にも無い。
 仕方なく水際まで近寄って、その流れを見つめる。激しい流れは恐怖だったが、
恐る恐る、ロバートは水に片足を入れてみる。
「おっ!」
 浮かんだ。いや、浮かぶと言うより水面に足が乗った感じたった。もう片方の足
も乗せてみる。
「やった、立てる」
 ロバートは、テレビ映画に出てきた忍者の様に水面に立ち上がる事が出来たのだ。
しかも、その流れに全く影響を受けず、自由に歩き回る事が出来る。
 そのことが面白く感じ、ロバートはしばらくここが激しい水害を受けた街だとい
う事も忘れ、川の上を走り回った。

「がんばれ、もう少し………もう少しの辛抱だからな」
 若い男の声が聞こえた。ここで始めてロバートが聞いた人の声。
 青年は、岸から川に向かって叫んでいた。ロバートは青年の視線の先を追う。
「た、大変だ」
 逃げ遅れたのだろうか、岸からそれほど遠く無い所に少女が取り残されていた。
 少女は傾き掛けた電信柱に掴まり、水に流されないように必死で堪えていたが、
水位は胸の辺りにまで達していた。
 青年から少女までの距離は大して離れていなかったのだが、水の流れが激しくて
どうにもならないようだ。そうしているうちに、水位はじわじわと上がって行く。
 少女も今は懸命に堪えているが、身体を小刻みに震わせている。このままでは水
が少女を飲み込むのが早いか、少女の体力が尽きるのが早いかの問題に思われた。
「どうにかしないと………」
 水面を歩いて移動の出来るロバートにとって、少女に近づく事は何の造作も無い
事だった。しかし、今は魂だけがここに来ているロバートには、少女の身体に触れ
る事すら出来なかった。
「早く………早く、助けないと………」
 後はあの青年に頼るしか無い。
 ロバートは、青年の意識に同化した。





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