AWC 後継者たち(6)           悠歩


        
#2832/5495 長編
★タイトル (RAD     )  94/11/ 1   0:24  (196)
後継者たち(6)           悠歩
★内容

 暴風雨のもたらした被害は予想を遥かに凌いだ。
 警察や青年の属する消防団も、それを察すると同時に付近住民へ避難勧告と誘導
を行った。
 青年は、逃げ遅れた人がいないか見回っていて、流れの中に取り残された少女を
発見したのだ。
 岸から少女まではほんの五メートルくらいしか離れていない。だがその流れが強
すぎて、青年から少女の方へ行くことも、少女が自力で岸まで来ることも出来ない。
 青年は速やかに無線機で応援を求めたが、電波状態が思わしく無く、こちらの声
が届いたかは疑わしい。
「がんばれ、必ず助けるから………もう少し、もう少しの辛抱だ」
 微かに頷く少女。だが励ましを送る青年の方が、内心は焦っていた。
 どうも応援が来る気配は無い。水かさは上昇し続け、青年と少女の距離は離れて
行く。目に見えて少女は弱って行く。
「くそっ!」
 一か八か、川に飛び込むしか無い。もし、自分が流されてしまえば、もう少女が
ここにいる事を知る者がいなくなってしまうが、このままでは確実に少女は死んで
しまう。そう思った時だった。
「だめ………無理を………しないで」
 青年の考えを察したのか、少女が弱々しい声でそれを制した。
 その声を聞いた青年の心に火がついた。己の命と引き替えにしても、この少女を
助けようと。
「だめよ」
 少女が止める中、今まさに飛び込もうとした瞬間、青年は岸寄りにロープが流さ
れて来るのを見つけた。
「しめた!」
 これぞ天の助けとばかり、流れ行く前にそのロープを掴み上げる。
「これに掴まるんだ」
 青年は少女に向けて、ロープの端を投げつけた。しかしそれは少女より下流に落
ちる。ロープを手繰りよせ再び投げる。今度は上手く、少女のやや上流に落ちるが、
それを掴もうとした少女の手をすり抜けて行ってしまう。ロープを掴もうとして、
電柱から片手を離した少女の身体が、一瞬ぐらつく。
「む、無理をするな。電柱にしっかりとしがみついて。俺が行く」
 始めからそうすれば良かったのだ。一瞬少女を、より危険にさらした事を青年は
後悔する。
 青年は急いでロープを自分の腰に巻き付けた。そしてもう一方のロープの端を、
近くの太い木に結わえ付けた。
 既に水は少女の首の近くにまで来ている。猶予は無い。
 流れを計算して、青年は少女の上流へ飛び込んだ。ものすごい勢いで流される。
方向感覚を失う中、必死で水面へ出て少女の位置を確認する。
 少女の姿が見えた、そう思った瞬間に手を伸ばす。上手く少女のいる電柱を掴ん
だ。
 青年は丁度少女の背に負ぶさるような形となった。思った以上に水の流れは強く、
気を抜けばまたそのまま流されてしまいそうだ。少女はこんな中で、ずっとがんば
り続けていたのだ。
「わたしはいいの………早く、岸へ………戻って」
「馬鹿を言うな」
 しばらく、柱に掴まったまま、青年は息を整える。頬から出血している。飛び込
んだ瞬間に、水底の障害物で切ったのだろう。
 水は酷く冷たい、急がなければ。
「さあ、俺に掴まるんだ」
「だめ、だめなの」
「何を言ってるんだ」
 訳の分からない事を言う少女を、無理矢理連れてロープを手繰ろうとする。だが
出来ない。
「これは………」
 どうしたことか少女の身体を電柱から引き離す事が出来ないのだ。
「まさか」
 青年は自分の足で、少女の足許を探って見た。
「畜生! なんて事だ」
 少女の足は、何か瓦礫にしっかりと挟み込まれていたのだ。いくら青年が蹴って
みても、瓦礫はびくともしない。
「もういいの。ありがとう………早く逃げて」
 少女は優しく微笑んだ。この絶望的な状況の中で。
「くそっ、くそっ、くそっ」
 何度も何度も、青年は瓦礫を蹴る。足の肉が裂けるのを感じたが、瓦礫は動く気
配は無かった。
「無理を………し……ないで………死ぬの……は……わたし………だけで」
 口まで達した水を飲みながら、少女は懸命に訴えた。
「なぜだ!! 神よどうか………くそっ、くそっ、くそっ!!!」
 この健気な少女が目の前で水に飲み込まれて行くのを見ながら、青年はどうする
事も出来ない自分を呪った。


 リリアは見た。
 敵の埋めた地雷を見つける為、兵士の前を歩かされ死んで行く子どもたちを。

 デビットは聞いた。
 盾となり、子どもを庇って銃弾に倒れた母の叫びを。

 シンシアは知った。
 内戦の地で離ればなれになった親子を再会させる、兵士の心を。

 ロバートは感じた。
 病人に己のパンを与える貧しき少女の温もりを。

 −−パチッ−−

 暖炉の中で薪が弾けた。
 ロバートは、今自分が元の山小屋にいる事に気がついた。
 周りを見ると、シンシアたちも何か呆然とした様子で立ち尽くしてした。
「今見たことを覚えていてくれ。お前たちが大人になっても………」
 おじいちゃんの優しい、そして何処か悲しげな声がした。
「忘れるもんか………」
 ロバートは即座に答えた。
「忘れない」「忘れられないわ」
 デビットとシンシアも答える。
「……………」
 リリアは声が出せず、大粒の涙をこぼしていた。そして………
「忘れない………忘れる事なんて出来ない。わたし、いままでこんな事があるなん
て、考えたこと無かった。いや………こんなのいやよ………何か、今何かわたしに
出来る事を教えて」
 おじいちゃんはそっと首を横に振った。
「今はお前のその優しさだけで充分だよ。その心さえ、失わないでいれば、いつか
お前にも力が芽生える。
 サンタクロースの力が、全てを解決出来る訳ではない。多額の援助を送っても、
全ての人を救える訳ではない。与えるだけが解決ではない。
 だが、ほんの少しでも何かの役に立つことが出来る、何もしないより可能性は有
るのだと、覚えていてくれ」
「それなら今、役に立ちたいの………だって、あの子が苦しんでいるのは、今なの
よ」
 シンシアは何時に無く、頑固だった。始めて知った現実に、普段大人しい性格に
隠れていた強さが刺激されたのだろう。
 思いはみんな同じだった。


 その年のイヴは、従姉妹たち全てが揃っていたのにも関わらず、ロバートにとっ
ては非常に気の重い物だった。
 それはオーストラリアでガールフレンドのジェニファーたちと過ごす約束が、ふ
いになったからでは無い。
 全ては昨日、山小屋で見たあの世界の事が原因だった。
 シンシアたちも同様に、みんな沈んでいる。パパたちはパパたちで、せっかくの
イヴにそれぞれ書類を見ながら、しかめっ面をしていた。
 おじいちゃんから、子どもたちにそれぞれあのソリが贈られた時、ほんの少しだ
けざわめいたがそれっきりだった。パパはそのソリを見て、気分が悪そうだった。

 パーティが終わってもロバートは眠れなかった。
 あの洪水で少女は死んでしまったのだろうか。
 イヴの夜に使えると言うサンタクロースの魔法で、どうにか出来ないだろうか。
或いは今、自分にその魔法が使えないか。
 そう思って、おじいちゃんから貰ったソリを引っ張って外に出てみた。
「あれ?」
 みんな同じ事を考えていた。
 シンシアもリリアもデビットも、みんなソリを引きながら外に出ていた。
「みんなも?」
「うん」
「おじいさんが本当にサンタクロースで」
「わたしたちがその血をひいているなら」
「大人になるのを待たなくても」
「今、魔法が使えるかも」
 四人は顔を見合わせて笑った。
 どうすればいいのか分からなかったが、それぞれソリに乗って、念じてみる。五
分、十分と続けてみるが、何も起こらず、ただ身体が冷えるばかりだった。
「だめだ………出来ないよ」
 デビットが悲しげな声を上げた。リリアはすすり泣いた。その肩を抱いて、シン
シアも泣く。ロバートは悔しかった。
「旦那様、そのお身体では無理です。おやめ下さい」
 ジェームズの声が聞こえ、ロバートたちは顔を上げた。
 見るとおじいちゃんが、サンタクロースの姿になって大きなソリに乗り込んでい
る。驚いたことに、そのソリは平坦な所で誰も引いていないのに、ゆっくりと動い
ていた。
「あっ、お坊ちゃんたち、旦那様をお止め下さい。このお身体では危険過ぎます」
 ロバートたちに気がついたジェームズが叫んだ。
「だめだよ、おじいちゃん。おじいちゃんは病気なんでしょ」
 言われるまでもなく、ロバートたちはおじいちゃんの許に駆け寄った。
「なーに、わしはサンタクロースだ。イヴの夜には魔法で、こんなに元気だ」
 強がって見せたが、おじいちゃんの顔色の悪いのは、ロバートたちにもはっきり
と分かった。
「お願い、おじいさん無理をしないで」
「代わりに、わたしたちに魔法を教えて下さい」
 シンシアとリリアの姉妹が叫んだ。
「そうだ! ぼくにも教えて」
「ぼ、ぼくにも」
 子どもたちの懇願に、おじいちゃんは笑顔で答えた。
「ありがとう、その気持ちだけで充分だ。その気持ちさえ忘れずにいてくれたら…
……」
 そこまででおじいちゃんは声を飲み込んだ。
「まさか………旦那様」
 信じられないと言うような、ジェームズの声。
「これって………」
 ロバートは驚きの声を上げた。
 昨日、山小屋でおじいちゃんの手を握った時と同じように、ロバートの身体は光
に包まれていたのだ。
 ロバートだけでなく、四人の子どもたちがみんな光に包まれていた。
「信じられん、わしだって魔法が使える様になったのは、二十歳を過ぎてからだっ
たと言うのに」
「じゃあ………」
「わたしたち、魔法が使えるのね」
 何か力が沸いてくるのを、ロバートは感じた。
「みんな」
 その呼びかけだけで充分だった。子どもたちは一斉に自分のソリに飛び乗った。
「みて、これ!」
 シンシアの声。
 いつの間にかソリには白い袋が乗せられていた。
「わあ、この恰好………」
 デビットの驚き。
 白い光は、赤いサンタクロースの衣装へ代わっていた。
「もう一度、念じてみよう」
 そろそろとソリが動き出す。
「動いた!」
「でも、こんなんじゃ世界中を廻れないない………」
「お任せ下さい」
 ジェームズはいつの間にか、ロバートたちの前に立っていた。
 そして右手をゆっくりと振り下ろす。すると………ロバートたちのソリの前にそ
れぞれ、それを引くトナカイが現れた。





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